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ブラックベアは思ったよりも遭遇する

「嘘だろ……?」


 目の前でフウロが呆然としている。

 まるで信じられないものを見たかのような反応だ。


「ブラックベアくらい誰でも討伐出来るわよ。大したことじゃない」

「いや、でも……。まさか1日いや半日で討伐するなんて思わんだろ……」


 時刻は昼前。

 朝早くに出立してブラックベアを狩り、そのまままっすぐに帰ってきた。

 どうやらフウロとしては討伐にはもっと時間が掛かると思っていたらしい。


「早ければ早い方が良いでしょう? 貴女の娘さんを早く治してあげないとね」

「確かにそれはそうだが、いくらなんでも半日なんて」

「信じるか信じないかは任せるわ。そんなことより目の前に爪があるのだから早く行動にうつして。貴方が狼狽える時間を作る為に急いだ訳ではないのよ?」

「そうだな。ああ、本当にその通りだ。ありがとう。この礼は必ずする」

「娘さんが元気になったらその姿を見せてちょうだい。お礼なんてそれで十分よ」


 感極まった様子でもう一度深く頭を下げるとフウロは踵を返して家に戻る。

 爪を煎じて回復薬を作るのだろう。


「良くなるといいですね」

「良くなるわよ、きっと」




 フウロと別れてすぐに借りていたお金の代金としてブラックベアの爪を支払うと丁度空腹を感じてくる。

 お昼時だ。


 お金はまだ余裕があるので多少贅沢も出来る。


「シアンは食べたいものとかある?」

「私はご主人様と一緒なら何を食べても美味しいのです!」


 可愛いことを言ってくれる。

 ただいずれは自分の好物を主張してくれるような関係性を目指したい。

 何事も少しずつにだ。

 まだ距離間的には遠慮が見受けられるが、長く一緒にいればそれもなくなるに違いない。


 このまま時間を掛けて聞き出してもシアンの食べたいものを引き出すのは難しそうだと判断し、俺が食べたいと思った店に入ることにする。


 そもそも最初から選択肢は少ない。


 海が遠いこの街では海産物は希少だ。

 そうなると基本的な食事は山の幸か狩りで手に入れた肉になる。

 

 小麦のようなものが育てられているのかパンは普通に売っている。しかしこの街のパンは日本で食べたものに比べて固く、さらに味も劣る。

 スープに漬けて食べないと食べるのに抵抗があるレベルだ。

 そのスープも味がやや薄い。


 そこで目をつけたのが串焼きの店だ。


 濃い味付けのタレに浸された串焼きは肉や野菜といったバリエーションがあり、香りからしてかなり美味しそうな雰囲気を醸し出している。

 昨晩食べた骨つき肉もかなり好印象だったこともあり、串焼きの店に決めた。




「これは……、悪くない。いえ、むしろとても美味しいわね」

「幸せなのです」


 ちっちゃいお口いっぱいに肉を頬張って恍惚の笑みを浮かべるシアンを見れたことがむしろ俺には幸せである。

 耳はぴんと立ち、尻尾は土煙をあげそうなほどに左右に振り回されている。


 飲み物として一緒に頼んだ果物の生搾りジュースも柑橘系で程良い甘さと酸味が効いていて美味しい。

 脂っこく味が濃い串焼きの肉の味が舌に残ってしつこくなるところをあっさり洗い流してくれるおかげで次の串が進む進む。

 

「うーん、これは通ってしまうくらいに美味しいわ」


 シアンも大満足の様子で無我夢中になって食べている。


 そんなほんわかした空気を台無しにする野太い声が響いた。


「もういっぺん言ってみろ!!」


 あまりにも大きい怒号に店の中がしんと静まる。

 誰もが食事を止めて声の主を見ていた。


 そんな中、我関せずと俺は串焼きを食べ続けていた。


「シアン? どうしたの? 食べないの?」

「いやえっと、あの、気にならないのです?」


 気になるかと言えば興味がないと答える。

 居酒屋の酔っぱらいの喧嘩なんて転生する前に飽きるほど見てきた。

 そして飲み放題の時間が勿体無いので気にせず飲み食いするのが正しい選択だとはるか昔に答えを出している。


「気にしないで食べなさい。店がうるさくてもお肉の味は変わらないもの」

「は、はい……です」

 

 微妙に引き攣った笑みでシアンは食事を再開するが先程までの勢いもなければ笑みもない。

 幸せそうなシアンを眺めるという幸福を噛み締めていた俺としてはそれを奪われたのは不快だったが気にせず食事を続けた。 


「ああ、何度でも言ってやろう。我先にと尻尾を巻いて逃げたお前に取り分などないと言っている」


 店が静まっているので聞く気がなくてもその声ははっきりと聞こえてきた。

 非常に冷静で落ち着いた女の声であった。


「誰が逃げただって? ああん!?」


 対して男は声は無駄に大きいし、威圧的で嫌な感じである。

 

「ブラックベア相手に勝てないと踏んで一目散に逃げただろうが!! それもセシリアを囮にしてな!!」

「言い掛かりだ! 俺は仲間の為に助けを呼びに行っただけだ!! 事実俺が助けを呼びに行ったから助かったんだろうが!!」

「それは残ったあたし達が命懸けで時間を稼いだからだろうが!!」


 どうやらブラックベアに遭遇したパーティの揉め事らしい。

 それにしてもブラックベア出過ぎである。

 本当に希少なモンスターなのだろうか。

 

「俺が助けを呼んだからブラックベアを撃退出来た!! 感謝こそされても報酬を奪われるなんて冗談じゃねぇっ!!」

「その助けを呼んだってのも怪しいところだ。本当は逃げた先に偶然別のパーティがいたんじゃないのか?」

「な、なんだその言い掛かりはっ!! お前の妄想じゃねぇか!!」


 動揺の仕方が半端じゃない。

 どうやら図星のようだ。

 あの威圧的な男が仲間を見捨てて逃げたらしい。


 それにしてもブラックベアを相手に時間を稼いで生き延びて、助けがあったとはいえ最終的に撃退してしまうとはこの街にしてはかなり腕の立つ人物のようだ。


「ふざけんなっ!!」


 顔を真っ赤にして男は手に持ったジョッキを女に向かって投げつけた。

 女はそれを余裕で躱す。

 

 勢いよく飛ぶジョッキ。


 それは今まさに次の串に手を伸ばしているシアンの目の前を通り過ぎ。


 食卓の皿を直撃し。


 まだ手を付けていない串焼きを床にばら撒いて、そのまま壁に激突して割れた。


 汚い床に散らばりジョッキの破片まで浴びた串は当然もう食べられたものじゃない。


 シアンが泣きそうな瞳でこちらを見る。

 耳がぺたんと倒れていた。

 先程までご機嫌だった尻尾は力無く垂れ下がっている。


 あの男が。


 シアンの笑顔を奪った。


 ぷちん。と、そんな音が頭の中から聞こえた気がした。

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