サスペンションは人類の偉大な発明
馬車というのは乗り心地が悪い。
タイヤは木製だし、サスペンションで衝撃を吸収してる訳でもない。
だから振動が直で尻に来る。
小石があればどんっ。
段差があればどがんっ。
舗装された道でこれなのだからたまったものではない。
乙女の尻が大ダメージを受けている。
こんな場所で寝れるのは一種の才能だと思う。
目の前のサラサがまさにそれだ。
「よくもまぁこんな環境で心地良さそうに寝れるわね……」
「サラサはどこでもぐっすり眠れる特技を持っているんです」
の○太くんかよ。
「ご主人様……、ぎ、ぎもぢわるいでづ……」
シアンは完全に乗り物酔いでやられていた。
真っ青な顔で虚な瞳をしている。
俺は先程からずっと彼女の背中をさすり続けていた。
「この揺れは酔っても仕方がないわよ」
「ごめんなざい」
「謝らないの。シアンは悪くないから」
この揺れでは酔っても仕方がないだろう。
馬車の定期便は人を運ぶことを想定した馬車ではなかった。
荷物を積んだ荷台の空いた空間に押し込められる。そんな環境だったのだ。
ミストンから貿易都市ミランへの行路はこれが普通らしい。
こんな劣悪な環境でのんびり寝ているサラサは本当におかしい。
俺が酔わないのは高過ぎるステータス故だろうか。
「セシリアも平気そうね」
「流石に慣れました。ただ私も最初の方は休憩時間毎にげーげー吐いてましたよ?」
「ほら、シアンも次の休憩で胃の中のものを全部出しちゃいなさい。そうすれば少しは楽になる筈よ」
「あい……」
しかし本当に揺れが酷い。
お尻腫れるぞこれ。
「回復魔法とか効かないかしら?」
「効くんですけどその場凌ぎですね。結局また酔うので回復するとより辛いですよ」
実感がこもっている。
セシリアが試したのだろう。
自分が乗り物酔いしたら確かに回復は試すか。
「暇ね」
「仕方がありませんよ。外の景色も見えませんし」
見えても多分すぐ飽きるだろう。
寝るのが正解なのは間違いないだろうがそんなのサラサのような特異体質にしか出来ない。
サラサは縦揺れで頭をがんがん荷台の床に叩きつけながらも起きる気配はなく、心地良さそうに夢の中だ。
襲撃されたらなす術もなく死ぬんじゃなかろうか。
「セシリアとサラサは貿易都市出身なのよね?」
「はい」
「貿易都市がどのようなところか教えてくれる?」
「そうですね……。確かにこの時間を有効に使えそうです。私が知ることもそう多くはないですがお話しましょう」
こほん。と、咳払いをひとつ。
セシリアは両手で衣服の皺を払うように身なりを整えると、膝をこちらに向けるように体を正面に動かして話し始めた。
「初めに言っておきますが、故郷である貿易都市に私は良い印象を持っていません。これはサラサも同じでしょう」
「それはどうして?」
「良くも悪くもお金が全てだからです」
「というと?」
「お金があればあらゆる物が手に入ります。しかしお金がなければ全てを失います。あの都市はお金がある人にはお金が集まり、お金がない者にはお金だけじゃなく沢山の物を失う。そんな場所なのです」
極端な格差社会なのだろう。
商人が力を持つ貿易都市。
誰もが成り上がる権利を持ち、そして油断すれば誰でも転落する。
「また大陸でも屈指の奴隷市場を持っています」
忌み嫌うようにセシリアは負の感情を隠しはしない。
「供給源が膨大なので奴隷は消耗品扱いです。基本的にこの大陸のどこよりも奴隷の立場は低いように思えます」
ゲームでは知りえなかった情報だ。
もしかしたら開発の裏側ではそんな設定があったのかもしれない。
あるいはこの世界は俺の知っているゲームと幾つかの違いがあるのか。
「それならシアンは一人にしない方が良さそうね」
「それは徹底した方が良いと思います。色々な意味で」
いつの間にかシアンがぐったりしたまま寝息を立てていた。
酔いの疲労から気絶するように意識を失ったのだろう。
寝られるなら寝ていた方が良い。
寄りかかるシアンを丁寧に俺の膝の上に移動させて膝枕させる。
俺の小振りなお尻と細い太腿でどこまで振動を和らげられるか分からないがないよりはマシだろう。
「眠ってしまったみたいですね」
「眠れるなら寝ていた方が楽よ」
「そう思います。……話の続きですが、権力を持った人物。主に稼ぎの良い商人は他人の奴隷だろうと粗雑に扱う者もいます。その揉め事を解決する自警団は商人組合の下で働いているので簡単に言えば商人は自警団の上司です、もみ消されて終わりでしょう」
思った以上に貿易都市クソだった。
なるほど、商人組合の上層部が実質都市の支配者で好き放題出来るということか。
「なるほど確かに話を聞く限り貿易都市にあまり良いイメージは持てないわね」
「加えて言うと貿易都市には奴隷誘拐も多いんです」
「……自警団が巡回してるのに?」
「裏で糸を引いているのはオークションを開催している商人組合です。言っていること、分かりますよね?」
うっわ。
自警団は見逃してるのか。
オークションに売り出す奴隷を準備する為に奴隷を奪わせて買い取っているのか。
それを商人組合が仕組んでいるとセシリアは言っている。
