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過ぎたるは猶及ばざるが如し

 やけに外が騒がしいな。

 

 地平線の彼方まで続く草原に馬車を走らせて北に向かうこと数日。

 徐々に肌寒くなり、そろそろ荷台での生活に飽き飽きしてきた頃。

 それは起きた。


「なんの騒ぎかしら」


 耳を澄ませる。


「これは、人間の声に」

「えっと、馬の嘶きと」

「金属がぶつかる音、です?」


 それぞれが述べたとおりだ。


 どう考えても戦闘の音である。


 荷台の前方に付けられた小窓を開き、御者をしているサラサに直接聞くことにした。


「何が起きたの?」

「あっちでモンスターに襲われてる馬車があるんだよ。巻き込まれないように距離を置いてるけど、どうする?」


 どうするというのは助けるという意味か?

 というか俺が決めていいのかそれ。

 

 小窓から顔を戻して荷台にいる面々に状況を説明する。


「――ってことのようだけれど」

「助けるに一票です」

「反対だな、アニスを危険に晒したくねぇ」

「私助けるのに賛成です。困ったときは助け合いなので、えっと……。私、役に立たないのに偉そうなこと言ってごめんなさいっ!!」

「ならあたしも助けるのに賛成だな」


 手の平返しが早いなおい。


 シアンがこちらの目をまっすぐ見て。


「ご主人様に助けられた時の喜びは今でも鮮明に覚えているのです」


 分かるよ。

 助けてほしい。

 同じ目にあった人を見過ごせない。

 そういう意味だろう?


 俺だってそんな目をされたら黙ってられない。


 そもそも俺が反対したところで多数決的にはもう結果が出てるしな。


 小窓から顔を出し、サラサに指示を出す。


「安全なところで馬車を止めて、戦闘に介入するわよ」

「そう言うと思ってたよ」


 サラサはご機嫌で手綱を操ると馬に指示を飛ばした。


「馬車は一台。モンスターは、複数いるわね。群れかしら? 戦闘しているのは馬車の護衛? 立派な装備に見えるし、馬車の装飾も豪華なところを見ると貴族か何かかしら?」

「みたいだな。結構劣勢だ」

「急ぎましょう」


 馬車を戦闘に巻き込まれない範囲で止めると飛び出そうとするサラサを制止した。


「なんでだよっ!?」

「貴女はここでお留守番よ。セシリアとアニスとシアンの護衛をお願い」

「えー」

「露骨にがっかりしないの」


 数日間の御者でストレスが溜まっているかもしれないが、馬車の護衛だって重要な役割だ。


「戦力的には私とオウカで十分よ」

「そうかもしれないけどさぁ」

「わがまま言わないの」


 小窓から顔を戻し、オウカに目配せをする。


「聞こえていたわよね?」

「応。あたしとリリアだけで行くんだろ?」

「ええ、そうよ。私が補助するから、貴女は好きにやりなさい」

「任せな」


 オウカと二人で荷台から出る。

 

「ご主人様っ!!」

「オウカっ!!」


 シアンとアニスの大きな声が荷台の中から聞こえた。


「無茶はしない。ですよ!?」

「気を付けて、ね」

「オウカがいるから大丈夫よ」

「リリアがいれば万が一もないさ」


 こうして俺達は砂埃が立ち上る剣戟の現場へと駆けだした。




 辿り着く頃には結構な劣勢だった。

 壊滅状況に近いと言ってもいい。


 馬車はまだ無事のようだが、鎧を纏った死体が地面に転がっている。


 馬車を守っているのは僅かに三人。

 地面に転がる死体は十人を超えているので半数以上を失った形になる。

 犬の骨が生き残った鎧の隙間を狙い、その喉元に牙を立てた。

 一瞬のことだ。次の瞬間には喉元から鮮血を吹き出して倒れ、もう二度と動くことはなかった。

 牙を鮮血で濡らし、血の滴が滴って地面を濡らす。

 頭蓋骨の目に当たる部分は窪み、その奥に怪しい光を明滅させていた。


 スカルウルフだ。

 

