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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【羽を広げて】

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【追い返して】(後編)

 晴れか、土砂降りか、という天気の多い土佐の国では珍しい、水滴を一滴もこぼさない曇天の岡豊。


 そこに根差した幹は未だ健在であった。だが、斧の歯が数回撃ち込まれているような状態ではあった。前日の矢合わせを終えて以降、安芸勢は数を頼みに国分川を越え城を強襲してきていた。

 

 岡豊城は山城であり、現代日本人が想像するように石垣と土塀で囲われてはいない。山の形に合わせて、谷を更に深く掘り、尾根を断ち切り、斜面を削り、土を盛って出来た武骨な城である。敵の侵入を完全に防ぐというよりは、侵入してくる敵に多大な負担を与える、或いは動きを制限又は誘導し、不利な地勢で戦う事を余儀なくさせる。そういう風に造られていた。

 

 そんな岡豊城に大波のように何度も押し寄せる安芸勢を、長曾我部勢は城の防衛設備と士気の高さを頼りに必死に防いでいた。だが、所詮は多勢に無勢であり、次第に防衛線は押し込まれていった。

 

「あれを使うか……。手遅れじゃないといいけど…」

 

 元親は直ちに部下を『あれ』の下へと走らせた。それと同時に十人程人員を集める。

 

「安芸の方より、新手が来襲!」

 

 その報告を聞いて元親は、城外を見やった。確かに敵の本拠地の安芸の方から一隊、こちらに向かって来ていた。その一隊は三つ引き両の紋の描かれた旗を掲げている。味方だった。夜須城にいた重俊の隊が来ているのだ。その速度は速い。


 元親は部下に持ってこさせた『あれ』に急いで弾を込め始めた。あまり公にはしていないためその装填方法を知っている者は殆どいない。鉄砲鍛冶として連れて来た二人から直接教わった元親が一人で行うしかなかった。


「急げ急げ」

  

 そんな風に自分を鼓舞しながら、確実に一丁一丁に弾を込め、引き金を引けば撃てるようにして一人一人に手渡していく。重俊隊が敵の背後を衝くその直前に一斉に撃てるようにしたい。

 

「伝令!『これから凄く大きな音が鳴るが臆するな』と『その音が鳴ったら打って出る』と全員に!」

 

 近くにいた呼び集めた十人以外が一斉に伝令に走る。これで自軍の混乱は最小限に防げるはずだ。


「……よし!これで全部!――いいか!よく聞け!今渡したものを全部上空に向け、合図があったら手元に飛び出ている鉄の部分を思いっきり引け!その際強い衝撃が来るが絶対に落とさないよう強く握っておけ!」


 元親の指示に、各々が思い思いに従った。それぞれ構え方はいびつで雑多であったが、銃口を上空に向けているのは守っている。

  

 元親は兵のそばに立ち、城外を再び見た。重俊隊は今まさに安芸勢の背後に切りかからんとしていた。

 

「撃て!」

 

 この時、土佐の国で初めて鉄砲が組織的に運用された。

 

 元親の合図とともに十丁の火縄銃は火を噴いた。その火薬の威力は、弾と轟音を勢いよく撃ちだし、上空へと飛び立っていった。弾はその後、自由落下し地面に落ちるだけである。だが音は違った。戦場の上に重くのしかかった分厚い雨雲に跳ね返り、戦場全体に降り注いでいった。


 戦場に満ちていた喧騒がどよめきに代わった。この場にいる誰しもが、初めて聞く火薬の音に驚いたのだ。それは元親も同じであった。大きな音が鳴ると分かっていた元親はすぐに立ち直ったが、それを知らないこの時代生まれの者たちは違った。天の怒りを買ったのではないかと、地に這いつくばったり、両手を合わせて空に祈ったりしている者が何人もいる。そのように動揺した者は長曾我部勢に比べて安芸勢が圧倒的に多く、それは、元親が事前に知らせていたことによるところが大きかった。

 

「陣貝!」


 そんな安芸勢の様子を見て、元親は、振り返り、出撃の合図を鳴らさせる。陣貝はすぐさま吹かれ、城内から鬨の声が発せられた。


 「そろそろ射撃練習させた方が良いかもね……」


 元親は急ごしらえの鉄砲隊の方を見てそう言った。射撃音に紛れていくつか火縄銃を取り落としたような音が聞こえていたが、まさか全員が取り落としているとは思っていなかった。


 城内からの反攻は、援軍として来た重俊隊が効果的に呼応したこともあって成功した。相手の数が多かったため、その戦果は目を見張るものがあり、福留親政に至っては二十人の兜首を上げる大戦果を挙げていた。

