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拒絶反応

 いっっっっってぇ。


 なんだこの痛みは。


 まるで体の内側を焼き鏝が暴れまわっているみてぇだ。


 打撃や切傷の痛みは数えきれないほど味わってきたが、これはそのどの痛みとも違う。


 全身の筋肉が悲鳴をあげながら硬直して動かねぇ。


 自分の体の中で得体の知れない力がぐるぐると争ってるような感じだ。


 痛み自体は耐えられる。

 だが、体の自由が効かないのは致命的だ。


 何せ今は戦闘中だ。


 あたしは地上からはるか高く上空で頭から真っ逆様に落ちている。

 そんな無防備な隙を晒して黙って見ていてくれるような相手じゃない。


 骨が連なった尻尾があたしに直撃し、地面に叩きつけられる。

 雪が飛び散り、地面が割れ。

 私の体が減り込むけど痛みはない。

 ないというか、そもそも体の内側から生じる痛みが強すぎて感覚が狂ってやがる。

 リリアの付与魔法であっという間に回復こそするものの、それは肉体の損傷の話だ。

 この体の不調は治らない。


 不調ではないか。

 好調過ぎて体がついていってないんだ。


 分不相応な力を与えられてあたしがそれに振り回されてるだけではなく、さらにその限界を超えて拒絶反応のようなものにまでなってる。


 命を削って強さを得るなんて代物は沢山見てきたがこれはそれとは違いそもそも動くことすらままならない。


 骨だけで出来たドラゴンが見下してやがる。

 確かに龍種からすりゃちっぽけな存在だよあたしらは。

 

 見下すに値する程の差がある。


 でもよ。


 身動き取れない獲物相手に余裕綽々で様子見すんのは舐め過ぎじゃねぇか?


 リリアの補助魔法は流石だよ。

 あたし如きじゃその全力を受け止めきれないくらいだ。

 世界一を自称するのもあながち間違いではなさそうだね。


 情けないじゃないか。


 目の前には世界最強種のモンスター龍種がいて。

 世界最高峰の補助術師の援護をもらい。


 手に負えないから動けないだぁ?


 あたしゃそこまで落ちぶれた記憶はないよ。


 気合い入れな、あたし。


 意識を集中する。


 要領は同じだ。

 バカでかい力をあたしが制御する。

 この体内で暴れ狂う嵐のような力の本流をどうにか手綱を握ってあたしの支配下に置く。


 もしもこの痛みが。

 体の硬直が。

 

 あたしが無意識下で自分の体を守る為に行った防衛行為なのだとしたら。


 意識的に外せるはずだ。


 手足が千切れたって構うもんか。

 目が潰れようとも。

 肺が破けようとも。

 この心臓ひとつ動いてれば、あとはリリアの治癒でなんとかする。


 死を恐れて体を動かせないなんて、そんな情けない体。

 あたしゃ許した覚えはないよ。


 相変わらず体内では力の本流が嵐のように暴れ回ってる。


 ほんの少しでいい。


 その指向性を。


 誘導させてやれば。


 立ち上がる。


 あたしはしっかりとあたしの脚で立っていた。


 痛みは治らない。

 今も尚、頭を割りそうな勢いだ。


 それでも体の自由は効く。

 刀を握り締める感触がしっかりとある。


 鞘に納刀。

 構え。


 まずは、あの余裕の面に少しでも驚異を示さないとな。


 あたしゃ獲物じゃねぇ。


 アンタの敵なんだよ。


 縮地。


 音はなかった。

 

 地を蹴る音も。大気を叩く音もない。


 無駄の一切ない洗練された動きに音を生じさせるような雑はない。


 もとのあたしの身体能力を遥かに超えた驚異的な動きをなんとか手中に収める。


 目の前にはこちらを認識すらしてないドラゴンの顎。


 その下顎目掛けて。


 抜刀する。


 音さえも置き去りにした無音の世界で。


 刀身が描く閃きだけが宙を断つ。


 獄門流奥義、朧一文字。


 骨で出来た下顎がズレる。

 

