最悪の夜
深夜だってのに自警団の本部はとんでもない混乱に襲われていた。
それは俺のいる指令室の騒ぎを見れば明らかだろう。
「クラウス!! どうなっている!?」
どうなっている?
そんなもの俺が知りたい。
分かるのは何者かがこの自警団本部を襲撃したこと。
そして迎撃に向かった部下の連絡が途絶え、誰一人として戻ってこないってことだけだ。
ただ怒鳴っている相手は上司。商人組合の偉い人だ。
内心はともかく、表向きにはペコペコしないといけない。
「現状の状況を把握中です」
「さっきもそう言っていなかったか!?」
そりゃさっきも把握出来てなかったからだよ。
「すみません、あまりにも現場が混乱しているもので……」
「それをなんとかするのがお前の仕事だろうがっ!!」
それはその通りなので返す言葉もない。
しかしこんな深夜にそれも都市で一番戦力の集まる自警団の本部に襲撃する奴がいるなんて誰も想定していないのだ。
それもすぐに鎮圧出来ていないのは大問題だ。
ここが落ちると言うことは貿易都市ミランの総戦力が敗北したのとほぼ同じ意味なのだから。
「とにかく巡回中の連中を呼び戻したり、精鋭を集めて迎撃部隊を編制中です」
「それだけじゃ足りん!! オウカを出せ!!」
「オウカ!? あいつちょっと前に暴れて独房に入れてますけど!?」
「はぁ!? 聞いてないぞ!? なんでうちの最強戦力がそんなことになってんだ!!」
したよ。
報告。
お前が報告書を見てないだけだろ。
って言えたら楽だけど。
そんなことを言える訳もなく。
「すみません。ただいないものは仕方がないので、ある戦力でなんとかするしか……」
「ええい、奴隷監視中の奴らも手を回せ」
「はい!?!?」
何言ってんだ。
奴隷監視中の警備員まで使ったら何かあった時に致命的だ。
自警団の本部はこの都市の骨子であり、同時に闇を内蔵している。
それが表に出ればとんでもないことになるだろう。
下手すればこの都市がぶっ壊れる。
都市に住む民衆は不満がない訳じゃない。
商人組合と自警団の圧倒的な力と権力で黙らされているだけだ。
この都市の裏で何が起きているか知っているし、それに対して憤りだって感じている筈である。
「それは駄目ですっ!!」
「うるさいっ!! ここが突破されたら終わりなんだぞ!?」
それは確かにそうだが。
監視している奴隷が脱走しても終わりなんだ。
今編制中の精鋭部隊に任せるしかないのだ。
それが何故分からない!?
目の前のこの馬鹿はなんでそんなことが分からないのだ。
ぶん殴って気絶させたいが、そんなことをすれば明日から俺の立場はない。
奴隷落ち間違いなしだ。
それがこの都市なのだから。
「分かりました。責任はとってくださいね!?」
「いいからさっさとやれ!!」
これは成功したら上司の手柄で失敗したら俺の責任だろう。そんな気がする。
分かっていてもやらざるを得ない。
失敗しないことを祈るしかない。
いや、こうなったらもう俺がここにいる意味は薄い。
どのみち俺の判断で現場が動かせない、この馬鹿が滅茶苦茶にしてしまう。
なら多少でも現場の戦力が多い方がマシだろう。
「俺も現場に出ます」
「なに!?」
「ここでの指示はお任せします。俺は現場で直接指揮をとります」
「お前、何を勝手に……っ」
「では、失礼します!!」
返答を待たずに指令室を飛び出す。
直後、地響きが起きてよろけてしまい壁に肩をぶつけてしまう。
「……何が起きてるんだ本当にっ!?」
到着した現場は酷い有様だった。
部下が何人も。
いや、何十人も倒れていて。
大理石の床に積み上げられた部下の山。
応接の為のテーブルは半分に割れて、そのテーブルが割れた原因だろう数人の部下が倒れている。
高い金を掛けて客を威圧する為に飾られた骨董品の数々は粉々に砕けており、絵画は無残に攻撃の余波で引き千切られていた。
壁の一部は砕けて大穴が空き。
二階に繋がる階段は半壊し。
大理石の床はひび割れだらけ。
そしてポツンと一人。
二階まで吹き抜けの巨大な応接間のど真ん中で。
見覚えのあるエルフが堂々と仁王立ちしていた。
「あら、遅かったじゃないクラウス。待ちかねたわよ」
「……見逃したのは間違いだったようですね」
「違うわね。貴方が間違えたのは私を敵に回したこと」
「ここで仕留めれば問題ないですよ」
「出来るかしら?」
「やらないと明日から奴隷落ちなのでね」
冷汗が止まらない。
目の前のこの小さな体の美しいエルフは、その見た目に反して驚異的な実力を保有している。
俺が太刀打ちできる相手ではない。
恐らく、この相手に勝負になるのはオウカくらいだろう。
そういう意味ではオウカを出せと言った上司の指示は正しかった。
「自警団、大隊長。クラウス、いきます」
「自警団に殺された死人。リリアが受けて立つわ」
なんて皮肉だ。
俺は両手剣を抜く。
この都市で一番の腕を持つ鍛冶師の打った最高級品を構えているが、目の前の化物相手には心許ない。
剣を構えて心細いと感じたのははじめてだ。
精鋭部隊が到着するまでの時間を稼げれば上々か。
踏み込み。
突く。
渾身の一撃だった。
出し惜しみしてなんとかなる相手ではない。
防がれることは想定していた。
避けられることも想定していた。
だが、
「嘘、……だろ?」
指先で剣先を摘ままれるのは想定していない。
「もっと真面目にやってくれない?」
「大真面目ですよ!!」
全力で引いてもびくともしない。
仕方がないので回し蹴りを放つ。
あくびをしながら躱されてしまった。
景色が回る。
全身がばらばらになりそうな感覚。
肺の空気を全て吐き出した。
呼吸が出来ないほどの痛み。
意識さえも手放しそうになる。
どうやら摘まんだ剣ごとぶん投げられたらしい。
そして壁に激突したのだ。
いや違う。
俺は今落ちている。
つまり、ぶつかったのは天井。
頭から落ちたら死ぬ。
俺は慌てて足から着地し、受け身を取る。
顔を上げ、彼女が目の前にいた。
顎を蹴り上げられる。
なんだこのふざけた強さは。
強いとは感じていたが。
ここまでとは。
歯を食いしばって何とか意識を繋ぎとめる。
増援が来るまでの間なんとか耐えなければならない。
水平に剣を構える。
踏み込みから突き、回転切りへと繋げる大技。
その名も、
「その構えはリープ・スライスでしょう?」
踏み込めなかった。
言い当てられたからだ。
何故構えを見ただけで分かる!?
