無愛想で大きな図体で口下手な貴方を心からお慕いしています
小さな頃、私はお伽噺の王子様に夢中になった。
周りの女の子は困難を乗り越えて姫を愛する王子に巡り合いたいと夢を見たけど、私は少し違っていて困難を乗り越えて愛する人を見つけた王子になりたいと思った。
様々な困難を乗り越える愛、その人のためならこの身を厭わないという精神。
その姿がとても素敵だと思ったし、私もそんな風に人を愛してみたいと思ったのです。
「サイラス様、ご機嫌いかがでしょうか」
「アイヴィ、何も変わらないさ。毎日同じ質問で芸が無いな」
「申し訳ございません、いつもお忙しそうでしたのでお疲れではと思い甘い物を用意したのですが」
「いらぬ」
「左様でしたか、何か欲しいものはありますか?」
「…肩を揉んでくれ」
「えぇ」
私の婚約者であるサイラス・ルーペンサー第一王子。
ルーペイア王国の王位継承権を持つ第一王子、見目麗しくお伽噺の王子様のように金髪碧眼で宝石の様にキラキラしている容姿で頭もよく、眉目秀麗な方です。
この様な素敵な方の婚約者である私は幸せものです。
「アイヴィ、もうよい」
「あっ、かしこまりました」
「やはり専門の者でないと駄目だな」
「至らずにすいません」
今度はマッサージの仕方でも習おう、サイラス様のために。
「アイヴィ、お茶を入れてくれ」
「はいっ!」
「その後は下がれ」
「…はい」
最近はサイラス様との会話も減ってしまった。
寂しいけれど、私が頑張ればまた沢山お話をできるかもしれない。
きっとお疲れなのだ、私が我儘を言ってはいけない。
私はマッサージの本を学園の図書館で借りて読んでいた。
サイラス様の癒しになりたい、お手伝いもしたい。
しかし王妃教育の合間なので思うように進めなられないのが歯がゆい、王妃教育も大事なので手は抜けないからどちらも頑張らなければ。
私はサイラス様の未来の妻となるのだから、彼を支え愛し彼と家族となり国を支えなければならないのだ。
だから沢山の努力をしなければ。
彼のため、国のためと思えば幸せだ、私の小さな力でも役に立てるかもしれないと思うと頑張れる。
時間が来てしまい王妃教育へ向かう、王城に行く際に私には護衛がつく。
それは熊のように大きな図体で、男らしいが美しい凛々しい顔をした王族直属の騎士団長がそれを担っている。
無愛想で笑ったところを見たことがなく、あまり口数も多くない。
しかし彼は王国に使えている騎士の中でも一番偉い騎士だ、王族にも一番近い。
サイラス様に仕える可能性も高い騎士だ。そんな彼にも心を砕かなければ。
将来サイラス様をお守りしてくださる騎士様なのだから、彼を大事にし感謝したい。
彼を支えてくれる貴重な方なのだ、そういう人を大事にしなければ。
それに彼は国の守護の要でもある人だ、心を砕かなければ。
「ディラン様、いつもありがとうございます」
「いえ」
「あの、ご迷惑でなければこちらを」
「これは?」
「甘い物はお嫌いでしたら私が片付けますので、中身はスポンジケーキですの、あまり甘くないようにしましたが…」
「わざわざご用意されたのですか?」
「まぁ、サイラス様とディラン様に良ければと思ったのですが…サイラス様は甘い物が苦手だったようで、もしディラン様も苦手でしたら侍女にあげますので…」
「いえ…頂きます」
私はほっとしてディラン様を見上げた、2m近い彼の視線を捉えるのは首が痛い。
「良かったです…すいません押し付けがましく」
「腹が減ってたので」
確かに大きな体はすぐにお腹が空きそうだと思った。
「ディラン様はコーヒーは好きですか?このスポンジケーキの味付けは良く合いますの」
「そうですか」
「えぇ、ダージリンティーでも良いのですが」
「わかりました」
「あ、でも私の思うことなので好きに召し上がって下さいね。私、お節介でいつもサイラス様に控えろと注意されてしまいますので」
「そんなことは…」
「フフフ、良いのです。…ディラン様、いつもお話を聞いてくれてありがとうございます」
「俺は何も…」
「ディラン様は聞き上手でいらっしゃるので、私いつも話し過ぎてしまって…」
「気にしてません」
ディラン様は優しい、私みたいな小娘の話にも相槌を打ってくれたり黙って聞いてくれる。
綺麗な顔だけど、迫力のあるガタイなのにとっても私に気を使ってくれる。
