フラグってやつ
馬車の荷台に揺られながらシアンの頭を撫でる。
御者はサラサがまた引き受けてくれた。
というかサラサしか出来る人がいなかった。
荷台の荷物はかなり売り払った為、スペースにかなりの余裕がある。
荷台の端に食料などを集めて置いており、荷台の乗り心地改善の為にクッションを買って誤魔化している。
セシリアは休憩を挟みながら俺に回復魔法を掛けてくれていて、今は疲れて眠っている。
なのにもかかわらずなんと俺はまだ完治していない。
これはセシリアの問題でなく、単純に俺が重症だったからだ。
あとは自然治癒に任せるよとは伝えたものの、セシリアは頑なに譲らなかった。
そこまで意思が固いなら任せようと最近は完全に回復を任せている。
オウカとアニスは肩を並べて互いに話し合っていた。
イチャイチャしているとも言う。
あの二人も中々奇妙な関係だが悪い関係ではない。
ただまだまだお互いのことを知らないだろうし、話し合うことで少しずつ近付いていくことだろう。
そしてそれは俺とシアンにも言えることだ。
シアンは俺が瀕死の重傷を負って以来、密着度が上がっている。
とにかく俺から離れたがらないし、手を握る抱きつく肩を寄せるといった肉体的な接触が多いのだ。
本当に嬉しい。
試しに耳をさわさわしたり、尻尾をさわさわしても全然嫌がらない。
くすぐったそうに身を捩ることがあっても、最終的には心地良さそうに身を任せていた。
今も俺のお膝の上で心地良さそうに和んでいる。
「ご主人様、大好きです」
やめろよ、勘違いしちゃうだろ。
シアンのそれは親愛のそれだ。
主人に対する忠誠心とかそっちの大好きだ。
多分。
だから勘違いしてはいけない。
じゃないと布団に連れ込んで色々してしまいそうになる。
「私もシアンのことが大好きよ」
頬を染めるでない。
幸せそうに微笑んで満足そうに目を細めるんじゃない。
本当に勘違いしてしまうだろうが。
「でも、無茶をして傷だらけになるご主人様は嫌い、です」
「うっ」
胸が痛い。
シアンに嫌いと言われただけでダメージがデカい。
泣きそうだ。
「嘘です。嘘でも、大好きなご主人様を嫌いって言うの、やです」
「シアン……」
なんて可愛いことを言うのだこの娘は。
「ご主人様は命の恩人で、シアンにとっては女神様みたいな存在です。だから、いなくなったらやです。ずっとシアンの側にいて欲しいです……」
潤んだ瞳で俺を見つめて。
震える声でシアンはそう言った。
「だめですか?」
だめな訳がない。
俺だってずっと一緒にいたい。
思わずシアンの頭をそっと抱きしめた。
「心配させてごめんね」
「不安、だったのですよ? ご主人様がいなくなったらどうしようって、もう会えなかったらどうしようってずっと辛くて、怖くて…」
俺の存在はシアンの中でそれだけ大きなものになっていたのだ。
知らなかった。
自惚れて良いのだろうか?
俺はシアンにとっての大切な人なのだろうか?
主人と奴隷の主従関係以上に。
想いあっていると。
本当に、勘違いしてしまいそうになる。
この胸の高鳴りは、気付かれてはならない。
こんな無垢な少女に向けていい気持ちじゃないだろ。
「安心して、私はいなくならないわ」
そう言うのが精一杯だった。
馬を休める為に休憩を取ることになった。
サラサも御者を一人で続けるのは辛いだろう。
代わってやりたい気持ちはあるが、残念ながらサラサしか馬を扱える者がいない。
「構やしないよ、そんな疲れるものでもないし」
そう明るく答えてくれたが、だからといってサラサに頼りきりなのはやはり気を使う。
ん?
