夢
ガウンは金色の短髪と茶色い瞳の男だ。
商人らしくない筋骨隆々とした体つきで商人になる前は冒険者として名を馳せていたらしい。
冒険者をやめ、商人を始めたこの男はすぐに頭角を現した。
新入りがとんでもない勢いで勢力を伸ばすことで敵も多かったが、ガウンに抜かりはなく。
敵を黙らせるほどの後ろ盾を得ていた。それが貿易都市の商人組合だ。
当時彼は多額の金を商人組合に賄賂として渡しており、その対価として彼は商人組合の名前を借りることを許されていた。
その裏工作もあり、彼を表立って邪魔出来る者はいなく。
気付けば彼は商人組合に入って上り詰め。
最終的に商人組合の幹部にまで成り上がっていた。
それがあたしが知るガウンの来歴だ。
これは全て飲みの席で同僚が言っていたことなので全てが本当なのか定かではない。
あたしの実力を誰よりも速く認めて多額の報酬で雇った男でもある。
それが自らアニスと契約した。
目的は明らかだ。
自らの開催する裏オークション、ガウンオークションで出品するつもりなのだろう。
オークションで競り勝つ者が現れるまで自らが契約して縛ることでより確実に軟禁する。
いつもの手口だ。
良く知っている。
何故ならあたしがその軟禁した奴隷を監視して護衛していたから。
ガウンを殺せばアニスは死ぬ。
それは間違いない。
くだらない嘘をつく男じゃないことは知っている。
なら、殺さなければいい。
鞘を掴み、鞘ごと刀の柄をガウンの腹目掛けて叩きつける。
不意を突いたつもりだったが、ガウンの腕に防がれていた。
警戒していないと反応出来ない速度でやったつもりだ。
本気ではないとはいえ、元冒険者の身体能力を侮っていたか。
「俺に手を出す意味、分からねぇ訳じゃないよなあ?」
気絶させるつもりだったが、別に構いやしない。
目的は達成してる。
「アニスは貰ってくぜ」
「愚かな」
アニスの小さな体はあたしの腕の中にいる。
このまま逃げればいい。
ガウンの目の届かない場所まで。
そうすれば――。
「奴隷よ、オウカを殺せ」
な、に……!?
「え、……!? いや、やだ、や……」
アニスが震えている。
声が震えて。
呼吸も小刻みに速くなる。
「………………っ」
苦痛を堪えるかのように蹲った。
どうなっている!?
「奴隷よ。命令に従え、いずれ死ぬぞ」
蹲ったアニスが咳き込み吐血した。
声を上げられない程の激痛に苛まれているのだ。
「アニス!! あたしを殺せ!!」
アニスは首を横に振る。
口から血を垂らしながら。
全身を痙攣させながらそれでも嫌がっている。
なんだこれは。
誰が苦しませている。
あたしだ。
あたしがアニスを苦しませている。
どうすればいい!?
ガウンを殺せばアニスは死ぬ。
アニスはあたしを殺そうとしない。
このまま放っておいてもアニスは死ぬ。
アニスが死んだらあたしが絶対にガウンを殺す。
その意思を明確に持って殺気をぶつける。
が、動揺はない。
ガウンは脅しに屈しないだろう。
目を見ればそのくらい分かる。
失いたくない。
あたしはアニスを失う訳にはいかない。
だとすれば出来ることは……。
「やめてくれ……。頼む。なんでもする。アニスを助けてくれ……」
「俺が裏切り者を許すとでも?」
「この通りだ」
土下座をした。
この大陸で通用するかは分からないが、あたしの国では最大限の誠意だった。
「奴隷よ、先程の命令を破棄する」
その言葉でアニスは意識を失った。
痛みでギリギリ意識を保てていたがそれが消えたので眠るように気絶したのだ。
呼吸は安定している。
まだ命に別状はない。
「お前の愚かな行いのせいで商品に傷がついた」
唇を噛み締める。
あまりの怒りに歯が砕けそうだった。
どうしてあたしからアニスを奪おうとする。
なんでアニスを苦しめる。
あたしが人間である為に必要な存在をあたしから奪わないでくれ……っ!!
