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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【羽を広げて】
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【跪かれて】(前編)

 小森改め元親は、長曾我部国親の葬儀の喪主を、大過なく勤め上げた。これで、元親は名実ともに新たな長曾我部家当主となった。

 

 当主となった元親は、手始めに主だった家臣を岡豊城に集めた。国親が倒れてから滞っていた領地の運営に必要な雑多な物事を取り決めたり、諍いの仲裁をおこなったりするためである。それに本山家との戦についての軍議もしなければならない。


 約束の刻限になって、元親は城内の広間に入った。上座に座ると、板敷の広間に家臣たちがずらりと並んでおり、壮観な眺めであった。


 未来から来た元親が当主になったからといって、目新しいことは特にしない。先代国親の時からの慣例に従う。元親は内政に関してしばらくノータッチで行くと決めていた。なぜなら、未だにこの時代の勝手や内政のあまり分からぬ元親の提案した改革が上手くいく可能性は低いうえ、それどころか、本山家と敵対している状態で、改革によって必ず生じる不平不満を内に抱えることになると離反される恐れもあるからである。


 幸いなことに、国親の領地運営は至って順調であり、民の不満もあまりないため、状況が落ち着き、元親の権力が不平不満を抑え込めるほど強くなるまでノータッチでも支障は無さそうだった。


 内政事も終わり評定の議題は、先の戸ノ本での戦いからずっと敵対状態にある本山家についての軍議に移る。


「誰か、あれを」


 元親に呼ばれ、小姓たちが土佐平野を鳥瞰で記した地図を広間の真ん中に広げた。


 東の方は長曾我部家や本山家と同じ『土佐七雄』と呼ばれた土佐の主要な豪族の一つ安芸家との境の山まで、西の方は本山家と一条家の境の辺りを流れる仁淀という川の辺りまで描画されており、土佐平野を東西に分けるように存在する浦戸湾や、簡易的ではあるが主要な川や山も描かれていた。


「岡豊城はここ……本山茂辰のいる朝倉の城はここ……蓮池城はここ……潮江はここ……大高坂はここ……」


 地図の近くにいる家臣たちが、それぞれ記憶を頼りに城のある位置に兵棋を置いてようやく軍議の準備は整った。


「さて、どう攻める?」


 上座から降り、自身も鳥瞰図を囲う一員となりながら、元親は家臣達にそう問いかけた。

 

 地図に兵棋を並べ立てたおかげで本山、長曾我部両家の勢力が先の戦で手に入れた浦戸城を除けば浦戸湾を基準に綺麗に東西に分かれているのが分かる。(長浜の城は国親が破城した)北の方に座った元親から見て、右に本山家左に長曾我部家となっていた。


「ここは岡豊から一気に全力をもって朝倉城を攻めるのはどうでござるか?そうすれば他の敵の城は全てこちらのものになりましょうぞ」


 岡豊城から朝倉城までの道のりを指でなぞりつつ、途中にある敵方の城をいくつかなぎ倒しながらこういったのは家臣の一人、江村親家である。船の帆柱を持ちながら悠々と歩ける剛力を持つ彼らしい豪快な発想だった。


「この一戦ですべてが決まるという状況ならその案も悪くないね」


 なぎ倒された城を意味する兵棋を立て直しながら、元親はその案を一応褒めた。しかし、その案を採用するわけにはいかない理由も述べた。


「ただ、彼らには朝倉城を攻め落とされたとしても、まだここがある」


 元親は地図の枠外、北の方に座っている胡坐をかいた自分の足を、軽く指先で叩いた。


「岡豊城がどうかされたので?」


「あほなこと抜かすな!兄者は北の山中にある本山郷のことをいいゆうがぞ!」


 頭の回転はいまいちな親家に、元親の義弟親貞がつっこみを入れる。


「その通り。まだ彼らには本拠地である本山郷がある。朝倉城を攻めるのに兵力を使い切ってしまえば、天然の要害とも言われるそこを攻め落とすのが難しくなってしまう。それに安芸家も東にいる。だからいたずらに兵を消耗するのは得策じゃない」


 元親は、今度は地図にある安芸家と長曾我部家の境にある山を指差す。夜須と呼ばれるその地域一帯には夜須城があり、そこは今、元親の初陣の時共にいた吉田重俊が守っている。


「それでは兄上。朝倉城からみて山の向こう側にある城を奪っていくのはどうでしょう?」


 元親のもう一人の弟親奏がそう提案する。彼は元親がこの時代に来る前に既に養子に出されており香宗我部親奏となっている。


 土佐平野は平野と呼ばれてはいてもそのすべてが平らな平地ではない。朝倉城の南の方には南嶺と呼ばれる小さな山脈が横たわっており、それが土佐平野西側にある本山領を南北に分断している。親奏が言うには朝倉城から隔たれた、南側の沿岸地域にある城から攻めようというものだった。


