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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【飛び上がって】

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【再び関ヶ原にて】(後編)

 ──所詮、鳥無き島の蝙蝠だったか……。


 自分のことをそう評した信長の眼は、確かなようだ。


 自分が英雄の器で無いことは、薄々感じていた。


 覇気がなく。人に対して甘さがあり。何より、抜けているところが多い。


 四十年掛けて四国しか手に出来ていない時点で、実力もたかが知れている。


 そんな自分が、天下を取ることに固執をしていたというのは、何とも笑える話だろう。


 いや、そのせいで死んでいった者たちにとっては、笑い話で済まされない。


 英雄になりたい。そんな子供じみた夢はどうでもいい。


 自分のために死んでいった者たちに、どうやって報いることができるだろうか──


「──親様! 元親様! お気を確かに!」


 元親は、ハッとした。


 視界に、新緑と木漏れ日が飛び込んでくる。それと、涙ぐんだ一領具足たちの顔も。


 どうやら、気を失っていたようだ。担がれて運ばれたようで、谷間の平地から山の斜面に移動している。おそらく、南宮山の斜面だろう。


 銃声が活発に聞こえてくる。まだ戦いは終わっていないようだ。


 介助してもらいながら、起き上がる。頭はズキズキ痛み、体が熱い。


 起き上がると、向こう側に見える松尾山の斜面に、火点が見えた。手前に目を向けると、一領具足が木立ごとに分散して射撃を続けている。


「誰が指揮を……?」


 元親は驚愕した。彼らが今やっている戦いこそ、倒れる前に下そうとした命令と同じだったのだ。


 その後の返事が元親を更に驚愕させた。


「へぇ。誰が音頭取ったというわけでもなく、指南書を参考にしたらこうなったんでさあ」


「指南書を……!?」


 完成直後に盛親に見せられていたが、火縄銃の操作や連隊長の号令の種類を書き記した必要最低限の簡素なもので、戦い方の参考になるようなことは書かれていなかった覚えがある。だからこそ、浦戸城にいる時、盛親の要求する訓練時間の長さに驚いたのだ。


 丁度、近くにいた隊員が持っているというので、見せて貰う。


 『指南書 その二』と書かれているそれは、持ち歩かされている者がかわいそうになるほど分厚く、重かった。


 パラパラとページをめくっていく。


 中国の兵法書の要点を書いた項目や、戦略や戦術に関する話が事細かに書かれていた。


「……ん?」


 一文が目に留まった。『弓矢は射撃間隔が短い強力な武器であるが、高所を攻撃するには鉄砲より不向きな武器である』と書かれている。


「こんなことも話したような……」


 自分としては何気ない話のつもりであったが、盛親の方はそれを熱心に聞いていたようだ。よくよくみれば、戦略や戦術の項目では、昔盛親に語った覚えがある箇所が多かった。


「そういえば、やけに話をせがまれていたな……。これを全て教え込もうとするから、そりゃあ時間が掛かるわけだ」


 その二に書かれている内容は、銃を持って戦う兵士には必要のない知識である。それどころか、連隊を導くのが役割の連隊長すら、それほどの知識を有していない。いや、教えていないのだ。


「……もしかして、一領具足が勝手に動いていたのは、自分で判断できるようになったからか?」


 思い返してみれば、輝元と戦っている時、一領具足の動きは全て戦理にかなっていた。射線が通り辛いから位置を移動し、戦況に応じて隊形を変え、被弾を抑えるために隊員間の間隔を開ける。


 それに、第十連隊は、報告してからでは間に合わないと判断して、独自に後退の判断を下したのかもしれない。


 いや、そうに違いなかった。余裕のなかった自分が、それに気づかなかっただけなのだろう。そうでなければ、今こうして戦闘が継続しているはずがない。


 山の高所に陣取ると、矢の威力が著しく減少するうえ、木立や生い茂る枝葉が矢を防いでくれる。それに、もし白兵戦を仕掛けられたとしても、細かく分散しているため、後方にいる者が前方の者を援護できる。


 七手組や侍の白兵戦の強さは、一領具足の遥か上を行く。だが、複数方向から銃弾が飛んでくる中でその能力を発揮できる者は、皆無であった。


 一領具足には、今まで近代的な軍隊のように、連隊単位で動くことを徹底させた。こうすることによって、名声や富を得ようとする個人的な行動を無きものにし、千でも、万でも、指揮官の手足のように動かせるようになった。それは、七手組も同様である。


 それが今になって、一領具足一人一人が考え、行動するようになった。思い思いに移動し、射撃し、補給し、休む。これは一見すれば前時代的な戦い方と同じである。だが、指南書で得た共通の知識と、連隊のために戦うという意識の高さが有機的に結合し、高度な散兵戦が展開されていた。


