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オウカ 後編

評価やブックマーク等の応援ありがとうございます。

ストックがかなり限界に近付いているので更新滞るかもです。

ギリギリまで毎日更新頑張ります。

 貿易都市ミランでは用心棒として名が通っていた。


 商人組合に雇われた中では恐らくあたしが一番強い。

 自警団の精鋭の中であっても恐らくあたしより強い奴はいないだろう。


 それだけの実力があたしにはあった。


 異国の地では文化も違うし慣れないことも沢山あったが、刀で斬れば人は死ぬ。

 そのことだけは変わらなかった。

 だからあたしは生きていくことが出来た。


「とんでもない強さだな、どこでそんなに鍛えた?」


 仕事仲間の男が聞く。


「戦場で沢山斬って生き残る。そしたら今度は違う戦場に行って沢山斬って生き残る。運良く最後まで生き残ったら強くなってるぞ」

「ははは、面白い冗談だな」

「…………」

「はは……、は、……おい、マジか?」

「あたしが強くなったのは運が良かったからだ。運が良いから最後まで生き残った。最後まで生き残ったから強い。ただそれだけだよ」


 大陸が変わってもあたしは変わらなかった。


 殺して。

 殺して。

 また殺す。


 商人組合は仕事に困らない場所だった。

 どいつもこいつも裏で動いて悪いことを企てている。

 そして互いに裏切り合い、殺し合う。

 あたしは金を貰うままに命じられるままに刀を振るう。


 そこにあたしの意思はなく、ただ生きる為に人を斬る機械みたいな女がそこにはいた。

 そこに疑問はなく、不満もなく。

 ただ本当に人生これでいいのだろうか? という漠然とした不安だけが頭の片隅にあった。


 今日もまた。

 商人組合の指示で人を殺す。


 とある裏通りの奥深く。

 人気はなく、建物の影になっていて見通しも悪い。

 そんな場所で二人の男が隠れるようにこそこそ取引をしていた。

 男が金貨の大量に入っただろう袋をもう一人の男に手渡すと、受け取った男は中身を確認する。

 満足した男は代わりに少女を引き渡した。

 両手両足を手錠で拘束された少女だ。


 奴隷売買だ。


 この都市で商人組合を介さない奴隷売買は商人組合が禁じている。

 これは違法取引だ。


 だから殺す。


 こちらの気配には気付いていない。

 素人だ。


 闇に乗じて踏み込み。


 一振り。

 一閃。

 男の首が飛ぶ。

 

 驚き、目を見開く男が現状を認識するよりも速く。


 あたしの返す刃が二人目の男の首を断ち切った。

 

 首が飛ぶ。

 驚愕の表情のまま、目玉が飛び出しそうな程に見開いた瞳のまま。


 物言わぬ頭は弧を描いて宙を舞い。

 血飛沫を撒き散らした。


 刀についた血糊を振り払い、さらに倒れた男の衣服で拭う。

 

 もう仕事は終わった。


 そんなあたしの服の裾を掴む小さな手があった。

 震えながら、怯えながら。

 それでも離すものかと必死に掴んでいた。


「離しな」


 少女は首を横に振る。

 それはもう必死に首が千切れるんじゃないかって思うほどに振る。


「助けて!!」


 絞り出すように少女は言った。


 なんであたしに助けを求めるんかねぇ。

 この汚れた手じゃあんたに触ることすら出来ない。

 あたしに出来ることは刀を振って人を殺すだけ。

 助けを求める相手を間違っているよ。


「他をあたりな」


 手を振り払い、その場を後にする。


 歩き出して数歩。

 引っ張られる感触がした。


 振り返ると今度は両手であたしの服にしがみつく少女の姿がある。


「おい、離しな。あたしゃただの殺し屋だよ」

「助けて、くださいっ!! お願いしますっ!!」


 人攫いに捕まり、奴隷として売られた少女。

 

 この都市ではそんな光景は珍しくもなんともない。

 今この瞬間だってこの都市のどこかでは人が攫われ、そして売られている。

 仕事の内容は商人組合を介さずに取引している者達の殺害だ。

 取引されていた商品については明言されていない。


 彼女の運命はまた誰かに攫われるか。

 運良く誰かに拾われるか。

 あるいは自力で自分の家に戻るか。


 そのどれかだろう。


「運が良ければ誰かが拾ってくれる。それを期待しな」

「お姉さんがいい」

「あん?」

「拾われるなら、お姉さんがいい」

「なんであたしなんだよめんどくせぇ」

「眼が……」


 眼?

 何を言ってるんだこいつは。


「眼がなんだってんだ」

「攫われてから私が見た中で一番優しい眼をしてる」

「あたしが……、優しい……?」


 数え切れない程に人を殺し、生きる為ならばどんな手段だって厭わなかった。

 今だって商人組合から金の為に人を斬り続けている。

 そんなあたしが優しい?


