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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【羽を広げて】
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【敗れて】(前編)

twitterの方でも告知してます

https://twitter.com/hirugaS1

 朝倉城は土佐平野の西北の端にある。


 朝倉城は茂辰の父、本山梅慶ばいけいが、土佐が乱世の世になったことを機に、土佐北部の山間部にある経済的に不利な本山郷から、海にも面しており、広い平野がある土佐平野に進出し、その勢力を拡大する時の拠点にしていた城である。


 その規模は元親の居城である岡豊城よりも大きい。

 

 元親が本格的に攻勢に出てから二年。周りの支城を全て落とすのには、一年かからなかったが、それから残りの一年と少しは、朝倉城の攻囲に費やしていた。

 

 入念に防備された城というのはそれほど堅い。特に高低差の影響を諸に受ける飛び道具、弓矢や投石器しかない長曾我部軍では、殊更に山の上に築かれた城を落とすのは容易ではなかった。


 元親はこの攻囲の期間を無駄にはしていない。


 まず朝倉城の東南にある神田(こうだ)という山にある小城を改良し、茂辰の動きを抑え込む(つけ)(じろ)とした。

 

 その次に、一条家家臣と親交のある弟親貞を通して、一条方に蓮池城を獲り返すよう勧めた。敵の増援が来ないと分かった一条方は、すぐさま海路を利用し兵を動かして、蓮池城を攻め落とした。

 

 これにより一条家は元親に好意的となった上、朝倉城は西側を一条家に脅かされることとなった。副次的な効果であるが一条家が好意的になったことにより、その縁戚関係である東の安芸家も長曾我部家に対して動きづらくなるであろう。


 更に、梅慶に城を奪われてから国親の世話になっていた、本山郷近くの『森』という土地の元領主、森氏に潮江城を与えたりもした。客分に城を与えるのは流石に家臣からの不満も出たが、若かりし頃岡豊城を追われ森氏と同じような境遇であった亡き先代国親の遺言によるものであるとでっちあげ、自分の意見を押し通した。


 もし、万が一、本山郷での戦いになったら森氏は潮江城の価値以上の活躍をしてくれるだろうと元親は思っている。


 それらの事をしつつ、元親は神田の城で、朝倉城で何か動きがあるのを待ち続けた。


 そうしていたら、いつの間にか二年が経過していたのだ。

 

 朝倉城と神田城は近い。秋晴れの日であればお互いの動きがよくわかる。


「本山方に動きあり!」


 櫓にいる見張りの兵士が大きな声を上げた。その報告でにわかに将兵たちが湧きたった。この攻囲の期間、茂辰はほとんど城から打って出なかった。稀に動きがあるとしても、本領である本山郷から来る援軍を城に受け入れる時ぐらいであった。本山郷と朝倉城の連絡を断とうと元親は何度も思ったが、その連絡線となる道は山あいにあり、その入り口は朝倉城のすぐそばに有るため手を出せずにいた。


 敵の増援は微々たる数である。その総数を加えても、こちらの方の兵力が上回る。とはいえ、目の前で敵の戦力が増えていくのを何もできずに見送るしかない状態は、将兵のフラストレーションとなっていた。

 

 しかし、それも今回の茂辰の出陣によって終わらせることができる。そう思った将兵達は意気揚々と出陣の準備を整え始めた。

 

 元親の待ち続けた朝倉城の動きとは茂辰の出陣ではなかったが、この士気が上がった状態を無理矢理にでも抑え込んだりすれば、今後の戦いに響くと思い、場の雰囲気に流されるようにして出陣を決めた。

 

 合戦の地は朝倉城の東、潮江川沿いの鴨部という土地に設定された。どちらが決めたという訳ではなく、両軍が展開できる足元のしっかりとした平野が両城の近くにはここしかなかったためであった。他は田地か湿地帯が広がっている。

 