サイラス様と距離ができてしまったと思いながらも、私はそれでもサイラス様との未来を夢見ていました。
しかし…
朝の執務室で私の人生は大きく変わった。
「アイヴィ、お前とは婚約破棄をする」
「え…?」
サイラス様のための差し入れで私はサンドウィッチを朝早くから用意していた。
ハムチーズのサンドウィッチが好きだけど、トマトが嫌いなサイラス様。
トマトを抜いて彼の食べられるキュウリを代わりに入れたサンドウィッチ…。
朝の気持ちが灰色になる…、何で?嘘…。息が苦しい。
「アイヴィ、俺はお前とは結婚したくない。婚約を破棄したい」
「な、なんで…」
「重苦しいんだ、俺のためだとか国のためだとか…」
「私はサイラス様を愛してます…だから、だから…」
「それがうざったいんだ!」
「…っ」
「重いんだよ…俺自身をもっと見てほしいし、もっと可愛げのある方がいい」
「私はサイラス様だけです!貴方のためにっ…」
「だから、もうお前なんか好きじゃない!好きでもない相手からされる事は重苦しいんだ!」
「えっ…?」
「俺には他に好いた人がいる…悪いが婚約破棄は進めさせてもらう。後日通達を家に送る」
私はバスケットを握りしめたまま、部屋から出た。
涙が止まらない、もう少しで生徒が増えてここも人通りが多くなる。
涙が止まり方を忘れたように、私は抑えることの出来ない気持ちをバスケットを握りしめたまま走り逃げるように裏庭に向かう。
「っぁあ…うぁぁああっ!」
朝早く起きて、サイラス様に可愛く見られたくてやったメイクもサンドウィッチも全て投げ出して私は泣いていた。
惨めだ、他に好きな人ができたと淡々と告げられ私は苦しくて泣き腫らしている。
今までの私は何だったのだろう、恥ずかしい。
本当は嫌がられていたのか…。私は馬鹿だ…。
サイラス様の気持ちにも気づかず、ただ押し付けていたのか。消えてしまいたい…。
「アイヴィッ!」
私を背後から呼ぶ低い声…振り返るとサイラス様じゃない、ディラン様だった。
「何があった?!」
「わっ、わたっ、私っ…」
「安心しろ、俺が守るから、大丈夫だ」
何て優しい声なのか、私の涙が驚きで引っ込みそうだったのにまた溢れる。
「サイラス様にっ、き、嫌われてしまいましたっ。婚約も…っ破棄するとっ…うっ、ふぅっ…」
「サイラス殿下に言われたのか?」
「他に好いた人がっ、いて…私っ、そんな事にも気づかずっ!」
「っ…!」
「私っ、サイラス様だけでしたっ!あの方をっ、愛しておりましたっ!でも、私の一人よがりでっ…」
「何も言うなっ」
「私、何てみっともないの!何も気づかず、こんなっ…惨めでっ!」
「何もっ…言うな!!」
ビリビリと鼓膜が破れそうなほどの大声に私は我に返った。ディラン様の腕にしがみついて…何て事だ。
「す、すいません。ディラン様、お召し物が…」
彼の腕を私の涙で汚してしまった。
「いや、…大声を出してすまない」
「いえ…すいません。みっともない所をお見せして…私本当にだめですね」
「そんな事無い、アイヴィ嬢…泣くな」
「ディラン様…」
「泣く所を見たくない…」
「そうですよね、困りますよね」
「困るとかじゃないが…」
「ディラン様、私今日は帰ります…もう送り迎えは結構ですから…婚約破棄をしますし」
「送る」
「いえ…御手をわずらわせるのは…」
「何も考えるな、送る」
彼はぶっきら棒に私に返すと、そのまま私の手を引いて馬車まで連れて行く。
私を哀れんでいるのだろう、こんな泣き腫らした令嬢を放っておけないという騎士道なのだろう。
今は抗う気力もない、ただ私は無表情で家に帰った。
それから翌日には家に婚約破棄の手紙が王家から届いて、家族からは責め立てられた。
私の献身が足りなかったせいだとか、可愛げがないとか、相手の令嬢より容姿で劣っているとか…。
私の家族は王族との繋がりを強くしたかっただけなんだなとつくづく思った。
部屋にこもり、私は何もできず無気力になっていた。
侍女だけは気遣わしげにしていけど、私は何も言わなかった。
そうして3日たち、執事が慌ただしく私の部屋を訪ねた。
「アイヴィ様っ!ディラン・ガーライル公爵子息がおみえです!」
「えっ?」
やつれて、ボロボロの私を見て執事は更に慌てた。
「お急ぎ身支度を!侍女を呼びますのでっ!」
ディラン様?何で?
