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補助魔法を極めた者

評価やブックマークありがとうございます。

 深い深呼吸を一度。


 よく考えろ。


 孤児院には誰もいない。

 ただ、争ったような跡はない。


 襲撃された訳ではないのだ。


 激しい争いを隠蔽するには時間が足りないだろう。

 俺が自警団に捕まっていた時間だけでは足りない筈だ。


 孤児院にはロイが連れていた子供十人近くと、ロイ本人。それに預けたシアンがいる。

 ロイは俺に孤児院で待っていると伝えた。

 だとすればここで待ってることが出来なくなった何かがあったと考えるべきだ。


 扉は施錠されていない。

 外部から何かが来るなら施錠して閉じこもる筈だ。

 孤児院が荒れた様子がなく、扉も施錠されていない。

 この状況が示すのはふたつのパターン。

 ひとつはこの孤児院にいられなくなって自発的に出ていったパターン。

 もうひとつはそもそも孤児院に辿り着けなかったパターン。


 そしてこの書斎に残された窓枠の血痕。


「情報が足りない……」


 血痕はロイ達とは無関係と考えるべきか。


 慌てて出ていったとしてもどの部屋も荒れてはいなかった。

 もしも慌ててここから出ていったのだとしたら、荷物が散乱するなどの形跡があっても良い筈だ。

 それが全くない。

 多少の余裕はあったということか。

 だとすれば俺に対して何か置手紙のような物は残せなかったのか。という疑問が残る。

 ロイ本人がそれを思い付かなくてもシアンも何も残さずに出ていくのはあまり考え難い。

 あの娘はアホの子だが、決して馬鹿ではない。それくらいは思いつきそうなものだ。


「もう少し調べるべき……?」


 窓の血痕は窓が開いていたときに付いたものだ。

 その後で慌てて窓は閉められた。

 

 隠したかったのか?


「例えばこう……」


 窓が開いている状態で血が出るような出来事。そう、誰かが誰かを傷つける。

 傷つけられた人物は空いている窓から飛び出して逃げようとした。

 それを追いかける加害者。

 しかしその時誰かが書斎に来た。

 そして加害者はそれを見られたくはなかった。

 だから窓を慌てて閉めた。

 カーテンを挟むくらいに慌てていた。

 書斎に来る人物に気を取られて入り口側を見ていたからカーテンを挟んだことにも気付かない。

 

「慌てて窓を閉めて、後ろ手で服の袖か何かで血を拭う」


 そうすると見た目は窓に血は見えなくなる。

 そうしてこの部屋を離れた。


 そして戻っては来なかった。

 でなければカーテンが挟んだままになる筈がない。

 窓を開けた窓枠に血がついていることにも気付く筈だ。


 窓枠に足を掛けて外に飛び出る。


 恐らく加害者は逃げた相手を追跡出来ていない。

 そして何らかの理由でこの場所を去っている。


 だとすれば。


「あった……」


 地面に転々と続く血の跡。

 これを辿れば被害者のもとへと辿り着ける。


 痕跡を消す余裕もなかったのか、血は被害者の歩いた道のりをはっきりと教えてくれていた。

 孤児院から離れていく。

 牧場の柵とも遠い。

 しかし都市の建造物群に向かう訳でもない。

 背の高い藪へと入っていく。


 藪をかき分けてどんどん進むと。

 

 殺気。


 屈むと同時、頭上に何かが通り過ぎる鋭い音。

 藪の中で待ち構えて追手に対して攻撃するとは悪くない判断だが。


 相手が悪い。


 相手は剣を持っていた。

 それを不意打ちで振るったのだろう。

 踏み込み距離を詰め、剣を持つ手首を掴む。

 腕力で恐らく上回っている。こうすれば相手はもう剣を振れないだろう。


 そのまま反対の手で喉を掴む。

 

 少しでも抵抗すればその喉を圧し折るつもりだった。

 ただすぐにその必要はないことに気付き、手を離した。


「なんだよ、……リリアかよ」


 そこにいたのはサラサだった。

 左脇の服が真っ赤に染まっている。


「助かったぜ……」


 そう言ってサラサはその場に尻もちをついた。

 

