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これからのこと

 揺れている。


 頭には柔らかい感触。

 

 揺られている。


 頬に触れるもふもふとした感触。


 意識が浮上する。


 そこは薄暗い部屋だった。

 いや、部屋ではない。


 窓ひとつない密室。積み上げられた荷物。

 不定期な揺れ。

 覚えがある。

 ここは荷台だった。


 荷台の荷物に囲まれて僅かな隙間にある床に俺は寝ていた。

 荷物に背中を預けるようにして寝ているシアンが見える。彼女の膝を枕にして俺は寝ていたようだ。

 なるほど頭の柔らかい感触はシアンの太腿か。堪能させて頂こう。


 頬を撫でるもふもふはシアンの尻尾だった。

 心地良い。

 たまらず優しく撫でてしまう。


「起きたみたいだね」


 オウカの声だった。


「馬車の荷台ってことは無事貿易都市からは逃げられたってこと?」

「察しが良いな。自警団の馬車を貨物ごと盗んで逃げたんだよ」

「悪いことするわね」

「悪い奴に悪いことして何が悪い?」


 なるほどそういう考え方もあるな。

 あれだけ悪どい相手だと盗み如きじゃ胸も傷まないしな。


「他の人達は?」

「セシリアはほんの少し前まで回復魔法をアンタに掛け続けていたよ、今は気絶するように寝てる。丁度その荷物の裏だ。サラサは御者をやってくれてる。あたしゃそんな器用なこと出来ないからね、疲れてるのに頭が下がるよ。アニスは安心して寝てる。色々と心労もあっただろうからね、ゆっくり休ませてやりたい」


 やけに体が楽だと思ったらセシリアが回復してくれていたのか。

 ありがたい限りだ。

 

 オウカが真面目な顔で姿勢を正すと、美しい正座から丁寧に土下座をした。

 俺が転生前は日本人だから伝わることだが相当の誠意だ。


「あたしはアンタにとんでもないことをした。それでもアンタはアニスを助けてくれた。感謝しても仕切れないし、謝って許されるとも思っちゃいねぇ。アンタが望むなら喜んでこの首を捧げる。でも少しだけ待って欲しい、あたしはアニスを奴隷紋から解放して、親のもとに返してやりてぇんだ。図々しい頼みだとは分かってる。それでも、頼む! この通りだ!!」

