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雪景色

 白いそれが空から舞い落ちる。


 最初は地面を濡らすだけだったそれも徐々に降り積もり白い塊へと変わっていく。


 吐く息は白い。

 互いに身を寄せ合うように俺達は暖を取り始めた。


 雪だ。


 新雪に馬が蹄の跡を残し走る。

 車輪がまっすぐに轍を作っていた。


 小窓から見える外の景色は銀色で雪景色は遠近感を狂わせる。


 空は灰色に染まり、分厚い雲は日の光を遮って辺りを薄暗くした。


「これは近いわね」


 降り始めた雪と降り積もった雪による銀色の景色は武闘都市が近いという証明だ。

 

「ご主人様、これはなんですか?」

「え?」


 ああ、そうか。

 シアンは雪を知らないのか。


 生まれて初めて見る雪。

 それはきっと幻想的で不思議な物に見えることだろう。


「雪よ。冷たくてでも雨とも違う」


 大気中の水分が塵や埃と一緒に集まって冷えて固まった物。と説明しても伝わらないだろう。

 雪を初めて見た人に言葉で伝えるのは難しい。


「…………」


 防寒対策に補助魔法を掛けてあげたいところだが、仲間以外に手の内を明かすのは控えたい。

 身分を隠している曰くつきの貴族と騎士団員のいる間はしない方が賢明だろう。


「何事もなく都市まで辿り着けるといいのだけれど」


 あ、これフラグか。


 言うべきじゃなかったかもしれない。


 俺自分でフラグ立てちまった。


 このセリフを言って何事もなく終わる訳がない。


「リリアさん」


 神妙な雰囲気で俺の名を呼ぶアニス。


「変な気配を感じます」


 ほら、言わんこっちゃない。

 フラグの回収が早すぎる。

 もっと時間差を置いてほしい。


「嫌な感じ?」

「はい、こちらを狙うと言うか、敵意を感じます。明確に」

「でしょうね」


 襲撃だ。


 小窓から顔を出してサラサに話しかける。


「アニスが嫌な気配を感じ取ったわ。周囲を警戒しつつ、あっちの馬車と距離を詰めて」

「任せな」


 今度は荷台に戻って皆に事情を説明する。


「オウカ、戦闘準備よ」

「応よ」

「セシリア、何かあったときに護衛対象の回復に集中して。私とオウカは余裕があればでいい」

「はい」

「アニスはサラサの傍から離れないように」

「分かりました!」

「シアン、援護を頼むわね。前に出過ぎないように」

「はいです!」

「エレナはサラサと一緒に馬車の守りを任せるわ」

「了解した」


 それぞれに指示を出して襲撃に備える。


 戦力的には俺が補助したオウカがいれば十分だろうが。

 何も考えずに無策に襲ってくるとは思えない。

 一度目の襲撃から時間を置いたからには何かしらの準備があった筈だ。


 油断しないようにしないとな。

 

「リリア!! 後方からスカルウルフ!!」


 こんな何もない雪原にスカルウルフが自然発生する訳がない。

 やはり何者かが使役しているのは確定だろう。

 死霊系統か、テイマーか。

 敵にそこらへんの役職がいる。


「このまま迎撃するわ、扉を開けて」


 疾走する馬車の荷台にある後部の扉が開け放たれる。


 冷たい空気が荷台に入り込み、車輪の巻き上げる雪に視界を奪われるも。

 その奥。

 

 後方より積雪を撒き散らしながら駆けるスカルウルフの群れが目に入った。


「シアンっ」

「はい、なのです!!」


 シアンが弓を射る。

 俺も魔法を放つ。


「……ここじゃ狭すぎて刀がまともに使えないね」


 場所が悪い。

 オウカには待機しててもらうしかない。


 しかしなんて数だ。


 こりゃテイムじゃないな。

 テイマーだとしたらかなりの人数が必要になる。

 となると死霊系統の術者が召喚し、使役していると見て間違いないだろう。


 俺の魔法とシアンの弓を掻い潜ってこちらに接近する個体が現れる。


 こちらに向かう分には対処に困らないが、あっちの馬車に追いつかれると困る。


「オウカ!!」

「任せなっ」


 オウカが荷台から飛び降りる。


 必要ないどころか足を引っ張る可能性もあるが一応前回と同じ補助魔法を付与した。


 オウカが着地と同時に姿を消した。

 

 いや、消えたのではない。

 

 速すぎて視認出来ないのだ。


 しかも、今度は大気が弾けていない。

 無駄のない身のこなしで、力を余すことなく自身で制御している。


 撃ち漏らしたスカルウルフがオウカの刀で真っ二つに切り裂かれていく。

 さらにオウカの飛ぶ斬撃が群れを分断する。


 一太刀。

 二太刀。

 三太刀。


 彼女が刀を振るうたびに大量のスカルウルフが薙ぎ払われ、そこにすかさずシアンの弓と俺の魔法が追撃する。


 気付けばあっという間に群れは壊滅し。


 そして荷台にはオウカが戻っていた。


 あまりにも速いその身のこなしは肩に雪すら積もっていない。

 裾が濡れた形跡すら残っていなかった。


「驚いたわね、前とは雲泥の差じゃない」

「あん? アンタが慣れろって言ったんじゃねぇか」

「次は少し付与を増やすわね」

「鬼かよ!?」

 

