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鉄の感触

いつも読んでくださってありがとうございます。

評価やブックマーク、いいねや感想等モチベーションに繋がっています。

 エリーはとても快活で元気な女の子だ。

 

 元気過ぎてお転婆と言われてしまうくらいに。


 私とサラサはその明るさにいつも助けられていた。


 孤児院に預けられた子供たちはみんな色々な事情を抱えている。

 親に捨てられた子供もいれば、親の顔を知らない子供もいる。

 いつか迎えに来るとその言葉を信じている子供もいれば、親を恨んでいる子供もいた。


 共通しているのは皆心に傷を負っていたということだ。

 

 だから底抜けの明るさを持つエリーには助けられていた。

 私やサラサですらも彼女に救われていたかもしれない。


「セシリア姉さん?」


 エリーの声で我に返る。

 私達は孤児院の裏にある菜園に来ていた。

 

 菜園は私とサラサがいたよりも昔からあり、子供達で世話をしていた。

 収穫された野菜は孤児院の大事な食料になる。


「立派な菜園だね。みんなが一生懸命お世話してるのが伝わってくる」

「そりゃそうだよ! 大事な食料だし、やり方を教えてくれたのは姉さん達だし!」


 確かに教えたのは私達だ。

 上の子は下の子達に色々なことを教える。

 私も色々教えて貰ってきた。


 そうやって脈々と受け継がれていたものがエリーの中にちゃんと息づいている。

 それが嬉しかった。


「良かった。……私達がいなくなってからもしっかりやっていたのね」

「だって、いなくなった姉さん達が戻ってきた時に、だらしない姿は見せられないから……」


 嬉しいことを言ってくれる。

 でも同時に胸が苦しくもなった。

 

 こんな子たちから逃げるようにして私達はこの都市を去ったのだ。


「突然いなくなってごめんね」

「ううん、いいの。また顔を見れたから、だから許すの」


 色々言いたいこともあっただろうに。

 その全てを飲み込んでエリーは優しい笑みで受け入れてくれる。


 それが申し訳なくもあり、でもそれ以上にありがたかった。


「これからは手紙も出すし、なるべく顔も出すようにする。約束する」

「本当!?」

「ええ、本当」


 花が咲いたようにエリーは満面の笑みで喜んでいる。

 

 こんなにも喜んでくれるのならもっと早く顔を出せばよかった。

 そんな後悔すら感じていた。


「セシリア姉さん、私が育てた野菜食べてみてよ!!」

「いいの? それじゃあ遠慮なくいただこうかな」


 採れたての野菜を水で洗っただけの物をエリーは差し出してくる。


「はい! お塩をかけて食べてね!!」

「生のままでも美味しいよ?」

「いいから、このお塩貰い物でちょっと味が薄いから多めにかけてね?」

「エリーがそう言うなら……」


 あまり味が濃いのは好きじゃないけど、ちょっと気持ち多めにエリーから受け取った塩をふりかけてかじりつく。

 少し下品だけど、採れたての野菜はこうやって食べるのが一番美味しいのだ。


「えっと、変わった味のお塩だね?」

「うん……。」


 正直美味しくはない。

 変な味というか。


 あれ?


「だってそれ、お塩じゃないもの」


 え?


 世界が歪む。


 音が遠くなる。


 まるで自分が回転しているかのような感覚。


 抗い難い睡魔が思考を奪っていく。


 どう、して。


 ……エリー。


 必死の抵抗も空しく、私は意識を手放した。




 暗転。


 明滅。


 意識をなんとか浮上させる。


 重い。

 瞼を開くことがこんなにも重労働だとは。


 油断すればまた意識が闇に落ちてしまう。

 なんとか細い糸のような意識を繋ぎとめて、どうにか瞼を開いた。


 暗い。


 真っ暗で何も見えない。


 それが最初の感想だった。


 手首と足首に感じる冷たい鉄の感触。

 動かしてみると何かに引っ張られるような感覚がした。

 

 ある一定の場所まで動かすと止まる。

 反対方向には自由に動くようで、動かす時に何かを引き摺る音が鳴った。


 徐々に暗闇に目が慣れてくると私のいる場所と状況が分かってくる。


 私は窓ひとつない部屋にいた。

 床も天井も壁もたったひとつだけある扉を除いて全てが石造りの何もない平面である。

 その壁に両手両足を鎖で繋がれていた。 

 手首と足首には頑丈な鉄の手錠が嵌められている。


 扉は金属製で、こちらを覗き込む小さな小窓だけが外に繋がっていた。


 私は捕えられていた。


 恐らく、エリーの手によって。


 あの変な味がする粉状の物が睡眠薬だったのだろう。

 

「エリー、どうして?」


 分からない。

 何故エリーがこんなことをしたのかが。


 そしてここはどこなのだろう。

 

