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貿易都市ミラン

「すっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっごく、長い道なのです!!」


 シアンのなっっっっがい溜めに負けないくらいその道は果てしなく長かった。


 馬車に揺られること丸一日。

 体がバキバキになり、お尻も痛みや痺れを通り越して感覚がなくなってきた頃。

 幾度も休憩を挟みながらもようやく貿易都市ミランへと辿り着いた。


 貿易都市の検問は本格的なものだったが、ここで冒険者登録が役立った。

 冒険者ギルドに登録すれば身元が保証され、履歴に犯罪記録がなければ検問も簡易的なもので済む。

 訪れた目的も冒険者としてのクエストをする為だと伝えればなんの問題もなかった。


 こうして無事貿易都市に入ることが出来た双翼一行。

 目の前に広がるまっすぐな一本道を見て思わず声を上げたのがシアンのなっがい溜めだった。


 どこまでも続くかと錯覚するような長い道のり。

 その両端に幾つもの建物が並び、建物の前にも露店が所狭しと並んでいた。


 この特徴的な都市を横断するまっすぐな大通りが、貿易の中心となる中央街道であった。

 

「ミストンに繋がる街道から城塞都市に向かって続く街道へと繋がる南から北に伸びるように都市を横断するまっすぐな街道。それがこの貿易都市ミランの名物であり最もお金の動く場所。通称羽休め通りです」


 勿論知識としては知っていた。

 ゲーム世界では何度も目にしている。


 しかし、実物を見ると圧倒された。


 ミストンとは比べ物にならない数の人が常に動き回り、話している。

 物資と硬貨が常にやりとりされ、値引き交渉が当たり前のように行われていた。

 耳が痛くなるほどの喧騒。商人と客の言い争いとも呼べるような交渉がそこかしこで行われている。


 この大通りには活気があった。

 膨大なエネルギーと言うか、誰もが成り上がりこの都市で成功してやるという強い意志の元で働いている雰囲気がある。


 確かにこの都市は格差社会で裏では汚いやり取りがあるのだろう。

 ただ、それ以上に商売人達の戦いの舞台であり輝ける空間なのだ。


「この貿易都市はたったひとつの宿屋から始まりました」


 セシリア曰く。


 羽休めという名前の宿屋がこの都市の始まりだと言う。

 その宿屋はこの都市のほぼ中心に未だにあり、小さな宿屋ながらこの都市で最も高く人気のある宿屋なのだそうだ。


 この都市には羽休めより高い宿賃を設定出来ないという掟があり、破れば宿を燃やされても文句は言えないらしい。

 恐ろしい話だ。


 羽休めは貿易行路の道中に建てられた主に行商人をメイン客層に狙った宿屋だ。


 ことの始まりはその客が宿屋で取引をしたことだった。

 互いの商品を物々交換し、互いに違う目的地に商売しに行く。


 それが徐々に当たり前に行われるようになった。

 

