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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【叩き落とされて】

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35/79

【時が経って】

「伊予に毛利勢三万が上陸!」


「讃岐に宇喜多勢二万上陸!」


「阿波の土佐泊城に羽柴勢五万が入城!率いている将は弟の秀長殿です!」


 一五八五年。四国の中央にある要衝、白地。その地に築かれた白地城に三つの急報が立て続けに届いた。城の主は眉間に深い皺を刻みながら、安普請の板間でそれらの急報を聞いた。


「……そうか」

 

 城の主とは長曾我部元親であった。土佐の全てをその手に収めてから、もう十年以上が経過している。その間の心労を物語るように、顔にはしわが刻まれ、誰がどう見ても戦国武将といった面相に変貌していた。


 十年の間に長曾我部家は大きく膨張した。阿波の全てと淡路の大半、讃岐の殆どと伊予の半分を支配下におき、元親がこの時代に来た当初と比べれば、その勢力圏は百倍近く膨らんでいる。だがそれは、一年前の全盛期の話であった。今は淡路の全てを取られ、伊予方面も讃岐方面も、膨張の何倍もの早さで収縮していっている。


 もっと良い方法があったのではないだろうか。


 そんな何度目か分からない自問が、また元親の頭の中に浮かんでくる。その度に出て来る答えは、いつも同じだった。


 無い。


 今こういう状況になったのは、当時の自分が最大限手に入れられる情報の中で、経済力や軍事力や外交状態を加味して導き出した最善の行動の結果である。なるべくしてなった。と言い切ってもいいだろう。


 だが、その最善はあくまで元親が持つ能力の中での話である。歴史に名を起こした英雄たち、信長や、それこそ、今の敵である秀吉だった場合であれば、また違う結果になっていたのではないか。そう思うことも一度や二度ではない。


 とはいえ、今でも元親が自身の中の最善を取り続けなければいけないのは変わらない。そうしなければ家の、家族の破滅である。その最悪の結果を回避するために、元親は唯一の勝算のある博奕に全てを賭けていた。


 その賭けとは、秀吉の首を獲ることである。


 今日本中を席巻しようとしている()の大勢力は、秀吉個人の持つカリスマ性と才能によって一つの勢力にまとまっている状態である。故に、秀吉さえ倒してしまえば、また元の群雄割拠になるはずであった。もっと言えば、別に秀吉の首を獲らなくとも、よい。一度だけでも完全な敗北を与えてしまえばそれで済むだろう。山崎、賤ケ岳、小牧、と勝ち続けたことによって暫定的に座ることのできている盟主の座である。負けても座り続けられるとは到底思えない。


 元親はそう思い、決戦の為に白地城に三万の兵を結集させていた。これは長曾我部家の持ちうる総戦力の八割近い数字である。残りの二割は半分を阿波の守備に、もう半分は伊予と讃岐の守備に回していた。讃岐と伊予は端から放棄するつもりの戦力配置であった。


 これから元親は、そうしてかき集めた三万の兵力を持って、五万の兵を率いる秀長に勝利し、秀吉を四国に引きずり込んでから、また勝利を上げなければならない。


 元親自身無茶だと思っているが、それでも成し遂げなければならなかった。


「……せめて和睦の条件に、千雄丸――信親を差し出せというのが無ければな……」


 元服し、その名が変わってしばらく経っているにもかかわらず、元親はつい幼名を口にしてしまった。


 開戦となる前に秘密裏に行っていた和平交渉。その条件は、淡路に讃岐に伊予を差し出す事と、人質として嫡男ともう一人の息子を大阪に送ることであった。


 前者の条件は覚悟していたことである。寧ろ阿波の領有を許してくれるというのは元親の思っていたより寛大な処置ともいえた。だが、後者の、特に信親を大阪に引き渡すという条件は受け入れられなかった。


 その理由は、人ではない何かであろう少女葛の『信親は元服して以降、四国の外で死ぬ』という予言があるからである。信親はもう二十一歳であり、元服はとうの昔に終えている。つまり、彼が大阪で死

んでしまう可能性は充分にあった。


 戦国時代に産まれているものであれば、家の存続のために息子の命を犠牲にすることを厭わないだろう。だが、元親は現代の産まれであり、我が子の命を犠牲にするということはできなかった。


 それに、今の長曾我部家は、一時とはいえ淡路にまで手を伸ばした大勢力である。今更、土佐と阿波の二か国に引っ込むこともできなかった。


「和睦といえば……」


 そのキーワードで元親は何かを思い出し、部屋の隅に無造作に積まれている書簡の山を漁った。その山を二回ほどかき分けると、目当ての物を発見した。


「『土佐と阿波の南部は与える』か……今更持っていてもしょうがないだろうけど……ね」


 文末には『天下布武』と刻まれた朱印が押されていた。これを書いた本人は、本能寺で命を落としている。もう何の効力もないことはわかっているが、何となく捨てられずに置いてあった。

元親は、その朱印状を紙束の山に放り投げると部屋を出た。


「陣貝を」


「はっ」


 元親の独り言のような指示を、控えていた近習の者は聞き漏らさなかった。慌ただしい足音があっという間に小さくなっていった。


 白地から前線拠点に設定している勝瑞城まで二日はかかる。もう、出発しなければならなかった。


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