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懐かしの孤児院

 二人になると双翼って感じがしてしっくりくる。


 四人の双翼が嫌な訳ではないけど、やっぱりあたしの中では双翼はまだセシリアと二人のイメージが抜け切れていないらしい。


「セシリア、孤児院に行かないか?」

「アニスを探しに来たのよ? 里帰りなんてしている時間ないってば」

「違うって、そうじゃない。アニスを探すために行くんだよ」

「どういうこと?」

「忘れたのか? 孤児院は商人組合の寄付で成り立ってんだぜ? 育てた子供は奴隷候補だ。……奴隷オークションに無関係だと思うか?」

「それは……」


 セシリアが嫌がる理由も理解出来る。

 孤児院の先生はあたしらにとっては育て親も同然だ。

 感謝しているし、恩もある。

 でもだからと言って目を背けてはいられない。


 何も知らずに孤児院を運営しているとは思えない。


「先生は知っているとあたしは思う」

「待ってよ!? 先生を疑うの!?」


 そうだよな。

 セシリアはとくに先生が大好きだったもんな。

 でも戻って来たんだよ、あたしたちは。

 この都市の闇に向き合わないと、とてもじゃないがアニスに辿り着けるとは思えない。


「頭の回るお前ならもう気付いているんだろ? 見ないように、考えないようにしているだけだ。……セシリア、言いたくないけど逃げてるんだよ。それ」

「逃げてなんて……」


 ない。その言葉は音にならなかった。


 寸前で止めたのだ。


 そうだよな、お前はそういう奴だ。

 自分に嘘なんてつけない。

 だからあたしは好きなんだよ。


「真実を確かめよう。先生は知っていてあたしたちを育てたのか、それとも知らずに育てたのか」

「……サラサ」

「逃がさないぞ。良い機会だったんだ。いつまでもこの都市から目を背けて生きていけないだろ」


 人生最後まで逃げる覚悟ならそれもいいけど。

 セシリアがそれを望むならあたしは最後まで付き合う覚悟だ。

 でもそうじゃないだろ?

 そんな弱い女じゃないだろ。


「逃げないよ。分かった、行こう。……私達の育った孤児院に」

「そう来ないとな!!」


 だから好きなんだ。

 相棒。




 大通りから外れて幾度となく通った裏通りの道を迷わず進んでいく。

 孤児院は羽休め通りからかなり離れた位置にひっそりと建てられている。

 都市外れの牧場の脇にぽつんとあるのがそれだ。


 曲がりくねった薄暗い道を進み、何度も別れ道を通り。

 何度も通った者でなければあっという間に迷子になる迷宮のような道のりを超えると。


 一気に視界が開ける。


 湿っぽく埃っぽい空気から一変して、爽やかで美味しい空気が流れた。

 

 野原が広々と続き、その周囲を柵が囲っている。

 柵の中では放牧された家畜が歩き回っていた。


 見慣れた光景。

 孤児院の自分の部屋の窓からも見えた牧場の景色。

 

 この牧場の端に少しだけ孤児院の土地がある。


 そこにあたしとセシリアの育った家があった。


 遠目に見えるボロボロの古い建物。

 懐かしさが込み上げてくる。


 いつのまにかあたしの手をセシリアが握っていた。


「帰ってきたんだね」

「ああ、帰ってきた」


 嬉しい思い出も悲しい思い出も。

 喧嘩した記憶も仲直りした記憶も。

 全て鮮明に思い出せる。


 逃げるように去って行ったこの家に。

 戻ってきたのだ。


 今度は向き合う為に。


「手が震えてるんじゃないか?」

「まさか、震えてるのはサラサの方だよ」

「そうか? ……そうかもな」


 真実を知るのが怖いのか? と聞かれて怖くないと答えたら嘘になるかもな。


 先生は知らずに育ててくれていた。

 そうであってくれと願っている。


 でも残酷な真実が待っていても全然おかしくない。


 それどころかその方が可能性としては高い。


 別にあたしだって先生が嫌いな訳じゃない。

 それどころか好きだ。

 感謝だってしてる。


 親だって思ってる。 


 だから怖いんだ。


 あの優しかった先生が最後には奴隷として売る為だけに育てていたなんて答えを得ることが。


 だから逃げた。


 セシリアと二人でミストンに。


 もしかしたら先生だって苦しんで助けを求めていたかもしれないのに。


「あたしは頭が悪いからさ、難しいこと考えられないけど。だから考えることはセシリアに任せるかもしれないけど、これだけは約束する。あたしは絶対にセシリアを裏切らない」


 本心からの言葉だ。

 

