ダウナー系女騎士
馬車を護衛する為に雇った騎士は二名を残し死亡。
乗っていた馬は全滅。
馬車はかろうじて無事なものの、護衛の仕事としては大失敗だと言えるだろう。
そして身の危険を感じた貴族が護衛の為に俺達を雇うといよいよ元々護衛をしていた側の立場というものがなくなる。
だから俺の隣で膝を抱えるように座りながら死ぬほど落ち込んでいる美女にかける言葉もないというものだ。
馬を失った騎士は馬車について行くことが出来ない。
クソガキは馬を扱えた為、御者として豪華な馬車に乗っている。
しかし部隊長と呼ばれた美女には移動手段がなかった。
仕方がないので俺らの荷台に招いた訳だが。
重い。
空気が重い。
「えっと、自己紹介をするわね」
「お気遣いなく、私など道端の石ころ以下の存在故……」
めっちゃ卑屈になってる。
猫背にもなってる。
こっちの笑顔も引き攣るわ。
「……ミスを後悔してるのか、今後のことを憂いているのか分からないけど。その鬱陶しいクソ重い空気なんとかしてくれない? 正直に申し上げて迷惑よ」
「そ、そうだな。うん、貴公が正しい」
「私はリリア、見ての通りエルフよ。そしてこの娘が……」
俺の後ろに隠れていたシアンがひょこっと顔を出す。
「シアンです。ご主人様の奴隷なのです」
「オウカ、サムライだ」
「アニスと言います。えっと、奴隷です」
「セシリアです。よろしくお願いします」
それぞれが名乗り泣きぼくろの美女もそれに続く。
「クレイ騎士団第五部隊部隊長のエレナだ。よろしく頼む」
妖艶な騎士はエレナという名前らしい。
「部隊長と言っても都市に戻ったら騎士団に私の居場所はもうないかもしれないがな、ははは……」
笑いが渇いていた。
表情に感情が感じられない。
虚無だ。
「そもそもなんでスカルウルフの群れに襲われたの?」
「それは私が知りたいくらいだよ!? 本当に突然やってきて突然襲撃してきたんだ!!」
それはまた変な話だな。
そもそもスカルウルフは草原に出没するモンスターじゃない。
スカルウルフは群れで行動し、基本的に墓所や遺跡などといったダンジョンを守るように配置されている。
草原のど真ん中でランダムエンカウントするようなモンスターじゃないのだ。
誰かが意図的に連れて来たか、もしくはそもそもスカルウルフを従えた者が馬車を襲わせた?
だとすれば面倒くさい話になってくる。
「スカルウルフって自主的に襲う習性ありましたっけ?」
「あたしの知識ではないと思うけど、一番詳しいのは多分……」
視線が俺に集まる。
はいはい、エルフの知識の出番ですね。
「スカルウルフは場所を守るモンスターよ。何かを襲撃することはあり得ないわ」
ゲームと変わらないならって条件がつくが。
「入ってはいけない場所に入ったにしては何もない草原過ぎるし、スカルウルフに追いかけられていた誰かになすり付けられた様子はあった?」
「かなり注意深く警護していたがそんな気配はしなかった。本当に突然スカルウルフの群れが襲いかかって来たんだ」
だとすれば。
「誰かがけしかけた?」
俺の考えをセシリアが代わりに言葉にする。
それに補足するように俺も続いた。
「あるいは誰かが従えていた。ね、どちらにしても悪意を持った誰かが馬車を狙っていたことになる」
その場合、襲撃は失敗ではないものの目的は達成していないことになる。
戦力は削った。
このチャンスを逃すとは思えない。
都市に着く前にもう一度狙われる可能性は高いだろう。
その考えに同じくセシリアも行き着いたのか、視線が合い緊張感が高まる。
「おい、二人で通じ合うな。説明してくれ」
オウカの言葉で確かに全員に周知するべきだと反省する。
「スカルウルフに襲撃させた何者かはもう一度馬車を狙う可能性が高いわ」
「なるほどな。……何度来ても返り討ちにするだけだろ?」
それはそうだが。
根本的な解決にはならない。
せめて敵が分かればいいのだが……。
「エレナ、馬車に乗ってる貴族のこと、教えてくれないかしら?」
「構わないが……、何故?」
「敵を推測する為に情報が欲しいんだと思います。……ですよね? リリアさん」
「その通りよ」
ポカーンとしてるシアンとアニスはとりあえず置いておいて話を進める。
うん、後で俺が分かりやすく教えてあげようね。
「なんで狙われているのか、誰に狙われているのかの参考になればと思ったのよ。勿論次の休憩で本人達にも聞く予定よ」
「なるほど、と言っても私も詳しいことは知らないのだ」
は?