 次にとある商人が商人相手に露店を開き始めた。

 目的地に売りに行くよりも目的地に向かう商人に売った方が効率が良いと気付いたのだ。

 それに追従して次々に露店が開かれる。

 こうして羽休めを中心に露店が並ぶ道が完成した。


 あとは長い年月を掛け、気付けば道を中心に広がる都市が完成していたのだ。


 始まりの宿として羽休めには商業の幸運が宿ると信じられている。

 だから小さく粗末な宿だが商人の予約が絶えないのだ。


「大通りから少しでも脇道に逸れるとそこは迷宮です」

「迷宮です?」

「脅しじゃないぞ、地元民だったあたしらでも油断したら迷うんだ」


 知ってる。

 ゲームでもマップ見ないと迷う。

 マップ見ても迷う。と有名だった。


「大通りを中心に増築されて広がっていった都市なので、建造物や小道が入り乱れている上に景色が変わり映えなく本当に迷いやすいんです」

「あたしらも孤児院の近くとか、頻繁に使う場所の近くしか道が分からんからな。本気で迷う」

「迷ったらどうするのです?」

「とにかく西か東に進み続ける。そうすると都市の外か羽休め通りに出るからな」


 なるほど、都市を横断する道だから必ずそこに出るという寸法か。

 賢いな。


「大通りを外れたら基本的には住宅街だ。普通の人は羽休め通りしか通らなくても貿易都市で出来ることは殆ど出来る」

「でも例外もあって……」

「例外って?」

「奴隷は裏通りで売買するんだよ。そういう表で売れないもんや、より安く買いたい。高く売りたい奴らが隠れるように商売してるのが裏通りなんだ」


 もしかして。


「お察しの通り、奴隷市場や裏オークション会場は裏通りにある。この迷宮のような裏通りで探し出さなきゃいけないってことだ」


 マジかよ。


 ただでさえ時間がないかもしれないのに迷ったりして時間を無駄にする可能性があるということだ。


「仕方がないから二手に別れるわよ」

「危ないって話聞いてました!?」

「迷うって話聞いてたか!?」


 セシリアとサラサから非難の声が上がるが時間がないのだ。

 背に腹は変えられない。


「オークションで買い取られたら足取りを追うのはあまり現実的じゃないわ。出品される前が勝負なのよ。1秒だって無駄に出来ない」

「それはそうだけどよ……」

「私とシアン、セシリアとサラサの二手に別れましょう。大丈夫、心配いらないわ。厄介ごとは全て切り抜けるし、貴女達も二人なら大抵のことは切り抜けられるでしょう?」

「……ああ、もうっ!! 分かりました。腹を括りましょう。集合時間は日暮れ、日が沈むと本当に危険なのでそれまでには羽休め通りに出て、羽休めの宿前で待ち合わせしましょう」

「了解したわ」

「いいのか? セシリア」

「時間がないのは本当ですし、リリアさんなら不測の事態でもなんとかするでしょう。でもくれぐれも気をつけて下さいね。リリアさんとシアンさんはこの都市では常に狙われる対象だと思って行動してください」


 念を押される。

 肝に銘じよう。


「シアン、私から離れないこと。いいわね?」

「はい! ご主人様から離れません!!」


 元気なお返事だ。

 この可愛さなら誘拐したくなる気持ちも分からんでもない。

 でもダメだ。

 シアンは俺の物である。

 絶対に渡さない。


「私とサラサは知っている裏通りや知人から情報を収集してみます」

「そっちはしらみつぶしか?」

「そんな感じね」


 嘘だ。

 当てはある。


「本当に気をつけてくださいね?」

「じゃあまた夕方な」


 最後までこちらを心配するセシリアを引っ張るようにサラサが去っていく。


「ご主人様、どうするのですか?」


 勿論俺が頼るのはゲーム知識だ。

 貿易都市ミランにはゲーム時代序盤にとてもお世話になった情報屋がいる。

 

 情報屋ターク。


 金さえ払えばあらゆる情報を提供する凄腕の情報屋で、貿易都市を拠点にしている。


 タークを見つけることさえ出来れば大きく前進する筈だ。


「情報屋を探すのよ」

「情報屋? ですか?」

「ええ、お金さえ払えばどんな情報も提供出来る凄腕の情報屋がこの都市にはいる筈よ」


 現状多少の違いはあってもこの世界と俺の知るゲーム世界の差異は小さい。

 情報屋もちゃんといる確信があった。


 さて、この情報屋だが特定の場所に行けば会える訳ではない。

 ゲームでは完全にランダムエンカウントだった。

 偶然出会った時に料金を支払って知りたい情報を得る。

 そんな偶発的な取引しか行われないのだ。

 

 ただそこは現代の情報社会。

 ゲームの攻略は多人数で情報を集めて行う時代だ。

 

 一部の物好きがプレイヤーに協力を依頼して集計。

 タークに会える確率を場所ごとに割り出したのだ。

 さらに会える確率が上がる方法まで編み出している。 


 変態の所業だが今回はそれがありがたい。

 そしてそんなマイナーな攻略情報を覚えていた俺も偉い。


 情報屋タークはかなり多くの場所で遭遇する。

 ただその確率は場所によって大きく違う。

 