「困ったわね」

「何がだよ?」

「私、回復魔法使えないのよ」

「……仕方がねぇ。死にやしねぇさ」

「結構な出血量のようだけど?」

「応急処置はした」


 俺は思い出した。

 さっきこの世界と真剣に向き合うって決めたことを。

 サラサは信用出来る。

 実力を隠す必要はないだろう。


 瞳を閉じて集中する。

 俺の足元から魔法陣が展開され、それがどんどん拡張されていく。

 淡い光を放ちながら幾何学模様と紋章、読めない文字のようなものが羅列したそれは半径10メートルはあろうかという巨大な魔法陣として姿を現し。

 それで詠唱は完成した。


 エンジェル・ブレッシング。


 天使の祝福の名を冠するこの魔法は上位補助魔法だ。

 対象者に永続的に微量の回復状態を付与する魔法で、戦闘中ではまず味方にばら撒く馴染み深い魔法である。


 この魔法を俺が使うとその回復量は微量どころの騒ぎではなくなる。

 基本ステータス半減のデメリット。その恩恵として俺の発動する補助魔法は通常よりも効力が大きい。

 さらに俺は自身に魔法を付与出来ないというデメリットや、クリティカルが出ないというデメリットを併用して徹底的に補助魔法の効能を上げている。

 そうして限界まで補助魔法の向上にスキル編成を固めた結果。

 それがこの、毎秒対象の体力の一割を回復するというチート常時回復である。

 十秒待機すれば全回復。

 このレベルであれば最上位の回復魔法とその効果はさほど変わらない。それどころか常時回復している分上位とも言えるだろう。

 

「は……? なんだよこれ……!?」


 サラサが驚くのも無理はない。

 一瞬で傷は完全に塞がり、失った血液は生成され。

 体力や活力さえも戻っている筈だ。


「何って補助魔法よ」

「ええ!? 補助魔法ってこれが!? これがぁっ!?」

「言わなかったかしら? 私は世界最高の補助術師よ」


 サラサは服を捲り上げて自分の脇腹を見ている。

 そこには固まった血液がこびり付いて汚れているものの、傷は残っていない。

 筋肉質な腹筋と健康そうな肌があった。

 彼女はドン引きした目で俺を見ている。


「とんでもないな、というかいつまで続くんだよこれ」


 全回復したサラサにはまだエンジェル・ブレッシングの効果が持続している。

 その証拠として淡い緑色の光が彼女を包み込んでいた。


「私が意図して切らなければ多分朝まで続く筈よ」

「朝まで!? そんな補助魔法聞いたことないぞ!?」


 当然補助魔法の持続時間の向上もスキルを併用して上げている。

 持続時間が延びれば掛けなおす手間も省けるのだ。補助魔法はこれだけじゃない、常時必要な魔法を常に味方に維持しないといけないし。状況に応じて発動する魔法を含めると補助の仕事は忙しいのだ。

 エンドコンテンツ相手には秒単位で正確に魔法を発動するプレイングが求められる。

 常時回復如きをいちいち掛けなおす時間なんて正直ない。

 

