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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【羽を広げて】

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18/78

【話してみて】(後編)

 翌日から元親は一ノ宮の再興に取り掛かった。本山家を下し、仮初とはいえ平和を享受できている今であればこそできることだろう。社の建立に必要な木材の調達に関しては簡単に達成することができた。流石に山深い土佐の国である。良質な木材が文字通り売るほどあった。


 だが、木材を集めたからといってそれがひとりでに組み合わさっていくわけではない。社を設計する人物、そして宮大工と呼ばれる高度な技術を有する人物が必要だった。


 それに、幾ら元親が治める土地だといっても勝手に立てるわけにはいかない。京にいる神社の管理をしている貴族の誰かに問い合わせ、神事などの方法などを伺わなければならない。しかし、過去に流刑地にもなっていたほど京から遠方にある土佐では、その貴族に対する伝手を持っている者などいなかった。ましてや元親は官位など持たぬ無名の豪族である。いきなり人を遣ったところで快く教えてくれるだろうか。


 それらの問題は、意外な人物によって解決できた。


「京でのことなら父に頼んでみましょう」


 そう言ったのはののだった。ののの父は石谷光政といい、京で将軍家の側近として仕えている。元親とは違い官位もあり、仕事柄貴族にも顔が利くだろう。


「……確かに。お願いするよ」


 ののの助言通り、義父である光政にその旨の手紙を送ると、数週間ほどして元親の下に指示書と腕の立つ宮大工が数人送られてきた。


「早いな……。こういうのって何回か手紙でやり取りをしてからようやく行動に移るものだと思っていたんだけど……」


 どうやら元親の義父は仕事が早いらしいようだった。


「いや。せっかちなだけかも……」


 指示書に混じって送られてきた元親宛の手紙には、娘ののと孫を案じる内容が書かれていた。極端に短く。


「いくら何でも『皆息災なりや?』は短すぎると思うよ……。メールじゃあるまいし……」


 ともあれ、これで一ノ宮再興の目途は立った。後は力仕事などを行う人夫を集めれば本格的に動き出せるであろう。人夫に関しては、配下からそれぞれの経済力に見合う人手を差し出させればいい。


 『差し出させればいい』といっても、封建制の時代である。全ての者が元親がただ単に命令すれば大人しくそれに従うというものではない。あくまで、現在の長曾我部家の勢威によって服属しているだけ、というものが未だ多い。『御やとい衆』と呼ばれる家の格が高かったり、広い領地を持っていたりする者たちがそれだった。それらも戦であるならば、手柄の立てようがあるからか大人しく従っていた。しかし、そうではない労役に関しては、露骨にとまでいかないまでも、消極的にサボタージュしてくるだろう。


「……面倒だなぁ」


 そう口に出してみるがそれでどうなるというわけでも無い。王や皇帝ですら有力貴族には気を遣う。そうしなければ自分の身が危ういからだ。豪族程度でしかない元親がそれらを無視やないがしろにすることをできるはずが無かった。

 

 人手が出揃ったのは年末だった。結局、サボタージュによって足りなくなった人手は長曾我部家とその直臣によって補填することになった。それによって発生した不満を発散させるために元親は主立つ家臣を集めて饗宴を開いた。この方法なら土地を与えるよりもかなり安く済むうえに個人的な結びつきを強くできれば、それだけ今後に良い影響を与えるだろう。そういう算段によって元親は開いたのだが、その計算には酒の席の土佐人というものを入れてなかった。


 荒れた。


 宴会場では所狭しと猛将の福留親政が、古参の吉田重俊が、元親の弟吉良親貞が、それぞれ適当な相手を見繕って喧嘩している。それを大きな声で囃し立てるのは水軍の将池和頼。重俊の息子重康が喧嘩を止めようとしているが、自分の足元もおぼつかない様子であるためあまり期待できないだろう。見かねて腹心ともいえる久武親信も喧嘩の仲裁に入るが、場の熱にあてられたのか自分も相手を見つけ渦中の中に入っていく。この中で静かといえるのは、寡黙な将桑名弥次兵衛や、温和な弟香宗我部親泰、そして新参である本山親成ぐらいであった。しかし、よくよく見れば辺りに徳利が大量に転がっているため、ひたすらに飲み比べしているようだった。その他の家臣たちも、皆、思い思いに踊り、歌い、音頭や囃子を取っている。


 元親はといえば、これらの()()を朦朧としながら見ていた。無礼講であると知った家臣たちから、宴会が始まってすぐに酔い潰されたからだ。誰も酔いつぶれた主君を介抱しようとする者はいない。同じように端で倒れている者が何人か見えるのから察するに、元親に人望が無いから放っておかれているわけではなく、酒飲みの多い土地柄故に、酒に弱い者に対して配慮しようとする考えが希薄なだけな様だった。


「大丈夫でございますか?元親様」


 視界に盃が差し出された。それを満たす透明の液体を元親は酒かと思い匂いを嗅いだが、アルコール特有の香りはしなかった。どうやら一人ぐらいは主君を介抱しようとする者がいるらしかった。


 差し出された水を一息に飲み干し、元親は忠誠心に溢れた家臣を見た。しばし焦点が合うのを待つと、その家臣が誰なのか分かった。久武親信の弟である。骨太な兄と違って線がやや細い。


「親直か。……助かる」


 こうして間近で話すのは初めてだが、親直のことを元親は知っていた。知っていたといっても良い意味ではない。その評判は家中でも良くなく、兄である親信からは『不出来な弟のため大事を任せられぬよう』と忠告された事さえあった。


 だが、実際にこうしてあって見るとそこまで出来は悪くは無そうだった。酔いつぶれているわけでも無く、酒に飲まれているわけでも無い。程をしっている。それに、こうして元親に水を差し出すぐらいには目端が利く。


「その様子ではもうお休みになられた方がよろしいでしょう」


「……そうだね」


 親直の忠告に従い元親は奥に戻るため立ち上がろうとした。しかしアルコールにふやかされた体が持ち主の言うことを聞かない。


「奥までお供します」


 そう言って親直が肩を貸してきた。二人はそのまま、会場となった広間を出て、元親の居住空間へと続く縁側を歩いた。親直にもたれかかるように縁側を進んで行くと、喧騒が遠くになった辺りで侍女の一人が向こうから歩いてきた。あまり奥に入るのも良くないからと元親はその侍女に預けられた。


「……ありがとう……うぇっぷ!……親直」


「いえ。当然のことをしたまでです」


「これ……から……戻るのかい?」


「いえ。家に帰ります。それでは失礼します」


 親直はそう言うと踵を返して帰っていった。その確かな足取りの後姿を見ながら、元親は、酔いすぎたわけでも無いにも拘らず、宴会もまだ続いている中でも遠慮なく帰っていく所が親直の評判が悪い原因だろうと思った。


「どちらかといえば現代――うぇえええ!」


 元親のいたところが縁側であったため掃除の手間は最小限で済ませることができた。




 冬の間中、長曾我部家としては二名を除いて平和な時を過ごしていた。その二名というのは一条氏に加勢として送った江村親家と人質として送った弟の島弥九朗の二人である。この二人は伊予国の鳥坂という所で戦に参陣していた。いつもであれば一条氏と伊予の土豪たちの小競り合い程度の規模の戦いであったが、この時はいつもと事情が異なっていた。一地方の小競り合いは、豊後水道、そして西瀬戸内の制海権を握ろうとする、大友氏と毛利氏の代理戦争の様相を呈していた。


 その詳しい事情を元親が知るのは、春にその二名が帰城した時だった。


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