表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【飛び上がって】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/79

【ふらふらして】(前編)

 元親は屋敷を出た。


 門が観音開きに開かれると、朝日を背負った伏見城が目に入った。天下人の隠居先だっただけあって、元親の居城の数倍は立派だ。


 元親の向かう先は、そこだった。『今の』持ち主に挨拶するのが目的である。


「すっかり、寂れているな……」


 人気が少ない。野良犬が一匹、地面をしきりに嗅ぎ回っている。


「まあ、粗方出ていっていますのでねぇ」


 のんびりとした調子で、馬を並べている男が言った。骨太で、目がぎょろりとしている。


 元親の四男、盛親だ。亡くなった長男・次男、他家を継いでいる三男に代わり、長曾我部の跡取りとなっている。


 かつては大いに賑わいを見せていた伏見城下であるが、今は閑散としている。『自分が死んだあと、秀頼を大坂城に移せ』という秀吉の遺命のためだ。幼君を担ぐように、多くの諸侯も大阪へと移ってしまっている。


「残っているのは、伏見城にいる『内府殿』は当然として、加藤清正殿、加藤嘉明殿、福島正則殿、黒田父子、細川忠興殿、京極高次殿、伊達政宗殿……」


 授業のように、盛親は次々に名前を上げていく。密かに町に繰り出しては、子供たちに読み書きを教えているらしいが、それは本当なのだろう。


 盛親が上げている諸将は、秀吉の遺命に逆らってまで伏見に残っている。自分たちの立場がどこにあるのかを、表明していると見るのが自然だろう。


 奇しくも、大坂から見て伏見は東にある。今後の展開を暗示しているといえた。


「……とまあ、この様な具合で。おっと、自分たちを忘れておりました。何しろ、他の方たちとは事情が違いますからなぁ」


 様子を伺うように、さりげなくこちらに目を向けてきている。他の人間よりも目が大きいため、すぐに分かった。


 盛親の言うように、長曾我部だけは事情が異なる。当主が病に臥せっていたために移動できなかっただけであって、自らの意思で伏見に残っているわけではなかった。


 そのせいで、元親の真意を誰も知らない。跡継ぎである盛親でさえも。


 元親は、小さく笑ってから言った。


「……まあ、これから分かるさ」


 昔は、息子とは威厳を以て接しようとしていたが、今は地のまま接している。その結果、今の盛親が出来上がった。頼りないようでいて、戦場では目覚ましい働きをしたり、領国の統治を半分程担ったりしている。後を託すに足る人物に育ったといえた。それに、優しさもある。