 全身が骨のみとなった狼型のモンスター。

 群れをなして行動し、統率の取れた集団行動で襲い掛かる厄介な相手である。

 

 ただ、オウカの相手ではない。


 そこそこの補助魔法で十分だろう。

 なくたって圧倒出来るのだから。


 基礎ステータス強化魔法のグローリーと、ステータス向上時の倍率を上げるエルフ族専用魔法、凱旋の歌。


 このふたつの重ね掛けでいいだろう。

 というか過剰だ多分。


 詠唱し、オウカに付与する。


「暴れてきなさい」

「応っ」


 風よりも速く。

 音を置き去りにして。


 オウカが駆ける。

 太刀筋はおろか、納刀する姿すらもその視界に捉えるのは困難を極めるだろう。

 そんな出鱈目な速度でオウカは動いていた。


 時間にして数秒。

 

 あまりの速さに発生したソニックブームによる大爆音と衝撃波が砂埃を散らした。

 

 視界が晴れた時には。


 文字通り、屍の山が築かれていた。


「これで全部か?」

「みたいね」


 オウカがそばに来て耳打ちする。


「おい、……なんだいまのは」

「何って補助魔法だけど?」

「身体能力が上がり過ぎて制御が出来ねぇよ、無駄な動きが多くて体で空気を叩いちまった」

「慣れなさいよ、そのくらい」

「無茶苦茶言うな!?」


 やはりというかなんというか、ただ補助魔法をガン積みすれば良い訳ではないらしい。

 恐らくこの世界はゲームの世界であり、それと同時に本当にある現実世界でもあるのだ。

 だから本人のスペックと大きく乖離するバフは感覚が狂い、逆効果になりかねない。

 元々の実力とあまりにも掛け離れた実力まで補助で押し上げても、その本人が扱いきれず乗りこなせないのだ。

 

「でもアンタがとんでもねぇバケモノだってのはなんとなく察したよ」

「それはどうも」


 褒められてんのかなこれ。


 とにかくモンスターは一掃したことだし鎧の二人組に話し掛けることにする。


「モンスターの群れに襲われるなんて災難だったわね」

「助けてくれてありがとう!! 礼を言う」


 フルプレートの鎧の中から聞こえてきた声は意外にも女のものだった。

 彼女は頭を下げながら、自分が兜を被ったままだということに気付き。兜を外してから脇に抱え、改めて頭を下げた。


 本当に意外なことに中身は美女だった。

 

 右目の泣きぼくろと垂れ目の似合う妙齢の美女で、どこか色気の漂う妖艶な雰囲気を持っていた。

 頭を上げ、赤茶色の長い髪を払う。

 

「礼はいいわ、通りがかりの気紛れだもの。それよりもかなりやられたわね」

「はい……、ですが貴公らのおかげで全滅は免れた」

「ふんっ、俺達だけでなんとか出来たんだ。余計なことをしやがってっ!!」


 美女の顔が凍る。


 ちなみに場の空気も凍った。


 言ったのは美女の隣の鎧だった。

 声からして若い男だろう。

 もしかしたら青年より少年寄りの年齢かもしれない。


「随分とイキのいい感謝の言葉みたいだな」


 オウカが皮肉を言うと。


「誰が感謝なんてするもんか、邪魔しやがって!!」


 おお、本当に元気なクソガキみたいだな。


「やめんか馬鹿者っ!!」


 美女の蹴りが炸裂し、若い男の鎧は吹っ飛んだ。

 ガシャンガシャンと鉄のぶつかる音を鳴り響かせながら情けなく地面を転がっている。


「身内の馬鹿が本当に失礼した。命の恩人になんて無礼を……」

「躾がなってないみてぇだな」

「オウカやめなさい」


 確かに躾がなってないクソガキがいるようだが、別に感謝してほしくて助けた訳じゃない。

 ちょっとムカつくが無視してどっか行くのが大人の対応だろう。

 本当に邪魔した可能性もあるしな。

 どう考えても俺達が介入しなければ全滅していたように思えるが。


「邪魔したようで悪かったわね。でも無事なようで良かった。私達はもう行くわね」

「お待ちくださいっ」


 静止の声は豪華な馬車の中からだった。


「?」


 やけに装飾の凝った馬車の扉が開かれ、中からこれまた場違いに豪華な装いのドレスを身に纏った美少女が姿を表した。

 

