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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【飛び上がって】

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81/88

【出会って】

 五月の初頭。一万の一領具足が大坂近郊に上陸した。


 それを迎え撃つは、西軍の総大将毛利輝元率いる留守の二万。


 戦いは、一方的であった。一万が二万を圧倒している。


 ただでさえ、一領具足と留守部隊で火力に決定的な差がある。その上、海上の大黒丸二号が援護砲撃を行っているともなれば、一万の差など無いに等しかった。

 

 海上にも、戦場にも、濃霧のように煙硝が立ち込めている。これほどまでに連続した射撃ができるのは、元親が大坂からせしめた火薬や弾丸があればこそだった。西軍に宣戦布告するまでの間、何かと理由をつけては四国に送らせていたのだ。


 それを今、返却している。


 快勝は、時間の問題であった。指揮官にとって、至福、或いは安堵の時だろう。


 だが、元親の表情からは、そのどちらも読み取れなかった。


「第十連隊を前進させろ」


 元親の呟きの様な命令を、金管手はどうにか聞きとり、それを音に乗せた。第十連隊はそれを聞き、丘の裾野にある十字路目掛けて、駆けた。


 今、何のために戦っているのか? そう問われれば、元親は答えに窮するだろう。絞り出してやっと、『惰性』と答えられるのかもしれない。


 今まで、天下を取るために奔走してきた。準備をしてきた。犠牲を出してきた。


 それに何より、状況が止まることを許さない。


 対岸まで泳ぎ切ると激流に身を投じたのだが、泳ぎ切る体力がないと着水してから気づいた。そんな心境であった。


 ただ、溺れないよう必死にもがいている。激しく流されながら、身を落ち着けられる場所を探している。だが、岩の一つ、枝の一本すら、見えない。


 どうすればいいのか迷っていても、戦いは続いている。元親が思案している間にも、第十連隊は順調に歩を進め、十字路にあともう少しで到達というところまで来ていた。


 しかし、突然、止まった。


「違う! 止まるな! そこじゃ、退路が断てないだろう!」


 珍しく怒りに満ちた状態で、元親は金管手に言った。


「今すぐ、前進命令を吹け!」


 滅多に見ない指揮官の様子に、金管手は驚きながらも言われた通りに命令を伝達した。二度、間違えつつも。


 今日の会戦で初めて分かったが、一領具足が勝手に動くようになっている。


 指定した位置から、少しとはいえ、移動する。時に、隊形が横向きの長方形から弓なりになったり、縦長になったりする。なんなら、隊員間の間隔がやけに広い。


 連隊長の指示、というわけでもなさそうだった。どちらかと言えば、隊員個人個が好き放題動いているような。


 元親からしてみれば、今まで自由に動かせていた手足が、痙攣したり、麻痺したり、自儘に動きだしたりしたようなものだ。


「盛親は何をやっていたんだ……!?」


 今までの一領具足であれば、この様な未熟さは無かった。規律の維持は、何よりもまず徹底させるべきことだ。指南書作りや一領具足の訓練を一任したのはやはり、間違いだったのかもしれない。


 金管手が繰り返す演奏も虚しく、第十連隊は前進しなかった。それどころか、突如反転して退き返してきた。


 第十連隊が退路を断ち、大黒丸二号の射程内に敵軍を押し込み続け、砲撃によって殲滅する。その作戦が、これで不意になった。


 元親は思わず、切断された左腕で鞍を叩いた。


「何をしている!? 勝手に停止したどころか、逃げ帰ってくるとは! これは明らかな──」


 ──所属不明の軍勢が、十字路に姿を現した。


 大きく息を吐き、空気と怒気を吐き出した元親は、命令を伝えた。


「全軍、後退。戦線を一度、引き直す」


 金管手は、今度は失敗することなく吹けた。


 新手の軍勢は、規模の大きな一揆の様であった。野良着の農民が群れて戦っている。


 侍どころか、足軽でさえ少数派に属している。全体的に装備は貧弱で、多くの者は具足を身に着けていない。そこだけ見れば一領具足と変わりはないが、得物が決定的に違った。彼らが手にしているのは、粗末な槍だった。それすらも用意できなかったのか竹槍の者も珍しくは無かった。


 ただ、数が多い。二万程度が壊滅寸前の西軍に襲い掛かっているが、それでも、丘の向こう側から来る後続が後を絶たない。


「……一応、味方か?」


 その問いの答えは、向こうからやってきた。侍の姿をして。


「こちら、お味方にござる! 土佐守にお目通り願いたい!」


 その侍の旗指物は、黒田家の家紋である(ふじ)(ともえ)が描かれていた。




「倍の敵を相手に圧勝されるとは流石、噂に名高い一領具足! それに希代の名将の采配が加わり、天下無双ですな!」


 調子良く、黒田官兵衛が言った。輿に乗って、馬上の元親と連れ添うように大坂へ向かっている。


 この奇妙な道連れに、元親は戸惑いを隠せなかった。官兵衛が九州を掌握したのは知っていたが、まさかこうして、大坂城に向かうことになるとは……。


 曖昧に返事をし、かすかな愛想笑いを続ける元親に対して、官兵衛は調子を落とさず話を続けた。


「捕らえた輝元殿の情報によれば、既に敵の本隊は関東を発っているようでして、その日から逆算して……、あと五日もすれば、大坂に来ることでしょう」


 そこで一旦区切り、声の調子を落とし、表情を締めて言った。


「これからの話なのですが。我らの力があれば、如何に天下の名城と雖も、空の城を五日で落とすことは容易い。しかし、それでは、やりすぎているような気がしないでもありませぬ」


