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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【叩き落とされて】

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42/78

【撃退して】

 後方から喧騒が聞こえる。もう、それに目を向ける余裕は無い。何故なら、秀長直属の兵たちが妙見山の麓に続々と集まり、その先手三千程が、既に元親の前面で対陣しているからである。

 

 その三千は、流石秀長直属の部隊といったところで、こちらの急襲を警戒しているのか隙が無かった。

 

 しかし、隙があろうとなかろうと、敵の足並みが完全に揃っていないこの状態が、攻撃を仕掛ける好機なことに間違いはない。


「大筒兵!目標正面の敵!」


 最初と同じように、一拍置く。


「放て!」


 号令が下されるとほぼ同時に、命令は実行された。十発の砲弾が敵陣に降り注ぎ、その内の四発が標的に直撃、肉片と血しぶきが飛び散る。だが、それでも敵部隊に動揺は見られなかった。


 元親はそのまま砲撃を続けさせた。その指示が忠実に実行されている間にも、秀長隊は下山を続け平地での布陣を進めている。


 元親はその様子を見て、戦い方を遅滞戦闘に切り替えた。後方の喧騒は徐々に遠ざかっていっている。戦場の縦深は充分にありそうだった。


 元親は大筒兵に砲撃を止めさせると、先に退かせた。彼らは大筒や、その砲弾と装薬を担いでおり素早く移動することができない。これからの撤退戦についていかせるわけにはいかなかった。


 それから、忠純に言って、臨時で編成した二千の近接戦闘用の二千も後方に下がらせた。彼らも重い鎧を身に着けているため素早く移動できないのは同じである。しかし、出番がある可能性はまだ充分に残っているため、直ぐに呼び寄せられる距離を保たせておく。


 そして、四個部隊になった一領具足を横並びに展開させたところで、妙見山の方向から陣太鼓が鳴らされ始めた。


「……来たか」


 陣太鼓の刻むリズムに囃し立てられるように、万の軍勢が一斉に元親の方へと押し寄せてきた。

数倍の敵の猛攻を凌ぐ。それも、障害や防御施設も無しに。こういう状況は今まであったかと元親は頭の中の引き出しを一通り開けてみたが、どれも当てはまるものはなく、今回が初めてなことに気づいた。それだけ今回の、秀吉との戦争は無茶なものなのだろう。


「……これじゃあ、人のことは言えないな」


 先刻の息子に対する感想が、本当は自身に向けられるべきものであることに気づき、元親は苦笑した。それから、首を振って笑顔を振り払うと、金管を鳴らさせる。


 最初に二度の長音が鳴らされた。これは後退を意味する。続いて慣らされたのは長音と短音が組み合わされた複雑な音。これは交互躍進を意味していた。


 金管の残響が消え去る前に、火薬の弾ける音がそれを上書きした。既に互いに交戦距離に入っており、その初撃がほぼ同時に行われたのだ。


 双方共に最前列の銃兵が射撃を行う。それにより、どちらもほぼ同数を失った。訓練を積んできた一領具足であるならばここから、第二、第三と射撃を行え、損害比率を三対一にできる。しかし四個部隊の内の二個部隊は射撃を続けず、後方へと駆けて行った。


 必然的に、敵の攻撃は残った二部隊に集中する。その攻撃は、銃撃だけでなく、歩兵や騎兵による白兵戦も含まれていた。


 装填の長さという銃兵の弱点を衝き、敵兵が喊声を上げて突進してくる。当然、一領具足たちは白兵戦を嫌い、後方に下がっていく。敵兵たちはその背中を追いかけるが、鎧を着た者とそうでない者では足の速さに大きな開きがあった。


 鎧武者の一・二倍程の速度で一領具足が駆けて行く。この結果の決まっている追いかけっこは、それぞれのゴール地点まで続けられた。鎧武者たちのゴールは一射目で退いた二個の連隊の射程範囲内まで、一領具足たちはその連隊の更に後方がゴールであった。


 二個の連隊の射撃によって、呼吸の苦しさから何人かが解放された。しかし、またも続く射撃はなく、一射だけで後方へ駆けて行く。


 このままでは埒が明かないと思ったのか、敵部隊から騎馬武者が何人か突出して出てきた。それらはその場で呼吸を合わせたのか隊伍を組み、数十の騎兵集団となって逃亡者の背中を追いかけた。

 

 いくら軽装と言えど、馬の脚に人が敵うわけが無い。一領具足の二倍の速度で騎馬武者が追いかけて来る。しかし、その追いかけっこは、一領具足が立ち止まり、振り返ったことによって終わった。振り返った一領具足は、射撃をすでに終えている一列目はしゃがみ、二列目が射撃を行った。


 二列目だけの射撃とはいえ、それでも二百発近い射撃が行われる。数十の騎兵集団では()()()の数が足りず、大半の者が死んだ。


 その後、騎兵集団の撃退を終えた一領具足たちは、後方で待機しているほかの連隊の、更に後方へと移動し、装填を開始した。そして、その待機していた連隊は敵が射程範囲内に入ったら、一度だけ射撃を行い、また撤退していく。この繰り返しによって、白兵戦を拒否しつつ、秀長隊の進軍速度をかなり遅らせることができた。


「この戦い方も一度限りかもな……」


 順調に遅滞させ続けている一領具足たちを見て、元親はそう呟いた。もし、次の戦いで、同じ戦術を行おうとすれば、事前に編成された大規模な騎馬武者の群れが襲い掛かってくることであろう。それができるくらいの適応力も、権力も、秀長にはあるとみて間違いない。しかし、秀長がどれだけ優れた将であろうと、それを追撃戦の最中に行えるわけがなかった。


「……今日で使いおさめになるかもしれないし、存分に使わせてもらうか。せっかく訓練したんだし……」


 敵は迂回の気配を見せない。まだまだ使い続けられそうだった。


 前方の戦況が良好な状態になったため、余裕のできた元親は後方の様子を見ることにした。もし万が一、敵に態勢を立て直されていた場合は負けが確定する。そう思うと、元親の胸に不安がよぎるが、振り返ると、それが杞憂であることが分かった。


 長曾我部軍主力は、ぜんまいのように包み込んでいく片翼包囲を続け、羽柴軍主力を海際にまで追い立てていた。あとは統制の取れない群衆の塊を、押しつぶすなり、海に追い落とすなり好きにできた。


「……降伏勧告でも送るかな」


 そんな呑気なことを考えている元親の視界に、大量の軍船が映った。その数と来た方向から、決して長曾我部のものでないと分かる。妙見山を降りると同時に、秀長は水軍に伝令を送っていたのであろう。


「ここが退き時か……」


 元親は、撤収を告げる法螺貝を鳴らさせた。この戦闘の最大の目的は、秀吉を四国に引きずりだすことである。羽柴勢に少なくない損害を与え、七割方の勝利もおさめることができた。これにより、秀長は四国から一時撤退し、弟では力不足と判断した秀吉が出て来ることであろう。もうこれ以上の戦果は求める必要が無かった。どうせ、なるだけ多くの損害を与えたところでそれ以上の兵力が補填され四国に来襲してくるのだ。そんな、投げやりな想いもある。それに、このまま戦いを続ければ、こちらが逆に包囲を受ける、若しくは追撃を受ける危険性もあった。


 元親はオレンジ色になった西日を受けながら、川を渡った。冷えた川の水が、心地よく感じられた。


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