 確率が高い場所は裏通りにあるとある酒場。裏通りにある賭博場。裏通りにある風俗店の待合室だ。


 風俗店は女人禁制の為却下だ。

 そんなところにシアンを連れて行くのも絶対に嫌だ。

 賭博場もシアンを連れて行くことに抵抗がある。

 となると酒場しか残っていない。


 酒場でタークとの遭遇率を上げる方法がある。

 それは店の隅に店内のどこからも死角になる席があり、そこに座ること。

 蒸留酒を頼むこと。

 注文の際に店主に腕のいい情報屋を知らないか聞くこと。


 上記を満たすと高確率でタークに会うことが出来るらしい。


 この世界でどこまでそれが通用するか分からないが、試してみて損はないだろう。


「情報屋に会うために酒場に行くわ」

「酒場にいるのです?」

「ええ、ただ普通の酒場じゃないの。裏通りの酒場なのよ」

「ご主人様はどうして知っているのですか?」


 そりゃそうだろうよ。

 いつか来る質問だとは思っていた。

 シアンからしたらさぞ不思議だろう。

 

 貿易都市には初めて来た雰囲気なのに何故か情報屋のことは知っている。

 そんなの違和感の塊である。


「エルフ族の情報網は凄いのよ?」


 はったりである。

 エルフ族の情報網なんて知らないし、恐らくだが人の寄り付かない森の奥で自然と共に暮らすのが大多数のエルフ族が独自の情報網を持っているとは思えない。

 ただそんなことをシアンが知る訳もなく、彼女は当たり前のように俺の言うことを信じていた。

 うん、疑うことを少しは覚えた方がいい。俺は心配だよ、シアンが騙されて攫われてしまわないか。


「ほえー、流石ご主人様。凄いのです!!」


 ああ、純粋な瞳が眩しい。そして心が痛い。

 

「さっき言ってた通り裏通りは気を抜けば一瞬で迷うの。私の後ろをしっかりと付いてくるのよ?」

「……あのぉ」

「なに?」


 シアンがもじもししながら頬を赤らめ、何かを言いたげにこちらを上目遣いで見ていた。

 俺も身長が低いがシアンはさらに低い為、自然と見上げる形になって上目遣いになるのだがそれが本当に可愛い。

 

「言いたいことがあるなら、遠慮なんていらないのよ?」

「あの!! 手を、……手を繋げばはぐれないと思うのですっ!!」


 力強くそう提案するシアン。

 うん、俺と手を繋ぎたいだけという心の声が聞こえてくるようである。

 勿論断る理由なんてない。合法的にシアンの小さくてすべすべなおててと繋げるなんて夢のようである。

 

「そうね。その通りだわ。はい、どうぞ」


 差し出した俺の手に飛びつく様にシアンは握りしめる。

 

「これで安心なのですよ!!」

「ええ。離してはダメよ?」

「絶対に離さないのです」


 ああ、可愛い。

 これが天使か。


 シアンの可愛さを堪能しながら俺は記憶を頼りに裏通りの酒場を目指して歩き始めた。




 羽休め通りを少しでも脇道に逸れるとそこはもう別世界だった。


 喧騒は遠く。商人と客の祭りのような騒ぎが嘘のように、そこは静けさとどこか恐ろしさの同居した緊張感のある空間だった。

 建物が密集し、入り組んだ道が幾重にも分かれて伸びている。

 日の光が届きにくい為、薄暗く。じめじめとしていた。


 華やかな表舞台の裏側。

 貿易都市のもう一つの姿がそこにはあった。


「ご主人様、なんか怖いのです。ここ……」


 シアンの尻尾は垂れ下がっているし、耳はぴんと立てて緊張している。

 毛は逆立っていて、全身から彼女の警戒が伝わってきた。


「大丈夫よ、私がいる限りシアンは大丈夫」


 安心させるようにシアンの頭を撫でる。

 少しだけ緊張が和らいだようで俺に心を許している証拠のようで嬉しい。


「もうすぐよ」


 頼りない記憶だが見覚えのある道だ。

 不思議とこの先に目的の酒場がある確信があった。


「お嬢さんたち、女子供二人でこんな場所に来るとは迷子かい?」


 暗闇から男の声がした。


 突然のことに驚いて体が硬直した。

 俺が察知出来なかっただと?