「許すわよ」

「ああ、許せないのは重々承知だ。……え? 許す?」

「水に流すって言ってるの」

「な、なんでだよ!? 死にかけたんだぞ!?」


 確かに死にかけた。

 オウカのせいでマジで生死の境を彷徨った。

 何かがひとつでも違っていれば俺は今頃あの世行きだろう。

 恨み言のひとつでも言いたくなっても不思議ではない。


 でも、そんな気は全然起きなかった。


「何故でしょうね。自分でもよく分からないけど、貴女に何かしてやろうなんて気持ちは起こらないわ」

「……あたしは自分の都合でアンタを殺そうとしたんだ」

「それくらい何となく察してるわよ」


 詳しい理由や事情は分からないが、彼女がアニスの為に動いていることは分かる。

 それこそアニスの命を救うために自身の命を懸けて。


「分かった。もう細かいことは言わねぇ!! アニスの奴隷契約を何とかして、親へ返したらあたしはアンタに命を預ける」

「はい?」

「この刀に誓う」

「いやいや勝手に誓わないでよ。了承していないのだけれど」

「いらないってんなら、その場で腹を切る。構わねぇな!?」

「構うに決まっているでしょう。誰が得するのよそれ」

「だから頼む。アニスを奴隷契約から解放するまで毎日アンタのそのすげぇ魔法を掛けてやってくれ」


 頼まれなくても最初からそのつもりではあった。

 アニスは呪いのようなもので死に至る自傷ダメージを受け続けている。放っておけば一分も待たずに物言わぬ骸に成り果てるだろう。

 現状それを力技で自傷ダメージを上回る回復を常時付与することにより打ち消している。

 アニスは痛みや苦痛を脳が感じる前に回復しているので普段通りに過ごすことが出来ている筈だ。

 一度掛ければ半日は持続するだろう。

 だが付与が消える前に掛けなおさないとアニスは自傷ダメージで死んでしまう。

 つまりは彼女が奴隷解放されるまでは俺の傍から離れることが出来ないということだ。

 ここで見放すのは後味が悪い。

 乗りかかった船だ。

 最後まで面倒はみるつもりだ。

 アニスは奴隷から解放し、母親のもとへ返す。

 これは俺だって望んでいることなのだ。


「頼まれなくてもそのつもりよ。アニスを助けたい気持ちは私だって同じなのだから」

「どうしてそんなにアニスを助けようとしてくれんだ?」

「そっくりそのままその質問を返したいのだけれど?」

「……あたしゃアニスに救われたからだ。勝手に救われた気分になっているだけだけどな」

「詳しく聞いても?」

「皆寝てるし、他でもないアンタの頼みじゃな」


 オウカは語った。

 自分が物心つく頃には既に心が壊れていたこと。

 親に体を売れと命じられ、見知らぬ男にはした金で処女を売り。そこから抜け出すために人殺しを覚えたこと。

 体を売るのと人を殺すのでは人を殺す方がマシだったから戦場を渡り歩いたこと。

 そこで数えきれない人を殺し、生き残り、気付けば刀鬼と呼ばれるようになったこと。

 心が壊れていたからこそ、恐怖心も躊躇いもなく、人を躊躇なく殺して生き残れたこと。

 この大陸に移り住み、戦場から離れて落ち着いた時間を得てようやく徐々に自身と向き合えたこと。

 心に余裕が出来てアニスと出会ったことが切っ掛けで人間としての心を取り戻したこと。

 彼女は赤裸々に自身のことを語った。

 そこには嘘偽りはなく、彼女の歩んだ人生のありのままがあった。


「アニスがいたからあたしは人になれた。アニス自身が何もしていなくても、あたしにとってはアイツは恩人なんだよ」

「だから命を賭してでも助けるのね」

「その通りだ」


 冒険者として依頼を受けたから。

 乗り掛かった舟だから。

 そんな理由で助けている俺が軽く見える。


「私はもっと軽い理由よ。冒険者の依頼として引き受けて乗り掛かった船だから。それと可愛い少女が不幸になるのは見過ごせないからよ」

「それでそこまで命張れるのは逆にすげぇよ。……つーか、アンタも少女だろ?」

「私エルフよ?」

「……そういえば耳がなげぇな」


 おい、今の今まで俺がエルフだと気付いていなかったのかこいつ。

 どんだけ他人に興味がないんだよ。

 心が壊れてたから人を躊躇いなく殺せたって言っていたし、人を人だと認識していなかったんだろうな。

 俺人じゃなくてエルフだけど。


「しっかしどうやってアニスを奴隷から解放するかだよなぁ」

「心当たりはあるのよね」

「はぁ!?」


 ゲーム知識にはなるが奴隷解放の方法はある。

 それも複数。


 ただこの大陸でとなると限られる。


 契約主から直接奴隷を開放する。これは奴隷との契約内容によるが基本的に可能な筈だ。

 他には奴隷を開放する専門の術師がいる。ただこれは序盤には実装されていなかった設定なので、この大陸にはいないだろう。

 ただオウカのように他大陸や島国からこの大陸にやってくる可能性も否めないので絶対にとは言えないが。

 奴隷解放ではないが、誓約や契約といった強力な魔法を解除する秘宝を持った種族がいる。

 この大陸にだ。

 ただ尋常ではない程に閉鎖的な種族なんだよな。

 

 その種族とは吸血鬼族。

 

 吸血鬼のいる場所はゲームでは遅れて実装された初期大陸の追加エリアで、初級から中級レベルの難易度となる。

 他種族とは関わらず、人間族に対してかなりの偏見を持っているという設定だった筈。

 吸血鬼にとって人間は食料だから基本的に下に見ているのだ。

 

