ヒノワのサムライ
クラウスを倒し、やってきた増援も倒し。
さらにやって来た増援も倒した。
気付けば応接間はボロボロで原型を留めていない。
階段は完全に崩壊してるし、床はせっかくの大理石がひび割れて粉々で台無しだ。
大広間を飾っていた骨董品や絵画は見るも無残だし、テーブルや椅子も無事な物はひとつもない。
我ながらよく暴れたものだ。
これだけの大規模な戦闘だが俺は無傷。
結局リリアの肉体にダメージを与えた者は現れなかった。
レベルが違うとはまさにこのことだ。
圧倒的実力差。
半減したステータスで尚、この大陸において俺を脅かす存在はいない。
そう、この大陸には。
俺の背中から冷汗が流れる。
この世界に転生してはじめてリアルな死というものが目の前に迫っていた。
そいつは桜模様の着物を粋に着流していた。
丸出しの肩には刺青が刻まれている。
桜色の長い髪の毛を後ろで括り、ポニーテールにしている。
その髪が風で遊ぶように舞う。
黄色の鋭い眼光はまっすぐに俺を見定めている。
豊満な胸を覆うさらしで少し隠れているものの、背中から肩にかけて刻まれた刺青は昇り龍。
その手に握るは日本刀。
この世界においてはヒノワと呼ばれる島国で刀と呼ばれる武器だ。
それを扱うのはサムライという役職。
俺がやっていたゲームの世界で上級職と呼ばれる役職で。
そしてヒノワと呼ばれる島国は戦の絶えない過酷な土地で、人もモンスターも強い。
中~上級者向けのエリアだ。
つまり。
目の前にいるこいつは間違いなく俺と同等かあるいはそれ以上。
それもガチガチの接近戦寄りの前衛職対後衛補助特化の貧弱職だ。
転生以来間違いなく一番の強敵である。
「アンタがリリアかい?」
「そうだと言ったら?」
「…………アンタに恨みはないが、こっちも事情があるんでね」
彼女は腰を落とし、鞘を掴み。
柄に手を添える。
「オウカってんだ。サムライってのをしてる。知らねぇだろうがな」
「知ってるわよ。納刀状態からの居合? ということは獄門流かしら?」
「なんだい、知ってんのかい。驚いたね。ヒノワを出てから知ってる奴に出会ったのはこれが初めてだよ」
「ヒノワ出身か。……手加減なんてしてる余裕はなさそうね」
「アンタとは違う形で出会いたかったよ。だがまぁ、仕方がねぇ。……死んでもらうよ」
さっきから冷汗と鳥肌が止まらない。
目の前の彼女から抜き身の刀のような殺気がぶつけられてくる。
これがこっちを脅かさない実力なら笑って受け流せるものの。
彼女の刃は間違いなくこの身に届き得る。
「生まれはヒノワ。流派は獄門。皆伝。名はオウカ。またの名を刀鬼。推して参る……っ」
消える。
消えると形容するに相応しい身のこなし。
獄門流は納刀状態からの一撃目に強力なバフが乗っている。そういうスキルがある。
遠距離から一息の踏み込み。
居合の一撃。
該当する剣技は。
「「鬼殺し」」
声が重なる。
痛ってぇっ!!
左肩を掠った。
血飛沫が舞う。
致命傷には遠い。
遠いが、一呼吸なんて入れていられない。
鬼殺しは納刀状態で素早く踏み込み、斬り上げる抜刀術だ。
これのやばいところは。
燕返しという連携が存在することだ。
鬼殺しから派生した場合のみ、鬼殺しの技後硬直をキャンセルして通常の燕返しよりも素早い斬撃が放たれる。
鬼殺しにて体勢を崩されたら不可避の一撃。
だが分かっていれば準備も出来る。
鬼殺しの時点で準備は終わっていた。
そのせいで肩に掠ったが。
この手には発動待機状態の、
「ウィンド――」
「燕――」
交差する刀と手の平。
「エッジッ!!」
「返しっ!!」
刀が弾かれ、風の刃が破裂する。
余波で俺とオウカは吹き飛ばされた。
納刀させたら不味い。
吹き飛ばされながらオウカ目掛けて魔法を放つ。
アイシクル・ピアス。
氷の氷柱が放たれる。
「しゃらくせぇ」
嘘だろ、全部刀で斬り払いやがった。
なら、今度はアイシクル・ピアスを大量に展開し同時にウィンド・エッジを混ぜる。
アイシクル・ピアスを先に撃って後からウィンド・エッジを放つ。
すると速度の速いウィンド・エッジがアイシクル・ピアスを追い抜いて先に着弾する時間差攻撃だ。
これは非常に見切りにくい。
「――――――っ!?」
初見で捌き切りやがった。
なんつー動体視力してやがる。
休ませるかよ、納刀されたら次は捌ける気がしない。
こっちから距離を詰めて踏み込む。
刀は振り切っている。
姿勢も崩れていた。
これなら入る。
と思った俺の蹴りよりも速く、彼女の鞘が腹部に叩きつけられる。
「――かふっ」
吹き飛ばされる。
痛い。
意識が飛びそうだ。
呼吸が出来ない。
受け身を。
いや、それよりも。
納刀の暇を与えては。
