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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【叩き落とされて】
41/73

【打ち込んで】

「父上―!」


 信親の呼ぶ声が、戦場の喧騒や銃撃の音にも負けることなくはっきりと元親の耳に届いた。元親はこの戦いで一度も後詰を動かしてはいない。つまり信親は自分の判断で戦況を読み解き、この重要な場面に最適なタイミングで兵を動かしたのだった。


 窮地を救いに来た我が子に元親は感動を覚えたが、それにいつまでも身をゆだねている暇はないと、慌てて首を振り、馬を走らせた。これから、法螺貝や金管でも表現できないような指示を与えなければならなかった。


 馬を寄せると、開口一番褒める。


「信親、でかした!」


 これが十年前であれば喜びのままに抱きかかえていたのだが、今ではそれは不可能であるし、できたとしてもそんな時間は、ない。その代わりに背中を数度叩いてから、これからの指示を下す。


「時間が無いから手短に言うぞ。聞き漏らすなよ」


 その前置きによって、信親の緩まっていた顔が引き締まる。


「お前はこのまま隊を率いて、あそこの敵の脇腹を衝け。そうして手の空いた味方ができたなら、それらと協力し、()()()()のように敵の片翼を圧し続けろ」


「……ぜんまいですか?あのくるくるとした山菜の?」


 少し困惑する息子を見て、自分の表現がやや間の抜けたものだったと元親は気付いた。しかし、訂正しようにも他の表現が見つからないため、一つ咳払いしてから話を続ける。


「それと、突撃の際は親成の騎兵を先頭にさせよ。……もう一つ、後ろは気にするな」


 先の行動から分かる通り、そこまで詳細な指示が必要な相手ではないと分かっているのだが、親心のせいか、ついつい指示が細かくなる。元親が二つ目のもう一つを口にしかけたところ、妙見山の方から法螺貝の音が聞こえてきた。


「――とにかく、敵の側面を扼し続けろ。分かったな!?」


 そう言い残して急いで自隊に戻る。秀長がこちらの後詰の動きに気づき、先手を打とうとしている。それを妨げなければならなかった。


 元親は指揮していた場所に戻ると、金管を鳴らさせると同時に、旗を振らせた。


 一万の敵兵に二千の味方が向かって行く。勝つことを期待しているわけではない。一領具足の配置転換が完了するまでの時間を稼ぐだけのつもりであった。


 しかし、忠純指揮下の二千は期待以上の奮戦を見せ、陣替えを行おうとしていた秀長隊の出鼻をしたたかにくじいた。


「……いい流れが来ているね」


 足並みの乱れた敵勢を尻目に、一領具足は悠々と配置転換を終え、それどころか、半壊した二部隊同士を組み合わせた再編も終わった。その時に受けた報告によると、一領具足の総数は二千五百を下回るようになっていた。


「……厳しいね……まだ本番じゃないっていうのに……」


 あくまでこの戦いは前哨戦である。にもかかわらず、ここまでの損害を出してしまったことに、先行きの不安を感じずにいられなかった。しかし、この戦いに勝利しなければ、その本番は無いのだ。ひとまず、この戦に全力を注ぐしかなかった。


 現在、一領具足は、妙見山の西側から南側の方へと移動しており、秀長隊とその他の敵兵の間隙に入り込み、妙見山の方を向いている。そしてその後方を、信親の部隊が駆けて行く。

元親は旗を振らせると、後ろを振り返った。信親の隊の先頭は、言いつけ通り、親成の率いる騎兵隊だった。その数は、およそ千。その千騎が快速を飛ばして敵の側面に回り込んでいく。


 この時代の日本の軍馬は小さい。特に長曾我部家の場合は、『土佐駒』と呼ばれる現代であればポニーに分類される馬格の種を軍馬としている。その土佐駒たちが太く短い脚を懸命に回転させて重装備の騎乗者たちの要求に応えていた。


 敵方(てきがた)も、新手の来襲に気づいているようで、一部の兵を側面の援護に回していた。その一部の兵たちは、槍衾(やりぶすま)という密集して槍を前面に突き出す隊形を取って、騎兵の突撃に備えている。鋼の穂先が生い茂った生垣を突破することはできない。それは、馬の速度と質量を以てしても無理であった。


 しかし、あくまで正面からの話である。騎兵隊の指揮官である親成は、騎兵の最大の武器である機動力を最大限に発揮してその生け垣を迂回し、何の備えもされていない敵の背後を、えぐるような浅い角度で突入していった。


 人馬の楔が肉壁に深々と打ち込まれた。同時に、千の槍の穂先も続々と人の身に打ち込まれていく。その楔を止めようとした敵兵は何人かいたが、個々の対応では目の前の一騎を止めることはできても、千騎全てを止めることはできない。抵抗の甲斐虚しく、横合いから繰り出された槍や刀の餌食となった。


 正面、そして後ろにも敵を抱えた羽柴勢の逃げる先は横しかない。しかし、その一方が信親の率いる歩騎混合の二千に防がれている今、逃げ場所はもはや決められていた。

 

 羽柴勢の右端で起きた崩壊は、雪だるま式に味方を巻き込みながら左翼方向へと流れていっている。その崩壊を、親成、信親、そして、正面の敵がいなくなったことによって手の空いた部隊が猟犬のようにコントロールしながら追い立てていき、敵将に再編の機会を与えぬまま攻撃を加え続けた。


「逃げるなっ!踏み止まって戦えっ!」


 気骨ある敵将が味方を叱咤して、崩壊を防ごうとする。その敵将目掛けて一騎、若武者が馬を走らせて行った。


「いざ尋常に!勝負!」


 その若武者の呼びかけに、敵将も応えた。


「来いやァ!」


 気合を乗せた応答をして、槍を構え、馬の腹を蹴る。もしかすれば、部下の統御を諦め、ここを死に場所として華々しく討ち死にしようとしているのかもしれない。


 二騎の速度が合算された速さで両者は近づいていく。そして、一合。それだけでこの一騎打ちの勝敗が決まった。勝ったのは若武者――長曾我部信親であった。


「……ほんと無茶をするなぁ」


 息子の将としてあまり褒められない働きを見ていた父親は、一つ安堵の溜息をすると、自分の正面の敵へと向き直った。


 まだ羽柴勢の崩壊は始まったばかりであり、援軍があれば充分に立て直せる。その援軍の足止めをしなければならなかった。


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