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旅立ちの準備

 吸血鬼の国がどこにあるのか。

 

 それは地下にある。


 この大陸の地下空洞に隠れるようにして吸血鬼の国があることはあまり知られていない。

 そしてその地下空洞への入り口は限られている。


 ただどの入り口も吸血鬼の監視が厳しくて悟られずに入国することは難しいだろう。


 となると残るはひとつしかない。

 最も過酷で最も古い入り口。

 それが北の山脈にある。


 北の山脈の中腹に忘れ去られた鉱山道がある。

 その鉱山道の最奥に地下空洞へと続く入り口があるのだが。


 問題がある。


 過酷なのだ。


 ひたすら過酷なのである。


 後になって追加されたエリアなだけあって難易度もこの大陸にしては高い。

 出てくるモンスターもそれなりに強いのだが、それ以上に大自然が牙をむく。

 北の山脈は豪雪地帯で常に吹雪が荒れ狂い。

 体温を奪っていく。

 道のりは険しく、分厚い雲の下には太陽の光も届かない。

 方角を見失いやすく、一度味方とはぐれると合流は絶望的だろう。


 それ相応の準備が必要だ。


 本来は。


 しかしここには補助魔法を掛けさせたら世界一の俺がいる。

 防寒。暗視。視野向上。体力向上。

 最上級の登山用補助魔法を全員に付与すれば険しい雪山も余裕だろう。


 必要なのは水と食料。それにテントくらいだろう。

 

「という訳で北の山脈を目指すわよ」


 宿屋に戻ってきた俺達はひとつの部屋に集まって今後の会議をしていた。


「北の山脈って、きっついなーそれは」

「それ相応の準備が必要になりますよね」

「そうなのか?」

「北の山脈ってどこなのです?」

「えっと、よく分からないので教えてください」


 それぞれがそれぞれの疑問を述べる。


「……もしかしてオウカもシアンもアニスもこの大陸の地図が頭に入ってない?」

「当り前だろ、あたしはこの大陸のことは全然知らん」


 オウカはそんなことを胸を張って言うな。


「ごめんなさい、分からないのです……」


 シアンは耳を畳んで尻尾を丸めている。可愛いから許しちゃう。


「この村とその周辺しか知らないので……」


 アニスは普通の村娘として生きていればそりゃ知る機会もないか。


 いいだろう。

 軽く説明しておこう。


「まず、私達のいる大陸がガルデア大陸と呼ばれているの。ガルデア大陸は大きく分けて四つの地方に別れているわ。軍事国家の領土である北。いくつかの都市の連合領土である西。広大な砂漠を支配する南。そして生い茂った森の中心に大樹が伸びる東。私達がいるのはいくつかの都市による連合領土である西の地方、通称フィリア連合よ」


 一応例外として空飛ぶ島にある古代都市等が存在するがそれは今は省いていいだろう。

 この大陸に住む人々の殆どが知らない知識だ。

 そして例外のひとつに地下空洞に広がる吸血鬼の国がある。


「私達が暴れた貿易都市もフィリア連合の主要都市のひとつよ。他にも城塞都市や魔道都市なんてのもあるわね。北の山脈っていうのはフィリア連合の北にある軍事国家とフィリア連合を分かつように横断する険しい山の連なりのことを示しているわ」


 この北の山脈があまりにも険し過ぎる為、軍事国家は連合に攻め入ることが出来ない。

 現状軍事国家と連合は国交が殆ど行われていないのである。


 そしてこの山脈には鉱山として活用されていた時代がある。

 その産物が今も尚残っており、その最奥には吸血鬼の暮らしている地下世界に繋がる道が隠されているのだ。

 

「その山脈でないと吸血鬼の国に行けないのですか?」


 シアンの疑問はもっともだ。


「良い質問ね。……実は行けるわ。ただ、吸血鬼の監視があるのよ。その目を掻い潜って密入国するのはあまり現実的ではないわ」

「あれは? あたしに掛けてくれた隠密の魔法」

「効くかもしれないけど、ちょっとリスキーなのよね……」


 サラサの提案は悪くはないのだが、個人的にはあまりしたくはない。


「詳しくお伺いしてもよろしいですか?」


 セシリアに言われて俺はその理由を話した。


「ええ、構わないわよ。吸血鬼はまず種族として幻術や感覚を狂わせる魔法に対する抵抗力が高いのよ。吸血鬼自体が幻惑や魅了の魔法を得意とするこその副産物ね。おまけに感知能力や索敵能力もとても高い。それでも普通の吸血鬼なら私の魔法も有効かもしれないけど、吸血鬼には稀に感知や索敵が飛びぬけて優秀な個体が生まれることがあるのよね」


 吸血鬼の特徴である鋭い牙と血のように赤い瞳はあまりにも分かりやすい特徴だが、その吸血鬼は海のように深い青色の瞳を生まれ持っている。

 そして通常の吸血鬼ではありえない精度と範囲の感知能力を有していた。


 その名もディープ・ブラッド。

 