「おじさんが大通りまで案内してやろうか?」

「結構よ。間に合っているもの」

「そう警戒すんなって、おじさん怪しい者じゃないぜ?」

「怪しい人は自分を怪しいって言わないのよね」


 目を合わせることなく通り過ぎる。


 が、そう上手くはいかなかった。


「待ちな」


 男が言う。


「まだ何か?」

「その先は立ち入り禁止だぜ」

「とてもそうには見えないけれど」

「ご主人様っ!?」


 悲鳴のようなシアンの叫び。

 ああ、気付いているとも。

 囲まれている。


 これだけ接近するまで気配を悟らせないその技術。

 心当たりはそう多くない。


 暗殺や斥候の役職を持った者達だ。


 その数、呼び止めた男を含めて五人。


「大の男が五人も小娘二人相手にして恥ずかしくないのかしら?」

「へぇ……、気付くのかい。やるねぇ、嬢ちゃん」


 褒められても嬉しくない。


 建物の影、暗闇から男がゆっくりと姿を現した。

 フードを深く被っており顔は見えない。

 声や体格から男で間違いないだろう。

 フード付きの灰色のローブを羽織った男は懐からナイフを取り出してこちらに刃を向けて構えた。


 薄暗い裏通りに僅かに差す太陽の光。

 それを刃が反射して怪しく光る。


「悪いことは言わねぇ、大人しくついてきな」


 どうやら貿易都市の暗部。

 奴隷市場の裏の顔。

 人攫いに遭遇してしまったらしい。


 セシリアの話が本当なら裏で糸を引いているのは商人組合だ。

 自警団は頼りにならない。


 自分で解決するしかない。


「ご主人様、シアンが囮になって――」

「馬鹿な事言わないの」

「でも!!」

「この程度の相手、何人集まっても物の数じゃないわ」


 そう言ってナイフを持った男を牽制する。


「言ってくれるねぇ。悪いが商品とはいえ抵抗するなら少しは痛い目をみてもらうぜ?」

「馬鹿ね」

「あん?」


 ナイフを構えたなら一瞬でも気を抜かないことだ。

 

 お前は幼いエルフと油断した。


 だからこうなる。


「は?」


 男の間抜けな声は静かな裏通りに響き。

 

 ナイフを手放し、床に叩きつけられたところで男は無様に意識を手放した。


 一歩で間合いを詰め。

 男の腕を捻りナイフを捨てさせ、そのまま重心を完全に掌握し。

 男が必死に重心を取り戻そうと抵抗したところに合わせて足を払い。

 あとは地面に叩きつけるように投げるだけだ。


 それで終わった。


「呆気ないわね」


 からん、からん。とナイフが床に落ちる音が響き。

 

 続いて建物の影から襲ってきた男を蹴りで迎撃し。

 シアンに頭上から襲い掛かった男に向かって、蹴った男を飛ばした。

 もつれるようにぶつかった男二人は壁に激突して意識を失う。


 残り二人。


 俺の背後からナイフを振り下ろす男の気配を察知。

 振り向きざまにナイフを持った手を振り払い、喉に拳を一撃。


 呼吸が出来なくて動けなくなった男の頭に回し蹴りを入れて意識を刈り取る。


 あと一人。


 警戒は解かない。

 が、俺にもシアンにも襲い掛かる様子はない。


 気配を感じない。


「……逃げたわね」


 しょーもない。

 幼い寄りの年齢の美少女二人に男五人が武器持って襲い掛かっておいて、最後の一人は尻尾巻いて逃げるなんてそれでも男かと問いただしたくなる。

 情けない。

 本当にみっともない。


「まったくもう。……悪なら悪なりの矜持や誇りをもって欲しいものだわ」


 ため息が出る。


「ご主人様、凄いのです!! あっと言う間に全員倒しちゃったのです……っ!?」

「相手が弱かったのよ。大したことではないわ」


 本当に弱かった。

 襲う相手はちゃんと選べと言いたくなる。


 多分だがこの大陸限定で良いなら俺は接近戦最強だ。


「それにしても本当に治安が悪いのね」


 まさかこんなに早く襲われるとは思わなかった。


「この人たちはどうするのですか?」

「うーん、そうね。自警団に突き出しても時間の無駄でしょうし、態々殺す価値もないわ。放っておきましょう」


 自警団に突き出したところでもみ消されて釈放されるのが目に見えている。

 そんな無駄な時間を過ごしている暇はない。

 アニスの件は一刻を争うのだ。


「行くわよ?」

「はい!」


 こうして気絶した男共を放置して二人は酒場に向かってその場を去った。


作者のモチベの為にブクマや評価をお願いします。

反応あるとやっぱりやる気出るのでよろしくお願いします。

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