私は食事もろくに取らず、寝れず、最悪のコンディションだ。頭が回らない。
「お嬢様っ!!急いで磨き上げますわよっ!」
と侍女が一度に十人も入ってきたが、それでも頭が回らない、目まぐるしく何かが動き回る。
「あのっ…」
「とびきり綺麗にするのよ!けどっ、あぁ〜、こんな事なら無理にでもお食事をさせていれば良かった!」
「睡眠薬でも飲ませて寝かせれば良かったわっ!」
「化粧で隠すのよ!」
「痩せた所をカバーするのよっ!」
と侍女はバタバタしている、私は口を挟む隙間もなく身支度を整えられ部屋から送り出された。
侍女達は
「お綺麗ですわ!」
「アイヴィ様、お幸せにっ」
「私達はいつでもお嬢様の味方ですわっ」
と何やら話している、執事も涙をこらえていてあれよあれよと私は客間へやって来た。
「アイヴィ、遅いぞ」
と父、母も
「公爵子息をあまりおまたせしないように」
と言われた、ディラン様は正装をしていてとても畏まっていた。
「あのっ…」
ディラン様は私の前に出てきて私の手を取り跪いた。
「アイヴィ、貴女に結婚を申し込む」
「えっ?」
「断らないでくれ」
「えっ、え?」
両親は頷いている、執事も侍女も泣いて頷いている。
「ディ、ディラン様っ…あのっ私頭が混乱してっ…」
「いい、頷いてくれたらそれで」
「でも、私と?結婚?」
「気持ちが無くても俺はそれでも構わない、頼むか断らないでほしい。どんな事をしても俺がお前を守り豊かな暮らしを与える、約束しよう」
「暮らし?」
「イエスと、はいと言え」
「…はい…?」
その瞬間、ディラン様は私を抱き上げた。
「悪いがメトローム子爵殿、このまま公爵家へ嫁として連れて行く、問題ないな?」
「は、はい。もちろん」
「行くぞ」
私は有無を言わせないディラン様に連れられて馬車にのりそのまま信じられない事に公爵家についた。
「ディラン様…?」
「強引ですまない」
ディラン様は私を抱えたままなので彼の様子が顔からは伺えない。
私を抱えたままでも衰えぬ力に恐怖を覚える。
「第一王子との婚約破棄が正式になってから急いで手続きをした、驚くだろうが…そういう事だ」
「そういう?」
「つまり…アイヴィ嬢。順序は間違えたが…愛している」
「あっ、あっ…愛?」
「…可愛い」
と初めてディラン様がフワリと私に笑いかけた。
私は瞬間湯沸かし器の様に真っ赤になった。
ズルい、そんな大きい図体で美形で男らしいのに!そんな優しげに笑うなんてっ!