 横を通りかかった時、野良犬が吠えた。縄張りに踏み込まれて唸る、という感じではない。慣れた人間に、何かを催促しているようだ。


 慣れた人間が、馬から降りた。


「よーしよし、五十六いそろく。今あげるからなぁ」


 そう言って、巾着から握り飯を出すと、『お座り』や『伏せ』、『お手』などの芸を一通りさせてから与えた。


 それらのことを終え、馬上に戻ると、


「お待たせしました、父上」


 と言った。


「……今の犬は?」


「どこかの屋敷で番犬として飼われていた犬が、放たれたか、逃げ出したかで、町中をうろついているのですよ」


「……それで?」


「飢えて人を襲うようになってもいけませんし、ああして定期的に餌を与えているのです」


 襲われないようにするというだけなら、殺処分してしまえばいい。そういう名目でうるさい声を避けているのだろう。


 よくよく見れば、握り飯が出てきた巾着と同じ物が、幾つも鞍にぶら下がっていた。


「……五十六と呼んだけど、何匹同じような犬が?」


「七十三匹です」


 そう答えた後、盛親は元親の視線に気付き、付けくわえた。


「今回の餌やりは、登城途中にいるもののみなので、ご安心ください」


「……そうか」


 少し優しすぎるのかもしれない、と元親は思った。




「快癒なされたようで何よりです、元親殿」


 狭い茶室を圧するような、丸々とした老人が言った。彼こそが徳川家康である。伏見城の今の主であり、大老という豊臣政権下で頂点に近い地位にいる。


 諸侯からは秀吉の真の後継者、或いは、簒奪者と見られていた。


「これも、内府殿が煎じて下さった薬のおかげでしょう。重ね重ね、御礼を申し上げます」


 元親が深々と頭を下げた。内府という呼び名は、家康が内大臣という官職についていることに由来する。


 元親が頭を下げたのを見て、付き添いで来ていた盛親もそれに合わせた。


「そこまで畏まられなくとも。趣味で煎じた薬が、御同朋とも言える元親殿を助けたというのであれば、これ以上嬉しいことはありませぬ」


 元親と家康の関係は、深い。小牧・長久手の合戦以来である。


 その時の話になった。


「そういえば、御曹司殿は、その頃はお生まれであったかな?」


 突然話を振られたものの、盛親は落ち着いて様子で答えた。


「はい。その頃は九つでありました」


「あっはっは。その時に九つの子供が、こんなに立派な武者振りに育っているとは。そりゃあ、儂も老いるわけだ」


 『孫と話す祖父』といったような感じだった。分厚い瞼と目じりが垂れ下がっている。


「あの頃が懐かしく思われますなぁ、元親殿。我ら二人、今にして思えば無謀ながら、太閤殿下に盾突いて……、のお、万千代?」


「左様。どうにか連絡を密に取ることができていれば、或いは。と、今でも思う時がありまする」


 万千代と呼ばれたのは、井伊直政であった。小牧・長久手の時、彼は取次として長曾我部・徳川間の連絡を受け持っていた。家康の寵童であった頃の面影を残す、涼やかな顔をしている。


 自然とその話題になった、と言うには話が変わるのが急すぎた。家康の、近い将来を意識した工作の一環だろう。


 その意図を読んだ元親は、話しに乗っかった。これこそが伏見城に来た目的だからである。


「……あの頃の盟約は、未だに続いていると自分は思っております」


 場の雰囲気が、僅かに変わった。


 家康は、朗らかさを損なわずに言った。だが、垂れ下がった目じりが元に戻っている。


「……どうですかな、屋敷に傷みとか不都合とかはござらんか? ご存じの通り、空き家が多くある故、望まれるのであれば、喜んで便宜を図りまするが……」


 明確な返事ではない。だが、伏見での滞在を促しているということは、そういうことなのだろう。これで、元親の目的の一つである盟約の再確認は完了した。あとは屋敷に帰り、そのまま居座り続ければ、来年の辺りに起きる大戦の勝ち馬に乗れる。所領の安堵は間違いないだろう。


 けれど、元親はその申し出を断った。


「お気遣い感謝いたしますが、太閤殿下の遺命に背き難く、近日中に大坂に移ろうと考えております」


 家康は、虚を突かれたように目を瞬かせた。



 元親は構わず言葉を続けた。


「それと、何があろうと自分は内府殿のお味方です。この言葉、お忘れなきよう」


 そう言って、辞儀をして、席を立った。


 家康は、特に返事をすることもなく、不審がりながら元親を見送った。


 伏見城を出た時、元親は盛親に告げた。


「このままの足で、大坂に向かう」


 まだ太陽は、東に低い。馬を走らせれば、昼過ぎに着くだろう。


「今からですか? 屋敷を移すには、諸々の準備が掛かりますが……」


「引っ越し自体は、後日行わせる。今は何よりも早く、大坂へ」


 噂よりも。


 客がいなくなった茶室には、まだ亭主たちが残っていた。


「土佐守殿は、自身の一挙手一投足が、どういった意味に取られるのか分かっておらぬ御様子」


 呆れた表情で直政が言った。


 大名ともなれば、高度な政治的駆け引きが求められる。にもかかわらず、元親のあの行動はどうした事だろうか。あのまま伏見に滞在する意思を示し、旗幟を鮮明にするべきではないのか?


 家康は、じろりと直政を見た。


「……耄碌した、と言いたいのか?」


「……いえ、流石にそこまでは」


 年老いた主君に憚り、直政は口だけは否定した。


「……気にするな。儂も同じことを思っていた」


 直政は、黙って頭のみ下げた。否定も肯定もしていない。


「たとえ、主君が耄碌しているとしても、その下にある一領具足は侮れん。味方にするには頼りないにしても、敵に回したくはない」


 小田原でも、朝鮮でも、あの珍妙な部隊は多大な戦果を挙げている。


 その能力と実績から、徳川四天王とも、三傑とも評される直政は、瞬き一回分の間に妙案を思いつき、述べた。


「それならば、先程の話を市井に流すというのはどうでしょう」


 『土佐守は、何があっても内府に味方する』という噂が流れれば、元親は大坂方にも信用を得られず、孤立する。


 家康は、直政の献策を咀嚼するように小刻みに頭を動かし続け、やがて大きく頷いた。


「そうだな。直ちに流せ」


「はっ」


 その頃、元親一行は、宇治川の堤の上を大急ぎで西へと走っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
おっとぉ、豊臣家さえ滅ぼせれば徳川政権下でそれなりのポストで満足するのかなと思ったけど、 これはもっと大きいトコ狙ってますねえ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