【改修して】(後編)
その道中、蛍とこんな話をした。
「……あれ以来、生活に不自由したりしてない?」
「ウチの場合はしとらんなぁ。むしろ、刀差しとった時よりも羽振りがええわ」
召し放った一領具足たちには、一応、暇金を出している。その支払いは基本的に金銭であったが、足りない分は、大量に生産している鉄砲を代わりとして与えていた。売ればそれなりの値段になる。長曾我部軍の鉄砲装備率が高い理由でもあった。
蛍の場合は鉄砲を売らず、それを使って猟師となった。かなりの腕前で、以前、秀吉に熊の毛皮を十枚献上したことがあったが、その全てを蛍が一人で調達してきたほどであった。
とはいえ、蛍のようにうまく生活できているのは少数派で、他の者たちは苦労していることだろう。そう元親が言うと、蛍に、
「ほんま、旦那は人がええなぁ」
と笑われた。
府内の町は、上方ほどではないが、岡豊よりかは何倍もにぎわっていた。聞いた話では五千軒もの家屋が立ち並び、数万もの町民が生活しているという。南蛮貿易が盛んな地ということもあって、石造りの教会や南蛮人を普通に見かける。
そんな町の中心にある府内館は、大友家が代々本拠としていたということもあって大きい。が、防御性能がそこまで重視されていない城館といった感じであった。城館といえば、かつて三好家の本拠であった勝瑞城と同じ形態であるが、勝瑞城は元親が奪取した時点で櫓を立てたり土塁を高くしたりと守りに適するような改築が施されていた。その点、府内館はそういうものが全くなかった。低い土壁が一重、仕切り程度に囲っているだけである。地形に関しても、東に水堀のように大分川が流れているが、その他は町が広がるだけであり、守るに向いていなかった。
ただ、その短所を補うためか、府内館より南に位置する小高い丘の上に上原館という城館があった。そこは空堀を掘られており、その土をかきあげた土塁も築かれてある。
「……少し頼りないけど、ここ以外には無いか……」
府内を守るという課せられた目的を遂行するのに、ここが一番適した場所であった。遠くに見える山地に山城を築いて籠れば負けはしないだろうが、それでは府内を敵に明け渡してしまうことと同義になる。
国東の鎮定を終えて戻ってきた権兵衛に、先の見解を提案として伝えると、その提案をそのまま受け入れてくれ、上原『館』を上原『城』に改修することが決まった。
しかし、その作業は殆ど元親が受け持つことになった。その理由は、豊後各地でくすぶり続けている火種を、小火になる前に権兵衛が消化してまわり、元親は築城を続ける。そういう役割分担が自然に取られたからだった。
上原城の改修は、着々と進んだ。といっても、資材の不足によって前時代的な──岡豊城のような土を削って盛った造りであった。それでも、八千の兵が籠るに足る規模には拡張でき、櫓も数基建てた。
ある日の昼下がり。教会の近くを通りかかった時、外にまで聞こえてくる祈りの歌に惹かれ、つい、足がそこへ向かった。豊後を奔走する権兵衛と比べて、元親は余暇があり、顔見知りの讃岐勢と話したり、こうして教会のミサを見学したりする余裕があった。
デウス堂と呼ばれている石造りのこの教会は、ヨーロッパの教会と姿が変わりない。万華鏡のようなステンドグラスから彩色された太陽光が、町民で構成された聖歌隊や、前の方にいる参列者に降り注いでいる。
開け放たれた入り口をくぐると、すぐさま声をかけられた。声をかけてきたのは、南蛮人の神父であった。
「ようこそ閣下。お久しぶりでございます」
「……ああ、中村で会った。……名前は……」
思い出せない。
そんな元親を察したのか、十数年ぶりに再び名乗ってくれた。
「ルイスです、閣下。その節はお世話になりました」
ルイスは、一条兼定について来ていた従軍司祭であった。中村での決戦の後、元親と出会い、土佐でのキリスト教布教活動に従事していた。
「そうか、そういえば豊後から来ていたね」
「はい。大友様には先代の頃より大変お世話になっております。もしよければ、中で座って聞いていって下さい。丁度、ご子息もおられますよ」
「信親が?」
言われて中をよく見ると、席の前の方に確かにいた。赤く色づいている。
元親は、熱心に異国の聖歌に聞き入っている息子の隣に、無言で座った。声をかけなかったのは、いつ気づくのかといういたずら心が芽生えたからであった。
しばらくオルガンの演奏を聞いていると、隣で物音がした。
「ち、父上!? 何故ここに!?」
信親は父親が相席していたことに驚きを隠せていなかったが、ミサの邪魔をしないよう声量は抑えていた。
「通りかかっただけだ。……そっちは、そうではないようだな」
信親の手に小さな十字架が握られていた。通りがかったから入ったにしては随分と熱心であった。
「……ええ。せっかくなので、この場で申し上げますが、土佐に帰り次第、改宗しようと思っております」
「それは構わんが、岡豊にも教会はあっただろう。何故に今になって……」
元親は一瞬、岡豊にある教会の形を思い出した。民家の屋根に木製の十字架が取り付けられただけの簡素な教会を。
「……さては、ここの教会があまりにも立派で感化されたな?」
元親の推理は、見事に信親の図星をついたようだった。
「いえ! 断じて、そのようなことはありませぬ! 私はただ純粋に教えの素晴らしさに感銘を受けただけであって、決して軽い気持ちで入信することを決めたわけではありませぬ!」
信親の顔が、更に赤みを帯びていった。
他愛のないことをムキになって否定する若者らしさを、元親はほほえましく思った。
それから、親子は二人並んで座り続けた。こうして親子二人だけで過ごしたのは、信親が信長から『信』の字を与えられた時以来だった。
穏やかな時間が、流れ続けた。
あまりにも穏やかすぎて、信親が死ぬのはまた別の時ではないのか? そんな甘い考えすら元親の頭に浮かんだ。
しかし、それは、嵐の前の静けさというものであるようだった。
「ここにおられましたか」
ヌッと、白塗りの顔が親子の間に入ってきた。驚いて飛び上がるように立った元親を、後ろの参列者が迷惑そうに見ている。
元親は迷惑にならないように場所を変え、白塗りの左京進に用件を聞いた。左京進は元親が年賀の挨拶に行った時、『久しぶりに土佐に帰りたい』と言って元親の帰国に合わせて土佐に帰り、『たまには槍働きもしたい』と言ってこうして九州についてきていた。
「何があった?」
左京進は要点を簡潔に述べた。
「敵が来ております。軍議が開かれるようなので、急ぎ上原城に」
筑前の侵攻で一定の戦果を挙げた島津軍が、遂に豊後に兵を向けてきたようだった。
島津という吹き込んできた強風にあおられ、くすぶっていた種火が、瞬く間に小火となり、大友領内を焼きはじめた。
それらを消すに権兵衛だけでなく、元親も奔走した。だが、それでも全てを消し止めることはできず、肥後、日向の境と接している城が幾つか寝返った。
その機に乗じて島津軍は、肥後・日向の二方向から府内に攻め寄せ、その内、日向から来た島津家久率いる一万の兵が、大分平野南端にある鶴賀城を包囲した。鶴賀城が抜かれれば、そこから府内までの道を阻む城は無かった。
しばらく更新止まります。
すみません。