「えぇ…?」
「さぁ、これからはここが我が家だ。慣れないことは周りに何でも聞くといい」
「はい…」
私はこれが夢なのではないかと何度も思ったが、どうやら現実らしい。
こうしてガーライル家に私は嫁いだ。婚約をすっ飛ばして結婚した。
結婚式は私の卒業を待って行ってくれるようだが、何とも実感の湧かない結婚だ。
ガーライル家は至れり尽くせりで、私が気後れしてしまうほどだ。
沢山のプレゼントに、素敵な食事にオヤツ、私の好きな花を植えた庭。
ディラン様も口数は少ないが労るように側にいる。
私が見上げると、しゃがんで目線を合わせて
「何だ?」
と熱い眼差しを送ってくれる、私が少し話す言葉にも耳を傾け大きな手のひらで私の手を取り熱心に聞いてくれる。
「ディラン様、私学園にもそろそろ行きませんと」
「行く必要はないだろう」
「しかし、卒業していたほうが外聞も良いですし…」
「…どうしても?」
「ディラン様の妻を続けるなら、外聞も大事です」
「…はぁ、ならこれを」
「これは?」
「位置がわかる魔法石だ、持っていろ」
「まぁ…わかりました」
こうして、私はニ週間ぶりに登校する事になった。
学園は第一王子が婚約破棄をして、新しい婚約者と仲睦まじく過ごしている話題で持ち切りだった。
私は居た堪れない空気の中、学園で過ごすことになる。
「アイヴィ、この魔法石は通信も行える。何かあれば俺を呼べ」
とディラン様には事前に言われたので不安はあまりない、こんなにも心強いものなんだ。
「あーら、アイヴィ様」
「どちら様ですか?」
「私は、新しいサイラス様の婚約者ですわ」
「あぁ」
まだチクリと痛むが、前ほど苦しくはない。
「これからは私がサイラス様をお支えしますわね、今までご苦労さま」
「…いえ」
「サイラス様から聞きましたが、貴女って本当につまらない人だったようね。せいぜい次は婚約破棄をされないようお気をつけなさい?まぁ、王子から婚約破棄されたのですから…貰い手がいれば良いですね、クスクス。お困りでしたら紹介しますわよ〜」
「…」
何で私はここまで言われなきゃならないのか…。
「サイラス様と今日はデートに行きますのよ?フフフ楽しみですわぁ」
私はこれまでの気持ちを吹っ切る、こんな馬鹿な女と王子なんてもう知らない。
「楽しんでくださいませ、御機嫌よう」
私はその女性の名前も聞かずに興味なさげに去った。
もう知らない、私はあんな人達になんてもう縛られない。
私はそれから学園に通いながらもガーライル家の女主人としての仕事をこなしたり、ディラン様から誘われてデートを重ねたりしながら卒業までの半年を過ごした、休みがちになっていたが卒業には支障がなかったので無事に卒業パーティにも参加できる事になった。
本来婚約者がいる場合は、その人とパートナーとして出席するのだが、私の場合は人妻だ。
「ディラン様、私卒業パーティは休もうかと思っているのですが」
「なぜだ?」
「もう、ディラン様という夫がいますし…」
私はドキドキしながら言うとディラン様はフッと笑った、大人な魅力でカッコ良すぎる。
逞しい大きな体で私を簡単に包んでしまう、男らしい彫刻のような美しい顔も、色気のある仕草や表情も、私を気遣う言葉や態度も…何もかも素敵だ。
私はすっかりディラン様に惚れ込んでしまっていた。
「最後の日だ、俺がエスコートするから参加しろ。」
「王子の警備は?」
「他のものでも構わん、嫁の大事な日だ」
私は嬉しさと、ディラン様の気遣いに顔に熱が集まる。ディラン様は私の頬を撫でて
「ドレスは俺が選ぶ、沢山着飾らせて俺の嫁だと自慢してやる」
と言うと楽しそうにしていた。あまり表情の動かない人だけど何となく雰囲気や口調で楽しげなのが分かるようになってきた。
そうして卒業パーティの当日、ディラン様とお揃いで彼の黒髪に映える白い騎士団の正装はとんでもなく見惚れるほどカッコイイ。
小物で私の瞳の色のエメラルドを使ってくれている。
私は彼に合わせて白と彼の瞳の色のイエローのドレスを用意してもらった。
花飾りやアクセサリーも黄色い物を使っている。
互いの色をまといながら私達は会場に入るとザワザワと私達を見ながら皆が噂をしている。
「ディラン様とっ?」
「そんなぁ、ディラン様ぁ」
「ディラン様がアイヴィ様とっ?!嘘よ〜!」
「数多の女性からの婚約を断り続けてきたのはアイヴィ様がいたからなの?!」
ディラン様は人気者らしく、数多の女性が悲鳴を上げている。