 節穴だね。

 その目は。


「その手を……」


 刀を抜き、その切っ先を少女の喉元に突き付ける。


「離しな、って言ってんだ」

「……っ!?」


 僅かに喉を切り裂いて血が滴る。


「お願い……、たしゅけて……!!」

「ここで殺すのも慈悲ってやつだ」


 一人で生きていく力もなければ気概もない。

 誰かに縋ることでしか生き延びられない弱い命なら。

 これ以上彼女に辛い現実が襲い掛かる前に。

 ここでその人生を終わらせるのもひとつの優しさだ。


「人攫いに目を付けられた己が不幸を呪いな」

「ひっ!!」


 少女が目を閉じる。

 刀を力強く握りしめた。

 

 ほんの少し、彼女の喉に突き付けたこの刃を押し込めば彼女は死ぬ。

 簡単なことだ。

 今まで幾度となく人を殺してきた。

 屈強な男の首を刎ねてきた。

 人を殺すことに特別な感情なんてない。

 作業のように。

 呼吸と変わらない手軽さで。


 だがその腕は動かなかった。


 目の前の少女は瞳を閉じて震えている。

 喉から一筋の血を流し。

 瞳の端には涙も零れている。


 この弱々しい少女が殺せない。


 不思議だった。


 どうしてか分からない。


 なんであたしはこんなにもこの子供を殺すことに抵抗を覚えて……?


 そして気付いた。


 確かに何十……。いや、百人以上の人を殺してきた。


 しかし、あたしは子供をこの手にかけたことがなかったのだ。

 今までたったの一度も。


「だからなんだってんだ!?」


 あたしの叫びに目の前の少女の肩が跳ねる。


 ただ幼いだけだ。

 今まで殺してきた相手と何が違う。

 何も違わない。

 殺せる筈だ。

 出来ないことじゃない。


「糞がっ」


 あたしは結局切っ先を下げた。

 刀を鞘に戻し、深い溜息を吐く。


 気付いたのだ。


 怯え、震える目の前の少女が。


 幼い頃の自分に重なることに。


「あの頃の自分がもしも優しい大人に助けられていたら。と、考えたことないって言ったら噓になる」


 少女が恐る恐る目を開けた。


「体を売ろうが人から奪おうが、それこそ殺そうが生き残ってきた。それを不幸と思ったことはねぇが、それが誰にとっても当たり前のことなんかじゃないことは知ってる。女々しい話だよまったく、こいつを救うことであたしは過去の自分を救おうって魂胆かい? ああ、本当に我ながら女々しい」


 少女が首を横に振る。


「違うよ、お姉さんは優しいんだよ」

「勝手に言ってろ。……あんた名は?」

「アニスって言うの」

「あたしゃオウカだ」

「オウカさん」

「さんなんて付けんじゃないよ、こそばゆい。オウカって呼びな」

「……オウカっ」

「よし、ついてきな」


 少女が頷く。


 裏通りを暫く歩くと薄暗い空間から徐々に明るくなっていく。

 すると今まではっきり見えていなかったアニスの容姿がはっきり見えるようになった。


 両手両足には奴隷によく使われる手錠が枷られており、歩き難そうだ。

 ボロボロの布切れのような物を身に纏っている。

 布切れから見える肌は小麦色だ。活発で健康的な印象を受けた。

 深紅の瞳に鋭い瞳孔。

 色素の抜けた真っ白な髪。

 

 純粋な人間じゃないな。

 一目見てそう思った。


 人ではない何かの血が混じっている。

 

「アンタ純粋な人族じゃないね」

「ふえっ!?」

「隠さなくていいよ。どうこうするつもりはねぇ」

「……えっと、吸血鬼と人間のハーフだと聞いてます」

「そいつはまた高く売れそうな」

「オウカは私のことを売るつもりなの……?」

「売らねぇよめんどくせぇ。売るつもりならさっき斬り捨ててらぁ」


 そうだ。

 殺すつもりだった。

 本気で。

 面倒だったから。


 殺してしまえばそこで終わりだ。

 倒れる死体が男二人から男女三人に変わるだけだ。


 でも出来なかった。


 出来なかったからには出来なかったなりに責任はとる。

 そのつもりだ。


「めんどくせぇが、仕方がねぇ。あんたうちに来な」

「いいの?」

「いいも悪いもねぇが、殺さねぇ。売らねぇ。それしか約束出来ねぇぞ? アンタを家に戻してやるつもりはないし、面倒もみねぇ。飯ぐらいは暫くは食わせてやるが、すぐに自分で稼ぐ方法を探しな」

「分かった」


 本当に分かってんのか?


 体を売ってでも稼ぐ覚悟がこいつにはあんのか?


 生きるってそんな簡単なことじゃない。


「自分で、頑張ります」

「口だけじゃねぇことを祈るばかりだ」


 こうしてアニスとあたしの生活は始まった。

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