遭遇
長い。
変わり映えのしない一本道を延々と歩かされている。
等間隔で配置された光源。
綺麗に整備された石畳の床。
相変わらず荒れた岩肌の壁。
それらがまったく変わることなく続いていた。
どれほど歩いたのか。
降っているのか登っているのかそれすらも分からない。
こうも景色が変わらないと方向感覚も狂ってくる。
分かれ道は一度もなかったので、道を間違えたなんてことはなさそうだが。
「なぁ……」
「言いたいことは分かるけど言わないで、言葉にするとより疲れるわよ」
変わり映えのしない景色を歩き続けると思った以上に疲労が溜まっていくのを感じる。
体力的な疲れは然程ないが精神的な疲労だ。
「リリア……」
「気付いてるわ」
前方から気配がする。
人数は二人。
恐らく強さは脅威ではない。
そしてこちらに気付いてもいないだろう。
ただ、これ以上近付けば相手もこちらに気付く。
こちらが気配を消さない限り間違いないだろう。
「どうする?」
「地上に繋がる道を知ってる可能性があるから、あまり敵対したくはないわね」
「なら気配は消さない方がいいか?」
「ええ、堂々としていればいいわ」
なるべく争いたくはない。
だが向こうが友好的でなければその限りではないだろう。
二人組の足が止まる。
どうやらこちらに気付いたらしい。
相手側が気配を消した。
消しても尚バレバレだが。
「相手の方はこっちが気付いてると思ってないらしいな」
「そうみたいね」
少しだけ考える。
相手からしたら気配を消しているのに気付いていて待ち構えている相手は不気味だろう。
こんなところで足を止めて何もしていないのも不自然だ。
相手に警戒心を抱かせたくはない。
なるべく自然な状態で向こうに気付いてません。と思われるような雰囲気を演出したい。
「オウカ、話を合わせて」
「応よ」
俺は意図的に声の音量を上げる。
「悪いわね、急いで地上に戻りたい時にこんなところで休憩しせてしまって」
「気にすんな、疲れてんだろ? ゆっくり休めばいいさ」
「それにしても地盤の落下に巻き込まれるなんて運がないわ。……護衛の貴女がいなければ今頃私の命はなかった。本当にありがとう」
「……お嬢に怪我がなくて良かったよ」
目線で合ってるか? と訴えてくる。
うん、お嬢か。まぁいいけど。
こっちが事故に巻き込まれて地上に戻りたいことだけが伝わられば問題ない。
気配を消して聞き耳を立てる二人組がこれを聞いてどう出るか。
立ち去るでも良いが出来れば情報が欲しい。
友好的な関係になりたいところだ。
「それにしても長い一本道ね……。どうやったら地上に戻れるのかしら?」
「分かんねぇけど、とにかくこの道を進むしかないんじゃねぇかい?」
「それなら休憩してる暇はないわね」
そろそろ進む意思を見せれば相手も何か行動を起こさずにはいられないだろう。
なにしろ岩陰に隠れてるとはいえ一本道だ。
通り過ぎて気付かないことはない。
「おい!! そこの女共、動くなっ!!」
二人組のとった答えは武器を突きつけてこちらを威嚇するというものだった。
特徴的な姿だ。
血のように赤い瞳。
鋭い犬歯のような牙。
蝙蝠を連想させるような翼。
一目見て分かる。
吸血鬼族だ。
吸血鬼族の男二人組が槍の刃先をこちらに突きつけて、警戒している。
こちらとしては争う意思も意味もない。
抵抗する気はありませんよと両手を上げて降参のポーズ。
俺は、な。
オウカは刀を抜いてその切先を男に向けている。
「お嬢に傷ひとつつけてみろ、あたしが斬り伏せる」
あー、そういう設定なのね。
いや、確かにオウカは納刀してた方が強いから刀を抜いた時点でポーズなのは分かってたけども。
そこまで役に入らなくてもいいのだが。
「お前ら何者だ!? ここに何しに来た!!」
「人に名前を聞く時は自分から名乗るってママに教えて貰わなかったのかい?」
「この女ぁっ!!」
なんでそんな喧嘩腰なの?
