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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【飛び上がって】

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【片翼になって】

「そうか、会ってくれるのか」


 元親は、使者の報告を繰り返した。


 朝の霧よりも濃い硝煙が辺りに立ち込め、とめどない銃声が、やかましい。


 関ヶ原を少し東へはみ出した南宮山の麓で、家康の本陣と元親の本隊は、対峙している。使者は、家康の本陣から帰ってきたばかりであった。


「どうされるのですか?」


 銃声に干渉されない冷たい響きが、元親の耳に入った。


「勿論、会いに行く」


「危険です。交渉なら私が行きます」


 親直の心配は当然なことであった。のこのこと出向いてきた元親を、捕まえるなり殺してしまえば、大将を失った一領具足は混乱し、家康は窮地を脱することができる。


「いや、間に人を挟んでできる話じゃない。それに、向こうは、この後の情勢がどうなるか見通せる器がある。なりふり構わずこの場を脱出するよりも、今後のために話し合いを選択すると思うよ」


「……分かりました。……安全というのであれば、私もお供させてもらいます」


 そう言って親直は、刀を抜いて、その刃先に刃こぼれが無いか確認し始めた。


「あー……。まあ、いいか……」


 大将と副将が二人で敵陣に出向くというのは、万が一が起きてしまった時に非常によろしくないが、さっき自分の口でその危険性がないといった手前、親直の同行を拒否することはできなかった。