ならないのに。
歯を食いしばって意識を繋ぎとめ、大理石の床を削るように無理矢理足を踏ん張って堪える。
が、目の前には既に刀を納めたオウカの姿が。
「――獄門流、奥義」
あ、これは死んだ。
俺は死を確信した。
朧一文字。
獄門流の奥義で納刀状態から真横に一閃という非常に単純な剣技だ。
工夫も何もない。
ただ横に刀を振り切る。それだけ。
それだけだが。
それだけが異常に強い。
この奥義にはとある仕様が存在する。
それは回避不能という付加効果だ。
ゲームの設定上では納刀状態から技の起こりを感じさせず、さらに音速を遥かに超える刀速により斬られたことを相手に認知させない。
そんな説明文だった筈だ。
回避不能。
絶大命中。
この技を攻略する方法は基本的にふたつ。
ひとつはそもそも技の範囲に入らないこと。
もうひとつは圧倒的な防御力で喰らって耐えること。
朧一文字は回避不能という付加効果の影響で威力そのものは他の上級職の技に比べると控えめに設定されている。
だが当然ステータスが半減され、後衛補助に育てたリリアが防げるような威力じゃない。
となれば、死ぬしかないのだ。
斬られたと認識出来なかった。
しかし目の前のオウカは確かに刀を抜刀していた。
もう終わったとばかりに緩やかな動作で納刀しようとしている。
俺は斬られたのだろう。
間違いなく死んでいる。
証拠に俺の黒いキャミソールは白くなっていた。
千載一遇のチャンス。
オウカは完全に油断している。
この距離なら反応出来ないだろう。
まるで膝から崩れ落ちるかのように倒れ。
地面に顔が激突する直前で、地を蹴る。
踏み込み、掌をオウカの腹部に向けた。
「なっ!?」
気付くがもう遅い。
全力の掌打。普通ならこれで終わるがオウカのフィジカル相手ではそう大したダメージにもならないだろう。
それでいい。
本命はゼロ距離から放たれる雷系統初級魔法。
「ライトニング・ボルト」
あらゆる創作物、漫画や小説。TRPGからテレビゲームネットゲームに至るまで擦られまくったお約束魔法だ。
目を開いてられない程の紫電がオウカの腹部で炸裂する。
手加減する余裕はなかった。
正真正銘全力のライトニング・ボルトだ。
耳鳴りがする程の轟音が大気を叩く。
肉を焦がしたような臭気が辺りを包む。
焼き千切れた飾り紐が後頭部からひらりと落ち、オウカの長い髪が広がった。
口から真っ黒な煙を吐き出し。
オウカは力尽きたかのように崩れ落ちた。
「ふぅ……」
肺の空気を全て使い切るくらい盛大に溜め息を吐き。
そのまま尻餅をつくように瓦礫の上に座り込んだ。
危なかった。
この東雲の衣がなければ終わっていただろう。
東雲の衣は最難関ボスのひとつ、蒼天の女神と夜天の女神の二柱を倒すことで超低確率でドロップする女性専用装備アイテムだ。
その圧倒的な状態異常耐性と防御力も目を見張るものがあるが、それ以上にこの装備の代名詞ともなっている固有スキルが強力なのだ。
24時間に一度だけ、死んでも直後に蘇生するスキル。
それがこの東雲の衣の固有スキルだ。
蘇生スキルが残っているとこのキャミソールは漆黒の黒。
スキル使用後は真っ白に変わる。
使い勝手に難があるとするならこの固有スキルはドロップした時にいたパーティメンバーじゃないと発動しない点か。
だから売っても大した金にはならない。
立ち上がった。
俺じゃない。
目の前で、オウカが。
戦慄する。
誰の目から見ても死に体だった。
焼け焦げたのは肉体だけじゃない。
体内の内臓までこんがりの筈だ。
肉体的な損傷は少なくても、感電による影響とそれに付随する火傷は生命活動を終わらせて余りある。
当然立ち上がるにはあまりにも酷い状態の筈なのだ。
ありえない。
ありえないものが目の前にいた。
「痛ってぇ、……ここまでやられたのはいつ以来だ?」
ふらつきながらも確かにその両足だけで体を支えている。
「驚いたわね……、殺す気でやったのだけど」
「ああ死ぬかと思ったよ」
オウカはニヤリと笑う。
まるで鬼のようだった。
鬼気迫るその姿になるほど。
それで刀鬼かと納得してしまった。
「そっちこそ確実に斬った筈だ。なんでピンピンしてやがる?」
「秘密」
「なるほどな。タネは分からねぇが関係ない。死ぬまで斬りゃぁいつか死ぬだろ」
いつか?
もう次は死ぬぞ。
「こんなに気分が上がる死合いは久しくしてねぇ。感謝するよ、あたしゃ乾いていたのかもしれないねぇ」
ずっと乾いてろ。
こっちを巻き込むな戦闘狂め。
「立てよリリア、続きだ。やろうぜ」
俺、本当にここで死ぬかもしれない。
仕方がない。
立ち上がってオウカと向かい合う。
第二ラウンド、開始だ。