知らないとは?
「団長から詳しいことを聞き出せなかったんだ。何を聞いても極秘だとしか……」
「それはなんというか……」
「信用されてないんじゃねぇか?」
「ぐはっ」
言葉の刃に刺されてエレナは倒れた。
「オウカ、言葉を選びなさい。それに重要な護衛の仕事だとしたら信用してない部下に任せないはずよ」
「それもそうか」
俺の言葉を聞いてなんとか気を取り直したエレナは話を続けた。
「だから私が知っていることと言えば、城壁都市にいる二人を迎えに行き、武闘都市までの道中を護衛してくれという命令だけだ。あとは二人が身分の高いお方なのだとなんとなく察してはいるが、その身元については知らされていないんだ」
「なるほどね。当人に聞くしかない訳か」
部隊長にも身分を明かせぬ相手の護衛という団長直々の命令。
そしてスカルウルフを用いた襲撃。
きな臭くなってきたな。
もしかしてこれはかなりの厄介ごとに首を突っ込んだんじゃないのか?
「本当に無能ですまない」
ああ、またダウナーモードに入ってしまった。
結構根暗だなこの人。
事情や人なりを知らない俺が励ましたところで言葉が軽すぎるしな。
本人が立ち直るまで放置するしかない。
それにしてもあの豪華な馬車から降りる仕草。
立ち振る舞い。
漂う雰囲気。
そこから隠しきれない高貴な身分を感じさせるが、貴族というよりもっと上の……。
いや、気のせいか。
そもそも貴族世界なんて知らない一般市民の社畜が何を言うって感じだ。
護衛を開始してから最初の休憩。
日は沈みかけており、今日はこれ以上進むことは難しいだろう。
夜も松明の灯りを頼りに馬を走らせることは可能だがそれなりに危険も伴う。
護衛中であることを加味すれば尚更だ。
休憩に選んだ場所の近くには湖もある。
草原と森の境目で森に入って少ししたところに湖があり、近くで一番大きな樹木の下で野営することになった。
女性陣としては湖で体を洗えるのは嬉しいだろう。
いや、俺も女性陣だった。
日が暮れる前に急いで野営の準備を進める。
シアンは狩りの再挑戦でアニスは野草や木の実といった食料の調達。オウカはその護衛。
サラサと騎士二人は野営地の護衛に加えて野営設営。
護衛対象二人は申し訳ないが警護の問題で周囲の安全確保が終わるまで馬車から出ないように言い含めた。
我儘を言わずに大人しくこちらの指示を聞き入れてくれるのは助かる。
俺は周囲の安全確保だ。
とりあえず頭上から襲撃されたら嫌だからな。
軽く跳んで木の枝に飛び乗る。
枝から枝に飛び移って危険がないか注意深く調べた。
高いな。
何メートルだこれ。
ビルの五階とかそのくらい高くないか?
