自警団
ギリギリですがなんとか今日も更新しました。
「非常に不愉快なのだけれど」
「申し訳ないね。でもそれをつけていないと部下も殺気立ってしまってね」
「手首に痕が残ったら許さないわよ」
俺は両手に手錠をはめられていた。
ご丁寧に魔法妨害の刻印付きだ。
ゲームではある一定未満の魔力値までしか効果がなかった筈である。
その仕様通りであるならば、俺の魔力値を封じるにはこの刻印では力不足と言えるだろう。
腕力的にも多分無理矢理破壊出来る。
つまりこの手錠に意味はない。
ただ着け心地が悪いので俺のストレスをためるだけだ。
「どこまで歩かせるのよ」
「商人組合の自警団本部までだよ。そこで話をちょっと聞くだけさ」
「私が蹴った男が目を覚ますまで待たされると思ったのだけれど?」
「……嘘をついても仕方がないしね。その通りだ。両者の話を聞かないといけない」
「私の話を聞く必要あるの? 商人組合関係者の意見が全てでしょう?」
「本来ならね。だが君は運が良い。いや、この場合は自警団自体もかな」
胡散臭い笑みで男は言う。
軽薄そうでどうも信用ならない。
「どういう意味かしら?」
「俺はね。君とことを構えるのは危険だと認識している」
「随分と評価してくれるじゃない」
「生まれつきね。見た相手の実力がなんとなく分かるんだよ」
なんらかのスキルだろう。
流石にそれだけだとどのスキルか特定までは難しい。
見ただけで相手の情報を得る系統のスキルなんて無数に存在するからな。
「でも、君の強さは全然分からない。ただやばいことだけ分かる。今までそんなの見たことない。俺の人生でぶっちぎりにヤバい。敵対するとかなり危険だという勘を俺は信じているのさ」
「なら開放してくれてもいいのよ?」
「それは立場上出来ない。これでも自警団のそれなりの立場なものでね」
「で、さっきの幸運はどういう意味よ?」
「無策に敵対すれば痛手は否めない。まず君と敵対しないことで自警団は守られる」
「それで?」
「相手は商人組合の偉い人だが幹部ではない。ギリギリ君の言い分を通して有耶無耶に出来る相手だと踏んでいる」
「任せていいのね?」
「ああ、だから暴れるのはよしてくれない?」
どこまで信じていいのかは不明だが、少なくともクラウスという男がこちらを脅威に感じているのは間違いないだろう。
自警団のそれなりの立場の人間が、どこまで商人組合の偉い人相手に上手いこと言いくるめるかは全くの未知数だ。
ただ悪い話ではない。
拘束時間はそれなりだろうが、任せておけば穏便に終わる可能性もある。
何も俺だって好き好んで都市最大の組織に喧嘩を売る気はない。
アニス関係のことで動きにくくなるのも嫌だしな。
「いいわ。ボコボコにしてやろうとも思ってたけど、様子を見てあげる」
「話が分かる人で良かったよ」
「ただなるべく早く帰りたいの。融通して頂戴」
「人使いが荒いねぇ」
「最初から暴れておけば良かった。そう私に後で思わせないでね?」
「うっ……。善処しますよ」
仕方ない。
クラウスを信じて大人しくしているとしよう。
ごめんシアン。迎えに行くのは少し遅くなる。
そこは所謂尋問部屋のような部屋だった。
というか完全に尋問部屋である。
もしかしたら拷問をしていてもおかしくない。
壁のあの染みとか血痕じゃないだろうな?
窓がない狭い部屋に机と椅子だけがポツンと置かれている。
それを挟んで俺とクラウスが座っていた。
他に人姿はない。
「さて、今一度。君の口から何があったのかを聞かせてくれるかい?」
嘘を吐くのは簡単だが、現状それは悪手に思える。
完全に信用するのは無理だが、ある程度は目の前のこの男を信用してもいいだろう。
恐らく別室で事情を聴いているだろう商人組合の男と証言が食い違えばそれだけ解放されるまでの時間も長くなりそうだ。
それは避けたい。
「端的に言うと、あのおっさんが子供達に絡んでたのよ。不快だったから仲裁に入って、ムカつくから蹴り飛ばしたの。こんな華奢な女の子の蹴り一発で倒れるなんて情けないわね」
「その話が本当なら、君は一方的に暴力を振るったことになる。庇うことは難しくなるけど」
「そこはなんとかしなさい。私が暴れるのが嫌ならね」
「無茶苦茶言うなぁ……」
「私としてはどっちでもいいのよ。ここで暴れるかどうかは貴方次第」
どっちでもいい訳ない。
本当は出来れば暴れない方向にもっていきたい。
穏便に済ませられるならばそれに越したことはないのだ。
「君が蹴り飛ばした人物はルイという名前の商人だ。商人組合の古株で幹部ではないものの、幹部に準ずるくらいの地位にいる。そしてやられて泣き寝入りするような人じゃない」
「でしょうね。だから私にヘイトが向かうように仕向けたのよ」
「なるほど。蹴り飛ばしたのは意図的にか」
いや違います。
結果的にそうなったかもしれないが、蹴りは衝動的だった。
キモ過ぎて我慢出来なかった。
俺の意思というよりはリリアの体が勝手に動いた気さえする。
