大空洞
やっと見つけた。
ただでさえ分厚い雲で薄暗いってのに多分地上は遥か上。
どこまでも続く岩肌を眺めても途切れることはない。
そんな地下深くまで落ちたから、辺りは崩れた岩だらけ。
まともに歩けるような状況じゃない。
だってのに陽の光はまるで届かず、辺りは曇りの日の夜みたいな暗さだ。
そんな悪条件で魔法の明かりを頼りにオウカを探そうものならそりゃ時間も掛かるというものだ。
目立った外傷はない。
呼吸も安定してる。
素人目に見て危険な状況ではなさそうだ。
とりあえず生きていてくれて一安心と言ったところだろう。
「オウカ、起きなさい」
体を揺する。
反応がない。
起きるまで待つのも時間の無駄だな。
なんとかして地上に戻る方法を探さないといけない。
仕方がないのでオウカを背負う。
リリアの身体能力ならば余裕だが、幼女体型に近いリリアで成人女性のオウカを背負うのは見た目的になんか変な感じだな。
「……死龍の咆哮は強力だけれど、こんな大穴を空けられるとは思えないのよね」
となるとやっぱりここは。
「吸血鬼国の領土よね」
地下空洞と繋がってしまった。
と考えるのが妥当だろう。
偶々地下空洞の地上に近い部分と繋がってしまったのだ。
ネクロドラゴンから逃げ切れたと前向きに捉えることも出来るが、それはそれとして新たに地上に帰れないという問題が浮上する。
流石にここがどこかも分からない状態では戻りようがない。
「まずはここがどこか調べるところからね」
「あー、いてぇ……」
背中から呻き声が聞こえる。
オウカのものだ。
「起きたのね」
「リリアか、とりあえず生きてて良かったな互いに」
「それはそうね。でも、新しく問題が発生したのよ。とりあえず歩ける?」
「ああ、なんとか。……背負ってくれてたのか、ありがとう」
オウカを降ろしてしっかり二本の足で安定してることを確認し、指先を上に向ける。
「目下問題点はひとつ。地上が遥か上という点ね」
「うえ?」
オウカが見上げる。
どこまでも続く岩肌の壁。
気の遠くなるような高さを経て。
ようやく地上の光らしきものが朧げに見える。
「……あそこから落ちたって?」
「そうよ」
「うん? でもよ、リリアの魔法を付与されたあたしなら大気を蹴って地上まで上がれるんじゃないか?」
「無理ね」
「断言するな。理由聞いてもいいか?」
「もちろん。貴女が使った大気を蹴って移動する技は移動系のスキルなのよ。エアドッジって言うのだけれど、アレ真上にはほぼ飛べないのよ」
「本当か?」
「試してみる?」
「やるだけな」
オウカに魔法を付与する。
苦痛に顔を歪めるものの、その程度で済んでいるらしい。
もうある程度まで慣れたようだ。
とんでもない適応力である。
オウカが真上に跳ぶ。
勢いが消えた頃にさらに真上に跳ぼうと大気を蹴る。
大気が弾ける音虚しく、オウカの体はほんの少し浮いただけだ。
対空時間が伸びることはあっても地上に到達するのは夢物語だろう。
「本当に全然上がらねぇ……」
「重力に逆らうにはそれなりの力がいるってことよ」
本当か?
