村娘スタイル
「ご主人様凄いです!!」
お店ではしがみついたまま一言も話さなかったシアンが尻尾を振りながらはしゃいでいる。
とても可愛い。
「そう?」
「そうです! 交渉術? というものですか? とにかく凄かったのです」
ゴリ押しだし、最後は髭面のおじさんの優しさに助けられただけだったのだがどうやらシアンにはそうは見えなかったらしい。
気分がいいので否定はしないでおこう。
「私くらいになればこの程度なんてことないわ」
キメ顔である。
純粋にキラキラした目を向けられると騙したみたいで少し胸が痛い。
奴隷として捕まった経緯は聞いていないものの、もしかしたらこの娘は若干アホの子なのかもしれない。
そこがまた可愛いのは言うまでもないことだ。
とにかく、喉から手が出るほど欲しかった可愛いお洋服を買うための資金は用意出来た。
ここからが本番である。
妥協は一切なし。
この美少女を自分好みに染め上げる。
結論から言おう。
序盤の街にそんなオシャレな服は揃っていなかった。
ちくしょう。
「どうしたのです?」
「世知辛さを噛み締めているところよ」
店の前で突然膝を抱えて地面にのの字を書き始めたらそれは誰だってどうした? となる。
仕方がない。村娘スタイルで妥協しよう。
芋っぽさはあるかもしれないが、それでも素材が抜群に良いので垢抜けてくれるだろう。
「シアン、これを着てみなさい」
「私が、ですか?」
「ええ、そうよ」
「でも……」
「何を気にしているか知らないけど、貴女がそれを着ると私が元気になるの。私のために着なさい。これは命令よ」
命令と言うと耳をぴしっと立てて慌ててボロ布を脱ぎ始める。
「落ち着きなさい。試着出来る小部屋があるからそこで着替えるの」
あやうくシアンのすっぽんぽんをお披露目するところだ。
あぶないあぶない。
シアンのすっぽんぽんは俺だけのものである。
試着部屋から出てきたシアンを見て言葉を失った。
やたら野暮ったい印象を受ける厚めの布で縫われたワンピース。色も亜麻色と地味極まりない。
辛うじてワンピースの飾り紐がオシャレ感を出そうと頑張っているものの、やはり物足りない。
そんな服が。
輝いて見える。
勿論輝かせているのはシアンという極上の素材に他ならない。
端的に言うとめちゃくちゃ可愛い。
「目の保養とはまさにこのことね」
「目の保養……です?」
「よくやったわシアン。貴女は私を元気にした」
「よ、よく分からないけどやりました!!」
早速店員を呼びつけて購入する。
ちなみにめちゃくちゃお金は余った。
ブラックベアの爪の半額とはそれなりの金額らしい。
しかしこの服でこの可愛さ。
大きめの街ではもっと可愛い服を買い漁ろうと心に誓った。
その為にお金を貯めるのは苦にもならない。
もう二度目の人生の目標はシアンを可愛く着飾って愛でるで良いのではないだろうか。
「奴隷の私がこんなお洋服を買っていただいて本当に良いのでしょうか?」
「可愛い可愛い私のシアンが着飾っていると私が幸せになるのよ? 私の幸福を喜んでくれないの?」
「それでご主人様が幸せなら、それならシアンも幸せです!!」
幸せの無限ループが完成した。
永久機関の登場だ。
エネルギー革命が起こるかもしれない。
エネルギー保存の法則など敵ではない。
きゅるる。という可愛い鳴き声がシアンのお腹から聞こえてきた。
なんだこの生き物はお腹の音も可愛いとか無敵じゃね?
恥ずかしかったのかシアンは顔を真っ赤にして蹲ってしまう。
尻尾を丸めて足で挟むように抱き抱えている姿が超プリチー。
可愛いが過ぎて失神するかと思った。
「ご飯にしましょうか」
なるべく優しい声色を心掛けてシアンにそう提案する。
シアンは顔を上げると潤んだ目で申し訳なさそうに頷いた。
なにそれ可愛いお持ち帰りしたい。いや、お持ち帰りも何も俺の物だった。
ブラックベアの出現情報が欲しかった為、食事は酒場と食堂を兼用している店で取ることにした。
ちなみに2階は宿屋も経営しており、今日はここで泊まる予定だ。
店に入る頃には日が沈みかけており丁度良かったのだ。
本日の夕食はパンと野菜スープと骨付き肉のセットだ。
パンは硬いし野菜スープの野菜は小さいし、若干塩も足りていない。しかし骨付き肉は香草と香辛料と一緒に焼かれているようで悪くない。
総評して星ふたつといったところだが、シアンが満面の笑みで美味しそうに頬張っているのを見ると星いつつあげちゃう。
満点だ。
良い仕事をした。シェフを呼べ。
呼ばないが。
いつまでもこの笑顔を眺めていたいが残念なことに情報収集という仕事がある。
ブラックベアを倒すことは正直簡単通り越して退屈レベルだが、そもそも出会うところからが難しいのだ。
ブラックベアは本来レアエンカウントモンスターだ。
低確率で出会う。
しかしブラックベアが高確率でリスポーンしやすい場所が発見されたことから本格的にこのモンスターの名前は経験値になり始める。
そして俺はその場所を覚えていない。
弁明させて欲しい。
俺はそこでレベリングしていないのだ。
その場所が見つかった頃にはとっくに自分は他の大陸に移っていた。
ブラックベアの狩場なんて実際には行ったことないし、ネットの掲示板で見かけただけに過ぎない。
そんなもん覚えている訳がない。
だから知る必要があるのだ。
ブラックベアの出る場所もしくは目撃証言が。
情報といえば酒場だ。
そう相場が決まっている。