 それにしても驚いた。

 なんて適応の速さだ。

 オウカの下地が良いのか才能なのかは分からないが、たった一度で本当に慣らしやがった。

 

「これで終わるとは思えないわ」

「同感です」


 セシリアもこの程度で終わるとは思っていないらしい。


 そしてエレナは間抜けに口を開けて呆然としていた。


「口を閉じなさい、舌を噛むわよ」

「あ、え? ああ、すまない」

「どうしたのよ? 戦闘中よ?」

「いや、その……凄すぎて、何もかもが」


 この程度で驚くとは騎士団はよほどレベルが低いらしい。

 

 いや違うな。

 感覚狂うがオウカがおかしいのだ。

 尚且つ俺のバフを付与しているので尚更だ。


「おい、……なんだあれ」


 そのオウカが困惑した声を出す。


 彼女の視線の先には影があった。

 

 大きな影だ。


 空に浮かぶとても大きな影。


 徐々に大きくなる。いや、違う。


 近付いているのだ。


 薄暗い雲から抜け出し、その姿が露わになる。


 誰もが息を呑んだ。

 

 俺さえも。


「……嘘、でしょ?」


 セシリアの震える声。


 刃のように鋭く尖った肋骨。

 鋭利な牙が並ぶ頭蓋。

 骨だけの異形な姿。

 どうやって飛んでいるのか不明なスカスカな骨の翼。

 

 死霊系モンスター。

 それも龍種。

 上位モンスターの、

 

 ネクロドラゴンがそこにいた。


 ネクロドラゴンはこの大陸に存在しないモンスターだ。

 中級エリアでも中々お目にかかれない。

 上級エリアに片足っ込んだようなエリアでようやく出現するモンスターだ。

 

 高い耐久値。

 高い状態異常耐性。

 聖属性を除く魔法抵抗力も高く。

 

 攻撃力こそ高くないものの、厄介さは折り紙つきだ。


 攻撃力が高くないというのも同じエリア帯での話で、この大陸においては恐らく国の総戦力を滅ぼして余りある。


 なにより、こいつが厄介な点は対策していないと上級エリアで安定して戦えるような熟練したパーティーでも全滅しかねないところだ。


 そして当然俺達は対策なんて出来ていない。


 戦力もアレとまともにやれるのは俺が補助したオウカのみ。

 

 全然足りてない。


 戦って勝てる相手じゃない。

 どうにかして逃げないといけない。


 ダメだ。

 逃げきれない。

 

 あいつの方が速い。

 

 馬車の速度では振り切れないだろう。


 ふざけんな。


 なんでこんなところにいるんだ。


 こんな初心者エリアに出てきていいモンスターじゃないだろ。


 考えろ、時間がない。


 ブレス一発で終わる。


 そう、ブレス一発で終わるのだ。

 防げない。

 辛うじて俺とオウカだけ生き残れるがほかは死ぬ。


 このまま迷っていたら全滅だ。


 決断しろ。


 考えるフリをするな。


 最初からそれしかないだろ。


 俺とオウカが囮になる。

 

 それ以外に助かる道はない。


 クソ。


 シアンと離れたくない。

 

 もう二度と離れないと誓ったのに。

 理不尽過ぎる。

 でも、ネクロドラゴン相手に余裕なんてない。


 俺もオウカも死ぬかもしれない。

 むしろ死ぬ確率が高い。

 

 だがこのまま何もしなければ間違いなく全員死ぬ。


 それは、嫌だ。


「オウカ……」

「あたしゃどうすりゃいい?」

「私と一緒に降りてくれる?」

「!? ……そういうことかい、応。付き合うさ」


 説明はいらない。

 多分理解してくれただろう。

 

「ご主人様!?」


 下手なことをされても困る。

 

 パラライズ。初級の状態異常魔法。

 

 それで体の自由を奪った。


「か、体が、動か……っ、ご主人様っご主人様っ!!」


 シアンは見ない。

 見れば、決断が鈍る。


「セシリア、武闘都市で待ってて」

「お待ちしてます。だから、絶対に追いついてきてください」

「やめ、私もっ私も一緒に、ご主人様っ!!」


 荷台から飛び降りる。

 オウカもそれに続く。


 馬車がどんどん遠ざかっていく。


 しかしネクロドラゴンの意識はこちらに向いていた。

 どうやら無視していい相手だとは思われていないらしい。

 少しは驚異に見えているのか?


 それでいい。


 ここから先は通さない。


 文字通り命懸けだ。


 勝負だ、ネクロドラゴン。

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