「この魔法掛けられたら絶対に死なないだろ……」


 そんなことはない。

 特殊即死系統には弱いし、状態異常で一割を超える割合ダメージにも弱い。

 そもそも全体力を一撃で吹き飛ばす攻撃なんて最上位勢の敵にはざらだ。

 正直この魔法はボスの周囲にいる雑魚の攻撃を無視する。もしくは常に体力を最大近くに維持する程度の役割しかない。


 そして当然の如く、この大陸でこの魔法が掛かった相手を殺傷する方法はない。

 そんな敵が存在しないからだ。

 つまりは確かに一応この大陸限定で言えば絶対に死なないかもしれない。


「それより、何があったの?」


 まずはそこを確認する必要がある。


「ああ、そうだよな。そうだった。こんなことに驚いている場合じゃなかった」


 サラサは唾を飲み込むと衝撃的なことを言い出した。


「多分だけど……、」




「セシリアが攫われた」




 事態は俺が思っていたよりも遥かに深刻で、追い詰められていると知る。


 サラサは続ける。


「あたし達が育った孤児院の先生……。孤児院の子供達の面倒を見ている人だ。その人が裏で商人組合の奴隷売買に協力していた」

「……確かなの?」

「商人組合の幹部とやり取りしている手紙を見つけた。情けないことにそれに驚き過ぎて背後から近付いていた先生に気付かなくてな。おかげで痛い目にあった」


 サラサは自分の脇腹を指差して言う。


「あたしとセシリアは、とくにセシリアはかなりの高額で売られる予定だったんだ。もう値段も付いていて、購入者も決まっていたらしい。あとは先生の手引きで攫われて奴隷となる手筈だった。……でもあたし達は逃げた。そしてミストンまで辿り着いた。その失態で先生は相当商人組合の幹部に絞られたらしくてな、戻って来たあたし達を見て」

「チャンスだと思ったってことね」

「そういうこった」


 待て。


 この孤児院はサラサとセシリアの育った孤児院だ。

 その先生は裏で商人組合と繋がっている。

 シアンはこの孤児院の子供達の面倒を見ていたロイという青年に預けた。


 ということは。


「不味い……」

「リリア?」

「大雑把に言うとこの孤児院にシアンの身柄を預けたのよ」

「なんで!?」

「私のミスよ。自警団に捕まって事情聴取を受ける時にロイって男に預けたの」

「自警団に捕まって? ロイ兄に? なんだってそんなことに!?」

「だから私のミス。失敗。判断を間違えたの。愚かだったわ。愚かだけど、今言っても仕方がない。何とかして見つけ出して取り戻さないと」


 サラサは頭を抱える。


「アニスどころじゃなくなってきたぞ?」

「違う。結局は相手は商人組合の闇よ。アニスもシアンもセシリアも、結局身柄はそこに集まってる」

「奴隷として売るって明確な目的があるのが救いだな。少なくとも売られるまでは身の安全は保障される。態々高く売れる奴隷を傷付けることはしないだろうし」


 シルバーテイルだと知られればその価値は人間と吸血鬼のハーフどころの騒ぎじゃない。

 種族知識を持っているかどうか分からないが知らないだろうと高を括るのは愚かだ。

 そもそも種族抜きにしてもシアンは見た目がかなり可愛らしい。

 俺だったら奴隷として天文学的な値段で売りに出されていても買う。


「……サラサ、商人組合を敵に回す覚悟はある?」

「セシリアとシアンを攫われてんだ。仲間を攫われて、黙っていられるほどおりこうさんじゃねぇよ」

「私も同感よ」

「やるか?」

「やったら、もう二度とこの都市には顔を出せないわよ?」

「構うもんか、この都市に未練はない」

「実は私、この都市では死んでいることになっているのよね。だからもうどうでも良くなってきたわ」

「死んで……? もう訳が分からないから事情は聞かないぞ?」

「商人組合相手に正面から喧嘩売るわよ」

「そう来なくっちゃな」


 もう知ったことか。


 仲間を取り返す。


 その為にこの都市の治安や物流や諸々が混乱したって関係ない。


 というか、そもそもこの都市の治安は最初から地の底だ。


 シアン。

 セシリア。

 アニス。


 全員取り戻すために全部滅茶苦茶にしてやる。


 先に喧嘩を売ったのは商人組合だ。


 俺はそれを買っただけの話。


「誰の怒りを買ったか、思い知らせてやりましょう」

「ああ!!」

ここから徐々に主人公の自重がなくなっていきます。

自重しないリリアの暴れる姿がもっと見たい。という方は評価やブックマークで応援お願いします。

作者のモチベ向上に繋がります。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] > 自身に魔法を付与出来ないというデメリット この部分ですが以前に状態異常耐性を上げるため自身に補助魔法を付与している様な記述があるので矛盾しませんか? 一部の魔法が付与出来ないとかな…
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