「…………この技を知っているのですか?」
「知っているわよ。他のアカウントで嫌っていう程使った上に、PVPで飽きる程対面で見たもの」
「なんの話だ!?」
「分かる必要はないわ」
瞬きの瞬間に目の前に見た。
慌てて剣で守る。
が、それを嘲笑うように拳で剣が弾かれた。
剣を握る手が痺れる程の威力。
いったいどうなっているんだ!?
相手は素手だぞ!?
がら空きの胴体に鋭い蹴りが突き刺さる。
内臓を吐き出しそうだ。
痛いとかいうレベルではない。
吹き飛ばされた先でお腹を触り、穴が開いてなくて安心したくらいだ。
「化物め!!」
「私から言わせてもらえば、人を攫って裏で売り捌いている貴方達の方がよっぽど化物よ」
「それの何が悪いんですか? この都市は初めからそういう都市だ」
「……そう、この世界ではそうなってるのね」
血を吐き出して服の袖で口の周りを拭う。
「少なくとも、羽休めの主人はそう思ってはない筈よ」
「お前が何を知っているんだ!?」
「知ってるわよ。羽休めのイベント、好きだったもの」
「俺と会話するつもりがないことがよく分かりましたよ!」
知られていても通用しなくても構うものか。
ここでこいつを止めなければこの都市は終わりだ。
「リープ」
水平に剣を構える。
剣を持った手を大きく引き、腰を落として踏み込む力を溜めた。
大理石を砕く勢いで蹴る。
その力を余すことなく剣先に集め。
踏み込みと同時に彼女へと突き出した。
空気を震わすほどのそれを彼女は簡単に躱してしまう。
踏み込んだ足を軸に、自らを回転させて剣を水平に薙ぎ払う。
それがこの大技。
「スライスッ!!」
分かっていても躱せまい。
体の自由が奪われる。
自身の重心が狂い、まともに体を操作出来ない。
まるで自分の体ではないように、完全に制御を手放していた。
何が起こったのか理解出来ない。
ただ分かることは。
水平に剣を薙ぎ払うことが出来なかった。
それだけだ。
無様に瓦礫に足を取られ、顔面から倒れる。
顔を擦り付けるように這い蹲った。
「その技はね。初心者から中級者まで愛用者の多い優れた技なの」
ぐわんぐわんと歪む視界。
酷い耳鳴りの中で。
彼女の声ははっきりと聞こえた。
「私もお世話になった。でもね、ある時からその技はこう言われた。欠陥品だって」
欠陥品だと!?
俺の剣技が!?
これを習得するのにどれほどの修練と血の滲むような鍛錬が必要だったと思っているんだ!!
「リープ・スライスは構えが独特で見抜きやすい上に、最初の突きさえ躱してしまえばあとは踏み込んだ足が隙だらけなのよ。そこを払えば誰だって、それこそ接近戦の苦手な後衛だって捌けてしまう。そんな致命的な弱点を抱えているのよ」
そんな筈はない。
この剣技はこの大陸でも優れた剣士しか習得出来ない大技だ。
誰でも攻略出来る欠点がある筈がない。
研鑽を積み、先人が積み上げてきた剣技に対する冒涜だ。
許せない。
許せるものか。
俺の剣技を。
技を。
これまでの研鑽の日々を。
こんなあっけなく欠陥品などと呼ばれて終わらせてなるものか。
「リープゥゥ、」
水平に構え、力の限りを込め。
踏み込みと同時に力強く突く。
「ごめんなさいね。攻略された技を擦るのは見苦しくて見てられないの」
踏み込んで、突く。
踏み込んで……、
ふみ……、
踏み込むことすら、
させてもらえないのか。
剣を水平に構えたまま。
一歩を踏み出すことはなく。
彼女の鋭い蹴りにより。
俺は意識を手放した。
俺は、
――商人組合はいったい何を敵に回したんだ?
 




