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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【羽を広げて】
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【跪かれて】(後編)


「そろそろ搦手にいる……え!?もう攻撃してる!?……それじゃ表門の方にいる……もう動いてるね」


 軍議から一週間後、指揮者としての元親の初陣は、思うようにいかなかった。


 手柄に逸る兵達を統率しきれなかったのだ。優れた戦略眼や戦術眼よりも、最低限の統率力を持つ事こそが将には必要だと元親は痛感した。


 最終的に城は落とせたが、それは充分以上の戦力があったからであり、地侍が設けた無名の小城一つ落とすのに、払わなくていい犠牲を払ってしまった。


「まあ。初めてにしては上出来やき。そこまで落ち込まんでも」


 副将としてついていた親信に、元親は励まされた。元親とその正体を知る者達とは、他に話を聞く者がいなければ最初に出会った時のような関係で話をしている。


 普通であれば、最初は小部隊の指揮から始まり、徐々にステップアップしていくのであるが、国親のいない今、総大将となった元親にそのようなことはできない。来る本山家との決戦までに、せめて人並みの能力を身に付けなければならなかった。


「このあたりで他に城は?」


 元親は次の経験を求めて、親信にそう尋ねた。


「このあたりちゅうと……この山を伝っていけば潮江城があるなぁ。城と言ってもさっき落としたような小さな城やけんど」


「ではそこへ。山に登るので兵はいくらか置いていって」


「それはええけど、潮江の方に行ったらこの朝倉城側に出るぞ?危険ながやないか?」


 親信の言う通り潮江城へ向かうと、本山領を南北に分断している南嶺を登り、南の沿岸部から北の朝倉城のある地域へ行くことになる。


「もし危なそうだったら退くよ」


「それならまあええか」


 そうと決まると親信は精鋭を三百人、素早く選抜し、準備を整えた。


「元親様。あっしも連れて行って下せえ」


 出発直前元親はみずぼらしい格好をした兵士に呼び止められた。


「なんだ喜助か。来なよ」


「ありがとうごぜえます!命をかけて戦います!」

 

 喜助は百姓である。何故百姓がこの戦に参加して、しかも、百姓からしてみれば雲の上のような存在である元親に話しかけれているのかといえば、喜助は一領具足の一員だからである。

 

 一領具足とは国親が考案したものである。

 

 通常、主君が侍を召し抱える時はその侍が何人かの部下を雇うのに必要な石高分の領地を与える。そしてその侍は決められた人数分の部下を主君から与えられた領地からさらに分け与え、その部下も同様に兵を雇う時には領地を与える。


 例え自分の勢力下であったとしても、主君が部下の兵を現代の様に自在に編成や指揮ができるわけではない。封建制での軍隊というのはそれ故に雑多で煩雑なものとなっている。


 対して一領具足というのは、主君が農民達それぞれに一人分の領地を与え直属の兵とする。編成も指揮も、経済力が許す限りであれば兵装も自由にできる。


 元親は将来的にこの一領具足を大規模に運用したいと考えていた。しかし、今は十数人雇うのが精一杯だった。


「出発していますぞ!」


 親信に呼ばれ、元親は喜助を伴って山道に入っていった。


「流石に……鎧着て……山道を歩くのは……しんどい……」


 山を登ってからしばらく、元親は息を切らしながら潮江城へ向かっていた。周りをみると慣れているのか自分以外息を切らしてないようだった。


「ここに……来て……だいぶ体力着いたと……思って……たんだけどな」

 

 それだけ、現代のもやしっ子とこの時代の人間には差があるらしかった。なんとか尾根伝いに歩いている途中、道の先にある山頂辺りで、烏が飛び立ったのを元親は見た。

 

 山の中は動物でいっぱいである。栗鼠や兎、鹿や猪、そして敵兵もいた。敵は自分たちが山頂の高きにいる事を利用して丸太や石を放り込んできた。


「敵は少数ぞ!落ち着いて蹴散らせ!」


 若年ながら経験豊富な親信が、兵達に下知を飛ばす。元親も指揮しようとしたが、その前に敵は西()の方に逃げてしまった。


「やはり危のうござりまするな。ここいらで退くとしましょうぞ」


「いや、行こう」


 親信の提案を却下して、元親は北の潮江城の方へ向かっていった。喜助もその後に続く。


「今さっき逃げていった奴らが城に増援を呼んでいるかもしれませんぞ!」


 親信は離れていく元親にそう叫んだ。


「自分に考えがある!」


 元親はそう返した。そう言われれば、親信もついていかざるを得ない。


「行くぞ!」


 兵達も親信の後に続いた。


 結果的に潮江城まで何の抵抗も受けることなく近づくことができた。ここから城の内部は見えないが、柵に烏の群れが止まっているのが見える。


「流石に城を落とすのは無理やぞ。増援も入ってるろうしな」


「そうでもないさ」


 元親はそう言って、城に近づいて行った。喜助もその後に続く。


「おい!」


 慌てて親信も兵を連れて元親を追いかけた。


 敵からの攻撃は無かった。それどころか人の気配すらしなかった。


「空城の計か……?」


「いや、本当に空城みたいだよ」


 訝しむ親信の疑問に、元親が答えた。兵の偵察の報告によってもそれは証明された。


「ここに来るまでのおまんの動きはそれを知ってたみたいやったな。どういう事ぞな?」


「まず、ここに来る途中で出会った敵は、あそこからこの城のある北の方ではなく西の方へと逃げていったのを見て、潮江城に兵はいないんじゃないかって思ったのが一つ」


「ほうほう。でもそれだけでは根拠が弱いがやないか?」


 元親の推理を、親信は楽しそうに聞いている。


「次に烏が……自分たちが来たから今、丁度飛んで行っちゃってるけど、城を見た時烏の群れが止まっているのが見えたんだ」


「烏?」


 親信は空を見上げ、今まさに飛び立った烏が編隊を組んで飛んでいくのを見た。


「うん。今みたいに人の気配がすれば飛ぶのにさっきまでいたってことは、もし城内に人がいれば、そこに人の気配はない、もしくはいてもかなりの少人数だと思ったんだ」


 元親の推理を聞き終わると、親家は感嘆の声を上げた。


「おお!おまんを跡継ぎに選んだ国親様の御目は確かやったがやなぁ!」


 そうして親信は笑い始めた。そしてひとしきり笑った後、急に真面目な顔になり、その場でひざまずくと


「あなたこそまさに!土佐を!いや、天下をその手にできる御方!この久武内蔵助親信の命ご自由に御使いくだされ!」


 と言った。

 

 狭い潮江城内に親信の声が響く。中にいた兵達は何事かと元親達の周りに集まってきた。

 

 こういう時に、どうすればいいのか非有斎から教わってはいない。何が正しいのか分からず混乱する中、元親はなんとか、


「うむ。……励めよ」


 と辛うじて絞り出せた。  


 それから二年ほどが経ち、土佐平野における本山方の城は朝倉城一城を残すのみとなっていた。


 

 


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