 その鴨部に展開するのは長曾我部軍三千に対して本山軍二千。

 

 元親は右翼を潮江川に委託し、東側に軍を展開した。陣形は数の多さを活かして横に広く広がった。この時代でいう鶴翼の陣である。

 

 本山方の陣形はそれに対して縦に厚い。魚鱗の陣とも呼ぶべき形だった。それが西に展開し、東にいる長曾我部軍と相対している。

 

 両軍が暫く相対していると本山軍の方から一騎、赤味がかった鎧を着た侍が進み出てきた。


「あれ誰だと思う?」


 元親はそばにいた親信に尋ねた。


「あれは恐らく、本山茂辰殿のご子息、貞茂でござろう。表向きは殿の甥にあたりまする」


 周りにこの話を聞く者はいない。少し前の方に一領具足の一員である喜助がいるぐらいであったが、親信は元親を主君として敬った話し方をした。潮江城を無血で手に入れた時から、親信は元親個人に心酔していた。


「あれが……話には聞いていたけどね」


 推定貞茂の侍は、元親には内容は聞こえないが何やら言上を述べていた。


「恐らくは。なにぶん距離がありますきに、似た造りの鎧を着た侍の可能性があります」


 その侍は元親から三百メートルほどの距離にいる。顔の識別は至難であった。


「確かにそうか……。……鎧と言えば、喜助!その具足はどうした?」 


 元親の興味はその素性のはっきりとしない侍から、自分の前にいる大きな前立てのついた兜を被った喜助へと移った。それ故にその侍が言上が終わり、大きな弓に矢をつがえたのを見落とした。


「へぇ。これらは前の戦で敵の侍から奪ったものです。あっしみたいなもんが着るには少々立派かもしれませんがねぇ」


 声を掛けられた喜助は嬉しそうに振り返り、敵から奪った鎧を元親に披露した。具足は少し壊れていたが、それでも前のみずぼらしい格好よりかはだいぶ立派になっていた。脛当、腿を守る佩楯、腰を覆う草摺り、胴に籠手に袖。そしてひときわ目を引くのが大きなVの字型の前立てのついた兜。


 突如、その前立ての先端が折れた。


 その次の瞬間に元親の腰にちくりと鋭い痛みが走る。何事かと元親が見ると草摺りに矢が刺さっていた。幸いにも矢は元親の皮膚を少し突き刺す程度にしか草摺りを貫通しなかった。


「無事でござりまするか!?」


 慌てて親信が元親の無事を確認する。


「大丈夫だよ。少し痛いけどね」


 元親は矢を引き抜いた。先端には紙が結ばれていた。


「あの距離を当てて来るとはあの者もなかなかやりまするな」


「あれは間違いなく本山貞茂だよ」


「なぜお分かりに?」


 元親は親信に矢についていた紙を渡した。親信がそれを開いて見ると、『本山将監貞茂』と書かれていた。


「味な真似を……。あれの祖父梅慶というのは、存命の頃土佐随一の豪傑だと言われておったみたいですが、父と違いその血を存分に受け継いでいるようですな」


 親信がこう話している間に貞茂は二射目を放ってきた。今度は元親を狙わず、近くの騎馬武者を狙ったようで、放たれた矢は一人の胸板を鎧ごと貫き、更にその後ろにいた侍の乗っている馬の頭に突き刺さった。その一人と一頭は遠くの元親にも間違いなく絶命していることが分かった。


「誰かあの者に敵うものはおらんがか!?」


 親信が声を励まし、自軍に問いかける。その問いかけに腕に覚えのあるものが応えた。


「ならばそれがし――」


 しかし、その者が前に進み出ようとした瞬間、眉間に矢が刺さった。


 どれだけ貞茂の弓の腕前が突出していても所詮は一人、千の戦力差をひっくり返すには千本の矢を射らなければならない。


 元親は貞茂の弓の威力自体よりも、この射撃によって兵達が焦れて勝手に動いてしまうことを案じた。


「所詮は一人!矢筒が空になればそれで終いよ!」


 この二年ほどの戦国時代暮らしによっても元親もそれなりに戦場に響く大声が出せるようになった。しかし、それでも全ての兵達を制御するには至らなかった。

 