 アニスは吸血鬼と人間のハーフなのだが、吸血鬼側からしたら餌と同族の子供は嫌悪の対象になる。

 そこにアニスを連れて行くのは非常に危険なうえにややこしい問題を引き起こすのは予想に難くない。

 早い話が面倒臭い。


 ただ吸血鬼族の国にある秘宝は便利なんだよなぁ。

 手に入れれば今後かなり役に立つだろう。


 どうやって手に入れるかは置いておくとして。

 現実的にアニスを開放出来る一番の手段は吸血鬼の国にある秘宝だろう。


「心当たり、あるのか?」

「この大陸のとある場所に吸血鬼族の国があることはご存じ?」

「知る訳ないだろ、あたしの知っているこの大陸は海から貿易都市までの道中と、貿易都市の周囲だけだよ」

「そこに強力な魔法を解除する秘宝があるのよ」

「なんでそんなこと知ってんだ?」

「エルフの知識よ。伊達に長く生きてないわ」


 ということにしておこう。


「もしかしてあたしよりはるかに年上なのか?」

「秘密」

「…………その秘宝ならアニスを助けられるのか?」

「恐らくね」


 アニスに掛けられているのは俺の魔眼で解析出来ないかなりゲームの仕様から外れた魔法だ。

 ゲームの仕様で定められた解除では歯が立たない可能性はある。

 ただ弄られ過ぎて魔眼で解析出来ないだけであって、芯となる根本的な魔法はゲーム世界のものを使用している筈だ。

 それならば解除出来る可能性は高いだろう。


「次の目的地はそこか?」

「その前にアニスの無事を母親に伝えに行きましょう」


 無事に娘が戻ることを祈って不安な毎日を過ごしている彼女を早く安心させてあげたい。

 奴隷契約とその開放を伝えるかは考えどころだが、俺と一緒に居ないと死んでしまう以上アニスにも吸血鬼の国までついて来てもらう必要がある。

 ある程度は事情を説明しなくてはならないだろう。

 今から気が重い。


「それはそうだ。……アニスも親に会いたがってるしな」

「ええ、人攫いに攫われて奴隷として売られるなんて辛い思いをして、親から引き離されてもう会えないかもしれない不安でいっぱいだったでしょうに。一刻も早く母親の胸に飛びつきたい筈よ」


 オウカは俯いて考え込むとどこか暗い声色で呟いた。


「言い訳になるかもしれないけどよ、あたしは心が壊れていたから考えもしなかったし、気にしてもいなかった。殺した相手にも大事な人がいて、その殺した誰かは他の誰かの大切な人だって。あたしにとってのアニスのような人を、あたしは殺し続けたんだ」


 それは深い懺悔と後悔の言葉だった。

 

「それは殺しだけじゃなくて人攫いや奴隷の売買も同じなんだよな。攫われた誰かは誰かにとっての大切な人で、売られた奴隷本人も、攫われた奴隷を大切に想う人も、常にどこかで誰かが悲しんでる」


 彼女は本当に今まで考えもしなかったのだろう。

 深く考えなかったから生き残れたのは皮肉な話だ。


「貿易都市の商人組合や、自警団は本当に酷いことをしていたんだな……」


 知らなかったとは言えない。

 彼女は知っていて手を貸していた。

 ただ理解せず、深く考えていなかっただけだ。

 それは罪なのだろうか。

 知らないこと、考えないことは確かに罪だ。

 でも彼女にそれを許さなかったのは親であり、環境だった。

 その全てを彼女の責任として押し付けるのも違う気がする。

 彼女に責任が一切ないと言うのも違うと思う。


「あたしはそれを守っていた。この刀で。……今は後悔してるよ。本当に愚かで遅すぎるって話だけどな」


 彼女は体を売って、人を殺して生きていた。

 それはそれしか考えないから出来たことで。

 オウカは子供の純粋さのままだったのだろう。

 思考を止めなければ生き残ることさえも出来なかった。


 でもそれが彼女の成長を止めた。


 アニスはオウカの止まっていた時を動かしたのだ。


 考えて理解したからこそ今彼女は後悔している。


 過去は変えられない。

 罪は消えない。

 

 でも、これからは変えられる。


 そんな月並みなことしか言えないけど。


「今貴女が抱える後悔が本物なら、今から変わればいいのよ」

「変わる?」

「深く考えずにやってきたことだから後悔するのでしょう? ちゃんと考えて自分で覚悟を決めて行動すればいいの」

「覚悟を、決める……?」

「これから少しずつでも変えていくのよ」


 偉そうなことを言っている自覚はある。

 俺がそれが出来ているかと聞かれれば出来てはいないだろう。

 ただ目の前のオウカは本当に歩き始めたばかりのよちよちに見える。

 だったら俺だって彼女に助言くらいは出来る筈だ。


「そうか、……これからがあたしにもあるのか……」


 まるでこれからなんて発想がなかったかのような言い方だな。

 本当に目の前のことだけ見て生きてきたんだな。

 それだけ彼女には余裕がなかったんだ。


 言葉に出来ないけど。

 

 悲しいなそれ。


 オウカはそれから黙って考えているようだった。

 これからのことを。

 

 俺はもうひと眠りすることにする。

 シアンの膝枕もこれだけ長いと足が痺れるだろうけど許してもらおう。

 本当に頑張ったから、これはご褒美だ。


 馬車に揺られながら俺は意識を手放した。

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