それにしたって上がらな過ぎだ。
重力とは別にゲーム世界の設定を引き摺ってる気もする。
うん、俺は物理学強い訳じゃないから分からん。
「なぁ……」
何かに気付いたオウカの顔が真っ青になる。
「最後にアニスに付与魔法かけたのいつだ?」
「…………昨日の朝ね」
「どうすんだよ!? アニスの魔法が切れたら死んじゃうんだぞ!?」
「落ち着きなさい。正直私も私の魔法の持続時間は分からないの、一日は余裕の筈だけど。実際は二日や数日持つ可能性もある」
「でも一日しか持たない可能性もあるんだよな!?」
「そうだけど、そもそも切れても私を殺そうとする意思があって、行動してれば死なない筈よ」
俺の言葉にオウカも少しは落ち着きを取り戻したのか大きく深呼吸して頭を下げた。
「すまねぇ、取り乱した」
「気にしてないわ。それよりも……」
あまり不安を増長するようなことは言いたくはないが。
「アニスが心の底から私を殺すことを嫌がっていたら魔法が切れた瞬間が危ないのよね」
「気付いてないのか? アニスはかなりリリアに懐いているぞ」
「不味いわね」
「ああ、一刻も早く戻らねぇと」
「でも……」
戻り方はおろか、ここがどこなのかさえも分からないんだよなぁ。
「とりあえず周囲を探索するしかなさそうね」
「だなぁ」
歩いても歩いても岩肌しかない。
崩れて大穴が出来た時に降ってきた大岩が大量に積み重なった非常に歩きにくい足場。
頭上遥か遠くの穴まで続く壁の岩肌。
穴から降ってくる雪が徐々に積もっていく。
「嫌なことに気付いたわ」
「聞きたくないけど、聞くしかないよな。何に気付いたんだよ?」
「これ、もともとあった大空洞の天井が崩れたのだとしたら、大空洞の道もまた岩で埋もれたのでは?」
「…………」
オウカが物凄く嫌そうな顔をする。
「だから嫌なことって言ったじゃない」
「そりゃそうだけどよぉ」
下を見る。
足元のこの岩の下に埋もれた道があるかもしれない。
ただどこにあるかは分からないし、そもそもない可能性だってある。
そんな状況で足元の岩を取り除いて掘り進めるのは現実的じゃない。
探知系統や探査系統の魔法を習得していればなんとかなったかもしれないが、残念なことにリリアの習得した中にそんな魔法はない。
万事休すってやつだ。
「いっそ斬りまくってみるか?」
同じく足元を見ていたオウカがボソリと呟いた。
気持ちは分からなくもない。
でも。
「それは最終手段よ、崩れて取り返しのつかないことになる可能性だってある」
「もう既に取り返しがつかない状況だけどな」
「オウカ、落ち着きなさい。アニスのことが心配なのは分かるけど、冷静さを欠いたら解決するものも解決しないわ」
「ふぅ……、そうだよな。すまねぇ、確かにあたしゃ焦ってるかもしれない」
オウカの気持ちだって痛いほど分かる。
アニスが心配なのだろう。
特に彼女は俺が付与をし続けないと命に関わる。
俺だってシアンに会いたい。
もう離れないって約束したのに早速離れ離れだし。
魔法で身動き封じたの怒ってるよなぁ。
嫌だなぁ、嫌われたくない。
もしもシアンに嫌いとか言われたら俺、立ち直れないぞ。
「なぁ、リリア」
「どうしたの?」
「あれ、なんだ?」
オウカの指差す場所を見る。
少し先にある岩と岩の隙間。
立ち上がった岩の僅かな隙間から光のようなものが見える。
盲点だった。
大空洞に光源があるならば、暗い方が発見しやすい。
俺が魔法でよく見えるように周囲を明るく照らし過ぎた結果、発見が遅れてしまった。
魔法の明かりを消す。
すると確かに岩の隙間から溢れるように、淡い光がその周囲を少しだけ照らしている。
「オウカ」
「承知」
彼女が刀に手を添えた時には終わっていた。
岩に無数の線が走り、崩れていく。
徐々に溢れる光が増えていき、そして岩が崩れて舞い上がった砂埃が収まった頃には一本道が出来上がっていた。
明らかに人工的な手が加えられた道である。
床は平らに整備されて石畳が敷かれ、側面こそ硬いゴツゴツとした岩肌が曝け出されているが、等間隔で光る石が設置されていた。
それがまっすぐ伸びている。
「なんとか行き先は決まったな」
「そうね。……この先がどこに続くか分からなくても、とにかく進むしかないわね」




