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オウカ 前編

 地獄のような場所で生まれた自覚はあるよ。


 当時は生きるのに必死でそこが地獄のような場所だっていう認識はなかったけどな。


 それしか知らなければそこが地獄だとは理解出来ねぇもんだ。


 だから今はそこが地獄だと思えて幸せではある。


 どん底から這い上がったあたしの人生を語るには。


 まずは一番底の底を語らなけりゃいけねぇ。


 そこがあたしの始まりだった。




 日輪の国、ヒノワ。

 それがあたしの生まれた国だった。


 ヒノワは島国だ。

 その島国でも端の端、田舎もド田舎にあたしは生まれた。

 

 母親はあたしが物心つく前に死んだ。

 性病だったらしい。

 劣悪な環境で体を売って稼いでたんだ。無理もない。

 父親はクズだった。

 控えめに言ってクズだった。

 稼ぎはない。趣味は酒。

 そしてあたしには暴力を振るった。


 親父が知る稼ぐ方法はひとつしかない。

 女の体を売らせることだ。


 だからあたしは月の物が来る前に初めてを散らした。

 相手は覚えてない。

 痛いと喚くあたしを後ろから強引に犯すその不快な感触と股が熱くなるような痛みだけが、脳裏にこびりつく様に刻み込まれていた。


 それからは僅かな賃金を稼ぐために体を売り続けた。

 稼いでも父親の酒とほんの僅かな食糧で消えたけどな。

 それが日常だったから特に疑問には思わなかったよ。

 気持ち悪いな。

 こいつ下手だな。こいつはちょっと上手いな。

 その程度だ。

 感想なんて。


 あたしだけがそんな人生なら疑問も覚えるさ。

 でも周りもそう大差なかった。

 あの村は。

 いや、村と呼ぶにもおこがましい。

 

 スラム街のような集落は。

 犯罪者と頭のおかしい奴の掃き溜めで。


 まさにこの世の地獄だった。


 そこで生まれ、幼少期からおっぱいが大きくなるまで。

 あたしはそこで体を売って生きていた。


 人生の転機は突然訪れた。


 親父の首が飛んだ。

 

 文字通り、胴体から切り離されて吹っ飛んだ。

 

 鮮血を撒き散らして。


 近くで戦争で負けた敗残兵。その兵士崩れが夜盗となって食料欲しさにあたし達のすむボロ小屋を襲撃したのだ。

 親父は抵抗する間もなく殺されて。


 あたしの人生はようやくそこから這い上がる。


 底の底から浮上するその切っ掛けは殺しの才能だった。


 気付けば夜盗は死んでいた。

 周囲には血と臓物。

 

 手には奪い取った血に塗れた刀。


 あたしには人を殺す才能があったのだ。


 ああ、体を差し出し。

 処女を奪われ。

 尊厳を奪われ。

 自由を奪われ。

 思考さえも奪われ。


 何もかも奪われてきたあたしだが。


 あたしも奪っていいのだと気付いた。


 この刀で。


 その命を。




 戦争に参加しては殺し続けた。

 殺して生き残る。あたしにはそれが可能だった。

 股開いて男を受け入れるよりもはるかに楽しい。

 比べるべくもない。

 あたしは生まれ持って天性の人殺しだった。


 刀はとてもよく手に馴染む。

 一振りすれば鮮血が舞い。

 もう一振りすれば臓物が飛び散り。

 突けば命を奪い取り。

 人の油や血肉で切れ味が悪くなったら峰で殴れば殴殺出来る。

 曲がったり折れたりして使い物にならなくなったら敵から奪えばいい。


 数多の戦場で殺し尽くし。

 そしてあたしは生き残る。


 それを繰り返して気付けば。


 あたしゃ刀鬼と呼ばれていた。

 

