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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【叩き落とされて】

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45/80

【押し出して】

「城内には六千の兵しかいないというのか」


 物見の報告を、秀吉は再確認した。物見の兵はそれを短く肯定した上で、更に付け加えた。


「それに、七つ酢漿草の旗があることから、敵の総大将長曾我部元親がいると思われます」


「……ふむ。にわかには信じがたいが……」


 長曾我部の軍勢は、秀長の報告によれば最低でも二万以上はいる。その過半数の姿が見当たらない上に、総大将自らが少数の兵を率いて孤立するように城に籠っているのは不自然であった。


 秀吉は物見の兵を下がらせた後、顎に手を当て考えこんだ。彼の今いる沿岸部はだだっ広い平野が広がっており、奇襲の心配はない。


 昨夜の雨の名残が、残暑のせいで湿気となって蒸し暑い。その蒸し暑さによって高まった体温を下げようと、汗が額から滲みだし、粒となって皺沿いに顔を滑り落ちていった。その汗を意にも介さず、秀吉は勝瑞城の方を一心に眺め続けている。しかし、距離があるためにその形すら見えない。


「……もう少し近づいてみるか」


 勝瑞城へ道のりも、その周囲も、川に覆われている以外は平野が広がっているため、兵を伏せられたとしても八万をどうこうする規模は不可能である。悠々と兵を進め、自分の目で直に敵情を見る。秀吉はそう決めた。


 近づいて、直に見てみたが、勝瑞城の様子は物見の報告通りであった。城の規模や城内からつくしのように生えている幟や旗指物の数から兵力は六千程であると推測でき、その幟には確かに長曾我部の家紋七つ酢漿草が翻っていた。


 道中に何か仕掛けがあるのかとも思い、警戒していたが、それも特に変わりはなかった。警戒していた伏兵はおらず、川も問題なく渡れた。強いていうなら領民が全くいないことぐらいであったが、それはただ、戦火を避けて避難しているだけであろう。秀吉自身、農民であった時に同じ経験を何度かしていたために、それはよくわかった。


「……広くはあるな。いや、広いだけか」


 勝瑞城に対する率直な感想である。面積でいえば、かつて天下にも手が届かんとしていた三好氏の往時を偲ばせるが、敵の攻撃を凌ぐための城としてはやや貧相であった。水堀や土塁や城壁。櫓などがあるが、その密度が低い。


 だから長曾我部に好き放題やられるのだ、と秀吉が心の中で冷淡に評価していると、秀長が報告しにやって来た。


「兄上、全軍の配置が完了したようです」


「……そうか」


 秀吉は左右を見回した。平地に築かれた平城のうえ、そこまで防御施設も備えられていない勝瑞城。それを八万の軍勢が十重二十重に取り囲んでいる。


「このまま、いつものように干殺しにされますか?」


 秀吉は少し考え、被りを振った。


「いや、前にも言った通り時間が惜しい。それに、四国随一の将の実力をこの目で見ておきたいしな」


「それでは、このまま押し出していくと」


「ああ、そうだ。だが、あくまで小手調べ程度でな」


 あまりにも抵抗が頑強であるならば、直ぐに引くように。と秀吉は続けた。


 秀長は、


「御意」


 と言って下がろうとしたが、一瞬、何かを言い出すかどうか迷ったような表情を見せた。秀吉はそれに目ざとく気づき、遠慮せず話すように促した。


「……それが、三好の者の中に『吉野川の水量が少ない気がする』と言っておる者が何人かおりまして」


「水量が?」


 秀吉は判断に窮した。気がする程度の情報で八万もの軍勢を動かすことはできない。前もって吉野川をこの目で見ていれば、それを基準にしてこの情報の是非が分かるのだが。そう思っている時に、大きな声が秀吉の耳に届いた。


「お久しゅうござる秀吉様! この仙石権兵衛、一昼夜かけて讃岐より参りましたぞ!」


 見れば、権兵衛である。秀吉は、駆けつけてきた労をねぎらうと、声量に見合う大きな体格を持つ忠臣に、先程の話を聞かせた。権兵衛は以前、この辺りで合戦を行っている。そのため、普段の水量も知っている筈であった。


 秀吉から話を聞かされた権兵衛は、はっきりと断言した。


(それがし)が以前来た時と変わりありませんな」


「そうか」


「恐らく、三好の者は、故郷の川を頭の中で大きいものにしていたのでござろう。何せ、阿波を追われてから何年も経っておりますからな」


 やや毒気のある冗談も権兵衛はおまけした。こういう冗談が嫌いではない秀吉は、やや上機嫌になって続けて尋ねた。


「他に変わりはないか?」


「……うーん。どうやら城の改修を行っているようですな。前に見た時と比べて土塁は高く、櫓は多くなっております」


「そうか」


 この瞬間秀吉は、元親の戦略が『後詰による決戦』だと見抜いた。敢えて城攻めを行わせ、疲弊したところを温存した後詰の兵で急襲するのだろう。そう看破した秀吉であったが、


「権兵衛、今からあそこを攻めるが、行くか?」


 と攻撃を取りやめたりはしなかった。


 兄と同じ様に元親の戦略を看破した秀長が、それを止める。


「お待ちください。相手の策にわざわざ乗る必要もないでしょう」


 秀吉は弟の考えの正しさを認めつつも、そうしないわけを説明した。


「確かにお前の言う通りだ。だが、先にも言った通り時間が惜しい。それに、城には六千、後詰も精々二万程度と圧倒的な差がある。もし、敵の後詰が降って湧いた様に奇襲して来ようと、簡単にはじき返せるだろう。だから、敢えて敵の策に乗る」


「そこまで言われるのであれば。……しかしながら、せめて周囲に見張りの部隊を置くことをお許しください」


 それは秀吉も同じことを考えていたので了承した。こうして、一万の兵を秀長が指揮し、敵の後詰の発見と主力が態勢を整えるまでの時間稼ぎを行うことが決定された。一万という数字は決して小さなものではないが、勝瑞城に籠る兵士は六千である。七万という数字でも、城を落とすには充分すぎる数であった。



「……来たね」


 河川のある北を除いた全方角から、法螺貝の音と鬨の声が押し寄せて来る。元親はそれに応じて、金管を鳴らさせた。



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