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蝙蝠亡き島に飛ばされて  作者: 昼ヶS
【羽を広げて】

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【ハメられて】(後編)

「――という事がありまして」


「ほう。それはまた不思議な事で」


 少女を見失った後、元親はすぐに馬を走らせ、岡豊城近くにある寺の住職、非有斎の元へと向かっていた。


「それで、ここに訪れたのはどのような御用件で?そのような不可思議な話をしに寺まで来たのではないのでしょう」


 非有斎にそう言われ、ああそうだと思い出し元親はしたためた書状を幾つも懐から取り出した。


「これをまた届けて欲しいんです」


 非有斎は書状に書かれた幾つかの宛名を見て、


「いつもの所ですな」


 と言った。


 書状の宛先は土佐国内だけではない。元親が先を見据えて、関係性を構築しておこうと伊予や阿波や讃岐、果ては畿内や中国や九州にいる大名や豪族、地侍などである。これらを元親は数年前から僧のネットワークを通じて送り届けてもらっている。


「よくもこれだけ文通できるものですなぁ」


「手紙を書くだけで友好関係を築けるなら安いものですから……」


 一片の紙切れが場合によっては数千、数万の兵力を上回る力を持つ事もある。それを知っている元親はまめに書状を書いては各所に送るようにしていた。


「確かに承りました」


 そう言い、元親から非有斎は書状を預かった。そして何かに面白みを感じたのか失笑し始めた。ひとしきり笑った後、元親にその理由を説明した。


「いやなに、別に明日でも良かったでしょうに、日の落ちる間際に急いでこちらに来られるとは、あの少女の件がよっぽど怖かったのかと思うと、つい……」


 元親はそう言われ自分の顔が熱くなるのを感じた。言われてみれば確かにそうである。書状は別に明日の朝一に届ける、なんなら誰かに届けさせてもいい。


「恥ずかしい……」


「いやあ、お可愛いですなぁ!」


 そしてまた非有斎は笑い始めた。今度は高らかに。


 そして笑い終わった後、神妙な顔つきで元親に言った。


「正体が分かれば恐怖も和らぐかもしれません。その少女、葛と言いましたかな。それはもしかしたら忍の類の可能性は?」


 確かに忍であるならば城内に侵入出来る上、突然消え去る事も可能かもしれない。


「忍……。うーん」


 しかし、非有斎の推測がしっくりこなかった元親は首をひねった。


 それにしては人ならざる神秘的な感じがした。


「でしたら、もののけの類とか?」


 それなら神秘的な要素も加わる。


「もののけ……。うーん」


 元親はまた首をひねった。


 もののけにしては邪悪な感じがしなかった。というより、そもそもいるのかという話ではあるが……。

 非有斎はまださらに何か思いついたようだったが、それは無いと自分で結論付けるように首を振った。


「それではお手上げですな」


 そういいながら首をすくめ、非有斎は席を立った。


「今日はもう日も落ちていますしここに泊まっていくと宜しいでしょう。城へは使いを出します。……お化けの類なら寺で対処できますので安心してお休みください」


 得体のしれない何かと接触した日に、明かりの全くない夜道を往くのを避けたいと思っていた元親はその提案をあっさりと受け入れた。


 翌朝、城へ戻ろうとする元親に向かって非有斎は面白がるように、


「そういえば、石谷(いしがい)家からの書状はこられましたかな?」


 と尋ねた。


 元親がまだ来てないと言うと非有斎は


「そうですか。そろそろ来る頃合いだと思いますのでお見落としの無きよう」


 と楽しそうに言った。


 何のことかと分からないまま元親は帰城し、そして城中の物から自分宛ての書状を渡された。


「畿内から……ね」


 送り主は石谷兵部ひょうぶ大輔たいふ光政と書かれてあった。


 元親は、非有斎から言われたことを思い出し、その書状を読んだ。


「えーと『我が娘、存分に育ちたり候。然らば、亡き国親殿とのかねてよりの先約により、そちらに嫁がせ申し候』……へぇ結婚かぁ。誰がするんだろう?」


 しばし間があき、元親は自身が呟いた疑問に自ら答えた。


「……自分か」


 それからしばらく経ち、桜が花開く時期になった。


 その間、元親は本山攻略の指揮と領内の経営、そしてこちらに来る石谷家の娘との婚姻の準備に忙殺された。


 特に、安芸家への事情説明と、こちらから出す迎えの人員の領内の通行の許可を取るのには骨が折れた。


 安芸家の当主安芸国虎は元親より若干若く、その若さ故に血気盛んであった。事情説明をするにあたって本当は偵察が目的ではないのかだの、騙して奇襲してくるのではないのかだの、ことごとく難癖をつけ、挙句の果てに、敵になるかもしれぬ家の婚姻の協力を何故せねばならぬのかと言い出した。最終的に一条氏に協力を仰ぎ渋々了承させたが、これは確実に両家の遺恨となるだろうと元親は思った。