 とある戦で目に映る敵を皆殺しにしたあたしは勝鬨をあげたあと、近くの村で勝利の美酒とやらを一人で楽しんでいた。


 野郎どもが盛り上がる声は遠く、


「お前さんが最近噂になっている刀鬼か?」


 着物を着流した優男が話しかけてきた。

 刀鬼と呼ばれるようになってから人が近付かなくなったので、あたしに話し掛けるような物好きは珍しい。


「そう睨むなって、ただ世間話をしたかっただけだ」

「睨んでねぇよ」

「そりゃ悪かったな。目つきが鋭いもんで勘違いしちまったよ」

「なんのようだい?」

「だから世間話だって、それ以上でも以下でもない」

「話すことなんてないよ。あたしゃ殺すことしか知らないからね」


 男は笑った。

 

「その強さはそれ以外を全て捨ててきたからか」

「捨てたつもりはないけどよ、今のあたしには刀しかないのは確かだ」

「なるほどね」


 男は空を見上げていた。


 雲一つない晴天が広がっている。


「そいつは勿体ないな」

「……勿体ない?」

「ああそうとも。それだけの実力があればもっと大きなことを成せる。もっと遠くに行ける。だからこそ勿体ない」

「興味ないよ。あたしは今日生きる為に目の前の奴を斬るだけだ」

「そうだな、気が向いたらでいい。いつかもっと色々な場所を訪れて色々な人に会って、色々な体験をするといい。それはきっと君の血肉になる」

「アンタなんであたしにそんなことを言うんだ?」

「戦場では君のような目をした人間が沢山いる」

「そうだね。……あたしと同じような目をした奴を殺し続けてきたよ」

「でも君はきっとそんな目をした奴らと何かが違う。そんな気がしたんだよ」


 なんだそれは。

 勝手に願望を押し付けるな。

 あたしはただの人殺しだ。

 それ以上でもそれ以下でもない。


「今は分からなくともいつか分かる時が来る。いや、一生分からないかもしれない。でも、少しでも今日の話を思い出して気が向く日が来れば、旅に出てみるといい。出来ればより遠くへ、それこそこの島を飛び出して海を越える程に」

「よく分からないけど、覚えておいてやるよ」


 男の言葉はあたしには全然響かなかった。

 けど、覚えておいてもいい。

 不思議とそんな気持ちになった。




 それから数年間。あたしは戦場を転々として偶然にも命を落とすことはなかった。


 あたしが強かったからじゃない。偶々運が良かっただけだ。

 戦ってのは戦う相手がいないと成立しない。

 いつまでも延々と続く戦なんて存在しないのだ。

 いつかは終わりが来る。


 戦乱の時代は終わり。


 平和な時代が訪れた。


 自覚はなかったけど、あたしはその時代を築く礎となったらしい。

 刀鬼は味方からは頼もしい戦力として、敵からは恐怖の象徴として認識されていた。


 あたしの知らないところであたしは思っていた以上に有名だったようだ。

 どこぞの城で家臣として働けだとか。

 国の兵士を育成してくれだとか。

 姫の護衛となってくれだとか。

 

 頼まれたけど、あたしの興味を引くような仕事はなかった。


 あたしには刀しかない。

 刀を振るって人の命を奪うくらいしか生き方を知らない。

 だから戦が終わればこの世界にあたしの居場所なんてなかった。


 だって他の生き方を知らない。

 男に股を開いて金を得るか。

 殺して奪い取るか。

 

 本当にそれしか知らなかったのだ。


 空っぽだ。


 あたしは空っぽだと思った。


 ふと、とある男の言葉が思い浮かんだ。


 特に理由もなく。

 特別な感情もなく。

 流れに身を任せるように。


 あたしは旅に出た。


 あてもなくただ気の向くままに歩いて。

 出会い。

 関り。

 経験し。

 学び。

 そしてまた旅立つ。


 そんなその日暮らしの毎日が続いた。

 

 不思議と心地よく、どうやらあたしの性に合っていたらしい。

 あの男の言う通りで非常に癪だが。

 

 でも感謝もしている。


 あの言葉がなければのたれ死んでいたかもしれない。


 そうして旅を続けて。


 気付けばいつの間にか国を出て、島を出て。

 

 海を渡り。


 この都市に辿り着いていた。


 貿易都市ミラン。

 その場所で商人組合という組織に雇われ、あたしは刀を振るっていた。

 用心棒として。

 その日暮らしの日銭を稼ぐ為に。


 そこであたしは出会った。


 刀を捧ぐに相応しい相手に。

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