そうだよね美丈夫で、強くて、色気もあって無口だけど瞳で語るような力強い眼差しで、存在感もあって…。
私は噂の的になるのが居心地悪くてディラン様を見上げたら彼は、フワリと珍しく私に笑いかけた。
「可愛い顔で見上げられたら困るな、帰りたくなる」
「えっ、えぇ?」
「大丈夫だ、周りなど気にするな…俺がいる。怖いなら俺だけ見ていろ」
カッコ良すぎるんじゃないですか?!ディラン様っ。
周りから悲鳴と倒れるご令嬢までいらっしゃいますがっ!私も倒れそう…。
「アイヴィ、こっちへ来い」
私の腰をしっかり支えてエスコートしてくれる。
旦那が素敵すぎます。
「ディラン様が素敵すぎて…目眩がします」
「…っ、お、俺もだ」
と照れくさいのかそっぽを向いた旦那様。私も今は顔を見たら爆発しそう。
私達はホールに進むとそこには王子と新しい婚約者の方がいた。
「ディ、ディラン…貴様…アイヴィと?」
王子は驚愕という顔で私達を見ている、傍らの婚約者は何故か私を睨みつけている。
「はい、結婚しました」
とシレッとディラン様は告げた、再び驚愕という顔をする二人。私はディラン様が庇うように背後に隠された。
「アイヴィ、待っていろ」
「ディラン様っ…」
私が彼の服を掴むと彼は安心させるよう私の頭を撫でて
「まかせろ、心配いらない」
頼もしすぎるディラン様の言葉に私はただ背後に隠されていた。誰にも傷つけさせないよう、私を守る姿に嬉しくて泣きそうになる。
「ディラン、アイヴィと結婚だと?何も聞いてないがっ!」
「えぇ、伝えてません。卒業後に式を上げる予定でしたのでその際でよろしいかと」
「俺の元婚約者だぞ?」
「それが?」
「っ…!不敬ではないのか?」
「王からの許しは得ていますし、俺の仕えている方は国と王です、貴方の許しはいりません。不敬でも何でも無いです」
「俺は時期王になるんだろぞ?わかっているのか?」
「それが?」
「俺に楯突いてこの国にいられると思うなよ」
「脅しですか?王太子殿下」
「…お、お待ちになって!」
突然王子の婚約者が口を挟んだ。
「ディラン様!アイヴィ様の真実を今日はお伝えしますわ!彼女との結婚は間違いですわ!」
と彼女が口走ると、ディラン様は
「誰だ貴様は」
と怒気を孕んだ声で彼女を見下ろす、彼女はたじろいだが王子の側によると
「私は王子の婚約者であるエーディエ・ウルティアです」
「ウルティア?…あぁ…あの嘘臭い子爵か」
「う、嘘臭いですって?」
「これは俺と王子の話だ、しゃしゃり出るな」
エーディエ様は口籠るが、王子が彼女を庇うように
「俺の婚約者になんて口を聞くんだ!」
「まだ王妃でもない、俺よりも爵位の低い女がしゃしゃり出る事がおかしいだろう」
「お前…立場が分かってないようだな」
「立場か…そんなものには興味がない。俺は俺の嫁と家族が無事ならどうでもいい」
「なっ…」
「俺は俺の大事なものが幸せであれば他には興味がない…王にはそれは伝えてある」
「父上に?」
王子はディラン様を驚いた顔で言い返せずにいると、エーディエは痺れを切らし
「ディラン様っ!私はアイヴィ様から様々な嫌がらせを受けたりしました!彼女は性悪ですわ!それを知ったサイラス様が私を庇って…」
「…」
無言でディラン様は彼女を見下ろしている。
「ディラン様は騙されているのです!アイヴィ様は私を不当に扱いました!これは次期王であるサイラス様の品位を落とす事でもあり、次期王妃である私に対しても不敬である行為をしたのです!」
「はぁ…覚悟はできてるだろうな?俺の嫁をそこまで言ったこと…」
ディラン様はどすの利いた恐ろしい声でエーディエ様に怒りをぶつけていた。
サイラス様もエーディエ様も体を硬直させて、冬眠明けの気性の荒い熊に遭遇したような顔をしている。
「ディラン!!すまないっ!!馬鹿な息子が申し訳ないっ!!」
と血反吐を吐くような声で王が慌てて仲裁に入る。
先程到着したようで、王妃も慌てて王に駆け寄りディラン様に
「ディラン!怒らないで!ごめんなさいっ!」
と顔を青白くさせている。王はサイラス様とエーディエ様に怒鳴り散らした。
「無礼を詫びろ!愚か者共!」
「ちっ、父上!しかし、ディランは俺達にっ!」
「ディランはこの国の守護神だぞ!ディランの強さを知らないのかっ?!馬鹿者が!」
「なっ…」