 そのような事がありつつ、あっという間に、まだ見ぬ婚約者が土佐にやってくる日になった。


 すでに一行が浦戸に着いたという報告が先ほど来ている。元親はその報告を聞き、桜の花びらを弄びながら城の縁側で座って待っていた。


 元親の聞くところによれば石谷光政とは将軍の側近であるらしい。それを聞いて、この婚姻によって将軍家とよしみを結んでおきたいのであろうという国親の目的が、元親にはすぐに分かった。


「それにしても、先代も人が悪い……。事前に伝えてくれないとは」 


 あの書状を見てからすぐに寺に向かい非有斎に問いただすと、前もって伝えては反故にされる可能性があるからと国親に口止めされていたと正直に話した。


 さらに非有斎が言うには、ぎりぎりまで伏せておけば婚姻の準備などで忙殺されて、そのままの流れと勢いで万事うまくいくだろうとも言っていたらしい。


 悔しいことにその通りであった。


 元親は勝手に決められた婚約者と結婚することに(彼女が美人だという噂もあり)あまり不安を感じていなかった。


 それよりもはやく祝言を上げて諸々の雑事を終わりにしてしまいたいとさえ考えていた。


 今現在も本山郷への攻撃は進んでいる。安芸家との情勢もあまりよくない。やらなければならないことは山積みされている。


「お、来たみたいだね」


 遠くに、城へ通じる道を厳かな行列が進んでいくのが見えた。行列の中程には豪奢な籠がある、恐らくあの中に自分の妻になる女性がいるのだろう。


 元親は屋敷の奥に戻り自分の支度を整えた。


 そして、流れと勢いのままに婚姻の儀を終え、夫婦となった二人は一つの寝所に入った。寝所に入ると二人とも何故か正座して向き合った。二人とも仰々しい婚礼用の服は着ておらず小袖を身にまとっているだけである。


 煩雑な作法などから解放された今、行灯のうすぼんやりとした明かりの中で、元親は初めて自分の妻となった女性をまじまじと見ることができた。


 長く艶やかな黒髪に、やや垂れ目ぎみの大きな目、そして通った鼻筋に赤い唇。顔は噂の通り美人であった。


 それよりも、大きい。美しい顔立ちだけでも人目を引くであろうが、その大きさは一際人目を引くであろう。戦国時代だけでなく現代の基準から見ても大きな体格に、出るべきものがどでかく出ているのが着物の上でもわかる。


「……のの」


 元親は初めて妻の名前を読んだ。


「……はい」


 ののは小さく返事した。その大きな体は微かに震えていた。


「寒いのかい?」


 春とはいえ夜はまだ寒い。元親は気を利かせ、夜着と呼ばれるこの時代の布団をののに掛けた。


 しかし、それでもののは震えていた。


 震えの原因が寒気によるものではないとするならば、いったい何だろうかと元親は考え、そして一つの考えに至った。それは、遠い地に嫁ぎにやってきた心細さによるものだろう、という。かつての自分も似たような状態と境遇であったことを元親は思い出した。


 元親は希少な女性経験をフルに活用し、ののが少しでも落ち着くよう色々な話をした。一つ話を聞かせる度にののの震えは徐々に収まり、次第にいろんな表情も見せるようになった。中でも最近城に現れた、神出鬼没の謎の少女の話は特に大きな反応を見せ、恐ろしくなってきたのか元親の体に自分の体を預け、身を寄せ合う状態となった。密着するとその柔らかさを直に感じる。


「もう遅いから寝ようか」


 そう言い、元親は先に寝具に入った。その気がないわけではないが、自身が未経験であるためこういう時にどうすればいいのか分からないのと、何よりののがその気にならない内は無理強いする気が無かった。


「お待ちください」


 ののはそう言って元親の上にまたがった。最初に寝所で見た時に抱いた、か弱い乙女の印象は消え去っていた。


「おぼこだからと言ってこのような気の使われ方は心外です。私とて武門の端くれ。武家に嫁いだ女子(おなご)の、果たすべき使命ぐらい分かっております」


「待って!そういうつもりじゃ――」


「問答無用!側室を置かなくてもいいぐらい、私、頑張りますから……」


 流れと勢いによって事は終わった。

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元親「いや~、やめて! 初めてなの~!」w
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