ネクロドラゴン戦
勝利条件を確認しよう。
馬車が逃げ切る。
そして俺とオウカが生き残る。
これだけだ。
別にこれを達成出来るならこれを倒す必要はない。
追手がこれだけとは限らないが、流石にこれが最大戦力だと思いたい。
だからあとはセシリア達に任せよう。
あのポンコツ騎士団も少しは役に立つだろう。
さて、問題は目の前のネクロドラゴンだ。
倒せるのならばそれが一番だろうが、そう簡単にいく相手ではない。
「オウカ、貴女今まで戦った中で一番の強敵は?」
「…………」
オウカは黙ってこちらを見る。
なんだよ、なんか言えよ。
「……アンタだよ」
ああ、そういう視線だったのか。
「そう、なら私よりも遥かに強いから、アレ」
「本当か?」
「残念ながらね」
だからそれと戦うには俺も手加減してる余裕はない。
「今から無茶苦茶言うわね」
「わりといつも言われてる気がするけどねぇ? 構わないよ、必要なんだろ?」
「ここから徐々に段階を重ねて貴女の制御出来る限界ギリギリのバフを掛け続けるわ。出来るだけ早くに慣れて対応し続けて」
「それで勝てるのかい?」
「分からない。でも私の全力全開のデバフとバフなら、勝てる筈よ」
「あたし次第って訳か」
オウカは納刀した刀を握り、笑う。
「面白いじゃないか。アンタ世界最強の補助術師なんだろ? それにあたしが応えられるかどうか、ぞくぞくするよ」
戦闘狂め。
ただ、それが今は心強い。
「応えられないなら死ぬだけよ」
アレから逃げ切れるとも思えないしな。
それにしても向こうから仕掛けないのは何か理由があるのだろうか?
まるでこちらの出方を窺うような。
いや、そんな訳がないか。
「いくわよ」
まずは基礎基本のバフから。
初級の基礎ステータス上昇系を一通り。さらにエルフ専用の凱旋の歌で上昇量をバフ。
これだけでもリリアが掛かればとんでもない効果量になる。
さらにデバフだ。
これは遠慮も手加減もいらない。
耐性が高いネクロドラゴンだろうが関係ない。俺のステータスと特化したスキルで突破する。
してみせる。
莫大な魔法陣が展開され。並列に詠唱していくつも、いくつも、いくつもデバフを掛け続ける。
様子見するなら遠慮なくデバフを重ね掛けしてやろうじゃないか。
バフ特化だからデバフは最強とは言えないが、それでも俺の、リリアの全力のデバフは軽くはない。
思いつく限りのデバフを発動し、俺が持つ最強のデバフ。
イクリプス。
ソウルイーター。
死神の囁き。
この三連で締める。
「今よっ!!」
「応っ!!」
オウカが跳ぶ。
動きに淀みはない。
この程度ならもう苦にもならないらしい。
悠長にやってる余裕はない。
オウカが対応出来ないギリギリのラインまでバフを盛る。
中級基礎系を全盛り。さらにおまけで行動妨害耐性、状態異常耐性、デバフ耐性まで付与した。
オウカが空中にいるネクロドラゴンに斬りかかる。
動きが明らかにおかしい。
速度こそ目を見張るものがあるが、無駄な動きが多く精細さに欠けるその一太刀は簡単に躱されてしまう。
構わない。
今必要なのはダメージじゃない。
オウカがバフに慣れるまでの経験だ。
ジタバタするような動きから一転してすぐさまオウカは徐々に自らを制御し始める。
なんて速さだ。
手放しで称賛したいところだが、悪いが余裕がない。
古代上級補助魔法のひとつ、エンシェント・ブレイバー。
全基礎ステータスを大上昇させるサポート御用達の魔法だ。
また目に見えてオウカの動きが悪くなる。
ネクロドラゴンの尻尾がその隙を逃さない。
エンジェル・ブレッシングは既に掛かっている。例え致命傷を受けようとも、絶命さえしなければ問題ない。
鋭い骨の連なりで出来た尻尾に直撃してオウカは積雪に叩きつけられた。
雪が爆散してクレーターのようになる。
雪の厚化粧が剥がれ、地肌を剥き出しにした地面を蹴り、オウカは再びネクロドラゴンに突撃する。
刀が虚空を斬る。
やはりまだ動きに精細さを欠けるようだ。
ネクロドラゴンの腕が振り払われ、その鋭い爪にオウカはなんとか刀で受け止めるものの。
吹き飛ばされてしまう。
大気が、爆ぜた。
まるで空間を爆発させるように。
オウカは大気を足場に跳んだ。
弾かれた彼女はそのまま大気を蹴って折り返してネクロドラゴンに立ち向かう。
そんな人間離れした動きが可能なのは。
彼女が自身の強化された身体を完全に掌握したからに他ならない。
期待以上だ。
これなら、可能性がある。
こっからは俺がゲームで実際に頼ってきた魔法だ。
エルフには専用魔法というものがある。
エルフ族しか習得出来ない魔法で、多くのプレイヤーがエルフを選択する理由のひとつである。(そもそも造形的な問題から性能を度外視してもエルフは人気だが)
森で悠久の時を生きてきたエルフには古代語魔法の適性がある。それだけならば人族でも古代語のスキルを習得すれば変わらず古代語魔法を使用出来る。
森で精霊と共に生きてきたエルフは精霊魔法の適性も高い。
しかし他の種族にも精霊と親和性の高いのはいるし、人族だって精霊と契約すればどうとでもなる。
しかし、歌魔法。これだけはどうにもならない。
エルフにのみ許された魔法。
どう頑張ってもエルフでない以上はその魔法を習得し、使用することは出来ない。
それが俺がリリアをエルフにした1番の理由だった。
サポート職。補助術師。
それを極めるにあたってなくてはならない魔法が歌魔法にはいくつもある。
例えばこれ。
俺の足元から魔法陣が広がる。
どんどん広がる。
その大きさは全長数十メートルにも届くドラゴンに負けず劣らず。
幾何学模様と紋章が刻まれた円陣が光り輝き。
そしてどこからともなく音楽が鳴り響く。
俺の口は勝手に動き。
音楽に合わせて歌詞を歌う。
エルフだけが歌える特別な歌を。
戦乙女の歌。
勇猛果敢に戦場で戦う乙女を讃える歌を。
戦乙女の加護がオウカを包み込む。
ネクロドラゴンの尻尾に叩きつけられ、その鋭い爪を受け止めても、一度も膝を屈せず立ち向かい続けたオウカが。
苦悶の表情を浮かべ。
痛みにもがき苦しみながら動きを止めた。




