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威力の加減が難しい

 シアンの待つ席に座った男はフードを外した。


 フードの下にあった顔は意外にも温和で優しそうなおじさんであった。

 年齢は30〜40くらいであろうか。

 目元に若干残った隈が男の疲弊を物語っている。


「ご主人様、この方はどなたなのです?」

「ブラックベアの居場所を知ってるらしい情報提供者よ」


 男は店員を呼び止めると飲み物を注文し、運ばれてきた飲み物で口を潤してから切り出した。


「俺の名前はフウロと言う」

「フウロさん。ブラックベアの居場所を知っているというのは本当なの?」

「本当だ」


 男がおもむろに右手を見せる。

 その薬指と小指の第一関節から先がなくなっていた。

 

「ブラックベアの巣を見つけた俺は討伐に向かった。……が、そこで失敗して失ったのがこの指だ。指だけですんで運が良かったとも言えるな」


 ブラックベアが最終的にはリスポーン地点付近で魔法トラップをループさせてリスキルし続けるフルオートレベリングの餌になっていたことはこの世界では墓まで持って行った方が良さそうだ。

 言ったところで頭がおかしい人だと思われるだけだろうが。


「そこまでしてブラックベアの爪を欲したのはどうして?」

「病気の娘がいるんだ……。その治療に必要な薬はブラックベアの爪を材料にしている。なんとしても俺にはブラックベアの爪が必要なんだ」


 俄然やる気が出てきた。

 こういうイベントで出てくる少女は儚げな美少女と相場が決まっている。

 その娘を助ける為だと思えばやる気が漲ってくるのも当然だろう。


「私に任せなさい。必ずブラックベアを仕留めてみせる」


 そして薬で元気になったフウロの娘とシアンがきゃっきゃしてるのを見てほんわかした気持ちになるのだ。

 美少女と美少女の絡みは目の保養間違いなしである。

 

「しかしブラックベアは簡単な相手じゃない。本当に大丈夫なのか? 俺に出来ることがあるならなんでもしよう」


 なんでもするは可愛い女の子に言われないとテンションが上がらない。

 しかし相当に切羽詰まっているのだろう。

 男には余裕がない。

 疲労困憊の雰囲気もそうだし、睡眠不足だろう目の下の隈や余裕のない声色からも(うかが)える。

 娘の為に必死なのだ。


「貴方に出来ることは家に帰って娘の側に居てあげることよ。ブラックベアなんて誰でも討伐出来るけど、娘の側にいて娘を安心させてあげられるのは貴方だけじゃない」

「ブラックベアを誰でもか、言ってくれる。……ありがとう。娘の側で貴方たちを信じて待つことにするよ」


 男から家の場所とブラックベアの巣を教えてもらい。その日は解散した。


 腹も膨れたことで眠気が襲ってきたのかシアンも船を漕いでいる。一階で受付をして二階の宿に泊めてもらうことにした。


 部屋は粗末なベッドがふたつ置かれた以外には小さなテーブルと椅子があるだけの簡素なものだった。

 寝るだけの空間だからとくに不満もない。


 途中から熟睡していたシアンをお姫様抱っこでベッドまで運ぶ。

 寝顔も可愛い。食べちゃいたいくらいだ。


 一緒のベッドで彼女を抱き枕がわりにしたい欲求に襲われるも、なんとか我慢した。

 そういうのは合意のもとでやるべきだ。

 勝手にやって嫌われたくはない。

 まだ出会って1日目。無理に距離を詰めることもないだろう。こういうのはゆっくり進めるものだ。


 上着とミニスカートを脱いでキャミソール一枚になった俺は自分のベッドに入って目を閉じる。

 意識はあっという間に闇に落ちた。

 どうやら思ってたより疲れていたらしい。




「ご主人様、おはようございます」


 目覚めたら天使がいた。

 違う、シアンだった。


「おはよう。シアン。今日も可愛いわね、素敵よ」

「か、かわわわっ」


 照れている姿も可愛い。本当に見ていて飽きない美少女だ。


 頭を軽く撫でてやると気持ち良さそうに目を細めて身を任せている。

 悪戯心から軽く狐のような耳をさわさわしてみた。


「ひゃっ!!」


 全力で逃げられた。

 両手で耳を押さえて部屋の隅で縮こまっている。

 罪悪感で死にそうだ。

 死のう。


「ご、ごめんなさい。勝手に触ってしまって……」

「違うのです!! 嫌ではなくてただいきなりだとびっくりしてしまって!!」


 ゆっくりとまたこちらまでやってきたシアンは恐る恐る頭をこちらに持ってくる。

 

「どうぞ……っ!!」


 尻尾がまるまって足の間に挟まっている時は怯えている時と嫌がっている時だと認識している。

 そんな悲壮な覚悟を決めて体を売るみたいな雰囲気のシアンに何かする気なんて起きない。

 めちゃくちゃ反省した。

 軽い気持ちで耳を触ったさっきの自分を殴りたい。助走をつけて。


「ありがとう。大好きよ、シアン」


 耳には触れずに頭を撫でるだけにとどめる。

 頭を撫でられるのは好きな筈だ。


「耳、触らないのです?」

「また今度ね」


 少なくとも親密度が上がるまではやらない。




 昨日のスープの残りとパンという軽めの朝食を済ませ、シアンを連れて街を出る。

 目的地は街から少し離れた場所にある森だ。

 フウロ曰く、その森にブラックベアの巣があるらしい。

 