 歪みひとつない美しい断面を残して。

 ドラゴンの下顎が落ちていく。


 痛みを感じているのかいないのか。

 それは分かんねぇけど。


 その瞳があたしを見て、敵だと認識したのは間違いない。


 ムチのようにしなり、刀のように鋭い骨の尻尾があたし目掛けて振り払われた。

 今度は喰らわないよ。

 あたしゃ納刀したままの鞘で受け流し、大気を足場にしてまた跳躍する。


 狙うは左の爪。


 朧一文字。


 四本ある爪のうち一本を切り落とす。


 と思ったら視界が暗転した。

 次の瞬間には全身を襲う衝撃。


 どうやら何かしらの方法であたしは地面に叩きつけられたらしい。


 リリアの治癒を信用してあたしはダメージなんて顧みずにそのまま頭上を確認する。


 ドラゴンが。


 下顎を半分失ったドラゴンが、その口を大きく開いてこちらに狙いを定めていた。


 ブレスだ。


 守るか。いや、攻めだ。


 咄嗟の判断であたしは縮地で跳ぶ。


 嬉しいねぇ。地面に叩きつけたあたしを眺めていたこいつが、油断なくブレスで追撃しようとしている。

 それはあたしを敵だと認識して戦っている理由に他ならない。


 骨の喉から放たれる紫の息吹があたしの視界を埋め尽くした。

 間違いなく体によくない。

 本来ならば直撃したら命はないかもしれない。

 でも、あたしにはリリアがついてる。

 信じて任せるよ。


 あたしゃリリアの魔法を信じて戦えばいい。


 朧一文字。


 クソ、浅い。


 あたしの一撃は僅かにドラゴンの左目のような窪みを傷付けるだけに終わる。

 紫の霧が距離感を奪ったか。

 あるいはドラゴンが寸前で首を引いて躱したか。


 振るわれる右手の爪を大気を蹴って躱す。

 さらに大気を蹴って右腕に着地。


 骨で出来た腕を駆け上がる。


 自身の体を駆けられちゃ攻撃しにくいだろ。


 肩まで辿り着き。刀を振おうとしたが、とんでもない力で弾き出される。

 前後左右天と地が分からなくなる程の強烈な錐揉み回転をしながら吹き飛ばされ。

 ようやくあたしが落ち始めてからさらに上空まで吹き飛ばされたのだと知る。


 どうやら肩に乗られた煩わしさからか、ドラゴンが全身を勢いよく回転させてその勢いであたしゃ吹き飛ばされて。

 さらに骨の翼で生じた風の影響でぐるぐるとあたしは回されたようだ。

 

 太陽を背にあたしはドラゴン目掛けて落ちる。

 

 口を開いたドラゴンがこちらを狙っているのが見えた。


 やらせないよ。


 大気を蹴る。

 

 ドラゴン目掛けてではなく、今度は斜めに跳ぶ。

 

 紫色の吐息を迂回するように大きく躱し、今も尚ブレスを吐き続けるドラゴンの横面目掛けて跳んだ。


 抜刀。


 が、放たれず。


 このドラゴン、器用に首を捻らせて牙で刀を止めやがった。


 バカでかい巨体でなんて繊細な曲芸だよ。

 

 その牙を蹴って距離を取る。


 痛ぇっ、思っていたより間合いが広かったらしい。


 あたしの左肩を貫くように、あいつの尻尾の先端が突き刺さっていた。


 鮮血が飛び散る。


 ガリガリと嫌な音を立ててあたしの肉と骨を削りながらどんどん尻尾は深く突き刺さっていく。

 このままだと左腕を持ってかれる。

 リリアの魔法は千切れた腕も生えてくんのか?

 きそうな気もするが試したくはない。


 尻尾を斬ろうにも体勢と位置が悪い。こんな悪条件じゃとてもじゃないがこのドラゴンの頑丈な尻尾を切断出来るとは思えねぇ。


 不味い。


 時間がない。


 もううだうだしてる時間はない。


 どうせ失うなら、よりダメージがない方法だ。


 ドラゴンは斬ることが難しくても、あたしの体なら豆腐のように簡単に切断出来る。


 ……集中。


 左肩から腕を切り離すように一刀両断。


 直後に納刀。

 刀から手を離し、左腕を回収。

 切断面にくっつけて。


 尻尾を蹴って離脱。


 数秒置く。


 左腕は動く。

 指も動く。

 感触もある。


 切断面は綺麗に傷跡ひとつない。


 成功だと気を抜いたのが甘かった。


 目の前には爪が。


 直撃だ。


 回避は間に合わない。


 右肩から左の腰に袈裟斬りに。

 内臓も肋骨も道中の全てを切り砕きながら。

 爪が通過し。


 その衝撃であたしの全身の骨は砕かれて。

 

 内臓は潰れ。


 全身の穴という穴から血を吹き出して。


 地面目掛けて勢いよく吹き飛ばされた。


 なんでこんな冷静に自体を把握しているかだって?


 簡単だよ。


 傷付いた直後から同時におかしな勢いで再生してるからさ。


 地面に直撃する頃には半分以上治ってる。

 けど地面に叩きつけられた衝撃でまた全身がバラバラになるような損傷を受けて。

 地面を何度か弾みながらまた回復して。


 地面を転がって勢いがおさまったその場所は。


 リリアの足元だった。


「どう? 勝てそう?」

「分かんないね。分かるのはとりあえずもう数十回は死んでそうだってことくらいだ」

「やっぱり強いわよねアレ」

「リリアがデバフ掛けてるんだろ? 本来はもっと強いってことだよなぁ?」

「ええ、というか。うん、本当はもっと強い筈よ。そう、もっとね……」


 歯切れが悪い。


 しかしそれを聞くような時間はなかった。


 ドラゴンがこちらに向けてブレスを吐こうと大きく息を吸い込んでいる。


「肺もねぇのに何を吸い込んでんだアレは」

「ドラゴンのブレススキル共通のモーションなの、ノーモーションはクソゲーになるでしょうが」


 何言ってるか分からねぇが、要するにアレはブレスの予備動作らしい。

 技の起こりのようなもんだ。


「なんか長くねぇか?」


 紫の吐息はもっとポンと出ていた気がするが。


「ポイズンブレスじゃない、……アレは、龍の咆哮よ」

「咆哮? 吠えるだけか?」

「バカ言うんじゃないわ、龍の咆哮は龍種が持つ固有スキルで。それぞれドラゴンの種類ごとに固有で持ってる言わば奥の手よ。吠えるんじゃなくて、自身の属性に応じた魔力の衝撃波を口から放つ」


 珍しく、リリアの声が震えている。


 それだけヤバいってことか?


「今から貴女の能力向上系と攻撃力向上系の魔法を全部解除して、回復耐性防御に特化して盛れるだけ盛るわよ」

「は? おい? リリアはどうすんだよ!?」

「私はこれがあるから大丈夫」


 そう言ってリリアは自分の肌着を摘む。


「お願いだから死なないでよ」

「痛っっっっ」


 先程を遥かに超える痛みで意識を失う。


 徐々に暗転する世界。


 微かな意識の中。


 ネクロドラゴンの放つ、死龍の咆哮が周囲全てを消し去るのを見た。

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