 

 この戦いで、一条方の軍は殆ど動くことは無かった。元々どちらが勝っても彼らにとっては得の無い戦いである。すぐに関係改善の使者を送ってくるだろうと元親は見ていた。が……。

 

「もう送ってきたの!?」

 

 安芸勢との戦いから二日後のことであった。まだ戦場の片付けも終わっていない。敗戦の報を聞いてから、一条方の本拠地の中村より使者を送っていたとしたら絶対に間に合うはずがなかった。予め両家の境界付近に待機させていたとしか思えない。

 

「怪しいけど……会うしかないか……」

 

 傲慢さを隠そうともしない使者が言うには、安芸家と長曾我部家の和解の仲介をしてくれるらしい。その時、自分たちも戦の当事者であったことに全く触れなかった。本山家とも戦っている状態でその提案を飲まないという選択肢はなかった。その際人質を送ることを暗に匂わせており、元親は末の弟である弥九朗を差し出すことにした。

 

「ごめん……弥九朗」

 

 使者の帰った後、元親はあまり面識のない義理の弟に独り言のように謝罪した。元親側からこの和議を破ることはないため、人質といっても命を取られるということは無い筈である。恐らくは。

 

  


 防衛戦によって壊れた城の設備の修繕が終わり、大工たちが改修に取り掛かった頃。ののの腹が着物の上からでもわかるほど大きくなっていた。新たな命を宿しているのである。

 

「体調は大丈夫かい?」

 

「はい。お腹の中の子が大人しいおかげか、健やかに過ごせています」

 

 元親は大きく膨らんだ腹に手を当てた。これまで何度も繰り返してきたが、その度に改めて父親になるのだと強く実感する。


「男の子だといいのですが……」


 跡継ぎを産まなければならない正室としての立場から、ののはそう言った。


「女の子だとしても嬉しいよ」


 単純に父親になれるという嬉しさから元親はそう言った。現代にいた頃では父親になれるどころか彼女すらできたことのない身である。家の当主としてより、一人の男としてこの幸せを喜んだ。


 ののに体に気を付けるように言ってから、元親は奥を出た。奥を出て、思案のため縁側に座る。冬の夕暮れは寒く、陽を素早く落としていく。

 

「……生まれてきたら男女関係なく、家庭教師とか呼んで立派に育てよう……」

 

 その時そよ風が吹いた。冬の寒さはそよ風ですら暴力的にする。体温を奪われた元親の体は震え始めた。


「何でわざわざ外に出たんだ……」


 そう自問して中に入ろうとする元親の耳に、クスクスと笑う声が聞こえてきた。その笑い声には聞き覚えがあった。


「……出てきなよ。葛」


 元親に言われ、声の主は素直に出てきた。というよりも隣に座っていたのだ。そのことに気づいた元親は、驚きのあまり裸足のまま庭に出てしまった。足裏から地面の冷たさを感じる。

 

 元親の驚きようを見て、葛はまた笑い始めた。

 

「君ってもしかして人間ではないんじゃないかい?」

 

 元親のその問いに葛は答えなかった。ただ笑っている。元親は別の質問をした。

 

「何か言いに来たのかい?」

 

 その問いには答えた。

 

「これから生まれる子な。あれは男よ」

 

「……そうなんだ。わざわざ教えに来てくれてありが――」

 

「――だが死ぬ。若いうちにな。だから手塩にかけて育てぬ方が良いぞ」

 

 礼を遮られて伝えられた言葉は、受け入れがたいことだった。これから生まれて来る子供にそんなことを言う葛に対して、胸中に僅かに怒りの炎が灯った。


「……それってどういう意味?詳しく聞かせて――」


 元親は葛に詰め寄ろうとしたが、葛はその動きを読んだのか縁側を飛び降り、駆けだした。

 

「待って!」

 

 慌てて元親は追いかけたが、少女の体は小回りが効くらしく庭内に生えた木々や低木の間を軽やかに通り抜け元親を翻弄する。自然と始まった一対一の鬼ごっこは、逃走者が密集した矢竹の裏に回った時に消え去ったため、強制的に終わらされた。

 

「今度罠でも仕掛けてみるか……」

 

 庭園に着いた小さな足跡を見ながら元親は呟いた。実態があるならば捕まえることは可能であるはずである。

 

 風に吹かれ、元親は大きなくしゃみを一つした。気づけばそれは夜風となっていた。

 

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― 新着の感想 ―
主人公って大学生だったよね? 信親の話し知らんのか? 戦略等に興味があって戸次川の戦知らない? 非有さんに聞くとかしないの?
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