 それに、何より、時間がない。


 大谷吉継が、この戦闘に乱入してくる前に話をつけなければならないのだ。彼は今、すぐ後方で井伊直政と戦っている。


 焼酎の入った瓢箪を鞍に括り付け、馬に乗る。


 誤射の心配のない銃口の前を通り、むせ返るような硝煙に包まれながら、家康の下へと向かった。


 家康の本陣には、あっという間についた。


 そこにいた兵は皆、気が立っており、目線が向けられていなくとも殺意が向けられているのをひしひしと感じる。


 やはりというべきか、その総帥も、気が立っていた。


「本当に来られるとはな。それで、話しがしたいとはどういうことだ?」


 床几から立ち上がりもせずに、家康は言った。険しい顔つきや乱暴な口調からは、友好的な感情は見えない。


「まず、あの時に交わした約定の再確認に参りました」


「『あの時』?」


 元親がどのことを言っているのか、家康にはピンと来ていないようだった。


「伏見城でのことです」


 家康の視線が一瞬、斜め上に向き、その後、鼻が大きく鳴った。


「『何があっても儂に味方する』と言っておったが、どうやら、それは嘘だったようだ」


「嘘ではありません」


 敵意を剥き出しにしていた家康の表情が、胡散臭いものを見るのに変化した。


「嘘ではない? では、さっきから聞こえてくる銃声は一体なんだというのだ?」


 家康の語尾と銃声が重なる。


「一つお伺いします」


「何を?」


「この銃撃で斃れた者が、一人でもおられますか?」


「……いない」


 それもそうだろう。火薬は詰めさせても、弾は込めさせていない。


「さらにお伺いしますが、この関ヶ原で──いえ、この戦乱で、長曾我部家の人間が徳川の人間と戦ったことがあるでしょうか?」


「……聞いたことがない。……もしやそれが。そちらの誠意との表れだというのか?」


 元親はゆっくりと頷いた。


「……こちらに味方をするというならば、なぜ、もっと早く寝返らなかった? いや、それが無理だとしても、連絡だけでもできた筈では?」


 伏見城での話が一日も経たないうちに外に漏れていたため、家康に密談を持ち掛けるのは、土壇場になってからだと決めていた。だが、それをそのまま口にできる筈がない。


「それは……。……そう、密使。密使が、途中で捕まって連絡が届かなかったのですよ」


 家康は、顎に手を持っていきかけたが、途中でやめ、床几から立ち上がった。


「それは、それは、災難でしたな」


 家康の表情と口調が、いくらか温和になり、味方と接するような態度になった。


 全面的に信頼したわけではなく、どちらかといえば、そういうことにしておいた方が都合よさそうだ。そう判断したように、元親の目には映った。


 どちらにせよ、こちらの提案が受け入れられやすくなったことに変わりはない。


 元親は、本題を切り出した。


「時間がないので手短に話します。一年。一年だけ、徳川を()たせてください」


 家康は顎に手をやり、しばらく考えた後、答えた。


「……一年保たせるのは、不可能ではありませぬ。だが、保たせとして、そちらはどうされるおつもりか?」


「大坂を攻撃します」


「大坂を?」


「この後、土佐に帰国し、一年、兵を養います。そして一年後、関東攻略のためにがら空きになった大坂を、攻撃します」


「そうして、慌てて取って返す敵を、儂と元親殿で挟み撃ちにすると……」


 元親の戦略の続きを、家康が言った。初めて聞いた発想という感じではなさそうだった。もしかしたら、家康も同じ考えを持ったことがあったのかもしれない。


 家康が、言葉を続けた。


「して、そちらは何を望まれるので?」


「……四国を頂戴したく思います」


「四国を? 儂の首でも四国は買えると思いまするが……」


 温和な瞳の奥に、元親の真意を見抜こうとする冷ややかさがあった。


「実をいうならば、豊臣の天下よりも徳川の天下の方が、世の中が良くなるのではないかと常々思っておりまして……」


 家康は元親を見つめたまま、何も言わない。


 銃声がやかましい中、二人の間に沈黙が流れた。


 流石に苦しすぎるか、と元親は別の理由を言おうとした。しかし、家康が口を開く方が早かった。


「相分かり申した。その言葉に、嘘偽りがないと信じましょうぞ」


 口ではそう言っているが、目は、『あくまで保留だぞ』と語っていた。


 とはいえこれで、この戦いの目的を元親は達成した。


 あとはこの密約を隠すために、欺瞞工作をする必要がある。その準備は当然してきてある。だが、勇気が出ない。


 他の方法を模索し始めようとした時、関ヶ原の方から大きな喊声が聞こえて来た。直政が来るのか吉継が来るのか分からないが、どちらが来るにせよ、時間が無いことに変わりは無かった。


 元親は意を決し、帯を解いて左の上腕にきつく巻いた。そして、何を始めているのか測りかねている親直に向けて、こう言った。


「今から左腕を撃ち抜くから、なるべく先端の方を切り落としてくれ」


「は……?」


 数十年の付き合いで初めて、元親は親直のきょとんとした顔を見た。


 しかし、それに構っている猶予はない。


 元親は、懐から短筒を引き抜いた。発火装置が火縄ではなく火打石となっている試作品だ。


 自分の左腕に狙いをつける。銃口は標的に触れそうなほど近く、外しようは無い。


 歯を食いしばり、引き金を引いた。


 最初に感じたのは、熱さだった。その次に、痛み。溶けた鉄に、腕を浸したようだ。


「……はっ、早く斬──」


 懇願の様な命令を下そうとした直前。左腕に、研ぎ澄まされた鉄の冷たさが触れる。


 その数舜後、また痛みが来た。切断面を埋め尽くすほどの無数の針が、金槌で打ち込まれている感じに近い。


「ぐっ……!」


 左腕の上腕に巻いた帯の隙間に、脇差を鞘ごと差し込んで油を搾るようにねじる。そうすると、左足の甲に掛かっていた血液の量が激減した。こうすること自体かなりの苦痛を伴うが、そのおかげで痛みが分散して、やや、痛みが和らいだ。


 消毒のために、焼酎を傷口に振りかける。これによっても、別種の痛みが味わえた。


 応急処置を終えた時、家康が声をかけてきた。


「一体、何をなされているので……?」


 説明したかったが、痛みでそれどころではない。強張った笑顔を一度向け、本陣をあとにすることにした。


 親直に肩を貸してもらいながら、馬の方へ歩く。


「本隊と合流したら、すぐに傷口を焼きましょう」


 親直のその提案に、力なく頷いた。頷いた時に、前腕の半分より先がない左腕が見えた。


 介助してもらって、なんとか馬に乗った。手綱は、徒歩の親直が握っている。


 自軍に戻る途中、痛みが和らぐかと思い、鞍に吊っていた予備の焼酎を少し飲んだ。


 効果は無かった。ただ、飲むときに、右腕で持った瓢箪がやけに重く感じられ、それが無性に気になった。


「……一つ、よろしいでしょうか?」


「何……?」


 腕を切る必要があったのか? そう聞かれるのかと思ったが、来たのは、もっと踏み込んだ質問であった。


「何故、切り落とした腕を撃つのではなく、撃ち抜いた腕を切るようにされたのですか? 私に理解できないだけで、二度痛む必要があったということでしょうか……?」


「……ないよ」




 家康の撤退をきっかけに、劣勢に立たされていた東軍は本格的に崩壊し、関ヶ原の勝者は決まった。


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