覚悟
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それを励みに頑張ってます。
クラウスから受け取った外套を身に纏い、フードを深く被って顔を隠す。
俺の顔を覚えている奴がいるとも思えないが、死んで表に顔を出さないのが約束だ。
それは守るつもりだ。
急いで牧場隣の孤児院に向かう必要がある。
シアンを迎えに行くのだ。
日が沈んでから無駄に時間を浪費してしまった。
もう真夜中と言っても過言ではないかもしれない。
転生前は腕時計なりスマホなりで簡単に時間を確認出来たが、この世界ではそれも難しく正確な時間は分からない。
羽休め通りから脇道に逸れて裏通りに入ればまばらにいた人影すら消える。
ここまでくれば人の目はないだろう。
目につく範囲で一番高い建物を探し、跳躍する。
壁を蹴って走る。
勢いが弱まったところで壁の突起に指をかけてそこを起点にさらに壁を蹴って駆け上がっていく。
転生前に動画で見たボルダリングみたいに。
あるいはそれ以上軽快にものの数秒で建物の屋根まで登り切っていた。
「出来るとは思ったけど、思っていた以上に身軽な体ね」
見晴らしが良い。
都市の端まではっきりと見える。
この月明かりしかない暗がりでだ。
なんて視力なのだろうか。
都市を横断するようにまっすぐと伸びた太い道。あれが羽休め通りだ。
そこを起点に細かい道が枝状に伸びていくつもの建物が折り重なり迷路のようになっていた。
だから見つけるのは早かった。
明らかにひらけた空間がある。
真っ暗な人工物の少ない土地。あそこが牧場だろう。
そこ目掛けて跳ぶ。
心地良い夜風に身を任せ、金色の髪をたなびかせながら重力落下を続ける。
どこかの建物の屋上に着地して勢いを殺さずに数歩助走してもう一度跳ぶ。
また長い滞空時間のある跳躍をする。
それを何度も繰り返して目指すは牧場だ。
気付けば辺りに草木しかない広い空間に辿り着いていた。
「ここが牧場ね」
隣にあると言っていた。
広いが牧場の外縁部を一周すれば見つかるだろう。
柵で囲われた牧場だ。
柵に沿うように歩き続ければいずれ視界に入るはずである。
俺は歩き始めた。
孤児院らしき建物は意外とすぐに見つかった。
牧場のすぐ隣にあるボロボロの建物。
恐らくこれが孤児院だろう。
明かりはついていない。
みんな寝静まっているのだろうか。
起こすのは申し訳ないが、俺だって1秒でも早くシアンに会いたい。
こちらの都合を優先させてもらおう。
入口の扉を軽くノックする。
反応がない。
もう少し強めにノックする。
やはり反応がない。
「熟睡してるのかしら?」
試しに扉を引っ張ってみる。
「え?」
開いてしまったんだけど。
ギイイィ……と、蝶番が鳴りながら扉はあっさりと開いてしまった。
月明かりが部屋の中を照らす。
ボロボロの家具が目立つ年季を感じる室内だった。
「不用心じゃない?」
あまり音を立てないようにゆっくりと扉を閉めた。
それでも蝶番は甲高い音を鳴り響かせる。
せめて足跡は立たないように意識して室内を探し回る。
シアンどころか人の気配がしない。
「上かしら?」
部屋の奥に廊下があり、廊下を進んだ突き当たりには上へと向かう階段が見えた。
足跡を立たないように気をつけてもやけに軋む木材の階段を前にしては無意味だった。
二階はいくつもの扉が並ぶ廊下がある。
このどれかの部屋でシアンが寝ているのだろうか。
現状俺は不法侵入の不審者でしかない。
咎められたら文句は言えないだろう。
一番近い扉を開ける。
なるべく気配を殺して中に入ってみるものの、誰もいない。
窓際に机があり、入って左側に本棚がある以外は殆どベッドが占領している。
まるで学生寮の一室のような印象を受けた。
ベッドは蛻の殻で使用された形跡がない。
次の部屋も。
次の次の部屋も。
同じだった。
結局二階の全ての部屋を調べたが誰もいなかった。
殆ど人がいない孤児院なのだろうか。
いや、それはない。
ロイと名乗った青年曰く、あの子供達は孤児院の子供だと言っていた。
少なくともあの場には十人近くいたのを覚えている。
何かがおかしい。