「サラサが裏切るなんて考えたこともないよ」


 嬉しいことを言ってくれる。

 決意を新たに孤児院に向けて一歩を踏み出した。




 そんなに長い期間離れていた訳ではない。

 幼い頃に預けられてから働ける歳になるまで育った。

 冒険者になってからは逃げるようにこの都市を去ったから、この孤児院に戻ってきたのは実に数年ぶりになる。


 今目の前にある建物があたし達が育った孤児院だ。 

 牧場の脇にぽつんと建てられた二階建ての木造建築。

 年季を感じさせる建物の壁はボロボロで、例えばあの傷。あれはあたしが付けた。

 あの補修された跡が残る手摺りを折ったのはロイだ。ロイはあたし達よりも上の世代で、二人にとっては兄のような存在だった。

 あの窓の端にあるひびはエリーがやった。エリーはあたし達よりも下の世代で中々の悪ガキだった。

 そばかすだらけの顔と、緑色の髪の毛を三つ編みに結んでいるのが特徴でよくあたしとセシリアの後ろを追いかけていた。


 そうそう、今まさに目を見開いてこちらを見る。大口開けてアホ面を晒した女の子みたいな見た目の。


 ……て、え!?


「サラサ姉さんとセシリア姉さん……?」


 井戸に水を汲みに行っていたのだろう。

 その手には大きな桶があり、中には水がたっぷりと入っていた。

 見覚えのある顔だ。

 そばかすも相変わらず。

 

 その手から桶が落ちて地面に水が広がる。

 

 そんなことに構わず、彼女は駆け出して飛び掛かるようにあたしとセシリアに抱きついた。


「良かった!! 本当に良かった!! 冒険者になるって言ってそれっきりで、連絡もないし!! 全然見かけないし!! もう死んじゃったのかと思って!!!!」


 エリーは泣いていた。

 あたしとセシリアを抱きしめながら、胸の中で泣いていた。


 そりゃそうだ。


 冒険者なんて職について、音沙汰なければ死んだと思うのが普通だ。

 あたし達は身近な人に説明することもなくミストンへと旅立った。

 

 手紙くらい出すべきだったかもしれない。


 そんなことも思い付かなかったバカでごめん。


「ごめんな、エリー。あたし達は冒険者になってすぐにこの都市じゃあまりクエストがないことに気付いて、ミストンに活動の拠点を移したんだよ」

「手紙のひとつでも寄越すべきでしたね。反省しています」

「もう!! サラサ姉さんは相変わらずバカだし、セシリア姉さんもしっかりしてるようで抜けてるんだから!!」


 返す言葉もない。


「でも生きてて本当に良かった。ほら、中に入って、先生もいるから」 


 エリーの言葉で思い出した。

 そうだ、あたし達は確認しに来たんだ。


 先生はこの孤児院が奴隷を育てる為の設備だってことを知っているのかを。


「セシリア、そういえばどうやって先生に確認するんだ? 正直に教えてくれるとは限らないだろ?」


 エリーには聴き取れない声の大きさでセシリアの耳元に囁く。


「上手いこと誘導して聞き出すしかないわね。あるいは先生の自室をなんとかして調べるしか……」

「先生を誘き出す必要があるのか」

「サラサ、時間に余裕がないことは念頭に置いておいてね」


 分かってるさ。

 アニスを見つけ出す為にもオークションが開催される前に居所を掴む必要がある。




「先生!! サラサ姉さんとセシリア姉さんです!!」

「エリー、あまり大きな声は品がないと何度も言って……、これは驚いた」


 ビンの底のように分厚く丸い眼鏡が特徴的な人だった。

 髪はボサボサで身長はとても高い。

 だらしない無精髭に隈の目立つ目元。

 孤児院を任せられているあたし達の親代わりだった先生がそこにはいた。


 目を見開いて言葉を失ったかのように驚愕し。

 続いて朗らかな笑顔で迎え入れてくれた。


 懐かしい優しい声色が語りかけるように言う。


「おかえり、二人とも。元気そうでなによりだ」


 この人が奴隷を育てるつもりでこの孤児院にいるとは思いたくなかった。

 やはり、あたし達にとっては親なのだ。

 声を聞いて。

 やっぱりそう思った。

 先生が売るためにあたし達を育てていたなんて信じたくない。だからこれは先生を信じる為に調べるのだ。


 先生の疑いを晴らし、心の底から先生を家族だと。

 親だと思う為に。


「ただいま。先生は老けたんじゃないか?」

「お久しぶりです。先生もお元気そうで良かった」


 各々挨拶を済ませて、握手を交わす。


「便りがないのは元気な証拠とはよく言ったものだね。冒険者になると言ったきり、顔も見せないし連絡のひとつも寄越さないから心配していたけど。杞憂だったようだ」

「その件については本当に申し訳ないです」

「忙しくて連絡する暇もなかったということだろう? 良いことじゃないか、君達が立派に育ったようで僕としても嬉しい限りだ」


 柔和な微笑みで先生はそう言うと、お茶を淹れるから席について待ってなさいと続けた。


 座ると軋むボロボロの椅子。

 汚れや傷の跡が残るテーブル。


 そのどれもが懐かしい。


 あたしが指でなぞったテーブルの傷はあたしとマルコが喧嘩した時出来た傷だ。

 喧嘩の内容はもう覚えてない。

 沢山喧嘩したからな。

 でも最後は先生に叱られて必ず仲直りした。


 セシリアも懐かしむように辺りを見渡している。


 寄付されたソファーは飛び跳ねて遊んでたら先生に叱られた。

 あの柱は追いかけっこでロイが頭をぶつけてデカいタンコブを作ってた。

 窓際に置いてある鉢植えはセシリアが育てた物だ。

 セシリアが去った今も誰かが世話をしているのだろう。

 