地平線に沈む夕日が良く見える。
どこまでも続くかと思われた草原でもこの高さから見れば永遠に続く訳ではないことに気付く。
遥か彼方、霞むほどに遠い北には山の連なりが見えた。
あそこが目的地の北の山脈だ。
あまり日暮れまで時間が残されていない。
魔法を照明にすることも出来るがそれを頼りに周辺の安全確認をするのは骨が折れる。
そんなのはごめんだった。
俺はさっさと枝の上の安全確認を済ませて、樹木周辺の探索をすることにする。
結論から言うと怪しい仕掛けや何者かの気配。
隠れているモンスター等の存在は見受けられなかった。
ひと先ずは安全と言っていいだろう。
ここで一晩を明かして明日また馬車を走らせることに決まった。
野営準備も終わり、寝床が確保されて食事の準備となる。
このパーティで料理が堪能なのはセシリアのみだ。
サラサも俺もシアンもアニスも頼りにならない。
シアンに限っては最近積極的にセシリアの手伝いをしているようで、料理の手伝いは出来るものの。始めたばかりで猫の手程度だ。
集めた食材の調理はセシリアに任せることになる。
ここで意外な人物が調理の手伝いを申し出た。
生意気なクソガキと、エレナだ。
「我々は野営の訓練もしているからな、食べられるものが作れる基礎はある。手伝わせてくれ」
「それはもうこの人数分の準備ですから、手伝ってくれる分にはありがたいですよ」
「そうか、それは良かった。改めて紹介する。こいつはレックス。生意気だが命令すればちゃんと動く、扱き使ってやってくれ」
「っす」
クソガキはレックスという名前らしい。
クソ生意気なわりにかっこいい名前で腹立つな。
「料理は力になれないし、時間もかかりそうだから今のうちに水浴びに行ってもいいかしら?」
「ええ、そうしてください。私も後で水浴びしたいので、その時は見張りをお願いします」
「任せて頂戴。……そうと決まれば女性陣は水浴びに向かいましょうか」
俺、シアン。オウカ、アニス。サラサ。それに貴族の令嬢の五人だな。
俺とオウカがいる時点で襲撃されても問題ないだろう。
いや、調理組が手薄になるか。
騎士二人とセシリアは調理しながら貴族のおじさんを守る必要がある。
それはいくら何でも酷だろう。
「あたしとリリアが一緒なのは不味くないか?」
同じことに気付いたのかオウカがそう指摘してくれる。
「私も今ちょうどそう思ったところよ。悪いけどオウカはここに残って後でセシリアと水浴びしてもらえるかしら?」
「ああ、構わんよ。あたしはここで見張ればいいんだろ? リリアにならアニスを任せられるからな」
大した信頼である。
余程自分と殺し合った腕前を評価してくれているらしい。
嬉しいが過大評価だな。
リリア自体は優秀だが中身はただの社畜のおっさんだ。
あまり過度な信頼はやめて欲しい。
任されたからには全力で守るけども。
「ええ、任せなさい。アニスには傷一つ負わせないわ」
勝手に口が動く。
リリアならこう言うだろうという俺のロールプレイが止まらない。
「頼りになるねぇ」
貴族の令嬢がお淑やかな所作でこちらに寄ってくる。
「私もご一緒してよろしいのでしょうか?」
「勿論よ」
「感謝します。……自己紹介が遅れました。私、ソフィーと申します。よろしくお願いします」
ああ、そういえば襲撃のごたごたから、それから急いで馬車で移動したから挨拶する暇もなかったのを思い出した。
「リリアよ。見ての通りエルフ。こっちが――」
「シアンです。ご主人様の奴隷なのです!!」
何故シアンは奴隷であることに誇りを持つかのように胸を張るのだろうか?
「サラサだ。冒険者をやってる。よろしく。あっちで料理してる美人がセシリアだよ」
「アニスと言います。よろしくお願いします」
この流れを聞いていた貴族のおじさんも近寄ってついでとばかりに名乗る。
「挨拶が遅れてしまって申し訳ない。……グリムと言う者だ。命の危機を助けていただき本当に感謝している。ありがとう」
「今では雇用主なのだから気にしないで。報酬分の仕事はするわ」
「そう言ってもらえると気が楽になるよ」
「水浴びに行くのでこれで失礼するわね」
「ああ、引き留めてしまってすまない。ソフィーのことを頼んだよ」
「安全は私が保証するわ」
とりあえずオウカ以上の脅威がない限りは守り切ると約束しよう。
こうして女性陣は日が沈んで暗くなった森を進む。
暗いとは言っても俺が魔法で周囲を照らしているのでさほど問題はない。
昼間のようとは言わないまでも十分な視界は確保出来ている。
照明のおかげか湖まで無事辿り着くことが出来た。