「しかし見知らぬ子供助ける為にこんなことをするなんて随分と変わり者なんだね」
「どうやらそのようね」
そもそも助ける気なんてなかった。
転生する前の俺なら絶対に助けなかっただろう。
この大陸では圧倒的強者だという全能感からという訳でもない。
別に博愛主義でも強い正義感でもなかった。
どう考えてもリリアという女性の肉体に引っ張られている。
母性本能という言葉が一番しっくりきそうだ。
「さて、これは困ったな。君が暴れない為にはルイ氏に君を穏便に許してもらう必要がある。それには少し工夫が必要だ」
「お手並み拝見ね」
「君も知恵を貸してくれないかい?」
「それで早く帰れるなら仕方がないわね」
顔面が陥没する威力で蹴りを入れた相手と穏便に和解する方法か。
うん、普通に考えて思いつかない。
ということは普通の方法じゃ駄目だということだ。
「もういっそ殺しちゃう? 死体なら文句も言わないわよ?」
「明日からルイ氏がいなくなって誰も気にしない上に絶対に見つからない場所に死体が隠せるなら悪くない提案だ」
「……あら、殺すこと自体に批判はないのね?」
「おっと失言だったかな? ……ルイ氏を殺すなんてとんでもない。商人組合の重鎮を失ったら手痛い損害だ」
「本当にそう思ってる?」
「ああ、思っているとも」
胡散臭い。
表情一つ変えずに呼吸するかのように心にもない嘘を吐き出す男のようだ。
やはり信用は出来ない。
クラウスははっとして、何かを思いついたかのように息を呑んだ。
「逆だよ……。君が死ねばいい」
「一応意味を聞こうかしら」
「殺気を飛ばすのをやめてくれない? 魔封じの手錠つけていても怖い」
コホンと咳ばらいを挟み。
クラウスは続けた。
「商人組合の重鎮。ルイ氏を蹴り飛ばした重罪人は激しい抵抗をした為、身柄を拘束しようとした自警団が勢い余って殺害してしまいました。……君が今後この都市の表舞台には二度と顔を出さなければバレない」
ルイという男も死んだ相手に復讐しようとは思わない。
溜飲を下げてくれるかもしれない。
だが、それでは態々ヘイトを俺に向けた意味がなくなる。
「私が死んだことによってルイという男の怒りが元々揉めていた青年や子供達に向かう可能性は否定出来ないでしょう?」
「多分そうはならないと思うけど」
「根拠は?」
「根拠というほどのものはないけど、これは一応機密事項だから……」
「私は貴方の提案を呑んでもいいと思ってる。死んだことにしていい。貿易都市ミランでは目立った場所に顔を出さない。でも別にその提案を蹴って今から暴れてもいいのよ?」
「ちなみに手錠は」
「えい」
軽く壊した方が恐怖が演出出来ると思い、なるべく可愛らしい声で言う。
両腕で左右に引っ張った手錠は見事に割れてしまった。
地面に破片が飛び散る。
クラウスは目を見開き、二度見していた。
その視線が地面と俺の顔を何度も往復する。
「手錠がなんだっけ?」
「これブラックベアが抜け出せないレベルの罠に使われる金属だけど……?」
「どうして私がブラックベアより腕力が弱いと思ったのかしら?」
「ルイ氏よく蹴られて生きてたな……」
「当然手加減したわよ。あんな場所で人間の頭を粉砕出来る訳ないでしょう」
「エルフって皆そんな化物みたいな怪力でしたっけ?」
「安心して、どうやら私は特別みたいなの」
「そいつは良かった。エルフが皆そのような怪力なら今後エルフ相手に怯えながら生きなくてはならないところでした」
多分だけどこの大陸には俺よりも腕力がある奴はいない。
海を渡ればまた話は変わるだろうが。
あるいは他の大陸からこの大陸に来た存在がいれば俺よりも強い者がいてもおかしくないが、態々他の大陸からこの大陸に来るとも思えない。
「これは機密情報だから漏らさないでくださいね?」
いつの間にかクラウスが俺に対して丁寧語になっていた。
「ルイ氏は今後これから計画される大規模裏オークションの警備主任を任される予定です。警備主任の手足となって自警団が動くので、俺にだけ早めに幹部から情報が伝えられています。目玉商品が結構な物らしく、商人組合としても相当大きな仕事だと認識されており、要はこれからルイ氏はそんなことに構っていられる時間的余裕はないということです。警備主任として何か落ち度があれば彼の立場だって危うい。この大きさの仕事でやらかせば一撃で奴隷落ちもあり得る。手は抜けない筈です」
「目玉商品ってもしかして奴隷で、吸血鬼と人間のハーフだったりしない?」
「……? なんの話ですか?」
嘘をついているか分からない。
表情や声色からは読み取れなかった。
この男が隠すのが上手い可能性も十分にある。
「なるほど分かったわ。交渉成立よ。私は死ぬ。そうして頂戴」
「ありがとうございます。あとは任せてください、上手くやりますよ」
クラウスは笑う。
こうして俺はここで死んだ。
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