「この国が他国に責められる事もなく平和を維持できているのは何故かわからないのか?!ディランがいるからだっ!戦に出れば前線で数多の敵を一瞬でなぎ倒し、容赦なく叩きのめす!ガーライル家は戦の申し子と呼ばれ、触らぬ神に祟りなしと恐れられている一族だぞ!はるか昔からこの国を守護する一族に何という愚かな行いを!平和ボケで頭がおかしくなったか!」
王の剣幕に二人はすっかり黙ってしまった。
王妃は私を気遣わしげに見ていた。
「アイヴィ、貴方を巻き込んでしまい本当に申し訳ないと思っているわ」
「王妃様…」
「どうか、ディランの怒りを沈めてください。貴女にしかできないのよ…王家はあなた達を祝福しますわ」
「は、はい」
「くれぐれも…ディランの怒りを王家に向かわせないよう…お願いしますわ」
と私の手を掴んで祈るように王妃様は私に懇願した。
まるで悪神に捧げられた生贄の気分になった。
サイラス様とエーディエ様はまだ何か言いたそうだったが、私は王と王妃の懇願する様な視線に耐えられなくなりディラン様の服をチョイチョイと引っ張った。
彼は振り返り
「どうした?」
と怒りを含んだ表情ではあるが、私を気遣わしげに見下ろしている。
「ディラン様、私のために怒ってくださってありがとうございます。けど…良いのです。ディラン様が…私を分かってくださってるなら、その他のことは些細な事です。私はディラン様の妻で幸せなのです…今日は折角の卒業パーティですのよ?ディラン様が用意して下さったドレスで楽しく過ごしたいです…お怒りを鎮めて私と…踊ってくださいませんか?」
「…わかった」
「ありがとうございます、ディラン様…」
私はホッと胸をなでおろしたが、ディラン様は王家の方々に釘を刺すように
「次、俺の妻の事でとやかく言う事があれば許さないからな」
と、目で人を殺せるのでは無いのかと思うほどの迫力で威圧した。私も側で見ていて怖くて倒れそうだった。
それから、私を何事も無かったかの様にエスコートしてディラン様はシーンとした会場を見て、パンパン!と手を叩いて合図を送ると合奏団が慌てたように旋律を奏でた。ディラン様は気を取り直した様に
「こちらへ」
と私に跪いて、掌にキスをするとスッと手を取り彼のエスコートでダンスを踊る。
背の高い彼との足の長さが違いすぎて必死だったが、気づいてくれたのかだんだんと私に合わせてくれた。
「式はいつにしようか」
ダンスを踊りながらディラン様はそう呟いた。
「そうですわね、準備は少しずつしていますが…」
「できれば俺はひっそりとやりたい…アイヴィをあまり多くに見せたくない」
「まぁ…」
「駄目か?」
「いえ、式など形式に過ぎませんから…私は貴方に花嫁姿を褒めてもらえたら…嬉しいなと…そう思うくらいで…」
「これ以上可愛くなるな、守りきれない」
「なっ、えぇ?!」
「駄目だ、やはり帰ろう。頼む…この曲が終わったら帰ろう」
「えぇ…構いませんが」
「アイヴィを人目に晒すのは危険だ…邪な目に晒したくない」
「フフフ、私は、ずっと貴方しか目に入りませんのに」
「ぬぅっ…」
と照れた顔のディラン様がおかしくて私は
「私はこの先、ディラン様だけです…信じてくださいませんか?」
「信じる…」
「愛してます…ディラン様」
「っ…!帰るぞっ!」
と、私をヒョイッと軽々と持ち上げると横抱きにして大事そうに運んでくれる。
いつもより高い視線で、近くにディラン様の顔があってよく見たら耳が赤くて…こんなに大きい人に可愛いなんて思うのは変かもしれないけれど私は可愛いなんて思ってしまった。
会場から出ると、夜風が気持ちよくてディラン様の耳元で私は彼の首に腕を絡めながら
「幸せです…ディラン様」
と呟いた、ディラン様はさらに速度を上げて馬車まで乗り込むと私を座席に丁寧に下ろして向かいに座らせると
「心臓が…おかしくなる」
と可愛い顔で訴えてくる。私はディラン様が好きすぎておかしくなっているのだろう。
「私もディラン様を見てると…心臓がおかしくなります」
二人で見つめ合いながら、照れくさいけど幸せでその日は二人にとって大切な思い出になった。
後日、ディラン様の要望でひっそりと式を上げた。
国の守護神であるガーライル家はそれからも栄えた。
ガーライル家はとても妻を大事にする。
まるで宝物を守る龍の様に妻を守り、愛し生涯とても大事にする。
妻もその愛に呼応するように家を栄えさせるという。
互いに愛がある限り、ガーライル家はいつまでも栄える事でしょう。
おしまい。