後悔と贖罪
綺麗な桃色の髪が印象的だった。
でもそれ以上にその瞳が彼女という人間を物語っているようで。
刃を振るい、鮮血を撒き散らすその姿を見て。
恐怖以上に、美しいという感情が大きかったのを覚えています。
これは短い時間だけど。
時間なんて関係ないくらいに心を通わせた。
私と私のサムライさんのお話。
オウカに連れてこられたのは自警団の本部内部にある部屋でした。
なんでもここは自警団本部の中でも自宅のない者の為に作られた居住スペースらしいです。
窓もなく、ベッドと本棚と机と椅子、そしてほんの少しの収納スペースがあるだけの狭い部屋。
その部屋を見た最初の感想が。
汚い。
でした。
ゴミや脱ぎ散らかした服が散乱し、とにかく床に物が落ちて詰みあがっているのです。
床が見えない状態で、足の踏み場がないとはまさにこの状態のことでしょう。
オウカはなれた様子で器用に物を避けてベッドまで歩きます。
そして腰を落ち着けると、私を見てどうした入らないのか? とでも言いたげな顔で見ています。
入れる訳がないで賞を受賞ですよ。
あまりにも酷過ぎて寒いギャグが出るくらいです。
「お掃除してもいいですか?」
「ああ? やりたきゃやればいい。あたしゃ手伝わないからな」
ええ、やりますとも。
ここは部屋ではありません。
今はゴミの掃き溜めです。
やるなら徹底的に。
掃除の基本はとにかく捨てることです。
収納スペースが足りないなら物を減らせば収まるのですから。
「オウカはベッドの上でじっとしていてください」
寝床には何も置かない主義なのかベッドは綺麗でした。
綺麗ですが。
近付きます。
「匂いますね……」
「あたしか?」
「違います、このベッドシーツ洗ったのいつですか?」
「洗う?」
最悪です。
「どいてください」
「ああ!? お前さんがここでじっとしてろって言ったんだろ!?」
「いいから早くどいてください」
「お、おう。……押しが強いな」
ベッドシーツを回収します。
「洗濯出来る場所はあるんですよね?」
「水場か? 分かったよ、連れてくよ」
めんどくさそうに立ち上がったオウカに連れられて水場でベッドシーツを洗濯します。
ついでに水場で床に散らばる衣類を集めて洗いました。
見たことない衣類ばかりで、これはオウカさんのいた国のものでしょうか?
量が多くて大変な労力でしたがなんとか全てを洗うことが出来ました。
何もしないとか言っていたオウカさんもいつの間にか手伝ってくれるあたり根は良い人なんでしょう。
「満足か?」
「こんなの序の口です」
「嘘だろ、もう疲れたぞあたしゃ」
「ならベッドの上で休んでいてください」
「……それでいいならそうするけどよぉ」
とにかくゴミを捨てます。
捨てます。
どんどん捨てていきます。
途中で何度かそれは。とか、それも。とかオウカが言ってましたが、どう考えてもゴミなので捨てていきます。
分かりました。
オウカさんは捨てられないタイプの人です。
掃除や片付けが出来ないんじゃなくて、捨てられないから物が溢れて置けなくなって床が埋まってしまい、床が埋まっているから掃除出来なくなって最終的にどうでもよくなって衣類も脱ぎ捨てているのでしょう。
つまり空間さえあればちゃんと掃除や片付けが出来る可能性があります。
なのでオウカさんの言葉は無視して捨てます。
どうせこのタイプは大事な物だけすぐに手の届く机の上とかにまとめて置いてある筈です。それさえ捨てなければ問題ないでしょう。
「遠慮がないな……」
助けられた身で申し訳ありませんが。
居候になる予定ですが。
私この部屋を放置するのは性格上無理です。
捨てに捨てて床がようやく見えました。
これで終わりじゃありません。
片付けと掃除はここからが本番と言えるでしょう。
高いところにある埃を落とします。
机や本棚、収納スペースを拭き掃除します。
床を掃きます。
床を拭き掃除します。
ここまででかなりの時間が経過しています。
どのくらいかと言うと日当たり良好な場所に干していたベッドシーツと衣類が乾くくらいです。
ベッドを綺麗に整えてから、衣類を畳んで収納スペースに納めました。
まだ余裕があります。
なので机の上に集めた必要そうな物。これの使用頻度をオウカに確認して、よく使うものは机の上に。
使用頻度の少ない物は収納スペースに片付けます。
本当は机の上にも小さい卓上棚でも設置したいところですが、今日は断念しました。
額の汗を手で拭ってようやく一息つきます。
妥協はありますがこれで最低限部屋と呼べるでしょう。
「おー、凄いなアンタ」
「……好きなんです、掃除とかお片付けが」
「変わってんなぁ」
「これだけ部屋を汚せるオウカもかなり変わっていると思いますよ?」
あまりにも部屋が汚過ぎて本能的に行動していましたが、冷静になると私奴隷なんですよね。
それも取引中にオウカに拾われたって状態です。
我に返って所在なげにおろおろしていると、オウカが自分の横をポンポンと叩きました。
ここに来いという意味でしょう。
綺麗になったベッドのオウカの横に腰を落ち着けます。
落ち着きません。
そわそわします。
「なるほどねぇ、アンタを拾ったのは気紛れだが、案外役に立つかもな」
「!?」
もしかして今褒められました?
