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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【飛び上がって】

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【探して】

 天下第二の名城とも謳われた伏見城は、落城後、修復されないまま捨て置かれていた。壮麗だった天守は無く、周囲を固めていた大名屋敷も多くが焼け跡になっていた。


 夕日が赤く照らすは、破かれた城門、欠けた城壁、崩れそうな石垣。そんな頼りない伏見城に、一領具足六千と赤備えが籠っている。


「父上はどうされるおつもりなのだろうか……」


 ここまで言われるがままについてきた盛親には、てんで見当がつかない。


 狭間から城外を見下ろせば、官兵衛の兵が十重二十重に囲んでいるのが見える。兵たちの多くは、大坂城の時と同じように柵を結わえていた。櫓をくみ上げてないのは、自分たちから攻撃する必要性がないと知っているからだろう。


 荷駄を捨てた一領具足に残された食糧が、三日分も無いと知っているのだ。


 時間は確実に敵の味方であった。こちらが飢える一方なのに対して、相手は陣地をより重厚に作り上げることができるからだ。


 それは、誰しもが分かっていた。だからこそ、昨夜、城に着いた日の夜。直政は手勢を率いて包囲の突破を試みたのだ。


 雨が良く降る夜である。月は隠れ、篝火もそこまで数を置けない。夜襲を試みるには絶好の機会であったが、元親は反対していた。それを、右の様な理論で直政が押し切り、行動に移した。


 結果は、失敗だった。赤備えは甚大な被害を受け、戦力として数えるのは無理なほど撃ち減らされていた。


「ここにおいででしたか、盛親殿。……御父君はいずこに?」


 噂をすればというべきか、直政が声をかけてきた。


「それが、自分も丁度父を探している所なのです」


 元親はなぜか行方をくらましている。この包囲であるため、城の中にいるのは間違いないのだが……。


「それならば、御一緒させていただいてもよろしいでござろうか?」


 反対を押し切ったにもかかわらず、破れて逃げ戻った手前、一人で対面するのが気まずいのだろう。


 盛親はそう察し、承諾した。


 誰かに父の居場所を聞いてみよう。


 盛親がそう思った矢先、たまたま蛍が通りかかった。左足を怪我したのか、少し引き摺っている。


「お、熊公。元気か?」


「師匠よりは。その怪我は……?」


「ああ、これか? 櫓から飛び降りたら、捻ってもうてな。昨日は平気やったんやけど、今になってから傷みだしてなあ」


 若い時なら、こんな失態せんかったんやけどなあ。と、蛍は失った若さに思いを馳せ始めた。


 どこかに飛び去りそうになった蛍の意識を、盛親は慌てて呼び戻し、元親の居場所を尋ねた。


「旦那? 二の丸の方へ歩いて行ったのを見たなあ」


 蛍が、『見た』といったのなら間違いがない。


 盛親は、怪我の手当ての方法を事細かに教えると、二の丸の方へ足を向けた。


 連れ立って歩いていると、ふと、直政が言った。


「……昨晩は、御父君の言う通りにするべきでしたな」


 懺悔の様な、反省の様な、独り言の様な感じである。


「運が悪かったのでございましょう」


 率直な感想であった。


「気をお使い下さり、感謝の念に堪えませぬ。けれども、あれは失敗にほかなりませぬ。家臣の奮闘がなければ、再び城に逃げ戻ることすら叶わなかったでござろう」


「そう、卑下されることでもないでしょう」


 直政の作戦は決して悪いものではなかった。隊を十手に分け、どれか一つでも突破できるよう、時間と出撃方向に差異を設けていた。言ってみれば、全ての隊が陽動の様な物であった。その全てに対処しようとすれば、どこかに穴が空くだろう。失敗したのは、運が悪いとしか思えない。


 盛親はそのようなことを伝えたが、直政は力なく首を振った。


「某もそう思っておりました。相手が並、いや、名だたる将であっても、どれか一つは突破が叶っていたでござろう。しかし、官兵衛は自分の手足のように百姓兵を操り、適切に兵を送り込んで十手に対処しておりました」


 正直に申せば、御父君よりも実力は上でござりましょう。そう、直政は付け加えた。


「それは……、まあそうでしょう。きっと、父もそう思っていると思いますよ。父の方が優れているというのなら、今頃こうなってはいませんから」


「……もしかしたら、官兵衛と戦うことになっている時点で、不運だと言えるのかもしれませんな」


 そんな会話をしていると、二の丸に着いた。数人の見張りの一領具足しかおらず、静かだった。

気づけば、空は、殆ど夜になっている。


 見張りに聞くと、元親は祠の方に行ったという。


 そこに行くと、確かに、いた。何故か、見知らぬ女性もいた。


「師匠よりもきれいな人だな……」


 蛍は可愛い寄りの女性であるから、この場合は誹謗には当たらない。


 にしても、なぜここに女性がいるのだろうか。


「……もう少し、近づいてみましょう」


 盗み聞きすることに心理的抵抗があるのだろう。直政は眉を顰めた。だが、盛親同様に好奇心もあるらしく、反対はしなかった。


 茂みに隠れつつ、足音を殺して近づくと、元親の声が聞こえて来た。


「会ってくれないのかと思ったよ」


「今のお主なら、会っても悲しい気持ちにならなさそうじゃからな。どういう心境の変化があったのか知らんが」


 女性は嬉しそうに言った。どうやら、二人は気安い関係であるらしい。


「……よくよく考えてみたら、天下人にならなくても、彼らへの報い方はあったんだ。彼らが何を目的にして戦っていたのか。それを思い出したんだ」


「恩賞だろう」


 これは、直政の呟きであった。小さな声である。当然、盛親にしか聞こえていない。


 盛親も、その呟きに同意した。だが、何のために恩賞を求めているのか。その先に元親の言おうとしていた答えがあるような気がした。


 元親の話を聞いて、満足そうに女性は頷いた。そして、城壁の方を見て口の端を上げた。


「気付きはした。それは良いが、この窮地を切り抜けられなければ意味はないぞ?」


 その通りである。元親にどのような考えがあろうとも、ここで討ち死にすれば何の意味もないのだ。


「方法はある」


 元親は力強く言った。


「……相手はお主以上の将器を持っているようじゃが」


 同じ語気で、元親は言った。


「それでも、問題はない。いや、関係ないよ」


 女性は、ククッと笑った。


「どうやら、蝙蝠の飛び方を心得たようじゃな」


 意味あり気にそう言い、こちらに視線を走らせてきた。


「早うせい。もう夜が始まるぞ。あやつらにだけに知らせればいい、というものでもないのじゃろ?」


「あやつら……?」


 元親の視線と盛親の視線が交わってしまった。


「あ、いや、こんな所で会うとは奇遇な。はは……」


 盛親と直政は茂みから出て必死に取り繕うとしたが、元親はそれを気にもかけない。


「丁度良かった。全員を集めて欲しい」


「全員……?」


「全員。戦える一領具足を、一人残らず」


 いつの間にか、女性と太陽は姿を消していた。


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