TRPGでも酒場に行くとなんか分かるから多分間違いない。
「シアン少し席を立つから食べて待ってなさい」
「? はい」
首を傾げる仕草も可愛い。
狙うは仕事帰りの打ち上げをしている冒険者だ。
男女混合四人組のパーティだ。
「お楽しみのところ失礼するよ。私から一杯奢らせていただけない?」
最初はなんだコイツという反応だったが、こちらを一目見た瞬間に男の警戒心が一気に下がった。
美人って便利。
「お嬢さんこんな野蛮な店にこんな時間にいるのはあまり感心しないな」
どこが野蛮な店だ!! と店主の怒鳴り声が厨房から聞こえてくる。凄い地獄耳だな。
「エルフを見た目通りの年齢だと思うのはあまり関心しないわね」
中身アラサーのおじさんだしな。
「そいつは失礼したな。で、俺らに何のようだ?」
受け答えするこの男が恐らくこのパーティのリーダー格だろう。
他の仲間は様子を窺うように黙ってこちらを見ている。
「少し貴方たちのお話を聞きたくてね。ただで聞くのも申し訳ないからお近づきの印に一杯ご馳走したいだけさ」
「わざわざ俺らに声をかけたってことは荒事かい?」
「まさか、荒事なら自分で解決するもの」
「大した自信だ」
「そりゃもうブラックベアを仕留めようとするくらいにはね」
目の前の男が息を呑んだ。
机の雰囲気が凍る。
それほどのことを言ったらしい。
どうやらこの街においてブラックベアはそれほどの脅威で間違いないようだ。
「貴女正気?」
こちらの頭をおかしいと思っているのか少し棘のある言葉を放ったのはお胸の平らな女性だった。
「弓使いは放つ言葉も鋭利なのね」
「!?」
驚きは本当に弓使いだったからだろう。
何故分かったの? そう目が言っていた。
「その残念な胸は弦で削れたのでしょう?」
煽るように言うと面白いように顔が真っ赤になる。
羞恥と怒りだろう。
彼女の背後で大柄な男が思わず吹き出していたのを視界の端にとらえながら続ける。
「冗談よ。……貴女の指先、弓を使ってないとその形にタコは出来ないのよ。その割に指の付け根は柔らかそうなんだもの、剣を使ってないならほぼ弓使いで確定ね」
「貴女ねぇ……っ!!」
今にも爆発しそうな女を手で制し、リーダー格の男が言う。
「観察眼は大したもんだ」
「褒められて悪い気はしないわね」
「ただ、これから情報を聞き出そうって相手を不快にする必要はないんじゃないか? 少なくとも仲間を馬鹿にされて気分良く話そうって気にはならねぇな」
「ああ、それはもう用済みだからよ」
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味よ。お話はもう結構。お詫びに一杯奢るのは守ってあげる」
「失礼な奴から奢られる酒は不味くて飲めたもんじゃない。お断りだね」
「そう、なら失礼するわね」
そう言い残して去る。
ブラックベアの情報を持ってないなら時間の無駄だ。
煽るだけ煽ったのはただの暇つぶしだが思いの外収穫はあった。
ブラックベアの名前を出した時から刺すような視線がとある席から向けられていた。
今も尚、その視線は途切れることなくこちらをじっと見つめている。
店の隅。目立たないその一角で注文した料理に手を付けず、一心不乱にこちらを注視している様子は異様に尽きる。
深く被ったフードで顔は見えず性別すら分からないが、その執念まで感じる瞳の光は何もないとは思えない。
その視線のもとへとまっすぐと歩いていき、そして話しかけた。
「貴方何か知っているわね?」
「表へ出ろ」
有無を言わさず男はそれだけ言い残して店を出た。
どうやらシアンのもとに戻るのは少し時間がかかるらしい。
男の後を追って店を出るとそこにその姿は見当たらなかった。
さてどこに行ったのやら。
お約束ならばお店の脇道から入って路地裏辺りで待っているなんてとこだろう。
いた。お約束だった。
「お約束外さないわね」
「何を言っている?」
「大丈夫こっちの話だから、ところでこんなところまで呼び出してどういったご用件?」
「ブラックベアの居場所を知っている」
それはそうだろう。
あんな意味深な視線を向けられて知りませんで終わったら不愉快極まりない。
「そう。私はブラックベアの居場所が知りたいの。どうしたら教えてくれる?」
「ブラックベアの爪を少し分けてもらいたい」
「なるほどね」
ブラックベアは確か序盤で優秀な回復薬の材料となる筈だ。
だから高い値で取引されている。
というかあの爪にそれ以外の使い道はない。
そこから推測するに回復薬が必要だがブラックベアを倒す術がない。といったところだろうか。
「だがその前に……」
いきなり男がナイフを持って襲い掛かってきた。
が、驚くこともない。
あまりにもレベルとステータスの差がありすぎて不意打ちが成立していないのだ。
「どういうつもり?」
人差し指と親指でナイフの刃を摘まむように止めると男は信じられない物を見たような反応をしている。
「試したのだ。俺の攻撃を軽くいなせるくらいでないととてもブラックベアに太刀打ち出来るとは思えない」
「それでお眼鏡には適った?」
「期待以上だ。お前ならば討伐出来るかもしれない……。あの化物を……っ」
随分大げさに言ってくれているが相手は魔法一発で四散する雑魚である。
本当にこの街ではブラックベアは手に負えない災害のような扱いをされているらしい。
「店の中に連れを待たせているの。詳しい話は中でお願い出来る?」
「ああ、是非とも話させてくれ」