アニスとシアンが何かしてるな。
「どうしたの?」
「しっ」
指を一本口元に立てて静かにのポーズをしたのはアニスだ。
彼女の見つめる先を追うと。
一匹の蛇がいた。
ただの蛇じゃない。
モンスター、それもパラライズスネークだ。
草むらから息を潜めてこちらを警戒している。
「よく見つけたわね」
草むらに隠れていて言われてみないと気付かない程度には分かりにくい。
よほど注意深くないと気付かないだろう。
「アニスが見つけたのですよ!」
「シアン静かにっ!!」
「ご、ごめん」
なんかいつのまにか凄い仲良くなってるなこの二人。
でもこのくらいの歳の子はあっという間に仲良くなってることはよくあるし、こんなものかもしれない。
こういう考え方をするのが本当に歳とった感じするな。
シアンが弓を構えた。
それはとても自然な所作で彼女がそれを買い与えてから努力を怠らなかったことを意味している。
ちなみに貿易都市で一度失っているからこの弓は新たに買い与えた二代目だ。
シアンは遠慮して恐縮していたが無理やり買い与えた。
彼女が構えるのは短弓という種類の弓矢だ。
通常の弓に比べると一回り小さく、小ぶりな印象を受ける。
射程や威力は劣るものの、短弓は取り回しが楽で身体の小さいシアンでも扱えるのが利点だ。
さらに連射性も高い。
弓を引くその姿は堂に入ったもので、素人目からは熟練のそれに見える。いや、それは身内贔屓が過ぎるか。
ひとつ深呼吸を挟み、息を大きく吐き切ったところでシアンは矢を放つ。
風を切るようにパラライズスネーク目指して飛んだ矢はしかし当たらない。
シアンの狙いは正確だったが、パラライズスネークが攻撃を察知して躱したのだ。
反撃の為にこちらに地を這って近付いてくる。
なかなかに素早い。
俺は迎撃の為に構えるが、その必要はなかった。
パラライズスネークの首が刎ねる。
その首を刎ねたのは刀を既に鞘に納めているオウカだった。
彼女は遠間より縮地で接近し、居合いにて一撃で屠ったのである。
なるほど、アニスのことを常に気にかけているオウカがパラライズスネークの攻撃に反応しない筈がなかったか。
それにしても見事な一撃だ。
俺よくこれに良い勝負したな。
「ご、ごめんなさいっ!!」
「構いやしないよ、あたしの目の届く範囲でならいくらでも挑戦しな」
「オウカ、ついでにアドバイスしてあげてくれないかしら?」
「あたしが? 弓なんて使ったことないよ?」
「何か気付くことはないの? 私こそ補助魔法専門家だから武器のことは疎くて」
物凄く胡散臭そうな目で見てる。
多分補助魔法の専門家が自分と接近戦でやり合える訳がないだろって思ってるなこれは。
「色々あるけど、まずは向こうがこちらを察知してるなら、回避される前提で攻撃するべきだったね」
「なるほどです!」
「これは本筋からは離れるけど、風上なのも良くない。獣やモンスターは鼻が効く個体が多いからね。仕掛けるなら風下からだ」
「風下から仕掛ける……」
「弓の狙いは正確だね。良い腕だ。だが的に射るのと生き物を射るのはまた違う技能だ。相手がどう動くのか、先読みして置くイメージで試してもいいかもしれない。……すぐ思いつくのはその程度だよ」
「先読み……。勉強になるです!!」
シアンが楽しそうで何より。
それにしてもアニス。あのパラライズスネークに気付いたのは見事と言う他ない。
俺はステータスこそ高いものの、中身はただの社畜だ。
それが足を引っ張ってリリアの性能を発揮しきれていないと感じている。
本来のリリアはもっと優れているのに俺がそれを扱い切れていない気がしてならないのだ。
きっと索敵だって本来のリリアであればもっと広範囲かつ高精度でもおかしくない。
足りないものは誰かに補ってもらえばいい。
半分とはいえ吸血鬼。
訓練すれば逸材になる可能性もある。
「アニス、貴女当面は索敵を任せられないかしら?」
「わ、私がですか!?」
「貴女に任せたいのよ」
「でも、私なんかじゃ……」
「半分とはいえ吸血鬼の血があるから潜在能力は高い筈なのよ。あとはそれをどう磨くか。失敗しても構わない、脅威を見逃してもオウカがなんとかするわ」
「あたしかい!!」
そりゃ接近戦の専門家だしな。
俺はオウカの実力を評価してる。
「多分だけど、私が補助した貴女に勝てる生き物はこの大陸に存在しないわよ」
なんなら他の大陸でも中々いないだろう。
「……もしかしてリリア、アンタ魔法で全然本気を見せていないのかい?」
「少なくとも貴女に見せた攻撃魔法は私の全力よ、そこは信じていいわね」
でもな、俺は。いや、リリアはサポート専門なんだよ。
それも他を犠牲にした特化型。
犠牲にし過ぎて本体は弱過ぎるけどな。
「アニス、改めてお願いするわね。索敵、お願い出来る?」
「が、頑張りますっ!!」
「私も、シアンも頑張って弓練習するのです!!」
やる気があるのは良いことだ。
可愛いしな。
そういえばこの大陸で俺の補助魔法を付与されたオウカに勝てない相手はいないなんて豪語したけど。
何にでも例外はある。
思い出したのだ。
この大陸の例外を。
ただアレは時限イベントだし、条件がかなりキツい。
そうそう起きることじゃないしな。
考えるのをやめよう。
フラグってやつだこれ。
 