「オウカ、落ち着きなさい。刀を納めて」
「お嬢がそう言うなら……」
渋々といった様子でオウカは刀を鞘に納めて一歩引く。
「貴方達もその物騒な槍を下げてくれる? 敵対する意思も理由もこちらにはないの」
「もう一度だけ言う。お前らは何者で何故ここにいる?」
それに答えないと話が進まないらしい。
「私の名前はリリア。エルフの商人よ。こっちは護衛のオウカ。私達は地上で武闘都市に商品を卸そうと馬車で移動中に地盤沈下の事故に巻き込まれて落っこちたのよ。だからここにいてそもそもここがどこだかも分かっていないの」
「…………」
めっちゃ疑われてる。
目が信じてないのを隠そうともしてない。
「あの大きな音って地盤沈下だったんですか!? 隊長、急いで報告しないと!?」
「待て、まだこいつらが本当のことを言っているのか分からん」
どうやら若い方が部下で年老いた方が隊長らしい。
隊長と言うからには何かの隊があるのだろう。
吸血鬼の領地の端でどこかの組織に所属する部隊があるとするならば、国境を守る関守である可能性が高い。
地盤沈下の音を聞いた部隊が様子を見に来たのだろう。
「本当よ、現場に案内してもいいわ」
隊長と呼ばれた男は少しだけ考える。
「その代わりと言ってはなんだけど、私達を地上まで案内してからないかしら?」
「それは出来ん」
「どうして?」
「ここは吸血鬼の国の領土だ。不法入国は裁判にかける決まりだ」
捕らえて裁判とか洒落にならない。
こっちは一刻も早く地上に向かいたいのだ。
「分かったわ、裁判には出る。だからせめて地上への道のりだけでも教えてくれないかしら?」
「これから牢に入り裁判を待つ身でそんなことを知ってどうするつもりだ?」
そーだよねー。
そうなるよねー。
凄い真面目そうなおじさんだし。
ここで見逃しても報告される。
禍根は残すべきじゃない。
致し方ない。
本当に気は進まない。
けど、こっちだって余裕がある訳じゃないのだ。
恨むなら、職務態度が真面目過ぎる自分を恨めよ。
「オウカ、息の根を止めて」
「応」
返事と首がふたつ飛ぶのはほぼ同時だった。
オウカが不思議そうに自分の手を見ている。
「どうしたの?」
「それがよ……、リリアに命じられるといやにすんなり刀が振れると思ってな」
「何を言ってるの? 過去に戦場で飽きるほど人を斬って、この大陸に来てからも自警団のもとで何人も斬り殺したと言っていたのは貴女じゃない」
「そうなんだけどな。……そうなんだけどよ、アニスと会ってから斬るのが少し抵抗があったんだよ」
「でも私に命じられるとないの?」
「そうだ」
おいそれはお前が斬った責任を俺に丸投げしてないか?
斬れと命じたのは確かに俺だけどさ。
……命じた以上は責任は俺でも構わないか。
それでオウカの心が軽くなるなら背負ってやっていい気がする。
リリアの体に転生してからやけにメンタルが強いんだよな。
とくに死生観がかなり転生前と違っている。
前は人を殺すなんて出来なかった。
目の前で首が飛んだら吐くか気絶する自信がある。
それがリリアになると蚊を潰した程度のもので心の痛みも感じない。
「貴女がそれでやりやすいなら幾らでも命じるし、好きなだけ私に寄り掛かりなさい」
「……いいのか?」
「いいも何も貴女が勝手に押し付けたのでしょ? 少なくとも私はそれを重いとは思わない」
「なんつーか、ありがとな。でもちゃんとあたしが自分で背負わないといけないもんだよな。手を下したのはあたしだ」
「なら少しずつ背負える分だけ背負いなさい。それまでは私が代わりに背負ってあげる」
「リリアって男前だよな」
「……私は美少女よ?」
中身はおっさんだけどな。
男前?
いいさ、褒め言葉として受け取っておこう。
「オウカ、少し下がりなさい」
「え? 応よ」
天井の一部を崩して死体の上に落とす。
グシャっと、嫌な音を立てて肉が潰れる。
「これで崩落の二次災害に巻き込まれて死んだと偽装出来るわ」
「あー、こんだけ岩で潰されてたら切断面も残らねぇか」
「進むわよ、無駄に時間を浪費してしまった」
「そうだな、急がないとアニスが大変なことになる」