「オウカお前を牢に入れる。そこで暫く頭を冷やせ、俺はお前の腕を評価している。これ以上俺を失望させるな」
ここまでやるからにはガウンはアニスを相当高く見積もっている。
相当大きなオークションで出品する筈だ。
時間に余裕はある。
まだここじゃない。
アニスを助ける算段がついたら絶対に殺してやる。
あたしがこの手で、この刀で殺してやる。
そう固く誓って。
それと同時に勝手だが。
自分が死ぬとしてもあたしを殺すことを良しとしなかったアニスに。
その気高き心に。
あたしの人間らしさを取り戻してくれた少女に。
刀を捧げさせてもらう。
アニスが死ねと命じれば死ぬ。
アニスの為ならばどんなこともやる。
あたしはアニスの為の一本の刀として生きる。
そう決めた。
暗転。
意識が浮上する。
夢を見ていたらしい。
アニスと出会い。
奪われるまでの記憶。
あたしが負けられない理由。
そう、だから――。
「負けれられねぇんだよ……っ」
立ち上がる。
全身が焼け焦げて体内まで丸焼きだ。
痛みなんて麻痺して感じないくらい痛い。
血も失ってるし、一瞬でも気を抜けば意識を持っていかれそうだ。
それでも。
「あたしの、……勝ちだ……っ」
鞘を支えにして何とか倒れないように体を保つのが精一杯だ。
息も絶え絶えで死んでいないのが不思議なくらいの状態。
それでも意識を持ったまま立ち上がったのはあたしの方だった。
リリアという少女はとんでもないバケモンだった。
この大陸では恐らく最強だろう。
恐らく後衛専門の役職で近接で戦うあたし相手に、それも縮地という間合いを無視できる技を持った敵とやり合ってほぼ互角。
この条件で互角はあたしの明確な実力負けと言っていいだろう。
多分向こうの全力が出せる条件でやり合えば戦いにすらならない。
ヒノワの戦場にもこれほどの術者はいなかった。
素直に賞賛出来る。
でも殺す。
じゃないとアニスが助けられないからだ。
アニスの命には代えられない。
「謝りはしないよ……」
一人の人間として明確な意思と責任を持って命を奪う。
あたしはアニスの為ならアンタの命を背負う覚悟がある。
足を引き摺るようにして鞘を支えに一歩ずつリリアに近付く。
彼女の腹部にはまだあたしの刀が突き刺さったままだ。
それを引き抜いて急所に突き立てればそれで終わる。
ほんの少しの距離。
目の前にいる少女の元までがとんでもなく遠く感じる。
それだけあたしは消耗しているのだ。
意識を失いそうになるのを唇を噛んで誤魔化そうとするも、噛んだ唇の感覚がない。
殺すまで絶対に倒れないという鉄の意志だけで意識を繋ぎとめるしかない。
リリアを殺したらアニスと暮らそう。
自警団の寮ではなく。
貿易都市に家を買おう。
小さな家でいい。
二人で暮らすのだ。
いずれは彼女の家に帰してあげたい。
母親に会わせてやりたい。
でも暫くは金を稼ぐ必要がある。
金を稼ぐなんて今日を生きるだけあれば良かった。
余った金は酒に消える。
そんな毎日を送っていた。
でもこれからは違う。
アニスを買い取る為に稼ぐのはきっと楽しい。
これから二人で生きる未来を紡ぐ為の努力ならいくらでも出来る。
刀の目の前まで来た。
柄を掴む。
そして。
目を覚ましたリリアと目が合った。
「…………ころ、……す……?」
――ああ、殺すよ。
「――しにたく、ない…………っ!!」
あたしだって殺したくない。
もう殺したくはなかった。
でも仕方がないんだ。
アニスを助ける為には。
やるしかない。
許してくれなんて言わないよ。
恨んでくれて構わない。
今までの殺しと違う。
ちゃんと背負うから。
命を奪うという行為を理解して。
それでも尚、あたしは殺すって決めたんだ。
「せめて安らかに……」
あたしは刀を抜くために力を込めた。