 さくっと見つけてさくっと倒してフウロに爪を分けて、お金を貸してくれたおじさんに残りの爪を渡したいところだ。

 あとはおまけで娘さんとシアンが戯れる様子を遠目で眺められれば言うことはない。

 

「ご主人様、私は何をすればいいのですか?」


 正直何もしなくていい。

 居てくれるだけで俺が幸せになる。

 むしろ危ないことはさせたくない。

 戦闘なんてさせてその綺麗な肌に傷でも付いたら悔やんでも悔やみきれないだろう。


 ただそれは俺の我儘であり、過保護で無神経だ。

 

 彼女だって自分の仕事を与えられたい筈だし、成長することで俺の役に立って自己肯定感だって高めて欲しい。

 奴隷とはいえ、もしかしたら俺の手元を離れる時が来るかもしれない。そうなった時に自分の価値をどれだけ高められるのかは今からの努力次第だ。

 出来ることなら一人の力で生きていける程度の力は与えてあげたい。

 

「シアンは何か武器は使える?」


 ぶんぶんと横に首を振る。

 そりゃそうだ。

 平和に生きてれば武器なんて扱う機会もないだろう。


 そもそも武器を使う必要もないしな。

 シルバーテイルは希少な種族ってだけじゃない。

 シルバーテイルにしかない特性が存在する。

 それもゲーム内でも中々馬鹿にできない性能だった。


 シルバーテイルには種族特性としてモンスターテイムに幾つかの恩恵があるのだ。


 それどころかシルバーテイルにしかテイム出来ない限定モンスターも存在する。


 速い話がシアンは戦う必要がない。

 戦う配下をテイムすれば良いのだ。


 魔法を教えても良さそうだが生憎俺は自分がどうやって魔法を使っているのか理解が出来ていない。

 なんとなく使えたのだ。

 自転車に一度乗れると何故乗れるのか説明出来ないように、体が覚えていて呼吸や徒歩のように自然と出来た。

 教えるなど出来るとは思えない。


「貴女にはこれから色々なことを覚えてもらうわ」


 主にテイム方面で。


「だから今は私を良く見ていなさい。それがいつか貴女自身の糧になる」

「はい!! よく分からないけどご主人様を見てるのは好きです!!」


 うん、前から薄々感じてはいたがやはりシアンは少しアホの子らしい。

 そんなところも愛おしい。




 森について教えられた巣がある場所にまっすぐ向かっていく。

 道中何体かのモンスターに遭遇するものの、どれも例外なく魔法一発で肉片となった。

 他愛無い。

 その様子を熱心にシアンが後ろから見ている。

 素直で良い娘だ。


 そうして生い茂った草木を掻き分けて進むのが面倒になってきた頃。

 その巨体を見つけた。

 

 黒い体毛に覆われた筋肉質な体。

 一歩進む度に土が沈み込むような圧倒的な重量。

 ふたつの足で立ち上がれば全長4メートルはあろうかという巨大な体躯。

 頑丈な金属も引き裂きかねない鋭さを持ってそうな漆黒の爪。


 ブラックベアだ。


 こちらにはまだ気付いていない。


 爆散しないように上手く仕留めるのは難しいが不可能では無い。

 アイシクルピアスは氷柱のような形状の氷塊を弾丸のような速度で打ち出す魔法だ。

 これが俺の魔法で放つとまるで戦車の主砲のような威力になる。

 

 なら魔法の種類を変えればいい。

 ウィンドエッジ。

 初級の風属性魔法で鋭利な風の刃を対象に向けて放つ。

 これならばどれだけ過剰に威力が増しても切断力が増すだけで対象を爆発四散させはしないだろう。

 ……多分。


 ブラックベアに向かって手のひらを向ける。


 狙うはその首だ。


「ウィンドエッジ」


 放たれた不可視の刃は瞬きする時間よりも早く駆け抜けた。

 余波で起きた風でブラックベアの黒い体毛が揺れる。


 しかし何も起こらない。

 

 外したのか。あるいは不発だったのか。


 そう疑い始めた頃。


 ズレた。


 ブラックベアの胴体と頭がだ。


 そしてそのまますとん。と、呆気なく。

 その頭は地面に落ち、そして少し時を置いて首から鮮血が吹き出した。

 ブラックベアの血が草木を地面を赤く染め。


 そしてゆっくりとその巨体が倒れた。


 ズドン。そんな音を立てて土煙が視界を覆う。


「凄いです……」

 

 シアンが感嘆の声をあげる。

 ただ放った本人が一番驚いているから反応が出来ない。

 

 それで終わりではなかった。


 ブラックベアの背後にあった木々も岩もズレていく。

 そして音を立てながら次々に倒れていく。


 どこまでも。


 道中にある何もかもを薙ぎ倒し、目に映る範囲全てを切り倒して崖の岩肌に深い切り傷を付けてようやく止まったようだ。

 崖までの視界が開けてしまった。


 とんでもない威力である。


 ステータス半減でこの威力。純粋な火力魔法特化のレベルカンストキャラが魔法を放ったらそれこそ地形が変わるレベルではないだろうか。


「私にかかればこの程度のこと造作もないことよ」


 その声はしっかりと震えていた。

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