俺はようやく警戒心を高めた。
二階を探したが三階への階段や屋根裏に続くような梯子は見当たらない。
一度階段を降りて一階に向かう。
厨房には大きな鍋や石窯があるものの、人の気配はない。
裏口の扉を開いたら菜園に続く道があった。
一階の応接室らしき部屋の奥に隠れるようにひっそりとあった扉を発見する。
中に入るとそこは書斎のような部屋であった。
沢山の本棚が並んでおり、本棚の中には本がみっしりと詰まっている。
本棚奥に机とベッドがあった。
勿論誰も寝ていない。
ベッドの横にある窓。
そのカーテンの端が窓に挟まれている。
今日はそんなに風が強い日ではない。
さらに窓からは大きめな倉庫のようなものが見える。
あんな物が建っていればそこそこの風除けにはなるだろう。
「……慌てて閉めた?」
なんとなく気になって窓を開いた。
夜風が金色の髪を少しだけ巻き上げて中の空気が換気される。
香る空気に混ざるほんの少しの鉄の匂い。
匂いの発生源は窓枠にあった。
血痕だ。
拭ったような跡があり、途中で切れている。
「この部屋で血が飛び散るようなことが起こり、慌てて窓を閉める。その時にカーテンを挟み、そのまま窓枠についた血を拭えばこういう状況になるわね」
ベッドに血が付着した形跡はない。
ベッドシーツを変えた?
いや、カーテンを挟む程に慌てていたのだ。そんな余裕はなかったことだろう。
そしてそれ以降俺が開くまでこの窓は開かれなかった。
つまり窓枠には血が付着したが、その近くのベッドには影響がない程度の出血。それは深傷ではなかったということ。
間違いなくこの孤児院で何かが起こったのだ。
俺が自警団に連れられた間に。
判断を間違えた。
あの時、シアンと別れるべきではなかった。
俺が間違っていた。
「クソがっ!!」
叫び、ベッドを殴る。
手加減する余裕はなかった。
真っ二つにベッドが折れ曲がる。
それでも怒りが収まらない。
他ならない俺自身にだ。
「何が大切なシアンだ!?」
俺はゲーム気分が抜けてなかった。
あらゆる出来事をイベントと認識していた。
まるでゲームを遊ぶように物事を考えていた。
困っている人がいる。助けなきゃ。
可愛い子がいる愛でないと。
好感度を上げて懐かせて。
ステータスを伸ばして育成して。
そんなことばかり考えていた。
でも気付いていただろう!?
ここはゲームの世界でもゲームそのものじゃない。
みんな生きていて。
考えて行動してる。
シアンは俺のおもちゃじゃない。
愛でて壊れもののように扱って。
好感度を上げて懐かせる?
まるで愛玩動物じゃないか!?
その挙げ句、ゲームのイベントだと思って流れに身を任せて自警団に連れてかれ。
シアンを預けてこの有様だ。
何がこの大陸で最強だよ。
圧倒的な強さに酔いしれたか?
全能感で調子に乗ったか?
もっと慎重に動くべきだった。
本当に失いたくないなら、もっと考えて行動するべきだった。
こんな、馬鹿みたいなことがあるか?
俺はリリアとしてロールプレイをするあまり、自身で考えて行動するってことを放棄していた。
そんなんじゃダメだろ。
遊びじゃないんだ。
この世界で本気で生きていくなら、真剣に考えてこの世界と向き合う必要がある。
そこから逃げているようじゃ、今後俺は何度も同じことを繰り返すだろう。
まだ間に合う。
後悔で時間を無駄にするのは愚かだ。
ここで反省してうだうだ悩んでいたところで何も事態は好転しない。
シアンが好きな気持ちに嘘偽りはない。
俺はまだあの娘と一緒にいたい。
まだだ。
まだ何も失ってない。
時間をこれ以上無駄には出来ない。
この孤児院で何かがあったことは間違いない。
そしてそれは出血を伴う出来事だ。
だけど、シアンを助けることは出来る。
まだ間に合う。
でも1秒も無駄には出来ない。
「ゲーム気分はもう終わりだ」
覚悟を決める。
「俺が……、」
どんな手段を使ってでも。
「絶対に助ける」
俺は転生してはじめて、この世界と向き合った気がした。
ここが主人公の第一の転機となります。
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