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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【叩き落とされて】

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46/78

【持ちこたえて】

 勝瑞城を包み込まんとする重低音を、鋭い高音が切り裂く。すると、煙硝に近い香りが元親の鼻腔を刺激した。まだ発砲音はしていない。火縄の燃える匂いである。


「まだ……まだ……」


 元親は、土塁の上に築かれた城壁に設けられた狭間(さま)から外を覗き、号令を下すタイミングを測り続けた。羽柴軍の鬨の声が体を震わし、足音が地を震わす。戦に慣れていない頃の元親であれば、恐怖と緊張のあまり指揮などできなかったであろう。だが、彼の生涯は、この時代に来てからの方が長くなっている。二十五年にも及ぶ戦国武将としての生活は、『小森』を『元親』に変えるには充分すぎた。


 突如、敵の進撃が鈍った。川の水をひいて発生させた湿地帯に嵌ったのだ。それは、一見すればただの平野と変わりなく、遠くから見ただけで気づくことは難しかった。


「撃て!」


 元親の号令によって、南側の土塁を守っている部隊が一斉射撃を行った。三角形の鉄砲狭間から、櫓の上から、火と鉛玉と銃声が噴き出す。その銃声を合図に、声の届かない東側と西側の部隊も射撃を行った。長曾我部軍の中で射撃に優れた者から順に選抜された二千の射手は、殆ど不動となった的を外さなかった。


 なんら攻城戦の準備を行っていない羽柴軍には、竹束や置盾のような遮蔽が全くない。ただ身に着けた鎧の防護力を頼るのみである。弓や槍や刀であればそれのみでも充分であったが、相手が悪い。高速の鉛の弾丸は難なく鉄を穿ち、布を裂き、肉を貫ける。被弾した者の多くは銃弾と鎧の破片を身に食い込ませ、死んだ。


 二千発の初弾は、三百近い的に食い込んだ。狙いが外れていないにもかかわらず二千を大きく下回っているのは、狙いが被った射手が多くいたからであった。


「まだまだ来るぞ! どんどん撃ち続けろ!」


 敵の攻撃は止んでいない。襲来している兵に限っても七万もいる羽柴軍にとって、五百という損害は、無視できるどころか意にも介されない程度のものでしかなかった。動揺するどころか、飛び道具を持っている者は果敢に射かけ、持っていない者は仲間の死体を足場や盾にして進攻を続けていた。


 彼らの進攻速度は遅いが、何しろ数が多い。二千丁の鉄砲では、到底食い止めきれない。この時代の銃の明確な弱点として、十秒以上もかかる長い装填時間がある。二発、三発と撃たれる間に、運よく狙われなかった敵兵は前進を続け、いつかは急ごしらえの城壁に取り付くことができるであろう。

 

 だが、次弾が標的に着弾したのは四秒後のことであった。この射撃間隔の短さは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()からであった。それは、三段撃ちによるものでも、現代的な弾倉給弾方式の銃を開発したから実現できたわけでも無い。


「次!」


 元親のそばにいる射手の一人が、後ろに控えている二人の味方に発砲直後の銃を突き出した。すると、その内の一人が自身の持っている銃を差し出し、突き出された銃と交換をする。もう一人の味方はその間も懸命に装填を行っており、彼が火皿に火薬を盛ったところで三回目の射撃音が鳴った。


「次!」


 ついさっき装填の完了した銃が、ついさっき射撃を終えた銃と交換され、また装填がせわしなく行われ始めた。


 このように、一名の射手と二名の装填手を組ませ、六千丁の鉄砲を運用していればこそ実現できた連射であった。三段撃ちのように三名全てを射手にするとなると、入れ替りや狭間を覗いて状況を把握する手間がかかるうえ、一領具足以外の者も射手に含めるため、平均的な射撃練度が下がることは避けられないが、一領具足を射撃に専念させ、残りの二名──他家の銃兵──を装填に全力を傾けさせることによって、その問題はクリアできた。


 この戦法は、日ノ本一の鉄砲集団である雑賀衆の者から教わった。但し、それは彼らが味方になる前のことであり、その時は()()()()を以て教えられた。


 とめどない射撃に、歩兵の突撃を阻む障害。形は全く違うが、『戦争からきらめきと魔術的な美が奪い取られてしまった』ために現れた地獄と同質のものが、阿波の地で顕現していた。