 なにか情報を得られるとしたら扉にある小窓だが、手錠は鎖に繋がれていてそこまで辿り着くことは出来ない。

 手錠はかなり頑丈に作られている。それに繋がれている鎖もだ。

 簡単に壊せるような物じゃない。


 おまけに手錠に刻まれた刻印。

 これには見覚えがある。

 魔封じの印だ。


 魔法の発動を阻害する効果を持つ。


 部屋の中には何もない。

 

 では香りはどうだろうか。

 瞳を閉じで嗅覚に集中する。

 

 埃っぽい空気は感じられるがそれ以上に得られる情報はなかった。

 音はどうだろう。


 耳を澄ませる。


 風の流れる音。

 

 それだけだ。

 

 他には何も聞こえない。

 自分の息遣いと、擦れる鎖の音だけが部屋に響く。


「誰か!! どなたかいますか!?」


 力の限り叫ぶ。

 

「いたら返事をしてください!!」


 小窓の外に届くように部屋を反響させた声をぶつけ続ける。 


「誰かっ!! 誰かいませんかっ!?」


 私の声は虚しく暗闇に吸い込まれていくだけだ。


「ぎゃあぎゃあ五月蝿いねぇ」

「!?」


 小窓を通して少し遠くから、しかしはっきりと通る女の声が返ってきた。


「こっちは寝てるってのに小娘が喚くもんだから目が覚めちまったよ」

「ご、ごめんなさい」


 心象を悪くすると得られる情報も得られない。

 まずは謝って相手の出方を見ることにする。


「アンタここがどこだか分かってないのかい?」

「はい……。意識を失って目覚めたらここにいて」

「ああ、アンタ攫われたのか」

「攫われ、た? ですか?」

「人攫いだよ。ここは奴隷として売られる人間を捕まえておく牢さ」


 奴隷……。


 私が?


「ここは逃げ出さないように厳重に管理されてる牢の最奥だ。アンタとあたしゃそれなりの値段で売れると思われているってことさ」

「待ってください、奴隷として売られる……?」

「この都市で人攫いに攫われたんだそりゃそうだろうよ。アンタの血は混ざり物の希少種かい? それともどっかの没落貴族の娘さんかい? あるいはただ見た目が麗しい村娘とか」

「私は、……ただの孤児です。冒険者をしていました」

「ああん? なら見た目かねぇ。お嬢ちゃん美人だろう?」

「そんなことは……」

「こんなアンタとあたししかいない場所で、これから奴隷として売られていくってのに謙遜したって意味ないだろ? いいよ、アンタがどう思ってようが。アンタは美人だ。男の股間にクる容姿してんだろ。あたしゃそう判断した」


 なんて身勝手な人なのだろう。


「あなたはどうしてこんな場所に?」

「答える義理はねぇが、アンタが喚くから目が覚めちまった。とくにやる事もないし暇だから答えてやるよ」


 なんか失礼で偉そうな人だ。


「あたしゃここで用心棒みたいなことしてたんだよ」


 それが何故こんな場所に?

 尚の事不思議だ。


「そこで己が刀を捧げるべきお方に出会ったのさ。侍が主君に刀を捧げたなら命を懸けて主君を守り、望みを叶える。当然の話だ」

「かたな? さむらい?」

「ここから海を渡り遠く離れた島国にある役職だよ。……ただ失敗した。情けない話さ、力及ばず主君を守れずにあたしゃ捕まった。自決することさえ叶わない。奴隷として売られるのを待つだけ、本当に情けない限りだよ」


 掴みどころのない雰囲気の彼女だが、その深い悔恨は本物の気持ちに思えた。

 それだけ彼女にとって主君は大切な存在だったのだろう。


「後悔しているのですか?」

「後悔だぁ? してるさ、してるとも。当たり前じゃねぇか、力及ばずに主君を守れないどころか奴隷として売り払われるなんて生き恥もいいとこだ」

「……ここから出ることは出来ないのですか?」

「無理だな」

「ここで働いていたのですよね? 何か方法は思いつきませんか?」

「働いていたから分かる。ここの管理はそんな甘くねぇ」


 それでも諦められない。

 ここで座して待つなんて選択肢はないのだ。

 

 エリーが何故こんなことをしたのか。

 サラサはどうなったのか。

 リリアとシアンはどうしているのか。

 アニスはどこにいるのか。


 エリーに眠らされて牢に入れられて奴隷として売られる身であっても。

 頭には他のみんなのことでいっぱいだ。


「どんな手段を使っても絶対にここを脱出してみせる」


 私は自分だけに聞こえる声でそう呟いた。

面白いと思ってもらえたら評価やブックマークをよろしくお願いします。

もっと沢山の人に面白いと思ってもらえるように頑張ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 院長のお茶は飲まないのに、こんなバレバレの罠にorz 木菟引きが木菟に引かれる。
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