 それはまさしく、二百数十年後の新大陸の内戦で見られた、戦列歩兵から一つ発展した戦い方であった。


「そうか……!」


 元親は蒙が啓けたような解放感を味わった。これからどうすればいいのか、それが分かったのだ。もがいていた激流が、足をつくことのできる浅瀬だと気づいたのだ。


 遠くから喚声が聞こえて来た。南の方だ。


 元親がその方向に目を向けると、東軍がこちらに近づいているのが見えた。それを阻止しようと戦っているのは、三成の軍勢なのだろう。寡兵で良く戦っているが、ここまで押し込まれているところから、旗色はあまり良く無いようだ。


 それを受けてか、吉継の軍勢が攻勢を緩めた。


 後退の予兆であった。山の上に引っ込んだ一領具足を放置して、後方の東軍を先に片付けてしまうというつもりなのだろう。


 それをさせてしまうわけにはいかなかった。


「金管! 逐次躍進!」


 連隊規模で行われてきた命令が、今の状態で通じるのかは賭けである。


 しかし、元親の心配をよそに、松尾山で星空のように煌めく火点は、徐々に麓の方へと移動し始めていた。同じように、南宮山にいる一領具足たちも、麓の方へ移動しながら射撃を開始している。


 これで、吉継が後退を始めたとしても、その背後を脅かし続け、最終的には、三成の手勢ごと東軍と挟み撃ちに出来る。


 一領具足が前進するにつれて、敵の全形が縦長になっていった。左右両翼から圧迫されて、自然とその形になっているように見える。


 だが、それにしては隊形の転換が僅かに速い。


「違う! 突破を図るつもりだ!」


 手薄になった正面陣地を突破して、自分たち、七手組だけでも大坂へ向かわそうというのだろう。ここでの敗北を悟り、先を見据えた行動であった。


 吉継と三成は親友の間柄である。見捨てる判断を下した者、見捨てられると分かった者、お互いにどのような感情を抱いているのだろうか?


 けれども、その行動は遅かった。


 突破される寸前、手薄になった正面陣地に親直が隊を率いてやって来たのだ。敵の戦力から鑑み、迂回がないと判断したのだろう。


 三方向から射撃を喰らい、吉継の隊はみるみる減り始めた。竹束も、三方向を完全に防御するほどの数は無く、隙間に銃弾を注ぎ込まれていく。


 鍛えていようが、具足を着ていようが、関係なく弾丸は標的をあの世へといざなっていく。


 正面から戦えば一領具足に負けるはずのない七手組も、無残に屍を晒すのみであった。もしかすれば、彼らにとって近世的な連隊行動はかえって枷となっていたのかもしれない。何人かの侍や足軽は、目ざとく逃走経路を見つけて戦場を脱しているのだから……。


 後方の味方と合流しないよう踏み止まり続け、一万五千の兵は、戦場から姿を消した。同数に近い死体が転がっているのみであった。


 戦闘の終わりを確認した元親は、介添えを受けて下山を開始した。本陣に戻るためだ。


 途中、構築していた障害が破壊され、柵が破られるまで後少しという箇所を幾つも見た。


「……もし、一領具足が山に登った時点で突破を図られていたら成功していただろうな」


 しかし、吉継はそうしなかった。


 それはなぜか? その答えを言える者は、胴体のみになって戦場に残されている。だから、推測するしかない。


「……多分、後方の味方を見捨てることができなかったんだろうな」


 吉継の率いる一万五千だけなら、竹束も大量にあるため、突破は可能である。しかし、そうしてしまうと、一領具足の動きによっては、三成の隊が谷の中で完全に孤立してしまう可能性が高い。


 それ故に、攻めにくい場所へ移動した一領具足を排除するのに、時間を費やしたのだろう。


 遠くから勝鬨が聞こえて来た。近くで起きている戦いは一つしかない。


「結局、全滅になったのか……」


 最初から見捨てる判断をしていれば、片方だけでも生き残れたというのは、何とも皮肉な話である。


 敵がいる筈の方向から、味方の伝令が来た。


「石田冶部少輔三成、討ち死に! 我らの勝利にござる!」


 戦いが終わり、塹壕は火葬炉に、柵や逆茂木は燃料に変わった。


 谷の中に、肉の焦げ燻った匂いが充満している。元親は、自分の鼻が人並で良かったと思った。


 翌日、冷えた火葬炉を飛び越えて、急報がやってきた。


 内容は、『黒田官兵衛が敵の突破を許した』とのことである。


 戦いはまだ続きそうであった。


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