私、掃除と片付けで褒めてもらえましたか!?
「私、頑張るので、なんでもします!! 掃除もお片付けも得意ですし、料理は……まだ出来ないけど、覚えます。オウカの身の回りのお世話頑張りますから、ここにずっと置いてくれませんか?」
「……どうしてあたしなんだ?」
正直な理由は消去法です。
これ以上不幸になりたくないから、せめてオウカの傍にいたい。
本当は村に帰りたい。
お母さんのところに戻りたい。
でもそれは簡単なことじゃなくて、きっと今の私には高望み。
それどころか私なんていつ死んでもおかしくないような立場だ。
お金でやり取りされるような物と一緒。
奴隷という商品だ。
誰に買われるかは選べない。
もしかしたら私に酷いことをして最後には殺してしまう。
そんな人に買われることだってあり得る。
だから自分で選べるうちに、オウカを選んだ。
綺麗な言葉は簡単に並べられる。
オウカの気分を良くする言葉はいくらでも思い浮かんだ。
でも、彼女には。
嘘をつかない方がいい気がした。
これは直感でした。
「オウカを選べば、今より不幸になることがないと思ったからです」
「へぇ……、随分と正直者だな」
ぽんっと、私の頭の上に手が置かれました。
オウカの大きな手です。
「嫌いじゃねぇな、そういうの」
わしゃわしゃと雑に撫でられます。
髪の毛がぐちゃぐちゃになって、力加減とか下手で。
全然気持ち良くないですけど。
何故か、安心しました。
「いいよ、置いてやるよ」
「いいんですか!?」
自分で頼んでおいて本当に許してもらえるとは思えませんでした。
「なんでだろうな、アニスをあたしと同じ目に合わせたくないんだよ。本当におかしな話だよ、幼い頃の自分にアンタを重ねてんだあたしは」
「オウカも奴隷だったんですか?」
「奴隷ねぇ。奴隷じゃねぇわな。あたしゃ言わば元娼婦だよ」
「しょうふ?」
「男に体を使って奉仕する仕事だよ。って言ってもその歳じゃ分かんねぇか」
「大変だったんですか?」
「大変だと思ったことはないな。それが当たり前だったからさ。物心ついた時にはやらされてた。だからそれが異常だと知ったのはずっと後だ」
オウカは寂しそうに笑います。
「オウカは優しいですね」
「優しい? あたしがか?」
「私にはそんな思いをしてほしくない。って思ってくれたってことですよね?」
「ああ、そうなるのか。……そうなるのか?」
「だって本当だったらあそこで私を殺せばよかったじゃないですか」
「………………」
なんとも言えない顔でオウカは沈黙します。
「殺しても誰も責めません。オウカは悪くありません。でもオウカは私を殺さなかったじゃないですか」
「気紛れだ。それ以上でもそれ以下でもねぇ」
「例え気紛れでも、私はそれが本当に嬉しかったんですよ?」
「あたしゃ一回お前さんの喉元に刀突き付けてるんだぞ?」
「それでも、あのまま売られるよりはずっといいですよ。オウカに拾われて」
「めでたい頭してんなぁ」
いいんですよめでたい頭で。
そうじゃないと、現実を冷静に直視出来るような頭だと。
辛くて押し潰されちゃうじゃないですか。
「あたしは男に体売って金稼いで。次は人をひたすら殺して戦場を渡り歩いて。そうやって生き残って来たんだよ。アンタが言うなんでもするってのが笑えるくらいに本当になんでもしてきた。生きる為ならね」
それは私のなんでもするが軽い言葉だと責めているのでしょうか。
でも確かに、オウカが言うような覚悟はないかもしれません。
軽くて薄っぺらい言葉でした。
「そんなのが今更アンタを助けてどうなるっていうんだい」
違いました。
私を責める言葉ではありませんでした。
それはむしろ。
オウカ自身を責めたてる鋭い刃物のような言葉でした。
「喋り過ぎたね。もう寝な。この部屋片付けるのに時間を使いすぎだよ」
「……はい」
オウカと二人でベッドに並んで横になります。
余程疲れていたのでしょう。
肉体的疲労と精神的疲労が急に襲い掛かり。
私の意識は睡魔にあっという間に奪われました。
 