 ウェーブした紫の長い髪に高そうな髪飾りを差し。

 長いまつ毛と大きな瞳が庇護欲を誘い。

 手入れされたきめ細かい肌は労働を知らないだろう傷ひとつない柔肌をしていた。

 

 一目見てどこかの令嬢だと分かる。


「感謝と、お礼を……」

「結構よ」

「私からもお願いしたい」


 さらに馬車からこれまた高そうな服を纏った男が出てきた。

 彼女の父親だろうか?


「命の恩人にまともな礼もしないとなれば、ご先祖様に顔向け出来ないのでね」

「なら礼は確かに受け取ったわ。それでは失礼するわね」

「お急ぎなのですか?」


 めちゃくちゃ急いでいる訳ではないが、のんびりするつもりもない程度だ。

 でもそれを馬鹿正直に伝える必要もない。


「ええ、急いでいるのよ。武闘都市にね」

「それは僥倖ですな、私達も武闘都市に向かう途中だったのですよ」


 失敗した。

 この草原を北方向に進んでいるなら、武闘都市に向かっている確率は高い。

 もっと関係ない場所に行く予定だったと伝えれば良かったのだ。

 これは完全に俺のミスである。


「よければご一緒していただけませんか? 護衛もこの通り殆ど残っていなく、私達も身の安全が欲しい。見たところ相当な実力者のようだ。報酬は相場の何倍も出しましょう。どうか助けると思ってお願い出来ませんか?」


 めんどくさい。

 

 正直な感想はそれだ。


 だが確かに道中でもう一度襲われたら助かる見込みはないだろう。

 

 蹴られてのびている威勢だけは一人前のクソガキとこの色気たっぷりの美女二人では到底守り切れるとは思えない。


 クソガキが死ぬのは構わないが、泣きぼくろの似合う美女と貴族っぽい美少女が死ぬのは寝覚めが悪いだろう。


「仕方ないわね。武闘都市までの道中、護衛を引き受けるわ。冒険者としてね」


 なし崩し的に護衛することになる。

 

 防寒着を整えるのに金は使うし、金はいくら持っていても無駄になることはない。

 ここで稼いでおくと前向きな気持ちで引き受けることにした。


「いいのか?」

「いいも何も仕方ないじゃない。乗りかかった船よ」

「アンタ人が良過ぎていいように使われるんじゃないかとあたしは心配だよ」

「その辺はセシリアが上手いことしてくれるわよ」


 多分な。


 いや、セシリアも結構お人好しだからな。


 となると腹黒い頭脳派で交渉が上手く世渡り上手な仲間が欲しいところだな。

 

 いい人材を見つけたら唾つけとくか。


「本当に感謝する」


 ん? 何故か泣きぼくろ美女の顔色が悪い。


「部隊長殿、今回の落ち度。団長殿にしっかりと抗議させていただきますよ」


 ああ、護衛自体は失敗だもんな。

 そりゃ顔色も悪くなるか。

 部隊長ということは責任を取らされる立場にあるってことだ。

 可哀想だが雇い主からしても下手したら命を失っていたところだ。護衛には言いたいことが山ほどあるだろう。

 俺の目があるから言いにくいだけで本当は叱責が濁流のようにあるに違いない。


 気の毒だが護衛任務失敗は事実だしな。


 生き残った部下があの馬鹿っぽいクソガキ一人ってのは同情するけどな、本当に。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公が結果として流されていてもしっかり考えてるんだろうな〜とわかるところ
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