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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【飛び上がって】

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【やっと来て】

「もうそろそろ、来る頃なんだけどな……」


 元親が来ているのは、堺という港であった。秀吉が日本一の港としようとしていただけあって、規模は大きい。外観だけでなく中身も充実しており、無数の人夫や水夫や商人でごった返している。彼らも、元親と同じく待っていた。


 仕事の邪魔にならないよう、元親は贔屓にしている店の二階に上り、窓から大坂湾を眺め続けていた。時折顔を撫でる生温い潮風は生臭く、心地がいいとは言えなかった。


「土佐湾は何もない分、臭いはましだったな……」


 いや、もしかすれば、地元ということで贔屓目にみているのかもしれない。そんなことを元親が思っていると、眼下が騒がしくなった。


「安芸の中納言様が来られたぞ!」


 その声に反応し、視線の向きを少し変えると、大船団が堺に向かってきているのが見えた。船の数から推算するに、その兵力は、三万は下らないだろう。その全船の帆柱に翻っている旗印はまだ見えないが、見当はつく。『一文字に三つ星』に間違いない。


「やっぱり、毛利が大将になるか……」


 西国最大版図を誇る毛利家。その石高は百万石を超す。それだけでなく、『毛利の両川』と称された分家、吉川・小早川両家も中国・九州で大きな領地を得ている。毛利家の当主である輝元は、五大老という家康と同格の位にあり、対徳川の旗頭になるに、これ以上の適任は無いと言えた。


 堺の活気が、三段階ほど増した。何しろ、三万人もの兵士がここに訪れるのである。需要も、三万人分増えたといっていい。高まった需要は、物の価値を高め、割のいい仕事を作る。それを狙って、商人や人夫はこの大船団を待っていたのだ。


 元親は、戦場さながらにヒートアップした港を、悠々と眺めていた。元親の待っていたのは、彼らとは別のものであった。


 毛利家の入港を皮切りに、他家の船団も続々と入港してきた。


「備前宰相も来られたぞ!」


 宇喜多秀家であった。率いてきたのは、一万五千。彼も五大老である。これで、五人の大老のうち三人が、反徳川の立場を取ったことになる。


「金吾中納言殿の船が見えるぞ!」


 小早川秀秋である。兵八千を連れて来た。秀吉の養子であったが、訳あって毛利の両川の片方である小早川家を継いでいる。


 これら以外にも多数の家の船が集まった。その数の多さは、堺ほどの大港でも収容しきれないほどであり、順番待ちの船団によって、大坂湾は西国武将の見本市のようになっていた。しかし、元親が待ちわびている者たちは、全く来る気配がなかった。


 待てども、待てども、来なかった。


 日が瀬戸内海へ沈もうとしている頃になると、あれだけ大坂湾に浮かんでいた船も、まばらになっていた。


「……今日は来ないのか」


 諦めて帰ろうとした時、紀伊水道の方から、一個の船団が上ってくるのが見えた。


 もしや。と思い、元親は船着き場まで迎えに行った。


 船着き場に着いた頃には、船影はかなり大きくなっており、大船に翻る大旗も見えるようになっていた。


 『七つ酢漿草』の家紋。長曾我部の船である。


「土佐の一領具足が来たぞ!」


 という景気のいい声は上がらなかった。何故なら、港の者たちの殆どは、見切りをつけて店じまいを終えていたからである。


 ただ、潮風にかき消される程度の呟きはあった。


「ようやく来たか……」


 静かだが、確かな熱が籠っていた。




 土佐の一領具足六千が堺を発ったのは、完全に夜となってからだった。幸いなことに満月であるため、夜間の行軍は比較的しやすかった。


 六千本の右足が、ほぼ同時に地面を踏む。六千の左足も、同様であった。


「我々の宿営場所はどちらに?」


 ここまで一領具足を引率してきた親直が、元親に尋ねた。


「大坂の南にある郊外の村。と、指定されたねぇ」


 いくら大坂城が天下一の巨城といっても、今回集まった兵を全員収容するわけにはいかない。入城が出来たのは、奉行衆、毛利や宇喜多などの五大老格、小早川などの姻戚関係にある家など、豊臣の中心に近い者たちの手勢だけであった。


「我々は所詮、外様というわけですか。面白くありませんね」


「まあ、その方が動きやすくてありがたいんだけどね」


「……そういうものですか」


 腹心と言える親直にも、元親は真意を明かしていない。それでも、親直は不満を漏らさず元親に従い続けてくれている。


「まあ、今度全部話す──」


 ──咳が出た。


「風邪ですか?」


「いや、大丈夫。多分、砂埃が口に入っただけだから」


 湧いてきたつばを、道に吐き出す。


「ご無理をなさらないようにしてください」


 親直が労わってきたが、そういうわけにはいかない。これから起きることは全て、天下を決める重大な事件に関わってくるのだから。無理ぐらい、しなくてはならないのだ。


「まあ、気をつけるよ」


 当たり障りのない返事しかできなかった。


 それからしばらくして、宿営地に着いた。手回しの良いことに、簡易的ながら陣小屋がいくつも立てられていた。長曾我部だけなら、充分に収容できるだろう。流石、一時とはいえ天下の軍団を管理していた奉行衆というべきだろうか。


「……それじゃあ、後を押し付けるようで悪いけど、今日は帰るね」


「その前に一つ。以降の予定をお聞きしたいのですが」


「ああ、それなら、明日の評定で大まかな方針が決められる、いや、達せられるかな? まあ、どちらにせよ、明日まではっきりとしたことは分からない」


 ただ。と、元親は続けた。


「どのようになるにせよ、最初にどこを目標にするのかは分かる」


 家康が居城にしていた伏見城に、少数ながら徳川の守兵がいる。大坂城の至近にあるこの敵城を放置しておく理由は、戦略的にも、戦術的にも、政治的にも無かった。


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