【時が流れて】
時が、四百年流れた。
人間の技術の進歩は時の流れよりも激しかった。
そびえたつビルは、天守よりはるかに高く、道路を走る自動車は、馬よりも遥かに速い。
技術と同じく教育制度と社会制度も進化しており、現代の人間は、昔の人間よりも多くの知識と高まった人間性を得ていた。読み書きができない者、生きるために相手を殺める者というのは、殆どいない。
そんな平和で豊かな現代。大学生の若者が一人、図書館に足を運んでいた。
彼は先日、友人を事故で失った。
失ったというのは、そのままの意味である。車に撥ねられたはずの友人の体は跡形もなく消えてしまっているのだ。
警察も懸命に捜索しているが、事故現場周辺に人が隠れるような空間は無い。一部ネットでは現代の神隠しとして一時期話題になった。
だが、一週間もしないうちにネットでは話題にならなくなった。一月もすれば、消えた者とささやかな交友があった者たちですら話題にしなくなった。
そんな中、若者だけは彼のことを覚えていた。特段深い関係というわけでもない。若者が人一倍情に深いだけであった。
図書館に足を運んだのは、知らぬうちに事故現場の近くを通りがかったからである。最後に別れた場所に彼がいるような気が、何となくした。
「そういえば、歴史が好きなんだっけか……」
ふと、そんな会話をしていたことを若者は思い出した。
細かく言えば違うが、その間違いを指摘する者はいない。
緑のエプロンをした職員に場所を尋ね、歴史コーナーに足を運ぶ。
歴史コーナーは、奥深くにあった。年配の男性が数人、目当ての本を探している。本棚には、彼らよりも年季の入った表紙がずらりと並んでおり、仄かに黴の様な匂いがした。
「……いるわけないか」
当たり前だが、見知った顔は一つも無い。
期待度が低かった分、気分の落ち込みも最小限に抑えられた。
立ち直りを瞬き一回の間にすませた若者は、せっかく図書館にきたのだから何かを借りて行こうと思った。せっかくだし、歴史関係の本で。
とはいっても、今まで興味のないジャンルから一冊借りていくというのは、なかなか簡単にできることではなく、背表紙を眺めながら歩くことしかできなかった。
波縫いのように棚と棚の間をくまなく歩いていると、棚の並びが、地域の歴史から、偉人の伝記に変わった。
そこの『た行』区分で若者は足と目を止めて、呟いた。
「教科書に載ってたような……」
その名前と共に掲載されていたフレーズを、何となく覚えている。ただそれだけの理由で、若者はその本に手を伸ばした。
人差し指が掛かった背表紙には、『長宗我部元親 その偉業と生涯』と書かれている。
適当にパラパラと開いていくと、後ろから前へとページがめくれていった。
『一六〇一年、死去』
『四国藩初代藩主として、学校を築──』
『伏見城で黒田官兵衛に勝利』
『九州で、息子・信親を失う』
『豊臣秀吉との戦いで、天に味方──』
『一五七四年、土佐統一』
『一五六〇年、長浜で初陣──』
そのような文字が、若者の目に入った。
「ふーん……」
教科書の数行では絶対に書ききれない偉人の人生が、数百ページにわたってぎっしりと書かれているが、目当てのフレーズが見当たらない。
一度閉じ、またパラパラとめくる。
今度は見つかった。
カバーの本に折り込まれている部分。つまり『そで』のところにあったのだ。
最初の一文に、それは書かれていた。
『四国は、鳥無き島である』
「そうそう、これこれ。音の感じが何となくいいんだよなあ」
目当てのものが見つかり、若者は満足そうにうなずいた。
だが、まだ続きがあることに気付き、引き続き目を通した。
『「四国は鳥無き島である」と、明治の頃盛んに言われていた。それは何故かというと、巨大な蝙蝠が割拠して羽を広げ、鳥が我が物顔で飛ぶのを許さないからであった。蝙蝠とは、四国の先進的な教育制度を受けた者を指す。蝙蝠たちは、文明が花開くと同時に、日本列島を、世界を、飛び回り、その中には英雄と呼ばれるような人物が何人もいた。そんな蝙蝠の産みの親とも呼べる長曾我部元親の実像を描く』
「こんなだっけ……? まあ、いいか」
若者は、細かいことを気にせずカウンターへと向かった。本の貸し出しに必要な図書カードを作るには、そこに行くしかないからだった。
断続的に更新されるこのような拙作に二年間お付き合いいただきありがとうございました。




