初めての強敵、激突!
人間の身体は24時間ぶっ通しで働けるようにできていないのです。やめてください……!
まあ、実際には1%未満とはいえ他に突破者が居る以上は負けイベのような理不尽ボスではないのだろうけど。
メッセージにもあったように、こいつは強MOBであってボスではない。絶対に勝てない敵ではない。
要するに、ちゃんと攻略法や勝ち目が存在している強敵だ。
何にせよ能力的に負けているのであれば、取れる作戦は数えるほどしかない。二つに一つ。
遅延戦闘による長期戦は敗北濃厚。搦手を使おうとしている間に蹂躙されるのがオチだ。奇跡でも起きない限りは負ける。
長期戦がダメなら短期決戦はどうだろうか。相手に何もさせずに初見殺しによって封殺する。能力差からくる有利を活かす暇さえ与えずに一方的に殴る戦法。実質これ一択しかないと言っていい。
[それでは、バトルスタート!]
「先手必勝っ!『変幻自在』!」
「ぴっ、ぴょぉおお!」
開始の合図と同時にスキルを発動する。
ユミリルという種族が持つ特異なスキル。次のスキル発動までの間のみ一部の能力値を入れ替える効果があるそれを使う。
入れ替え対象を指定することはできないが、それで問題はない。スキルの元々の効果として俺の望む通りに筋力と魔力、耐久と抵抗の数値が入れ替わってくれるのだから文句なんてあるはずがない。
分かりやすく言ってしまえば、フォルムチェンジができるスキルだ。物理アタッカーから特殊アタッカーへと極僅かな間だけ瞬時に変幻する。
特徴的な垂れ耳は虚空に溶けるように消えていき、全体的に体毛がなくなって徐々に小さな人型へと変わっていく。
更に虫に酷似した羽が生えてきたかと思えば、パタパタと動く度に鱗粉が舞い散る。
最終的にはファンタジーによくある妖精そのものに近い姿になり、全身が薄らと透けてどこか神秘的な気配を漂わせる。
しかし、いつのまにか棘棍棒だった物まで変貌に巻き込まれた結果生まれた、歪に捻れ曲がった巨大なメガホンのような代物だけが不気味な違和感を放っていた。
その間、恐竜擬きはのっしりと余裕たっぷりな様子でこちらに向かってくる。
なるほど、なるほどね?正直ムカつくけど、相手が全力で襲い掛かって来ないのは俺たちにとって都合が良い。作戦の成功確率が大幅に上がる。
ただまあ、その勝ち誇った顔は癪に障るので思いっきり歪めてもらう所存だけど。
「ぴぃ〜ひょろろ〜!」
「格下相手だからって余裕そうだな?じゃあ、お礼に余裕と慢心は別物だってことを教えてやるよ!ハナコ『恐怖の叫び』だ!!」
「『ァァ"ッアアア"ァ"アア"ア"ア"ア"ーーーーッッ!!?!?』」
「ガッ……ガガガッッ!?」
可愛らしい妖精へと変貌を遂げたハナコが突如として恐ろしい形相になったかと思えば、怨嗟に満ちた断末魔にも似た悍ましい叫びをメガホン越しに響かせる。
『変幻自在』によって補正値まで含めた筋力と丸ごと数値を入れ替えた結果、Lv.1とは思えない300近い魔力から放たれる生者を死へと誘う狂気の叫びは遥かに格上であるはずの恐竜擬きの無防備な全身に叩きつけられた。
すると見た目通りというべきか、耐久は高くても抵抗の値は低かったのだろう。想像以上にダメージを負っており、更に追加効果によってスタンした際に不運にも足を縺れさせて盛大に倒れ込んだ。
おいおいおい、キテるな流れが……!
生命が高いからかダメージはあっても有効打とまでは言えない程度だったけど、追加効果が望外の結果を手繰り寄せてくれた。
これなら最早作戦の成功は確実。残念だが、運が悪かったと諦めてくれ。
「ぴ〜……ぴょい!」
「あとは最後の詰めだ!『妖精の悪戯』!」
「ぴっ!ぴょぴょっ、ぴょ〜ん!」
ハナコの姿が戻ってすぐに、次のスキルを発動してもらう。
これは自分ではなく相手に対して使用するもので、悪戯好きな妖精らしく掛けた対象の能力値を入れ替えるてしまう効果がある。
最も高い能力と最も低い能力を、次に高い能力と低い能力を、三番目と三番目を入れ替える。能力変化を受け付けないようなパッシブスキルでも持っていない限り、問答無用で効果を発揮する。
しかも、この効果は一分も継続する。ユニークスキルは伊達ではないというかあまりに理不尽だった。
何はともあれ恐竜擬きの具体的なステータスは不明だが、間違いなく高かったであろう生命と耐久は低い能力とすり替えられていることだろう。
ついでに筋力も下がっているはずなので、あとは弱体化した相手を一方的に叩くだけだ。
ただ甚振るのは趣味ではない。一思いに仕留めてあげよう。
「いくよ、ハナコ。『巨人殺し』でトドメだっ!!」
「ぴぴぴぴっっ…………ぴょぉぉおおおおいぃぃっ!!!!」
そのスキルを使用した途端、不意に巨大な影が生まれた。…………いや違う、間違ってはいないけど、陰が生まれたという表現よりもっと相応しい大きな変化があった。
それが一瞬なんであるか分からなかった。よく見れば棘というにはデカい突起物が無数に付いており、重厚さを感じさせる金属質の縦長の棒というようにも見えることだろう。
サイズ感的には棒というよりも柱とか、塔と言うべきかもしれないが。
改めて見れば、確かに見覚えがあった。
棘棍棒だ。数十倍にも巨大化した、ハナコ愛用の棘付き棍棒である。
巨人殺しとは物騒な名前だとは思っていたけど、実際に目の当たりにしてしまえば凄まじいまでのパワープレイだった。
巨人を殺すなら、巨人よりも大きな物で殴り飛ばせば良いってことだな!……そうはならんやろ!?
しかし、俺の内なる叫びはハナコに届くはずもなく、高層ビルと見紛うほどの巨大な棘棍棒を常と変わらない速度で無慈悲にも恐竜擬きに叩きつけた。
衝撃派が巻き起こる。雷鳴にも匹敵する爆音と共に地面ごと容赦なく殴りつけるが、何故か地面にはクレーターもないし、マスターたる俺も近くに居たにも関わらず被害は一切存在しない。
対して、恐竜擬きは一溜りもなかったことだろう。跡形もなく押し潰されてしまった。
ユミリル No.087
精霊、妖精の一種とされている。詳細は不明。
基本的には穏和な種族だが、いざ闘うと愛用の棍棒で動かなくなるまで徹底的に叩き潰してくる。相手が格上でも問答無用で殴り飛ばす。
どんな素材で作られた棍棒なのか、棍棒が壊れた瞬間を目撃した人間はただの一人も確認されていない。
種族特有のスキルによって姿を変えるとも言われているが、同じく詳細は分かっていない。極めて捕獲難易度の高いパトモンである。