「……やはりそこに気づいたか……」 


 元親は、城門に繋がっている道を見ていた。そこは湿地と化した平野より高い位置にあり、道としての進退のしやすさは些かも損なわれてはいなかった。それに気づいた大勢の兵が、押し合い圧し合いながら猛進してきている。


 通常であれば、道を通るという行為は危険なことであった。目立つために城兵の注目を受けてしまう上、その城の城門が櫓門であれば、そこにいる城兵の良い的になるからであった。しかし、決して行ってはいけないという行為ではない。今回のような他に進攻経路が無い場合では、最良の手段と言えた。弾避けになる者は大勢いるし、用意が良いことに先頭の兵士は竹束を掲げている。何人かは死ぬではあろうが、それ以上の数が城門に取り付けることは間違いなかった。そうなれば、粗末な門扉なぞすぐに破壊でき、彼らの中から一番乗りの勲功を上げる者が出るであろう。


 そうなれば。


「……頃合いか」


 道の上を殺到してきている羽柴軍を見ながら元親は呟いた。その呟きが聞こえたわけではないだろうが、直後、簡易的に門の上に築かれた櫓から、轟音が響いた。


 三発の砲弾が、運動エネルギーのあり続ける限り、竹束と鎧と肉体を砕いて直進する。その結果、細い道の上を密集していた敵集団の前から五列目までは、漏れなく生命活動を停止し、それより後列は全員が歩みを止めていた。


 腕か足を奪われた者。前列の鎧や人骨の破片が目に突き刺さり視力を奪われた者。目の前で行われた凄惨な光景を見て戦意を失った者。前が空かないため進めない者。立ち止まった理由は様々あったが、どれも斟酌されず、余すところなく射手に標的にされた。


「……我ながら悪辣だな」


 敢えて道に敵兵を集中させてそれを砲撃でまとめて薙ぎ払うという戦法を考えた張本人が、狭間からその効力を眺めながら苦々しく言った。自分で考案した作戦が上手く決まったこと自体は喜ばしいが、それでも、人が死ぬところを見て良い気持ちがするわけではない。矛盾していると自分でも思うが、開き直ってその矛盾をなきものにしてしまうのは人の道を完全に外れることのように思われるため、これからもこの矛盾と付き合い続けていくしかないだろう。


 南門での砲撃から少しして、東側と西側でも同様の砲撃が行われたのを元親は聞いた。その砲撃の音からしばらくして、城外から法螺貝の音が響いてきた。


「……もう終わりか」


 苛烈な戦闘を繰り広げてはいたが、終わってみれば、二時間程の戦闘でしかなかった。まだ日は西に傾きかけただけであり、川の流れも大きな変化は無かった。




「……少し遊びすぎたか」


 死傷者三千という報告を聞いた秀吉は、こともなげに言った。周りには弟秀長以外誰もいない。それであればこそ遠慮なく言えた胸の内である。たかだか五分にも満たない損害。何の痛痒も感じてはいな

かった。


「……お次はどうなされますか?」


 やや眉をひそめながら、秀長が尋ねた。


「……干殺し──いや、水攻めにするか。そこかしこに川があることだしな」


 城の土塁よりも高い堤防を築けば川の水を城内に注ぎ込める。銭と労力はかかるが、ただ取り囲むだけよりもずっと早く城を落とせる方法であった。


「はっ。直ちに取り掛かります」


「それと、俺が戦っている間、そっちは何も無かったか?」


「はい。静かなものでした」


 二人が来ると思っていた長曾我部の後詰は、最後まで現れなかった。その姿どころか予兆すらもない。


「……まさか総大将が自ら孤立しただけ……とは考え難いな」


「夜襲に備えさせましょうか?」

 

 その秀長の提案によって、秀吉はある考えを閃いた。


「そうだな。だが、ただ備えさせるだけではつまらん。これから各陣に通達しろ。『夜を昼のようにせよ。一番明るい陣には褒美を出す』とな。きっと、盛んに篝火が焚かれることだろう」


「承りました」 


 そう言って退出しようとする秀長を呼び止め、秀吉は命令の一部修正をした。


「堤防の工事は明日からにすることにしよう。どうせ、どこも篝火づくりに精を出すだろうからな」


 勝ちを確信していればこその余裕であった。だが、その余裕は、油断との境界が曖昧なものであった。


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