ガウン
「今は貿易都市でガウンって名乗ってるんだっけ?」
肩に積もった雪を手で払いながらボクはそう言った。
でも返事がない。
相変わらず愛想のない男だ。
筋骨隆々に鍛え上げられた鋼のような肉体はとても商人とは思えない。もと冒険者とはいえ、未だに冒険者としての実力に衰えはないだろう。
そんな彼がいきなりボクを呼び出してスカルウルフでアレを襲え。
これを襲え。
挙げ句の果てにはネクロドラゴンを召喚しろだなんて言い出す始末。
もっと自分の部下は大事に扱って欲しいよねまったく。
「なんでネクロドラゴンで襲わせたのさ?」
だんまり。
「ねー、ねー、教えてよー。こんなに働かせて何も教えないとかないだろー!!」
「彼女は転生者の可能性がある」
「……あのサムライが? まさかぁ、転生者ならネクロドラゴンくらい瞬殺でしょ、ましてやあんな紛い物」
「違う、エルフの方だ」
「どっちにしたってネクロドラゴンぐらい瞬殺出来ないと」
「転生者だからといってどいつもこいつも神のような力を持つ訳ではないらしい。そもそも力に興味はない。どちらかと言えば、そいつの持つ知識の方が遥かに価値がある」
「へー」
「自分で聞いておいて興味をなくすな。だからお前に説明するのは嫌なんだ」
ボク興味ないことに興味あるフリするのダメなタイプなんだよね。
「王族を襲ったり、貿易都市で色々実験してたりも、今回あいつらを襲ったのと関係あるの?」
「ないな。王族襲撃は別件だ。争いの火種を撒き、芽吹くのを待つ。収穫は時間の問題だ。貿易都市の実験は転生者の知識を利用した半分は俺の趣味だ。いずれは計画に役立つかもしれんが。……そして今回のネクロドラゴンの件は偶然タイミングが噛み合ったからついでに試しただけだ。満足したか?」
「うーん、概ね知りたいことは聞けたかな」
本当に隠し事が多いよねこの上司は。
下で働く者の身にもなって欲しいよまったく。
「不満そうな顔だな」
「いいえ、べっつにー」
「エルフの方には監視を付けておく。転生者であるならば、また会うこともあるだろう」
「そんな暇な人いたっけ?」
「ラクシャーヌあたりが適任だろう」
「うへぇ、ボクあいつ苦手だよ」
「だろうな。お前には引き続き王族の件を任せる」
「りょーかい」
言いたいだけ言うと森の奥深くに消えてしまう。
多分貿易都市に戻ったんだろうね。
奴隷を使った実験で忙しいらしいし。
わざわざ実験する為だけに貿易都市で商人として成り上がって、裏オークションの実権を握るなんて本当に気の遠くなることをするよ。
奴隷制度と奴隷売買が盛んになればなるほど実験体に困らない上に、人が消えても不審に思わない。
さらにはそれを管理する自警団まで手の内となればやりたい放題だ。
そうやってあの男は裏から貿易都市を変えてしまった。
森から眼下の景色に視線を移す。
森の木々を背に、切り立った崖の際に立つ。
積もった雪がハラハラと荒い岩肌にぶつかるように転げ落ちていく。
そこから遥か下。
雪原に広がる大穴を眺める。
「いやー、まさか地下の大空洞に繋がっちゃうとは想定外だよねー」
地盤が緩くなっていたのか、あるいはもともと大空洞と薄皮一枚の状態だったのか。
ネクロドラゴンの死龍の咆哮を喰らった地面は陥没し、地下の大空洞と繋がって雪原に大きな穴を作ってしまった。
ここからでは底が見えないほどの深さだ。
「でも転生者ならこっから落ちても生きてるでしょ」
この程度で死んでたらそれまでの存在だったってこと。
ボクらの計画に支障はないだろう。
大穴が空いたのを見た彼がかなり機嫌悪くしていたのはだから気のせいだきっと。
地下の大空洞に吸血鬼の国があることは一般には知られていない。
そして吸血鬼も知られたくないと思っている筈だ。
この大穴を知ってどう思うか。
想像に難くない。
いやー、ボクは知らないからねほんと。
吸血鬼国と連合都市の全面戦争とか。
そんなことより自分の仕事を遂行しないとね。
戦争の火種を育てる大事なお仕事を。
これからこの大陸では大きな争いが起きる。いや、ボク達が起こす。
沢山人が死ぬだろう。
血が流れ、恨みや憎しみが蔓延し。
血で血を洗うような凄惨な光景の後に残るのは悲しみと虚しさだけ。
それだけの代償を払う価値がある。
少なくともボク達には。
崖から跳躍し、崖下まで飛び降りる。
かなりの高さだけどボクからすれば大したことはない。
馬車を追って武闘都市へ向かわないといけない。
それがボクの仕事だから。




