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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【叩き落とされて】

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52/88

【帰って】

 阿波の地から、水が引いて、兵が退いた。


 前者は、吉野川を伝って海に流れ出た。後者も、大半はそれに倣った。残りの一部は、そのまま阿波に残った者と、逆流して白地に戻る者に分かれた。


「──という次第でな。……負けた」


 白地城の広間に集結した諸将たちに向けて、元親は経緯と結果を簡潔に伝えた。三文字で表された一文には、その文字量の万倍に匹敵する想いが込められていた。


 だが、元親の最後の一文に異を唱えた者がいた。


「負けたというのは謙譲が過ぎましょうぞ。天下の大軍を相手に、合戦で破り、少数で城を守り通したというのは誰の目に見ても、こちらの勝利と映るでしょう」


 そう言ったのは信親であった。彼の言葉に、他の将たちも頷いて同調している。


 父親を気遣っての発言なのだろうが、元親から見れば青臭さがあった。その青臭さは、これから秀吉の家臣となる長曾我部の後継者が放つには、危険な香りであるため、これから徐々に消臭していかなければならないだろう。そう思ったため、元親は敗戦の一番重要なポイントを息子に伝えた。


「……もっと広い目で見よ、信親。我々が戦っていたのは阿波のみではない。伊予では毛利が、讃岐では宇喜多が、それぞれ侵攻してきていた。あのまま戦いを続けていれば、きっと土佐にもなだれ込まれていたであろう。つまり、直接的に刃を交える以前から、こちらは負けていたのだ」


「ですが、父上の水計により羽柴軍の士気は底にまで落ちておりました。あのまま戦いを続けていれば、四国より追い出せたのではありませんか?」


「いや、あれは運()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだ。皆には水害を防ぐための堤を作ってもらったものの、荒れた吉野川を受け止め切るには及ばなかった。その結果、幸運にも長曾我部は生き永らえることができた。……そう、説明しただろう」


 元親は再度、息子にカバーストーリーを教え込んだ。勿論、信親だけでなく家臣全員にこれを徹底しなければならない。そうでなければ、売り物にならないのだ。


 だからといって、すんなり受け入れられる者は少ないようだった。それも仕方がないだろう。時として、名誉が命以上の重さを持つ時代である。それに、領地の広さや豊かさというのは彼らの生活に直結する問題であった。あの羽柴秀吉と五分の戦いを繰り広げたという名誉と、四国一円に広がる勢力圏をなかったことにする対価には、土佐と阿南(阿波南部)では不足のようだった。


 これから、このような不満は数多く発生し、個人で消化しきれない分は自分に向けられるのだろう。そう思うと、元親はやや憂鬱な気分になった。


 しかしそんな時、一人が口を開いた。


「十万を超す大軍に三方より攻められてなお、命と領地があることに、我々はまず満足するべきでしょう」


 伊予方面を指揮していた久武親直の、鼓膜を刺すような冷たい声が元親の耳に届く。その声に反応したのは吉良親貞の息子、つまり元親にとって甥にあたる吉良親(ちか)(ざね)であった。性格は父親譲りの積極性を受け継いでおり、それが若さによって更に増幅していた。


「伊予軍代の申されることにも一理ある。何しろ、伊予で命を落としたものは多くおりますからな」


 その物言いには、皮肉が存分に込められていた。両者は同じ伊予方面を担当していたため、もしかしたら、そこで関係性がこじれたのかもしれない。


 三万を超す毛利勢を相手に僅かな手勢で遅滞を行うとなると、取れる手段は限られる。親直が取ったのはその中でも最も非情なものであった。それは、毛利軍の侵攻経路にある城に少数ずつの兵を籠め、ことごとく討ち死にさせるまで籠城させるというものだった。一応、元親の名も使わせ、城兵たちには子孫を盛り立てていくことを約束しているが、だからといってそれで評価が覆る筈もなかった。


 親直は顔だけ向けて、隣の親実に言った。


「異なことを。この戦で果てた者は伊予に限らず阿波や讃岐にも多くいる。何故、伊予の戦死者のみ言及されるのか」


 個人的な感情によるものです。とは言えるわけもなく、親実は、


「もっと上手い方法があったのではないかと言っておるのだ」


 と食い下がった。


 示し合わせるでもなく、両者は視線を交わし始めた。


「やめんか二人とも! これから御家の難事に一丸となって当たっていかねばならぬというのに、我らで争ってどうする!」


 そう言って、島弥九朗が二人の間に割って入った。彼は讃岐方面の指揮を担当し、白地に繋がる地点のみの防備を固める重点防御策を取っていた。その結果、讃岐は一番人的被害の少ない戦線となった。


 弥九朗の介入によって、険呑な雰囲気は四散した。二人は視線を再び元親に戻した。


 気を取り直して、元親は口を開いた。


「……それで、これからのことなのだが……。知っての通り、長曾我部は大幅に縮小した。故に、抱える家臣団もそのままというわけにはいかない。……よって、望む者がいれば暇を与える。他家に仕えるのであれば、可能な限り口添えもするので遠慮せずに申し出てほしい」


 この元親の発言の反響は大きかった。その場ですぐに申し出るものはいなかったが、一日、二日と日が進むにつれて、その数は膨れ上がっていった。誰々が抜けるのであれば自分も。そんな風見鶏的な発想で暇を乞う者が多かった。


 とはいえ、元親が彼らを恨むようなことは決してなかった。結局のところ、こうなったのは全て自分の力が及ばなかったせいなのだから。


 脱退者の多くは、長曾我部家に属してから日の浅い、他国の者たちが殆どを占めていた。しかし、雑賀衆、昇進の約束を受けた者、長曾我部の家風を気に入った者たちは、引き続き元親に仕え、土佐に帰るらしい。


 五日が経ち、全ての将士の進退が定まった。


「……それじゃあ、帰るか」


 元親が馬の腹を軽く蹴ると、馬は指示通りにゆっくりと進み始めた。土佐から四国に進出し始めてから十年が経過している。当初は獣道に毛が生えたような土佐路でも、馬一頭ずつなら難なく通れるほどに整備がされており、帰り道の事故の心配は、ほぼない。


 途中、元親は何となく振り返り、白地城を見た。四国制覇に乗り出してから、本拠の岡豊よりもここで過ごした時間の方が、長い。意識していないが、いつの間にか愛着がわいていたようである。


「……やけに感傷的だな」


 そう自嘲気味にひとりごつと、視線を進行方向に戻した。整備して通りやすくなったとはいえ、油断は禁物である。土佐に向かう道とはそういうものであった。足を踏み外せば、谷に真っ逆さまに落ちる。


 元親の隊が出発したのを受けて、他国勢もそれぞれの帰路を歩き出した。伊予に、讃岐に、阿波に、淡路。距離はさまざまであるが、どこを目指しても、そこに続く道は土佐路よりも広く、平坦で、歩きやすいことは間違いなかった。


 こうして、四国全土に精兵たちを送り続けてきた白地城は、最後に彼らを故郷へと送り出し、空っぽになった。


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