酷い話だ。
それが本当の話ならもう真っ黒も真っ黒である。
汚職どころの騒ぎではない。
「もしかして貿易都市って治安が悪いのかしら?」
「治安は良いですよ、表向きには。……バレないように裏で狡賢いことをしている人が沢山いて、お金があれば自警団はそれを見逃してくれるだけです。騙し合い、出し抜き合いで敗北した人は奴隷になる未来が待っているので貧民街なんてなくて、都市には物乞いもいないですし」
「物乞いになる前に奴隷落ちして売られていく訳ね」
とんでもねぇ都市である。
「私の親もサラサの親も恐らく奴隷に落ちて私達を孤児院に預けたのでしょう。孤児院の維持費は商人組合から寄付されているのでそこは感謝しています。……例え孤児院の目的が将来奴隷として売り出す者の育成所だったとしてもです」
聞けば聞くほど気分が悪くなる話だ。
胸糞悪すぎる。
「セシリアとサラサは奴隷にされなかったの?」
「一応ちゃんと生活できていれば無理矢理奴隷にはされませんよ。孤児院を出て働くのはあの街では難しいですけど、仕事を見つけて都市で生きていける可能性は残ってます。ただ……」
「ただ?」
「自分で言うのもあれなんですが、私の容姿が人よりも優れているらしくて」
「遠慮しなくていいのよ? セシリアは本当に美人なのだから」
「いやいやいや、リリアさんがそれを言うのは嫌味になりますって!?」
「?」
首を傾げる。
「可愛く反応しても嫌味なものは嫌味ですよ!? リリアさんの美貌は人間離れしてるじゃないですか!? エルフでも滅多にその美しさはお目にかかれないと思いますけど!?」
照れくさい。
思わず頬を掻いてしまう。
一生懸命考えて納得出来るまで何度も作り直したキャラだ。
その容姿を手放しで褒められれば当然悪い気はしない。
「ありがとう。と言っておくわね。容姿を褒められるのは嬉しいもの」
「リリアさんレベルになれば言われ慣れてるんじゃ……。いや、美少女過ぎて逆に恐れ多くて言えない人も多いかもしれませんね」
そういう訳ではなく、リリアになってから日が浅いからなのだが黙っておこう。
勝手に納得してくれるならそれに越したことはない。
「えっとどこまで話しましたっけ? ああ、そうです。私の容姿は人族では優れているようで、身の危険を感じることが多くて、このまま都市に残ればいつかは誘拐されて奴隷落ちするような気がしていたのです」
「安心して都市を歩けないのに表向きには治安が良いとか本当にお笑い種ね」
「我が故郷ながら恥ずかしい限りです。……貿易都市ミランでは冒険者の仕事が少ないのはそれは確かにそうなんですけど、ミストンに移り住んだ理由の大部分は実は貿易都市から逃げてきたというところにあります」
とんでもないところだな貿易都市。
もうはっきり言おう。
治安が悪いです。
治安が良いなんて口が裂けても言えません。
「正直それだけの美貌の持ち主であるエルフ族のリリアさんも一応ご自身の誘拐に気を付けてくださいね。強さ的にあり得ないとは思いますけど、汚い搦め手含めれば絶対に安全なんて言いきれませんから……」
「ありがとね。気を付けることにするわ」
恐らく問題ないけどな。
リリアは最強の補助術師として計画して育てたキャラだ。
俺の考える最強の補助術師は前衛が耐えてくれている限り例えどのような状況においても常に最高の補助を提供し続ける存在だ。
相手の近接攻撃に晒されない限りどのような状況においてもである。
本当の理想を言うと近接攻撃に晒されても、を実践したかったがそれは不可能であると判断した。
俺の身内も、互いに競い合っていたランカーとの意見交換でも同一意見だった為にここに間違いはないだろう。
その為には状態異常対策は必須だった。
状態異常を受けて味方の支援が疎かになるのは最強の補助術師と認められない。
故に、スキルから装備から自分に付与できる補助魔法に至るまで対策出来る全てを実践した結果。
リリアは全種類の状態異常に対しての耐性がほぼカンストしている。
毒だろうが麻痺だろうが混乱睡眠呪い等々。俺を状態異常で何とかするのは不可能に近い。
全状態異常耐性を向上させるアクセサリーをミストンで売ろうとしたのは間違いだったかもしれない。
結局売れなかった訳だが。
なくてもアホ程状態異常耐性は高いが、このアクセサリーがある限りそれは完璧に限りなく近くなる。
「ありがとう。セシリアのお陰で貿易都市ミランのことが分かったわ。……あまり、いや相当悪い印象になったけど」
「本当に故郷のことながら情けなくなるくらいです……」
「セシリアは何も悪くないわよ」
「そう言って頂けると少しは楽になります」
「いえいえ。……疲れたわね。私も少し休ませてもらうわ」
「ミランへはまだまだかかります。私も休みます」
これは貿易都市に到着する前から前途多難な予感である。
揺れる馬車。
シアンの寝息。
サラサの寝言。
それらをBGMに俺も目を閉じる。
眠れはしないが少しは休めるだろう。
貿易都市ミランはまだ遠い。
アニスを助け出して無事に母親のもとへ送り届ける。
改めて決意を新たにした。