 大坂城には豊臣家当主の秀頼がいる。もし、自分たちが大坂城を手中に収めてしまうと、家康に在らぬ疑念を抱かせる可能性がある。それを官兵衛は言っているのだろう。


「そこで、東海道から畿内に通ずる二つの道。これを拙者と元親殿で手分けして塞ぎ、内府の軍勢と挟み撃ちにして討つというのは?」


 奇しくも、元親が描いていた戦略構想と同じであった。勿論、異存はない。


「それで、宜しいかと」


 どちらがどちらの道を塞ぐかは、自然と決まった。何故なら、一人はそこでの戦いを経験しているからである。


 素通りすることが決まった大坂城には、数に余裕のある官兵衛が抑えを置いた。


 それから、山城国に差し掛かった辺りで、二軍はそれぞれの目的地へ向かった。


 別れ際、官兵衛が思い出したように訪ねて来た。


「そうだ、元親殿。西と東、どちらの方がお好みか?」


 元親は、首を傾げながら答えた。


「……西?」


「ほほう。元親殿は西の方がお好みか」


 官兵衛は、一人満足して、自分の道を進みだした。人の頭の中を覗けない元親には、官兵衛の意図が分からなかった。




「道が塞がれたようだな」


「ああ。柘植(つげ)と関ヶ原に敵がいる」


 吉継と三成が語らっている場所は、尾張の清州城であった。月を分厚い雲に覆い隠され、燭台の仄かな輝きに頼るしかない暗夜であった。


「で、どちらを通る?」


 三成が尋ねた。軍事に関しては、目の前の親友をあてにするのが最良であることを、彼は知っていた。清州城からなら、美濃の関ヶ原にも、伊賀の柘植にも、行ける。


 吉継は間を開けず答えた。


「関ヶ原にしよう」


「土佐の親父殿──というより、一領具足がいるからか」


「そうだ。彼らと戦うために七手組を預かっているからな」


「勝てるか? いや、勝ってくれ。そうでなくては、骨を折った甲斐がない」


 七手組の指揮権を吉継に与えるために、三成はかなりの運動をした。彼の働きがなければ、七手組は今頃大坂城で死蔵されていただろう。


「心配するな。自分の手足のように動かせる兵を率いて負けるなど、考えられん」


「向こうは一万に増えているらしいが、それでもか?」


「問題はない。秘策もあることだしな」


 吉継は即答した。


「……そうか。ならば問題なのは、後ろから追いかけてきている奴らだな」


 大坂への後退を開始してすぐ、東軍は追撃を始めてきた。まるで、あらかじめ決められていたかのような動きだ。


 三成は言葉を続けた。


「前後を敵に挟まれている状態で戦うというのは、誰がどう見ても得策ではない。この清州城に兵を置いて足止めにするか?」


 吉継からの反応は無かった。目をつむったまま、微動だにしない。


 頭の中で、自分の組み立てた戦略が実現可能か計算しているのだろう。三成はそう見当をつけ、邪魔をせぬよう静かに暇を弄んだ。


 長らく待ち続け、ふと燭台に目をやると、新品であった蝋燭がほぼ溶けかけている。


 人呼んで新しいのに交換させても良いが、それだと吉継の思考を乱してしまう。自分で換えてしまおうと静かに立ち上がり、ふすまに手をかけた瞬間、吉継が口を開いた。


「……これは戦略というより政略の類なのだが」


 そう前置きして、重々しく続けた。


「ここから大坂まで、軍を二手に分けよう。関ヶ原には、俺とお前、それと、真に豊臣に忠誠を誓う者たち。合わせて三万弱ぐらいはあるだろう。残りには、柘植の方に行ってもらう」


 吉継が政略の類といっていた訳が、三成にも分かった。席に戻り、それを口に出す。


「外様の者たちを囮にするのだな?」


「そうだ」


 せっかく敵を殲滅できる好機ならば、より多数の方を狙いたがるものだ。勿論、少数の方にも兵を差し向けるであろうが、その戦力はかなり少なくなるだろう。


「このままこの戦いに勝利したところで、恩賞による加増によって、第二第三の家康が出て来る可能性が高い。それならば、いっそ、悪い芽を敵に摘み取らせてしまえ。そう、言うのだな?」


 さっきと同じ返事が返ってきた。


「柘植に行った彼らがことごとく倒されても、我らが最終的に勝つというのか?」


「勝てる。七手組の力と、お前の頭脳があれば」


 吉継の白濁した眼に、蝋燭の炎の色が染みついている。


「紀之介、お前が勝てるというのなら、信じる。勝った後は、二人で豊臣の世をより良いものにしよう」


 ボトリ。と何かが吉継から落ちた。燭台の丁度影の辺りに落ちており、見えづらい。


 吉継が落ちた物を拾い上げた。灯りに照らされ、三成にもそれが良く見えるようになった。


 落ちたのは右耳であった。腐り落ちたのだろう、切断面がぐずぐずになっている。


「……いや、戦の後のことは全て任せた。俺には後が無いようなのでな……」


「紀之介……」


 涙を流すことのできる者は泣き、それすらできない者は瞼を閉じ続けた。


 それは、蝋燭が完全に溶け、完全な暗闇になっても続いた。


 病に蝕まれた両雄が関ヶ原で相まみえたのは、それから二日後のことだった。


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