 これの目を掻い潜れるかは正直分からない。

 俺の補助魔法が強力だから通用する気もするし、通用しなくても驚かない程には自信がないのだ。

 そもそもディープ・ブラッドが存在しない可能性もある。

 しかし戦闘に不向きな者が一緒に居る以上、不慮の事故は避けたい。

 シアンはともかくアニスは本当に完全に戦闘なんて出来ないのだ。

 となると僅かな可能性を警戒して最も確実な北の山脈を選択したのは間違いではないだろう。


「だから最も確実に密入国出来る北の山脈を選んだのよ」

「北の山脈は安全なのかい?」


 オウカは刀を手入れしながら問う。


「険しく自然の驚異に晒されるという意味では安全ではないわね。でも、吸血鬼の目は確実に掻い潜れる」

「どうしてですか?」


 首を傾げたアニスに対して俺は自信満々にこう答える。


「かなり古くに廃棄された入り口なのよ。もう誰も使っていないし、もはやその存在を知っている吸血鬼が少ないくらいよ」

「何故リリアさんはそのようなことを知っているですか?」

「エルフは長く生きていれば無駄に知識をため込むものなのよ」


 そういうことにしておいてください。


「となると、やっぱり雪山対策が必要なのか」

「必要ないわ」


 即答する。


「なんでだよ」

「私の補助魔法で防寒対策出来るもの」

「……そんなことまで出来るのかい?」


 サラサとのやり取りを黙って聞いていたオウカが思わずと言った様子で俺に聞く。


「出来るわよ。吹雪による暗視も対策出来る。寒くなくて見通しが悪くないならちょっと足元の悪い山道と変わらないわ。……必要なら体力向上の魔法も追加するわよ」

「全員で六人分だぜ? リリアが持つのかい?」

「余裕よ。この程度、百人でも千人でも苦じゃないわ」

「そいつはすげーな」


 ……オウカ。


 信じてないな、この反応。

 別にいいけどな。

 悔しくなんてねーし。

 

「となると普通の山道と考えたら、水と食事。それにテント。あとは登山に必要な諸々ってとこか?」

「そうね。通常の雪山装備よりも遥かに軽装で済むはずよ」

「それはありがたいですね。荷物が少なければ移動も楽ですし」


 六人分を常時補助し続ける程度苦でも何でもない。

 オウカ相手に接近戦でやり合うことに比べれば労力とも思わないだろう。

 余裕ってやつだ。


 ただここでひとつだけ問題がある。


 俺自身には補助魔法が掛からないのだ。


 俺だけは補助魔法に頼らずに雪山を攻略しなければならない。

 さらに俺が倒れれば味方が急に窮地に陥る責任付きだ。

 自身のステータスと装備品の性能から考えてそう危険なことにはならないとは思うが、この世界。ゲームと違う部分が徐々に見え始めてきたのが気になるんだよな。


「一応念の為に私とはぐれてしまった時ように皆防寒着は着ていくことにしましょうか」

「賛成です。リリアさんの補助魔法を疑うつもりはありませんが、それに頼り切りというのも危険だと思います」

「となると準備するのに貿易都市……は無理だから、どうする?」


 宿に預けている盗んだ馬車があるのでそれで北上すればいいので移動手段はある。

 ここから北には武闘都市があった筈。


 そこならば防寒用の装備も見つかるかもしれない。


「まずは武闘都市に向かいましょう」

「武闘都市、です?」

「ここから北上するとある都市よ、都市の中心に大きな闘技場が設けられた都市で武闘大会が催されているのが特徴ね」

「へぇ……」


 オウカ、興味を持つな。お前なら余裕で勝ち抜けるだろうけどそんな寄り道をする予定はない。


「武闘大会か」


 サラサもウズウズするなこの脳筋どもめ。


「サラサ」

「分かってるってセシリア。アニスのことが終わった帰り道ならいいだろ?」


 いいの? という目線でセシリアがこちらを見てくる。


 別に問題はないけどな。

 母親に早く解放したアニスを会わせてやりたい気持ちもあるが、ちゃんと解放したあとなら多少の寄り道は許されるだろう。


「いいわよ」

「皆さんっ!!」


 アニスの大きな声が部屋に響く。


「本当にありがとうございます。こんなにしてもらって私、なんてお礼を言っていいか……」

「いいよ礼なんて、あたしゃやりたいことをしてるだけだ」

「そうだな、一々礼を言ってたら堅苦しいからな。全部終わったら改めて礼の言葉を受け取るよ」




 大まかな話がまとまったあとはサラサとオウカが買い出し。

 俺とセシリアはさらに細かい部分を詰めて。

 シアンとアニスは二人で馬の世話をしにいった。

 どうやら二人はかなり打ち解けているらしく、同年代だからこそ心を許している節がある。

 美少女二人が仲睦まじくしている姿は大変目の保養になりよろしい。


「……混ざってきてもいいんですよ?」

「冗談、あそこに入れるほど若くないわよ」

「見た目は完全に違和感ないですけど」

「そう?」


 そういえば俺、美少女だったの忘れてた。

 確かに見た目だけで言えばシアンとアニスに混ざっても周囲からは違和感ないのか。

 でも中身はおっさんだからな。

 やはりどこか心の中で混ざったらダメだろってブレーキが掛かる時がある。

 イチャイチャしたいのは確かにそれはそうなんだけど。


「アホなこと言ってないで話を続けるわよ」

「失礼しました」


 セシリアとの話し合いは夜遅くまで続いた。

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