「二人とも今日は泊まっていくの?」

「いや、仕事で来たんだ。冒険者として先生に聞きたいことがあって、急ぎだから泊まっていく時間はないんだ」

「ごめんね、エリー」

「えー!? そんなぁ。……いっぱいお話ししたいことがあるのに!! ロイ兄とも会っていきなよ!!」

「ロイ兄さんは大工に弟子入りして泊まり込みで修行してるんじゃなかった?」

「二人と違ってロイ兄さんはよく顔出してくれるんだよ!!」


 う、悪意があって責めている訳ではないのだろうけど耳が痛い。


「久しぶりに一緒に寝たいの!! ……だめ?」


 エリーに甘えられると弱いんだよな。

 連絡しなかった負目もあって断り難い。

 

「エリー、わがままはよしなさい。二人は立派に働いていて、今日はその為に来たって言っているじゃないか」


 湯気のたったティーカップを持った先生がそう言って戻ってきた。


「少しだけ聞かせてもらったけど、冒険者として僕に聞きたいことがあるようだね。答えれることなら何でも答えるよ、協力させてほしい」


 テーブルにカップを置いた先生はいつもの席に座るとあたし達に先を促す。


「私とサラサは今冒険者としてとあるクエストを受けています」

「そのクエストが僕に何か関係があるのかい?」

「いいえ、直接は関係ないです。ただ何か知っていることがあれば教えていただけたらと思って来ました。クエストはとある少女の捜索です」

「孤児なのかい? 貿易都市の孤児院はここだけじゃない、他の孤児院と連絡をとってその子がいるか確認することは出来るよ」

「違います。その子は攫われたんです。人攫いによって」

「……君達も知っているとは思うけど、残念ながら貿易都市に人攫いは多い。それだけの情報だと特定するのは並大抵のことじゃないよ」


 その通りだ。

 人攫い本人やその拠点を探し出すのは不可能に近い。

 ただ、攫われたアニス本人の居場所は別だ。


「はい。ですが、オークションに出品する瞬間を狙えば辿り着くことは可能です」

「なるほど、人攫いが商人に売った後。商品としてオークションに並ぶ瞬間を抑えようということだね。……目の付け所がいい」


 感心するように先生は頷いた。


「先生、裏通りで一番大きい奴隷オークションについてご存知ですか?」

「……貿易都市では奴隷売買は日常の光景だ。奴隷が攫われて裏でオークションに出品されていることも周知の事実だ。でもね、そのオークション自体がどこで行われているかは謎に包まれている。申し訳ないけど、僕には力になれそうにない」

「先生も知りませんでしたか……。それなら、誰か知ってそうな人に心当たりはありませんか?」


 先生は黙って首を横に振った。


 本当に知らないか、知らないふりをしているかのどちらかだ。

 あたしには見分けがつかない。


「そう、ですよね。無理を言いました」

「力になれなくて残念だよ……」

「そんなことありません。これは最初から私とサラサが頑張るべきことなんです」

「それでも力にはなりたかったさ、僕にとって君達は娘みたいなものなんだから」


 心が痛む。


 先生の言葉はあたし達のことを思ってくれている。

 優しい言葉だ。

 信じたい。

 家族だって信じたい。

 

 でも、あたしとセシリアは先生の用意したお茶に口をつけてはいない。

 たったの一口も。


 それが裏切っているようで苦しい。


「ねぇねぇ、セシリア姉さん。私達が育てた菜園を見てよー。そのくらいはいいでしょ? ねぇ、お願い!!」

「エリー、セシリアは忙しいんだ。やめなさい」

「大丈夫ですよ、先生。それくらいなら」

「そういえば他の奴らはどうしたんだ?」

「ロイ兄が子供達を連れて遊びに行ってるのよ!! じゃんけんで負けちゃって私はお留守番になったから寂しかったんだけど、二人が来てくれたから逆にラッキーかも?」


 セシリアが一瞬こちらを見た。

 

 ああ、分かってるよ。


 分かってるさ。


「エリー、一緒に菜園を見に行きましょう」

「やったっ!!」

「それと、家畜小屋の子たちは元気?」

「元気だよー。今朝なんて卵を沢山産んでくれたんだー。それも見ていくー?」

「うん、見たいな」

「なら家畜小屋の鍵を取ってこよう。先に菜園に行ってるといい」


 先生は家畜小屋の鍵。エリーとセシリアは菜園。他の孤児たちはロイ兄と一緒に出掛けている。

 チャンスだ。


「ならあたしは部屋を見て回りたいな、久しぶりに」


 先生の自室を調べる。


 そこで何も見つからなければこんなに警戒する必要もなくなる。


 先生を信じる為に。

 疑いを晴らすんだ。

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