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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【羽を広げて】

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【追い出して】(前編)

 主君一条兼定の手によって、家老である土井宗珊が手討ちにされたという事件は、ただでさえ不安定な一条家家中を更に動揺させた。


「中村、いえ、幡多中が蜂の巣をつついたような騒ぎです」


 岡豊城。年越しの宴会の酒気がまだ香る一室にて、依岡左京進がまるで見てきたように言った。或いは、本当に見てきたのかもしれない。


 この事件に、元親は全くの無関係というわけではなかった。何故なら、宗珊が手討ちにされたのは、兼定に元親との講和を勧めたことが原因らしいからである。


「それと『本家』に介入を願い出た者がいるようです」


 一条家家臣団の中に、長曾我部と敵対した段階で主家の行く末を憂い、京にいる本家一条氏と連絡を取り始めた者たちがいる。その者たちが、この件をきっかけとして、遂に行動を起こしたようであった。


「……そうなんだ」


 兼定本人ではなく家臣が京に救援を願い出たとなると、もはや兼定が家中の統制を取るのが困難な状態にあることは明白であった。


 封建制というのは主君が配下の者に褒美として土地を与え、その権利を保障することによって成り立つ。それができなければ、配下の者たちが主君から離れる、或いは主君を挿げ替える、若しくは自ら取って代わることが戦国の世ではままあった。


「……まあ、わざわざ京に助けを求めたという事は、離れたり、取って代わったりというわけではなさそうか……」


 兼定に元服前の息子がいる。彼らはそれを新たな主君として担ぎ上げる気なのであろう。

 そして、それは元親が待ち望んでいた状況でもあった。兼定が当主の座から引きずり降ろされれば、一条家と講和ができる可能性が見えて来る。


 元親は、幡多郡を領有することにあまり興味が無かった。九州へとつながる航路を得られるのは良かったが、それよりも阿波の方をすぐに攻撃したいという思いの方が強かった。


「……それで、本家の方はいつ頃こっちに来そうなんだい?」


「春……いや夏ごろでしょうな。下手すればまた年が明ける可能性も十分にあります」


「……そんなにかかるの……?」


 数日前に年が明けたばかりである。


「御貴族の方は腰が重いものですからなぁ。寧ろ、わざわざ土佐に下るという時点で身動きの軽い方であると言えましょう」


 重そうな体をした左京進はそう言った。


 冬が終わり、春になっても土佐には何の動きも無かった。強いていうなら元親の弟である島弥九朗の体調が不調をきたしていたというぐらいであった。元親は周囲からの勧めを受けて弥九朗を湯治に行かせた。湯治場は現代でも有名な有馬にあり、そこへは阿波を通っていくのが最短なのだが、元親は情勢が激化していることを鑑み、遠回りになるが迂回させた。


 京から本家一条氏の当主、一条内基(うちもと)が来たのは年の変わらぬ夏だった。来たといっても直接会ったわけではない。内基が幡多へと向かう途中、領内を通過する挨拶として送って来た使者と会っただけであった。


 内基が下向してからの幡多の情報は、左京進が逐一教えてくれた。秋になり、兼定が出家した事。それから間を置かず兼定の息子が元服し、内基から一字与えられ内政(うちまさ)と名乗るようになった事。その他、兼定の元親への恨み言の数々。


 ともあれ、これで土佐一条氏は新体制を築いた。これによって幡多郡は平穏を取り戻すであろう。長曾我部とも和睦するだろう。双方にとってめでたしめでたし。


 そう思っていた元親の下に、一つ連絡が来た。幡多郡に平穏を取り戻した立役者が、岡豊に来たがっていると。


 元親の予期せぬことが起こりそうだった。


 晩秋。赤く色づいた葉の殆どが地に積み重なった時期。元親は岡豊城の広間で大納言一条内基に拝謁した。


 作法にのっとり直視することは出来ないが、それでも視界の端に映る情報から判断するに、内基はふくよかな男性であった。元親の持つ『平安貴族』というイメージからあまり離れていない。


 そこで交わされた言葉は形式的なものだけにとどまり、長い時間をかけた割に実質的に意味がないまま終わった。わざわざ会いに来たという事は何か裏があるはずだと思っていた元親にとって、肩透かしともいえる内容だった。


 内基が退出し、自由に動けるようになった元親は厠へと急いで向かった。冬が近いため部屋はやや寒い。おまけに元親は下座にいたせいで外からの冷気の影響を受けやすい位置にいた。そのせいで膀胱の容量が限界を迎えていたのだ。


 広間を出て、早足で廊下を歩く。厠へと続く角を曲がるとそこに、帰ったはずの内基がいた。


「ようやくきたでおじゃるか。ささ、こっちへ」


 そう言われ、元親は誰もいない一室へ連れ込まれた。


「……どういった御用件で……?」


 回りくどい長話をする余裕のない元親は、要件を聞き出した。口にした後で、これは失礼に値する行為かもしれない、と元親は後悔したが、内基の方はそんなことを気にするそぶりもなく、要件を話し始めた。


「いやな、実は元親殿に内政の後見人になってもらいたいと思うておじゃってな」


 後見人という事はまだ幼い内政に代わって土佐一条家を取り仕切ることができる。つまり、元親に実質的な幡多郡の支配者になれと内基は言っているのだ。


 タダでもらえるのならそれは何よりである。だが、幡多にいる兼定がそれを許すはずが無い。


 元親がそう言うと、内基は、


「兼定の事は気にせんで良いでおじゃ。あやつは……豊後に流すでおじゃる」


 と言った。


 大友宗麟の娘を兼定は娶っている。その宗麟の領有する豊後に兼定を送り、面倒を見てもらおうというのだろう。


「……それでよろしいのですか?」


 分家とはいえ、身内に対して些か過酷すぎるような処置にも思える。


「よい。此度の騒動は、元はといえばあやつの力が足りぬ故に引き起こされた事。……そもそも一条が武家の様な血なまぐさい事を――おっと失礼したでおじゃる。ともかく、麿はここの一条をもう一度従来のあるべき姿に戻すべきだと考えているでおじゃる」


 だから内基は幡多を元親に差し出し、土佐一条氏を有名無実化しようとしているらしかった。


 元親はその申し出を受けた。元親側に損の無い申し出であったからである。何より、激しい尿意が膀胱の限界を伝えている。


 元親の返事を聞いた内基は満足そうに頷くと、後の事があるからと貴族にしてはややせわしく退室していき、厠の方に歩いていった。


 状況を察した元親は、確認するまでもなく別の厠がある場所へと小走りに向かった。

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