「『迂回』か……。うん、こうしようか」


 自身の戦略的知識と照らし合わせてみてから、元親は親奏の案を採用することにした。


「ここを親貞が……ここを親家が……ここを親奏が……ここを弥次兵衛が……ここを親政が……」


 元親は攻撃目標に設定した沿岸地域にある城を、攻撃する人員を割り振っていった。『親』の文字が名前に入っている者が多いのは、主君であった国親から名前を一文字与えられたからである。現代から来た元親にとっては奇妙な事に感じるが、この時代ではよくあることらしいと非有斎から聞いている。 


「蓮池の城はどうされます?」


 地図の西の端にちょこんと乗っている兵棋をつまみ上げて尋ねるのは、元親と同い年ながら長曾我部家筆頭家老を務めている久武親信であった。蓮池城とは仁淀川よりも西にある城であり、元は一条家に属する城であったが、先年茂辰が奪い取ってからは本山方の城となっていた。


 それは、まるで自分がそこに配置されることを期待しているような指摘だった。

 

 元親はその親信の気持ちは察した。だが、それには応えなかった。


「蓮池城は捨て置くよ」


「獲れる城を獲らないと?」


 圧を発しながら、親信が僅かに元親に詰め寄った。


 今でこそ元親は、非有斎の指導により当主らしく振る舞えてはいるが、根は現代の頃と変わらない臆病なままである。背中に冷や汗が流れたのを感じた。


 しかし、部下が怖いからと言って意見を曲げるようでは将は務まらない。元親は自分の考えを述べた。 


「蓮池城に関しては元の持ち主の所にお返ししようと思う」


「中村の……御所様の元へでござりまするか……それならば」


 親信は不服ながら了承した。中村の御所の存在というのはそれほど土佐の人間にとっては大きい。

 

 自分の出番が無いと分かった親信は、誰が見ても分かるほど露骨に落ち込んだ。武士にとって、というよりもこの時代の男にとって、戦というのは手柄を立て出世する一番の機会である。その上、皆幼い時に血沸き肉躍る合戦話を大人達から聞かされて育ってきている。若く溌溂とした親信が留守番を命じられるのはそれだけ酷なことであろう。


 元親はそんな親信を見て、この作戦に一つ修正事項を加えることにした。


「それと、親信には自分の所に副将としてついてもらうから」

 

 自分の出番があると分かった親信は誰が見ても分かるほど露骨に気分が上がった。やる気のあるものに役割を与えるのも将の役割の一つである。

 

 軍議も終わり、戦の準備を始めるため各自自分の領地へと戻って行く中、元親は弟達に話かけられた。


「いやあ兄者も変わられましたな!やはり初陣というのは人を変えるのでしょうな!」


 そういいながら親貞は元親の首の後ろにごつい腕を回し、気安く肩を組んだ。 


 土佐の風土は古来より親貞の様ながさつな人間をよく育む。ここでは元親の様な繊細な者は少数派である。 


「貞兄。兄上が困っておるぞ。放せ」


 長兄と同じく少数派の親奏が、親貞のだるがらみを止めた。


「おお、すまんかったの兄者」


 そう言い、親貞は元親を解放した。


「とはいえ、本当に人が変わったように立派になられましたなぁ兄上は。今は香宗我部家の者になったので言いますが、昔は『あのような腑抜けた兄が家を継ぐぐらいなら、いっそ……』と思わないことは一度や二度ではありませんでした」


「俺も同じよ!なんなら未だ長曾我部の身故今でもそう思えるなぁ!」


 自分の抱いていた殺意を、あっけらかんと二人は話した。戦国時代では親と子が殺し合うことはままある。兄弟ともなればそれは普通の事であろう。とはいっても、殺意を向けられたものに直接明かす者は滅多にいないが……。


 このやり取りの間、元親は総毛だっていた。それは自分への殺意を明かされたためというよりも、自分の正体がバレるのではないかという恐怖からだった。


 元親の正体は、この時代に来た時に陣幕にいた者と、同じ未来人の非有斎以外誰も知らない。


 国親は生前元親に


「バレれば命はない。特に弟達に知られてはならんぞ」


 と言っていたが、先の会話によってその言葉は説得力を増して事実となった。


「……次の戦ではよろしく頼むぞ」


 極力、平静さと兄としての威厳を装いながら元親はそう言った。


「御意」


 二人揃ってそう言い、二人の弟達は自分の領地へと帰っていった。


 誰もいなくなった広間で元親は呟いた。


「あんな風に言われるなんて元親ってどんな人だったんだ……」

 


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