 このままでは一方的に撃たれるだけと、自陣から騎馬武者達が数十騎程駆けだしていった。その動きを見て、元親のいる中央から離れた、両翼に配置された部隊が呼応するように前進し始めた。


「違う!戻れ!」


 元親は喚くように指示を出す。が、もはやそれで止まるような状況ではなかった。翼を開いた鶴のような陣形。その翼のみが相手に向かって行く。頭である本陣を置いて。固く締まった魚鱗を持つ魚はその片翼に狙いを定め、噛み千切った。

 

 翼を失った鶴はもう飛ぶことは出来ない。地べたを這いずり回って獰猛な魚から逃げ回ることしかできなかった。

 

 総崩れとなった長曾我部軍は、誰が指示したわけでもなく自然と岡豊城に向けて逃げる組と神田城に向けて逃げる組に分かれた。元親は神田城に逃げる組に入った。


「逃げるな!取って返せ!」


 元親が逃げる先に兵士を手当たり次第に鞭で叩きながら檄を飛ばす部将がいた。元親が誰かと思ってみればこの戦いに参戦した吉田重俊だった。周りの兵士達は顔に蚯蚓みみず腫れが出来ている。この光景を見て元親はそういう場合ではないのにもかかわらず、重俊が自分の居城から遠いところにいてよかったと安堵した。

 

「味方を限界まで収容してから城門を閉めよ!弓を持ったものは敵の狙える位置に着け!」

 

 辛くも入城した元親は、周囲に鋭く下知を飛ばす。神田城は朝倉城の付城として改良を加えてはいるが、所詮元は小城。山腹に帯曲(おびぐる)()を幾つか設置し、要所に堀切や(たて)(ぼり)を設けているが、主郭には、頂上をぐるりと囲う土塁と櫓が三基、それに急拵えの門しかない。そして主郭に続く道は一つしかなく、味方も敵もそこに殺到していた。


「ここが死に場所ぞ!者ども死ねや!」


 元親と同じく城に入っていた重俊が檄を飛ばす。それだけでなく自らも土塁の上に立ち弓で敵を射抜いていた。


 敵はここで総大将を討てば勝てると、騎乗の者も徒歩となり城門に、土塁に、取り付く。元親も自ら槍を持ち、土塁に取り付いていた敵を突き落とす。


「こんな戦いになるんだったらもっと城を強化するべきだったか……」


 元親は誰に言うでもなくそんなことを呟いた。


 敵の勢いは凄まじい。


 城門の方では用意の良い敵が掛矢や斧を持ち込み、それらで城門を叩いている。粗末な城門はそれだけでギシギシと悲鳴を上げたり、木片を飛び散らしたりした。


「門をたたいている奴らを優先的に狙え!」


 元親の指示は他の兵達も同じ考えだったのかすぐに実行された。斧や掛矢が地面に落ちる。しかし、後に続く敵兵がすぐにそれを拾い、また門を叩き始める。


「じり貧か……」


 元親は土塁から降り、城内で休憩し始めた。これから訪れるであろう乱戦に備えてである。城内では同じように味方も休息をとっていた。しかし、重俊はまだ元気が有り余っているらしく兵達を叱咤しながら戦っていた。


「元気な事で……。確か結構な年だったはず……ん?」


 激戦は急に静まり返って、終わった。


「ご無事ですか!?」


 馬で登城路を駆け上ってきた親信が、ボロボロになった門の前で元親の無事を尋ねた。


 岡豊の方に逃げた長曾我部勢が、取って返し、それに挟撃されることを恐れた茂辰が撤退したようだった。




 

 



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